【北欧、暮らしの道具店・佐藤友子1】総フォロワー数686万人超の人気ECサイトの「店長」。創業から右肩上がりで上場

sato_tmb.001

撮影:持田薫

まな板できゅうりを細切りにするトントンという音が気持ちよくキッチンに響く。たっぷりとお湯を沸かしたストウブの鍋で、つやつやの水餃子が茹であがる。

青葉家に集った人々は、湯気を放つ家庭料理を囲み「いただきます」と一斉に手を合わせて、美味しいご飯をほくほくと食べる。

これは、全国50カ所以上で劇場公開された映画『青葉家のテーブル』のとあるシーンだ。

ただし製作したのは映画会社ではなく、ECサイトを運営する企業・クラシコムだ。

買うものがなくても「訪れてしまう」仕組み

スクリーンショット2024-03-0519.20.23

「北欧、暮らしの道具店」公式サイトよりキャプチャ

「北欧、暮らしの道具店」はアパレルや雑貨を販売するECサイト。運営する株式会社クラシコムは、2024年で創業18年目を迎える。

驚くべきは、創業以来一度も売り上げを落とすことなく、右肩上がりで成長し続けていることだ。2023年7月期の売上高は、前年同期の売上高51億6000万円から17.4%増の60億6000万円と大きく伸長した。

「北欧、暮らしの道具店」の大きな強みは、コンテンツだ。現在、クラシコムが発信するメディアはECサイトとアプリ以外にも、各種SNS、YouTube、podcast、そして冒頭の映画まで多岐にわたり、SNSの総フォロワー数は686万人を抱える。

多くの人を魅了してやまない理由は、メディア全体に横たわる世界観にある。「フィットする暮らし、つくろう」がテーマに掲げられ、どの媒体もトーンが統一されているのが特徴だ。

サイトでは読み物を毎日更新。例えば、ローズマリーを入れて煮込んだいちごのソースとクリームをまとったドーナツのレシピを紹介する。いつもよりちょっと手をかけて料理したり、家にいながらカフェにいるような時間を過ごしたりと、理想の週末のイメージを見せてくれる。

かと思うと、YouTubeにアップされた動画コンテンツは、バタバタと忙しい1日を過ごした人が夜、旬の食材で簡単なおつまみを作り、縁側でキャンドルに火を灯して晩酌する姿を映し出す。今日の自分を労い、明日の自分を元気づけるルーティーンは、すぐに真似したくなるものばかりだ。

何を観ても、聴いても、そこには「憧れるけれど、背伸びしすぎない暮らし」の世界観がある。一度足を踏み入れれば、ファンになるユーザーが多いことにも納得するだろう。

こうしたコンテンツの上に作られた世界観を、クラシコムは「ライフカルチャー」と呼ぶ。

ライフカルチャーに共感した顧客は、たとえサイトで買うものがなくても、YouTubeでドキュメンタリーを観たり、サイトで読み物を読んだりと、「北欧、暮らしの道具店」との接点を自ずと持ちたくなるような仕組みが構築されている。

クラシコムの創業者は、実の兄妹である青木耕平(51)と佐藤友子(48)。そして、この統一された世界観を作り出している人こそが、妹で「店長」の佐藤だ。事業戦略や仕組みづくりは兄が担っている。

aobake

映画『青葉家のテーブル』© Kurashicom.Inc

ライフカルチャーが存分に表現された冒頭の映画『青葉家のテーブル』の撮影地は、佐藤の私邸だ。映像に映る、透明感のあるフラワーベースや食器、主人公たちが着こなす衣類などのアイテムは、「北欧、暮らしの道具店」で販売されていたものも多い。

映画やYouTube、読み物などのコンテンツで取り上げられたアイテムは、ひときわ魅力的だ。手に入れれば「北欧、暮らしの道具店」の世界観を、自分の生活の中に持ち込めるような気がしてくる。

ライフカルチャーの仕組みを知れば知るほど、クラシコムを単なる「ECサイト運営会社」という枠にくくるのはいささか難しいように思えてくる。かといってメディアでもなく、映像制作会社というわけでもない。

ただ一つ確かなのはライフカルチャーの上に成り立つ「北欧、暮らしの道具店」と、それに共感する顧客の間の強固な絆が、クラシコムの事業を絶え間なく成長させてきたということだ。

