「令和の“おち家”はお墓参りが好き」おちまさとさん【インタビュー後編】~日々摘花 第34回~

コラム
「令和の“おち家”はお墓参りが好き」おちまさとさん【インタビュー後編】~日々摘花 第34回~
テレビ番組から企業や行政のブランディングまでさまざまな分野のプロデューサーとして忙しい日々を送りながら、16年間続けているランニングやトレーニング、ブログ執筆など地道にルーティンを積み重ねているおちさん。後編では2021年に亡くなったお母様への現在の思いからご自身の死生観まで、おちさんの心の内を語っていただきました。

3歳の息子が今も爆笑、スマホに残る”母のギャグ“

−−お母様が他界されて2年。別れの悲しみとどのように向き合ってこられましたか。

おちさん: 亡くなった直後は、ゆっくりと悲しみを味わう時間もなかったんです。お葬式の打ち合わせとか、事務的な手続きとか、母を見送るためにやらなければいけないことが山のようにあって。でも、母のお葬式を終えた夜、家族で近所の和食屋さんに行って、ごはんを食べていたら泣けてきて、すやすや眠る息子の横で、妻と娘と3人でぼろ泣きしました。

お店で泣くなんて、と思いつつも、ひと言何かを言う度に涙があふれるんですよ。その時に、一緒に泣いてくれる人がいてよかったと思いました。一緒に泣いてくれる人がいなかったら、自分はどうなっちゃうんだろうと。

母が亡くなって時が経つほどその存在の大きさを感じ、もう会えないという事実がズドンと来ます。母が亡くなる数日前、家族で最後に一緒に過ごした時の映像がスマートフォンに残っているんですよ。当時1歳だった息子を謎のギャグで笑わせている様子を撮影したもので、息子はその映像を見ると、3歳になった今も爆笑します。母が亡くなった当時、息子はそのことをわかっていなかったんじゃないかと思いますが、今は理解しています。

僕自身もいまだに母がいるような気がして、娘や息子が何か面白いことをすると、母に写真を送らなきゃと考えたり、電話しそうになるんですよ。で、「あ、いやいや。もういないんだ」と我に返ったりする。この瞬間が一番つらいです。

一方で、妻や娘との会話に母はシレッと登場してきて、母は家族の心に生きているんだなと感じたりもします。今日の取材みたいに母のことを皆さんに話すのも、母の供養になる気がしてうれしいです。母も喜んでいるだろうな、と思います。
−−お母様は奥様やお子さんたちにも愛されていたんですね。

おちさん:おち家のお墓は我が家から遠くないところにあるのですが、うちの家族はなぜかお墓参りが大好きで、晴れた日曜日に特に予定もなかったりすると、誰からともなく「お墓参りに行く?」って言い出すんですよ。息子も「お花んとこ(お墓のこと)行く」って。最後、短い間でしたが、みんなで母と一緒に過ごせたことが影響しているのかなと思ったりしています。
結論として、死を思うというのは、時間を意識することだと僕は思っています。残念ながら、僕たちに与えられた時間は永遠ではなくて、誰もが「死」というゴールに向かって生きている。寿命があるわけです。

だから、僕はいつも人生を「残り寿命」で考え、ゴールから逆算して今という時間を生きてきました。「逆算して生きる」なんて言うと、何かに追い立てられているような人生をイメージする人もいるかもしれませんが、僕の場合はまったく違います。

期限を決めるからこそ時間を大事にできる

−−素敵ですね。ところで、おちさんご自身は「死」というものをどのように捉えていますか?

おちさん:両親を見送って改めて「やっぱりそうだ」と思ったのですが、死ってポンッとやってくるんですよね。長い闘病の果てであろうと、突然の死であろうと、最後は「ポンッ」って。そして、それがいつなのか正確には誰にもわからない。

死はポンッとやってくるという感覚が僕にはずっとあって、なぜだかそれは小さなころからです。死について考えを巡らせて、寝られなくなるようなこともよくありました。
おちさん:結論として、死を思うというのは、時間を意識することだと僕は思っています。残念ながら、僕たちに与えられた時間は永遠ではなくて、誰もが「死」というゴールに向かって生きている。寿命があるわけです。

だから、僕はいつも人生を「残り寿命」で考え、ゴールから逆算して今という時間を生きてきました。「逆算して生きる」なんて言うと、何かに追い立てられているような人生をイメージする人もいるかもしれませんが、僕の場合はまったく違います。

例えば、僕は10歳で映画「ジョーズ」を観て衝撃を受け、スティーブン・スピルバーグ監督が「ジョーズ」を撮った26歳までに自分も映像の作り手になると決めたのですが、あの時に「26歳」と期限を決めたからこそ時間を大事にでき、一歩ずつ夢に近づけました。

1日何本も吸っていた煙草を40歳の時にやめ、毎日の筋トレやランニングを欠かさなくなったのも、「残り寿命」を考えて「今からやらなきゃ、間に合わない」という思いに駆られたから。おかげで57歳の今、一日中ベビーカーを押し続けられる自分がいます。

頑張らないくらいがちょうどいい

−−娘さんや息子さんが生まれたことによって、死生観に変化はありましたか?

