初の著書「空洞のなかみ」を出版、小説家デビューを果たした俳優の松重豊さん。たくさんの人に小説を読んでほしいと、「セルフキャンペーン」と銘打って、自身のウェブサイトやSNS、YouTube(ユーチューブ)も立ち上げました。YouTubeの朗読動画では、ミュージシャンや若手映像クリエーターとコラボ。若い世代とタッグを組み、松重さんが察知したエンターテインメントの「大転換」とは。
自分から仕掛けていくのは面白い
――小説の「セルフキャンペーン」と銘打って、多彩な活動を始められました。
役者は、ある意味「待つ」のが仕事です。事務所からこういう仕事の依頼がありましたという連絡を待つ。2020年の非常事態宣言時、あらゆる活動がストップし、待ち続けることが非常に苦しくなりました。待つだけの時間がいつ終わるのかも分からないから、なおさらつらい。それならと、自分から発信してくことを始めました。
本を読んでもらうために何ができるかという挑戦をすると、非常に面白かったですね。朗読なら1人でできるかも。朗読と音楽を一緒にした「読み聴かせ」をやったら面白いかも。知り合いのミュージシャンにメールを出したら反応があった。動き出したら、すべてが新鮮で楽しかった。Twitter(ツイッター)は言葉遊びが面白いし、Instagram(インスタグラム)はリアクションがあるし、使わない手はない。
映画やドラマのキャンペーンで、取材を受けることも多いですが、正直、自分が全責任を負って答えられるわけではない。でも、本の宣伝に関しては、何を聞かれても答えは自分の中にある。コロナはまだ終わりが見えないけれど、待つだけでなく、自分から仕掛けていくのは、とても面白い経験でした。
時代に置いていかれるという危機感を覚えた
――小説の一編「伴走」の朗読動画は、ペースメーカーなのに最後まで走りきってしまう、主人公の息づかいや疾走感がドラムの演奏とマッチしていました。
朗読動画は、身近な職種に息子(ラジオ局ディレクター)、娘(広告会社プロデューサー)がいて、本を見せて相談したら提案してくれました。制作は息子の友人たちが手伝ってくれました。還暦前のオヤジが1人で全部やるとなったら、たぶん難しいし、いい結果は出なかった。若い世代の力を借りたからこそ、いろいろできたと思っています。
ミュージシャンの方には、「どの話をやりたいですか?」と投げかけました。あるいはランダムでお願いしました。「この話はこの人」と僕が決めない方が面白いと思ったんです。結果、ペースメーカーとドラムのように非常に合うなと思ったものもあれば、この落差ってありだなと思うものも。気持ちいいところにいかない違和感もまた、僕が愛しているものです。
――若い世代とタッグを組んでみていかがでしたか。
映像表現は、僕らが8ミリで映画を撮っていたころに比べ、とても挑戦しやすい環境になっています。スマホやパソコンで作品を作って、YouTubeで海外に配信できる。昔は映像の世界で活躍するといったら、映画やテレビ業界が真っ先にあげられていましたが、今の若い人たちは見向きもしていないのが小気味よかった。動画投稿サイトでどんな面白い表現ができるのか、どうしたらバズるのかをまず考えています。
面白いものを作って、お客さんを楽しませるのは古今東西変わらないけれど、やり方、やるフィールドが変わってきている。まさに「ルネサンス」「大転換期」に来ているという気配だけは察知しました。同時に、彼らが面白いと思うところまで必死になって自分を追い込まないと、時代に置いていかれるという危機感も覚えました。
挑戦があってこそ、逆境を乗り越えられる
――コロナでエンターテインメントは大変な時代です。今後、どうなっていくでしょうか。
僕は小劇場やライブハウスに育ててもらった人間ですから、芝居や音楽などエンタメ業界がコロナ前の状態に戻ってほしいという気持ちが強くあります。でも、この状況で何ができるかを考えるのが僕らの宿命。アイデアを出したもの勝ちです。僕がひとつ出したとするならば、YouTubeで朗読と音楽のコラボを密にならずにやった。アイデアを出した人たちが次の表現を作り出せる、そういう勝負になってくると思います。
例えば、僕らの時代には演出家の蜷川幸雄さんがいて、小劇場や商業演劇の見せ方をつくってくれた。世の中を牽引(けんいん)してくれる人はいつの時代もいるわけで、これから先もきっと現れるはずです。「厳しいね」って言っているだけでは未来はない。何か面白いことをやってみようという挑戦があってこそ、逆境を乗り越えていくことができる。どんなに困難な状況でも絶対に面白い答えはあるという確信だけは持っています。
(聞き手・松田智子、撮影・伊藤菜々子)
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