ジュゴンと共に生きる島 タイ、かつては食肉に
絶滅危惧種に指定されるジュゴン。タイ南部のアンダマン海に浮かぶリボン島は同国最大の生息域で、180~200頭がすむとされる。その肉はかつて珍重され、食卓にも上がっていたが今は非政府組織(NGO)の活動により、多くの島民が保護に携わり「ジュゴンと共生する島」を掲げる。
島の沖合約50メートル。ボートのエンジンを切ってしばらくすると、天然資源・環境省のパトロール隊員が「あそこにいるぞ」と指をさした。なぎの海面にしぶきが立ち、鼻先がちらっとのぞく。同様の動きは10分近くで7、8回確認できた。
約35平方キロのリボン島には、約3300人が暮らす。周辺海域はジュゴンの餌となる藻が豊富だ。パトロール隊によると、新型コロナウイルス禍で観光客が減り、人けがなくなったことに伴い、確認される機会が増えている。
この地域の自然保護に長年取り組むのがピシット・チャーンサノさん(76)だ。NGO「ヤドフォン」を創設した1985年当時、マングローブの伐採や水産資源の乱獲でジュゴンは生息地を奪われ、激減していた。
藻が再生すれば魚やカニも増えると漁民に説き、そのために生態系の要となるマングローブの植林を始めた。環境への負荷が大きい底引き網漁の禁止を訴え、学校に出向いて環境保護の重要性を生徒に教えた。「島民の意識は徐々に変わっていった」と話す。
かつてジュゴンは数千頭いたといい、島民は普通に肉を食べていた。妊娠した女性の生まれ変わりで、肉には不老不死の効能があり、歯を加工した飾りは運気を高めると言い伝えられた。民宿兼食堂を営むイッサマエル・ベンサードさん(57)は「脂身がなく鹿肉と魚肉が混ざった感じ。大好きだった」と昔の記憶をたどる。
ピシットさんは絶滅の危機にあると繰り返し説明。保護の取り組みは漁場を守ることにつながると理解され、肉を食べる習慣はなくなり、いつしか島のシンボルになった。船着き場や学校、モスク(イスラム教礼拝所)の壁にもジュゴンが描かれている。
コロナ禍前まで船上からジュゴンを見るツアーが人気だった。観光客向けに商売をするイッサマエルさんにとり、客足が途絶えたことは深刻な打撃だが「今は自然を復元させる時期なのだろう。これでジュゴンが増えていけばいい」。あくまでも前向きに捉えていた。(リボン島=共同)