KADOKAWA Technology Review
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空に浮かぶ緑の船、大型飛行船ブームは離陸するか?
Flying Whales
Welcome to the big blimp boom

空に浮かぶ緑の船、大型飛行船ブームは離陸するか?

人や貨物の輸送手段として、未来的な飛行船を建造するスタートアップ企業が登場している。こうした企業は、飛行船はCO2排出量の削減に有効であり、しかも極めて安全であると主張している。 by Rebecca Heilweil2023.07.03

浮遊は新しい飛行形態だ。少なくとも、近未来的な飛行船や熱気球の建造に注力する一握りの企業によれば、そうである。

空気より軽い乗り物(LTAs:Lighter-than-air vehicles)は、水中に泡を発生させるのと同じ基本的な物理学に基づいている。LTAはヘリウムのような非常に軽いガスで満たされているため、燃料を燃焼させることなく浮き上がり、空中にとどまることができる。これまで決して格別な人気を得ることがなかったLTAは、大型で比較的速度が遅く、36人の死者を出した1937年の「ヒンデンブルク号」の事故以来ずっと、安全性についての懸念に直面してきた。

それでも、最近のLTAは極めて安全だと言っている企業もある。そうした企業は、これらの航空機は、特にあまり速く移動する必要のない人や物の移動において、運輸に伴う二酸化炭素排出量を削減する上で重要な役割を果たせると主張している。

グーグルの共同創業者であるセルゲイ・ブリンが支援するやや秘密めいた企業、LTAリサーチ(LTA Research)は、2016年から飛行船を手がけており、その第一号となる「パスファインダー(Pathfinder)1」を公開する準備が整ったと5月に発表した。フランス企業のフライング・ホエールズ(Flying Whales)は、ヘリウムで浮き、最大60トンの貨物を運搬できる飛行船を開発している。フライング・ホエールズの飛行船はハイブリッド電気推進装置システムで制御されるが、同社は最終的に水素燃料電池に移行し、完全な電気飛行船にする計画だ。フライング・ホエールズはすでに航空宇宙企業と提携しており、ゆくゆくはロケット部品を輸送できるかどうかを検討している

スカイ(Sceye)というスタートアップ企業は、ヘリウムを動力源とし、成層圏でホバリングできる乗り物を建造している。成層圏まで届けば、地球低軌道を周回する人工衛星に匹敵するだけの十分な高度になる。スカイによると、同社のLTAは長期間同じ場所に留めておくことができるので、接続が悪い地域のスマホへ向けてブロードバンドの電波を直接送りたいと考えているという。温室効果ガスの排出量の追跡や自然災害の監視に利用できる可能性もあるとしており、ニューメキシコ州や米環境保護庁と協力して大気汚染の監視にも取り組んでいる。

スカイのミッケル・ベスタガード最高経営責任者(CEO)は「当社のLTAは、地球の表面に重ね合わされた、静止地球軌道プラットフォームと考えるのが一番です」と述べる。LTAが必要とする追加電力は、日中はソーラーパネルから、夜間はリチウム硫黄バッテリーから供給される。

このような次世代LTAの一部は、人間の移動手段としても使われるかもしれない。1億ポンド(1億2500万ドル)以上の資金を調達した英国のハイブリッド・エア・ビークルズ(Hybrid Air Vehicles)は、「エアランダー(Airlander)10」という船を使って、サービスが行き届いていない田舎のルートで人を輸送する計画だ。ハイブリッド・エア・ビークルズのLTAは内燃機関を動力源とするが、ヘリウムを使って浮力を生み出す空気より軽い乗り物の優位性も兼ね備えている。最高速度は時速130キロに過ぎないが、離着陸時間が短いこともあり、短距離路線では飛行機と競合できるという。もうひとつの根本的な違いは「ある程度平らな陸地があれば、どこからでも離陸できる」ことだと同社のトム・グランディCEOは言う。「特に、既存の交通機関があまり通っていない地域にとって有益です」。

ミネソタ大学で航空宇宙力学を研究するジェームズ・フラテン准教授は、これらのスタートアップ企業はLTAの安全性についての長年の懸念を克服しなければならないうえ、LTAは悪天候での飛行に弱いかもしれないと言う。それでも、現在使用されているほとんどのLTAは、ヒンデンブルク号を墜落させた可燃性ガスの水素ではなく、ヘリウムを使用している。また、LTAは仮に破れたとしても非常にゆっくりと漏れるように設計できるとグランディCEOは言う。

大型飛行船ブームはまだ始まったばかりだ。ハイブリッド・エア・ビークルはいくつかの初期契約を獲得しているが、まだプロトタイプを1機作っただけだ。同社は、英国に1200人規模の工場を建設する計画が進みつつあり、いずれは年間24機を建造したいとのことだ。スカイは、13回目の飛行を2023年後半に実施する予定だという。

今のところ、LTAの技術のほとんどはまだ離陸前だ。しかし裏を返せば、これからは上昇の一途をたどるしかないのだ。

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