「非ナチ化」を掲げウクライナ侵攻を続けるロシアから、ユダヤ人が逃げ出す背景は 12%のユダヤ系住民が脱出

2023年1月16日 16時00分
 ロシアの元首席ラビ(ユダヤ教指導者)が「ロシアで反ユダヤ主義が台頭しつつある」として、ユダヤ人に国外脱出を呼び掛け、世界的に波紋が広がっている。「非ナチ化」と称し、ウクライナ侵攻を続けるプーチン大統領の下、むしろユダヤ人が迫害されるというのは杞憂きゆうなのか。それとも—。

 ロシア・東欧のユダヤ人 現在のベラルーシ、ポーランド、ウクライナを含むロシア帝国領では、14世紀以降、ユダヤ人の居住が進み、特にベラルーシでは人口の半分をユダヤ人が占める街もあった。一方で社会では反ユダヤ感情も根強く、ソ連誕生直後は指導部に多くのユダヤ人がいたことから「社会主義革命はユダヤ人の陰謀」とのデマも拡散。第2次大戦でナチスによるユダヤ人迫害に加わる住民らもいた。

帝政ロシア期からユダヤ人が多く暮らしたベラルーシ西部グロドノのシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)=小柳悠志撮影

 昨年末、英紙を通じてユダヤ人にロシアから去るよう呼び掛けたのは元首席ラビのゴールドシュミット氏だ。同氏はウクライナ侵攻で社会混乱が広がれば、ロシア国民の不満と憎悪はユダヤ人に向くと予想。キリスト教世界で差別を受けてきたユダヤ人らが「スケープゴート(いけにえ)になる」と懸念した。
 ロシアでは昨年2月のウクライナ侵攻後、わずか半年でユダヤ系の約2万500人がロシアから逃げ出した。16万5000人と推定される同国のユダヤ系住民の12%に相当する。
 ゴールドシュミット氏によれば、「ロシアの国家権力は政治体制が危機的状況になると、大衆の怒りと不満をユダヤ人社会に向けようとしてきた」という。現在のベラルーシやポーランド、ウクライナを含むロシア帝国の各地では19世紀から20世紀初め、ユダヤ人への集団的迫害「ポグロム」が起きた。英BBC放送はユダヤ人社会の現状について「迫害を受けた歴史の亡霊がよみがえり、人々の心に影を落とした」と分析した。

中世の面影を残すベラルーシ・グロドノ州のミール城。ナチス占領下ではユダヤ人の収容所になった=小柳悠志撮影

 「自由にモノを言えず、息苦しい。自分の血筋を生かしてイスラエル国籍を取得すべきかも」。こう語るのはモスクワの大学4年、ナスチャさん(仮名)。ロシア正教会の信徒だが、母方がユダヤ系のためイスラエルに逃げることも検討中だ。
 ユダヤ人社会が特に問題視するのが、ウクライナ侵攻を「ナチズムとの闘い」とするプーチン政権の政治宣伝だ。
 ロシアの前身、旧ソ連は第2次大戦で、ユダヤ人を「ホロコースト」によって虐殺したナチス・ドイツに勝利。プーチン政権も「欧州をナチスから解放したのはソ連」と誇り、愛国心を国民統合の要としてきた。ソ連と続くロシアを「正義と善」、逆らう勢力を「ナチスのごとき絶対悪」とする構図は、ウクライナ侵攻にも活用されている。

胸元にユダヤ人であることを示す「ダビデの星」をつけられたナチス占領下のユダヤ人(左)=ミール城の公開資料から

 ユダヤ人社会は、ウクライナにおけるロシア系住民の境遇を、第2次大戦中のユダヤ人迫害に例えて侵攻を続けるプーチン政権に不快感を抱いているもよう。ユダヤ教はロシアの宗教界で例外的に侵攻への支持を表明していない。
 対するプーチン政権はユダヤ民族主義団体の活動停止をちらつかせる。ラブロフ外相も昨年5月、イタリアのテレビ局のインタビューで「(ナチス・ドイツの首領)ヒトラーにはユダヤ人の血が入っている」と発言し、イスラエルのベネット首相が強く反発した。
 ユダヤ系のゼレンスキー・ウクライナ大統領はロシアとファシズムを合わせた「ラシズム」との造語を用い、ロシア軍による民間人殺害の非道を訴えている。

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