2021年末で廃止された独グンドレミンゲン原発。脱炭素社会への移行については一致しながらも、天然ガスや原子力など代替エネルギーをめぐって議論が続く欧州の動きが、世界全体に波紋となって及んでいる。
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年明け早々、欧州委員会は「脱炭素化に寄与する」エネルギー源として、天然ガスと原子力を公式に認定する方針を発表した。
欧州連合(EU)の行政府が、天然ガスと原子力を対象とする投資に「お墨つき」を与えたことになり、民間部門からの投資が促進されることが予想される。
とは言え、この問題は論点がやや混み入っている。以下、Q&A方式で整理してみたい。
【Q1】欧州委員会の「お墨つき」は何を意味するのか?
脱炭素社会への移行を目指すEUが独自に設定した枠組みにおいて、天然ガスと原子力にかかわる企業活動が「持続可能」であると認められることを意味する。
EUは2050年までに域内の温室効果ガス排出量を実質ゼロとする目標を表明し、それを成長戦略「欧州グリーンディール」の中核と位置づけている。
この野心的な目標の実現に向けて、域内のあらゆる経済活動は「環境目標に照らして持続可能か」EU独自の基準で評価される。
この持続可能な経済活動を評価する枠組みは「EUタクソノミー(分類)」と呼ばれ、EUは将来的にタクソノミーに関する情報開示をすべての企業に求めていくと思われる。
上記のような枠組みに基づいて、欧州委員会は今回、天然ガスと原子力に関わる企業活動を「持続可能」と評価したわけだ。
なお、EUタクソノミーは、域内で一次法(条約)を根拠に制定される二次法としては最も重い「規則(Regulation)」として提示されており、加盟国には国内法に優先して従う義務が生じる。
【Q2】「お墨つき」は具体的にどんな利益をもたらす?
最も分かりやすいのは、企業にとって資金調達が容易になることだ。
EUタクソノミーのもとで持続可能との認定を得られなかったからと言って、事業の遂行を禁止されるわけではない。それでも、認定された事業と認定されていない事業を比べたとき、投資家の抱く安心感は当然異なる。
それが資金調達にあたっての有利・不利に直結する可能性は高いだろう。
先述したように、EUは企業の展開する事業がタクソノミーに照らしてどのような状況にあるのか情報開示を求めていく意向とされており、それが域内で経済活動を営むためのルールになりそうだ。
したがって、望む望まないにかかわらず、企業はタクソノミーの求める評価基準を満たすよう、適応を急がざるを得ないのが実情と言える。
ちなみに、EUは2050年までの温室効果ガス排出量実質ゼロに向けた中間目標として、2030年までの排出量目標を1990年比で少なくとも55%削減することを掲げている。
中間目標を実現するためには、欧州委員会の試算によれば、2021〜30年の10年間にその前の10年(2011~20年)比で毎年約3500億ユーロ(約40兆円)の追加投資が必要になる。
EUの名目GDP約13.4兆ユーロ(2020年)の3%弱にも相当する投資を10年続けるということで、それを公的部門からの支出だけで賄うのは容易ではない。民間部門からの資金調達による補完が必須だ。EUタクソノミーの導入には(企業に対する)その動機づけとしての一面もある。
なお、タクソノミーはEU域内で事業を展開する企業が対象になるので、日本企業にも影響が及ぶ。そこで持続可能と認定されない事業の価値は劣化するだろうから、日本企業としては欧州市場から撤退するか、EUの土俵にのって戦うか、二択を迫られることになる。
【Q3】天然ガスと原子力への「お墨つき」はEUの総意か?
