米朝非核化、幻のビッグディール
米強硬派、最後に巻き返し
2日間にわたったベトナムの首都ハノイでの米朝首脳会談で、両首脳は非核化を巡る合意を見送った。トランプ米大統領は制裁解除に応じる条件として、全ての核・ミサイル施設の廃棄を含む全面的な非核化を要求。経済再建へ少しでも実利を得ようとした北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長とは折り合えず、米側が描いた「ビッグディール」は幻に終わった。米朝の思惑のずれは大きく、再会談に向けた溝は深い。
「全てやってくれ。そうすれば、私たちもまた全てをやる用意がある」。会談から一夜明けた1日、米国務省高官はトランプ氏が首脳会談で金正恩氏にこう呼びかけたと明かした。「全て」とは、北朝鮮が全面的な非核化を進め、その見返りに米国が制裁を完全に解除することだ。交渉筋が「ビッグディール」と呼ぶ包括合意を指す。
ただ、金正恩氏の提案は、核開発の主力拠点である北西部の寧辺(ニョンビョン)核施設の廃棄だけだった。トランプ氏は28日放送の米FOXニュースで「彼らはある特定の部分だけを非核化しようとしたが、私は全てを求めた」と語った。米側からみれば、金正恩氏は取引に応じる「準備ができていなかった」(ポンペオ米国務長官)。
その寧辺廃棄の提案も米国は疑った。寧辺には300以上の施設が集積する。北朝鮮が廃棄の意向を示したのは「その一部にすぎない」(国務省高官)。寧辺以外にも「カンソン」と呼ばれるウラン濃縮の秘密施設や複数のミサイル基地の存在が指摘される。
トランプ氏は首脳会談で秘密施設の存在を金正恩氏に突きつけた。「信じられないかもしれないが、私たちは北朝鮮を隅々までよく知っている」とトランプ氏は会談後の記者会見で語った。「カンソン」の存在も把握しているとして「私たちは多くのことを取り上げた。彼らは私たちがそれらを把握しているのを知って驚いたと思う」と答えた。
一方、金正恩氏が求めたのは国連安全保障理事会による制裁の解除だ。主力産業の石炭や繊維など総額の9割にあたる輸出が禁じられ、石油精製品の輸入も厳しく制限された。制裁解除は経済再建をめざす金正恩氏の悲願といえる。首脳再会談に向けた実務者協議で北朝鮮は「民需経済や人民生活を妨害する制裁を解除してほしい」と要請した。
北朝鮮が制裁の全面解除を求めたとのトランプ氏の発言に対し、北朝鮮側は2006年以降の11回の制裁のうち、解除を求めたのは5回だと反論した。ただ米国務省高官は1日、解除の要求範囲が「数十億ドルにのぼる」と述べ、大量破壊兵器に直接関わるものを除いた全ての制裁解除の要求だったと改めて強調した。
経済再建への突破口を開きたい金正恩氏は、今年1月の「新年の辞」で開城工業団地や金剛山観光事業の再開に意欲を表明した。制裁解除に至らなくても、これらを国連制裁の例外にするだけでも貴重な外貨収入につながる。
トランプ氏にもこの要求に応じる選択肢はあった。元顧問弁護士によるロシアとの共謀疑惑を巡る議会証言で野党・民主党が批判を強めるなか、小さな合意でも成果を演出できる。
それをとどめたのは、北朝鮮への先制攻撃を唱えたこともある強硬派のボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)だった可能性がある。米CNNテレビによると、トランプ氏は会談に実りがなければ交渉の席を立つようボルトン氏らから助言を受けていた。
ボルトン氏が今回の会談で初めて出席したのは2日目の拡大会合だ。それまで合意に楽観的な観測が流れていたが、様相は一変。合意文書の署名式や昼食会の中止が伝わったのは、拡大会合の終了間際だった。
「互いに何を求めているかが分かり、とても実のある交渉だった」。トランプ氏は1日、ツイッターにこう書き込んだ。一方、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官は「金正恩委員長が今後(米朝交渉の)意欲を失うのではないかとの印象を受けた」と語った。
(ハノイ=永沢毅)
ドナルド・トランプ元アメリカ大統領に関する最新ニュースを紹介します。11月の米大統領選挙で共和党の候補者として、バイデン大統領と再び対決します。「もしトラ」の世界はどうなるのか、など解説します。