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精神科の身体拘束を考える(上) 増える拘束、10年で1.8倍

 精神科病院で患者の身体をベッドに縛り付ける「身体拘束」が増えている。国の2016年度調査(6月末現在)では拘束された患者数は1万933人で、10年前の1・8倍に増えた。患者が自らを傷つける恐れがある場合などに指定医の判断で認められる行為だが、長期化による病気の発症リスクや人権侵害を懸念する声も根強い。過去には患者が急死する事例も起きており、拘束のあり方が議論を呼んでいる。

人権侵害や、長期化による病変も

 10月上旬、広島県にある中規模の精神科病院。カフェイン中毒の症状で入院していた30代男性が、隔離された保護室内で突然、大声を上げて暴れだした。主治医は「男性の拘束が必要」と判断。室内のマットに男性がうずくまったところを看護師が4人がかりで押さえ、主治医が下半身に興奮を抑える注射を打った。男性はそのままベッドに運ばれ、手足や腹部をベルトで固定される拘束を受けた。

 男性は保護室でパニック発作を起こしたとみられ、ドアを殴り、床に何度も転倒してぐったりしていた。拘束されてから約20分後、男性の瞳孔が開いているのを看護師が確認。別の病院に搬送されて緊急手術を受けたが、脳の損傷が激しく、昏睡(こんすい)状態となった。

 約1週間で意識は戻ったものの、右手以外を動かせず、片言しか話せなくなり、寝たきり状態が続いている。家族は「拘束は不要で、すぐに救急車を呼ぶべきだったのではないか。保護室にいて、なぜ大けがをするのか」と憤る。

 病院側は「重大な結果が生じたのは残念だが、対応に問題はなかった」と説明している。

可視化などでトラブル回避を

 身体拘束は人身の自由を制限する行為で、適用対象は精神保健福祉法に基づく基準で厳しく限定されている。

 しかし、精神科での患者の拘束件数は近年増加。拘束が長期間に及べばエコノミークラス症候群などを発症するリスクもある。不適切な拘束が、患者側とのトラブルを招く事例は少なくない。

 「どう行動するか分からない患者には、まず拘束することを手順にしている病院もある。このため、基準を満たさない安易な拘束が増えている」。「精神科医療の身体拘束を考える会」代表で、杏林大保健学部の長谷川利夫教授(精神医療)は指摘する。

 会には昨年7月の発足以降、拘束に関する相談が200件以上寄せられた。会が把握するだけでも13年~今年10月、拘束中や拘束後に死亡した患者は10人で、遺族が損害賠償訴訟を起こしたケースもある。

 長谷川教授は「精神科で起きていることは外部から見えにくく、訴訟は氷山の一角にすぎない。拘束の過程を録画などで可視化し、本当に必要だったのかを後で検証できる仕組みが求められている」と訴える。

医師「運用にはきめ細かなケアを」

 医療事故にもつながりかねない身体拘束を、現場の医師はどう考えるのか。

 日本精神科救急学会の平田豊明前理事長は「薬も水も食事も受け入れない患者に対し、最後の手段として拘束することはある」と説明する。薬剤投与や栄養補給に点滴が必要になるが、拒んだり、自ら引き抜いたりする人もいる。このため、拘束で点滴ルートを確保することが有効だという。

 ただし、拘束時には患者へのきめ細かなケアが欠かせない。医師や看護師がこまめに観察し、心電図や呼吸状態をモニターでチェックするなどの対応を講じることが、事故防止につながるという。

 平田前理事長は「看護師の少ない夜間に『患者を拘束する方が安心』と考えるスタッフもいるのは否定できない。だが、拘束したまま数時間も放置するのは、医療行為として危険だ。拘束時は患者の状態をきちんと観察し、できるだけ早い解除を心掛ける必要がある」と話した。

=2018/11/26付 西日本新聞朝刊=

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