おちさん:「死」に対する考えは変わらないです。避けられないものだとわかっているけれど、達観しているというわけではなくて、やっぱり怖い。これは子どものころから変わりません。

一方で、娘や息子がいてくれることで、今という時間の幸せをより感じられるようになった気がします。だって、娘や息子が遊んでくれなくなる日が来るまであっという間ですよ。我が家は子供たちの学校がお休みの日は、基本的に家族4人でボーリングや、渋谷や原宿、浅草、箱根や小田原などへ一緒にお出かけします。しかし近い将来娘に彼氏でもできたら、僕なんて当然、二の次三の次でしょう(笑)。だから、4人で一緒にいられる時間はすごく貴重なんです。
あと、両親を見送ったことで、「残り寿命」の捉え方が変わったかなとちょっと思ったりしています。今、僕は57歳で、会社員なら定年間近で「余生」を考える時期かもしれませんが、僕は会社員じゃないから、自分にとっての「余生」って何だろうとたまに考えるんですよね。辞書で「余生」という言葉を引くと、「余生イコール隠居」みたいな定義をされているけれど、僕にとっての「余生」は人生の大きな役割を果たした後のギフトみたいな、思い描いたことをガンガンやれるイメージがあって。

その「大きな役割」とは何だろう、という時に以前は何となく子どもが独立した時かな、と思っていたんです。その考えは今も変わりませんが、親を送り届けるという役割もものすごいパワーが必要でした。その役割をどうにかこうにか果たした今、「プレ余生」がやってきたような、エネルギーが湧いてくる感覚があります。この上、本当の「余生」がやってきたら、どうなるのか。「残り寿命」を生きることが、以前に増して楽しみになりました。

−−「親を送り届ける」というお言葉におちさんのお母様への温かな思いを感じます。最後に、読者に言葉のプレゼントをお願いします。

おちさん:「がんばらずにがんばる」という言葉を贈ります。これは僕が作った我が家の家訓で、娘の習い事の発表会があったりすると、よく言います。頑張り過ぎると肩に力が入って本領を発揮できなくなるから、頑張らなくていいよ、って。

−−もしかして、おちさんも昔、ちょっと頑張っちゃうタイプだったのでしょうか。

おちさん:実はそれもあります(笑)。一生懸命やるのは素敵なことだけど、頑張り過ぎると自分も周りも疲れて、いいことがありません。みんな十分頑張っているんだから、頑張らないくらいがちょうどいいですよね。

~EPISODE:さいごの晩餐~

「最後の食事」には何を食べたいですか?
納豆です。納豆を食べる、というのは僕のルーティンのひとつ。最後まで変えないでしょうね。多分、ごまかしたいんだと思います。終わるのを。日常のままでいたいんですね。特別なことをすると「終わるんだ」って感じがして怖いですから。

納豆お楽しみ情報

年に1度の納豆のコンクール「全国納豆鑑評会」で2022年の最優秀賞を受賞した「鎌倉小粒」。古都・鎌倉で50年以上の歴史ある納豆屋(鎌倉山納豆)が国産大豆100%で製造した「日本一の納豆」です。いつもの納豆を選ぶ選択肢のひとつに。

プロフィール

プロデューサー/おちまさとさん

【誕生日】1965年12月23日
【経歴】20歳のとき「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の放送作家オーディションに合格。その後「学校へ行こう!」「ガチンコ!」「グータン」「桑田佳祐の音楽寅さん〜MUSIC TIGER〜」など数々のヒット番組の企画・プロデュースを手がける一方、サイボウズ株式会社をはじめさまざまな企業や行政のブランディングを展開。その活躍は多岐に渡る。書籍多数。二児の父親。16年間毎日5kmのランニングとトレーニングがルーティン。
【そのほか】厚生労働省イクメンプロジェクト推進委員会メンバー
ブログ http://ameblo.jp/ochimasato
(取材・文/泉 彩子  写真/鈴木 慶子)