周囲から期待され続けた副社長就任

jojo

2022年の上場時の写真。写真右下が佐藤、その隣に立つのが社長で実兄の青木だ。

提供:クラシコム

クラシコムは2022年に東証マザーズに上場。翌年、佐藤は副社長に就任した 。

今でこそ“上場企業の取締役副社長”という看板を背負う佐藤だが、実は創業以来、自身の希望で「取締役」を名乗り、「北欧、暮らしの道具店」の顧客に対しては一貫して、「店長」と自己紹介してきた。

青木とともに、ゼロから仕入れや製品づくりのノウハウを構築し、独自のカルチャーを作り上げ、ブランド力を磨いてきた功績を持つ佐藤。実務的には経営を担っていたこともあり、肩書きを持つことを周りからも期待されていた。

クラシコムと同じく2006年に創業し、途上国で生産したバッグやジュエリー、衣料を販売する、株式会社マザーハウス代表の山口絵理子は、親交の深い佐藤についてこう話す。

「佐藤さんは今まで品質管理からものづくり、ものや情報の届け方まで、事業の全般を担ってきた。だから『もっと早く経営をやってください!』と思っていました」

佐藤が副社長を名乗り、名実ともに2番手という状態になるまで、18年という年月がかかっている。なぜこれだけの時間が必要だったのか、佐藤に尋ねた。

「副社長を名乗ることは、私にとって覚悟がいることでした。踏み切れない私を後押ししたのは、自己紹介のときに感じる不便さ。

『取締役』『店長』という肩書きだけでは、 重要な交渉の場や取材で『実は創業者の一人で、事業全般に責任を持っていまして……』と実際の役割を伝えるひと手間が生まれてしまって」

佐藤は、少しはにかみながらこう続けた。

「私が、“実感”を判断軸にしているというのも大きいかもしれません。今回は、『役割に肩書きを合わせないと不便だ』という“実感”が生まれたので肩書きを変えました。一事が万事、“実感”を伴えないと先に進まないんです」

それは、上場後初めて一般株主が参加した2023年10月5日の株主総会のタイミングでも同じだった。

いつも予定時刻ぴったりに仕事場に到着する佐藤だが、その日は1時間前に会場入りしてしまうほど緊張し、心が波立っていた。しかし、直接、投資家たちの顔を見て対話をした後には、思いがけない感情が湧いた。

「あんなに緊張していたのに、実際に投資家さんに会ってみたら、『この方たちに真摯に向き合いたい』という気持ちが、頭ではなく、身体の奥深くから湧き上がってきたんです」

副社長になっても、呼称は「佐藤店長」

satotomoko_nenpyo.001

副社長となった佐藤だが、コンテンツの中の呼称はいまも変わらず「佐藤店長」だ。ファンの顧客たちは親しみを込めて、podcastやSNSで「佐藤店長」と呼ぶ。

この「店長」という肩書きで示される距離感こそが、「北欧、暮らしの道具店」を「北欧、暮らしの道具店」たらしめていると、マザーハウスの山口は言う。

「『店長』という肩書きだから、お客様は佐藤さんにいろいろなことを相談したり、悩みを打ち明けたくなったりする。例えばCOOという肩書きで表に立っていたら、きっとそれは難しかったんじゃないかと思うんです。

佐藤さんもクラシコムのスタッフのみなさんも、おそらくお客様のことをお客様と思っていない気がするんですよね。お客様よりももっと近い、『仲間』のような存在として捉えていらっしゃるように感じます」

上場企業の副社長としての“実感”を手に入れた佐藤の周りには、100名近くにまでになった社員たち、真摯に向き合いたいと思える投資家、「北欧、暮らしの道具店」を心から愛するユーザーたちがいる。そして顧客への敬意を込めて作り上げてきた、大切なコンテンツとプロダクトとカルチャーがある。

満ち足りているように見える佐藤の経営者人生。しかし現在地にたどり着くまでに、アルバイトや派遣社員として職を転々とし、輝ける場所を見つけるためにチャレンジを繰り返してきた。

(敬称略、第2回に続く)

(文・市川みさき、写真・持田薫、デザイン・星野美緒)

市川みさき:2014年に株式会社ZOZOUSED(現:ZOZO)に入社。2022年に退社し、フリーランスライターに転身。現在は、BtoC領域の企業へのインタビューなどを行う。


Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み