結論から言えば、総意ではない。EU内で足並みは相当乱れている。
例えば、自動車の温室効果ガス(CO2)排出量の「持続可能」基準について、EUタクソノミーは2025年末まで50g/km未満、26年以降をゼロと定め、すでに域内で意見集約のうえ一部適用が始まっている。
ところが、天然ガスと原子力は欧州委員会の方針が開示された現時点でも意見集約がうまくいっていない。
そもそも、天然ガスや原子力を「持続可能」と評価することについては、ロジックに怪しさを感じる人が多いのではないか。
原子力発電はCO2を排出しない点でクリーンだが、放射性廃棄物が発生する点でクリーンではない。持続可能かどうかの評価軸は温暖化だけではないのだから、脱炭素のために放射性廃棄物を許容というのは筋が通らない。今冬の電気代高騰に疲弊したEUの「ご都合主義」と言われても仕方ないだろう。
また天然ガスは、石炭に比べればCO2排出量が少ないもののゼロではなく、相対的にマシな選択肢と言える。それを持続可能と評価するなら、CO2回収・貯留(CCS)機能付きの石炭火力発電も持続可能に分類される余地が残るのではないか(詳細は専門家の議論に譲りたい)。
加えて、政治・外交的な視点で考えると、天然ガスを持続可能認定するその先には、欧州向け天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の活用、すなわちロシアへのエネルギー依存を許容する展開も見えてくる。そのあたりも釈然としない。
ロシアからドイツに天然ガスを陸送するパイプライン「ノルドストリーム2」。欧州で電力事情がひっ迫するなか、各国の思惑と利害関係がこのパイプラインを介して交錯する。
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そうした怪しいロジックが見え隠れすることもあって、EU加盟国の思惑は一致していない。
例えば、ドイツは過去最悪の電力不足(それに伴う電気料金の高騰)に直面しながらも、メルケル前政権からの既定路線を貫き、「2022年末までに原発完全廃止」の旗を降ろしていない。2021年12月末には事前の計画通り、3つの原子力発電所を運転停止させている。
しかし、イタリア、デンマーク、オーストリアなど他の反原発加盟国がドイツ同様に原発も石炭火力も廃止するとなれば、必然的に天然ガス(ロシアからのパイプライン供給)に依存せざるを得なくなる。
その危うさを指摘する声は日増しに大きくなっており、ドイツ国内では2022年末までの原発完全廃止を見直すべきとの声が高まっている。それでも、2021年12月に発足したばかりの連立政権で環境政党・緑の党が隠然たる影響力を持つ以上、脱原発の方針転換は一筋縄ではいかないと思われる。
かたや、フランス、オランダ、フィンランド、東欧諸国などは原発活用推進派で、今回のグリーン認定に執心していたと言われている。
とりわけ、マクロン仏大統領は2021年11月に国内における原発建設の再開を表明し、次世代小型原子炉の開発にも力を入れる姿勢が報じられている。
また、東欧諸国は電源構成の主力が石炭火力発電なので、EU加盟国として脱炭素社会への移行が避けられないなか、原子力やロシアからの天然ガスまで奪われれば、経済そのものが立ち行かなくなる。
過去をふり返れば、EUではどんな議論でも中途半端な折衷案が結論になりがち。加盟国の思惑にズレが目立つ今回も同じ構図のように見える。
脱原発を実現するために天然ガスを必要とするドイツ、原発ビジネスに自国の将来利益を見出すフランス、その間を取った折衷案が、天然ガスと原子力をともにグリーン認定する「着地」なのではないか。
こうした政治的意図が見え透いた妥協こそが、まさにグリーンウォッシュの典型であるように筆者には感じられる。
欧州委員会は1月中にも(EUタクソノミーを補完する、原子力と天然ガス関連の活動を含めた「委任規則」について)最終案を公表し、その後欧州議会に諮(はか)ることになる。
ドイツ、イタリア、スペインなど大国が名を連ねる脱原発陣営は抵抗を示すと思われるが、上述のように天然ガスもグリーン認定されることと引き換えに、脱原発陣営は最終的に押し黙る展開が予測される(反原発陣営は少数派で、もともと数の力ではまったく及ばないのだが)。
【Q4】日本のエネルギー政策への影響は?
今回の欧州委員会の発表は、2011年の東日本大震災以降、日本でタブー視されてきた原発利用の議論を見直す契機として注目されている。
天然ガスと原子力のグリーン認定は「脱炭素と脱原発は両立不可能」という現実を認めた結果とも言えるわけで、それは日本にとっても避けて通れない争点だろう。
もちろん、日本としては「ご都合主義」のEUに惑わされることなく脱原発を進め、両立不可能な脱炭素には追随しないという道も(論理的には)あり得る。だが、それには相当の胆力を要する。
そう考えると、やはり原発をどう位置づけるかという議論は避けられない。2021年9月の自民党総裁選では次世代小型原子炉の新増設を進めるべきとの意見も出ていたが、足もとではその是非すら議論されていない。
EUの決断は確かにご都合主義だが、同時に現実主義でもあり、電力事情のひっ迫から早めの決断が必要だった。
いずれ直視して議論する必要のある困難きわまりない論点について、EUが先陣を切って判断を下したことそのものは(日本が自ら決められないのは情けない話だが)ポジティブな話なのかもしれない。
現在の「中庸」路線が解決策にならないことははっきりと分かっている。ほぼ10年間止まっていた日本のエネルギー政策に関する議論が動き始めるなら、それは欧州の動きが日本にもたらす最大の影響と言えるだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。