那岐山に抱かれる奈義町の町並み。奈義っ子は皆、この山を見ながら育つ(写真提供/奈義町役場)那岐山に抱かれる奈義町の町並み。奈義っ子は皆、この山を見ながら育つ(写真提供/奈義町役場)

待ったなしの少子化対策が叫ばれる中、出生率が特に高い自治体を歩く短期連載。第1弾の鹿児島県伊仙町に続き、第2弾は2月19日に岸田文雄首相が視察した「岡山県奈義町」をぶらりする。出生率2.95という驚異の数字を叩き出している奈義町だが、その実態について深掘りしてみると、この町が抱える切実な悩みも見えてきた!【ルポ・子だくさん町 第2回】

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奈義町は岡山県の北東部、鳥取県との県境にある。町域の大半が山林。台風シーズンに「広戸風」という強風が吹くことでも知られている奈義町は岡山県の北東部、鳥取県との県境にある。町域の大半が山林。台風シーズンに「広戸風」という強風が吹くことでも知られている

■転入者が殺到する〝奇跡のまち〟

今、「2.95」という数字が全国的な注目を集めている。女性ひとりが生涯に何人の子供を産むかを推計した、岡山県勝田郡奈義町の合計特殊出生率(以下、出生率)だ。

奈義町は、独自の少子化対策を打ち出し、2005年時点で「1.41」だった出生率を「2.95」(19年)に引き上げた〝奇跡のまち〟として知られている。ちなみに、その出生率は厚生労働省の最新の統計(13~17年)で全国首位だった沖縄県金武町(2.47)を大幅に上回るものだ。

2月19日には「異次元の少子化対策」を掲げる岸田文雄首相がこの町を訪問。拠点施設を視察した後「具体案づくりに参考となる貴重な示唆をもらった」と目を輝かせたが、首相が携行する「岸田ノート」には、どんなメモが記されたか? 2月上旬、2泊3日で奈義町を取材した記者のノートにはこう記されている。

【〝奇跡のまち〟には光と影がある】――。

2月19日、少子化対策に取り組む岸田文雄首相が奈義町を視察した(写真提供/奈義町役場)2月19日、少子化対策に取り組む岸田文雄首相が奈義町を視察した(写真提供/奈義町役場)

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奈義町は鳥取県(智頭町)に隣接する岡山県〝最奥〟の町だ。東京から新幹線で岡山に入り、岡山駅でJR津山線に乗り換えた後、中国山地の山々をくぐり抜け、1時間半ほどかけて終点の津山駅(岡山県津山市)へ。そこから車を30分ほど走らせてようやく奈義町にたどり着く。

町内にスーパーとコンビニはいくつかあるが、ファミレスやドラッグストアはなく、鉄道も走っていない。失礼だが、こんな僻地(へきち)で日本一の出生率を叩き出している事実に、まず驚いた。

奈義町役場に行くと、子育て支援を推進する情報企画課の森安栄次氏が多忙そうにしてこう話した。

「取材が殺到してスケジュールが過密になっていましてね。今週は全国紙の記者さんと米国のメディアも入られます」

海外メディアのスポットも当たる出生率「2.95」を支えるのは、町外からの子育て世代の流入だ。

21年度の奈義町の社会増減数(転入者から転出者を引いた数)はプラス21人。都会から遠く離れたエリアで社会増を維持すること自体が「難しい」(森安氏)というが、今年度は昨年4月から12月までの実績にもかかわらず、前年度の3倍超となる70人の社会増だ。

転入者に占めるUターンとIターンの割合は半々で、「最近は県外からの移住者が増加傾向」(森安氏)にある。

地域ぐるみで子育てをする奈義町の、親と子たちの集いには活気があふれる(写真提供/奈義町役場)地域ぐるみで子育てをする奈義町の、親と子たちの集いには活気があふれる(写真提供/奈義町役場)

■ひとりっ子の親は肩身が狭い?

出生率の高さの理由を探ろうと訪れたのが、子育て支援施設「なぎチャイルドホーム」だ。保育園・幼稚園就園前の幼児向けに、地域住民が保育士と共に当番制で子供の保育に当たる「自主保育サービス」などを無料で提供。町の母親たちの憩いの場となっている。

奈義町の若い母親の多くが子連れで通う「なぎチャイルドホーム」は、地域ぐるみの子育てを支える拠点だ奈義町の若い母親の多くが子連れで通う「なぎチャイルドホーム」は、地域ぐるみの子育てを支える拠点だ

共に3児の母でもある奈義町生まれの大藪さんと中村さん。「奈義で3人きょうだいはフツーよ」と口をそろえる共に3児の母でもある奈義町生まれの大藪さんと中村さん。「奈義で3人きょうだいはフツーよ」と口をそろえる

1歳児の三男と施設を訪れていた大藪里子さん(仮名・35歳)が、第3子出産までの流れをこう説明する。

「この町には高校がないから、中学を卒業したらみんな町外に出ます。私も隣町の津山の高校に通い、卒業後は神戸の大学に進学。成人式で同級生だった主人と再会し、町にUターンして結婚しました。

もともと都会での子育ては想像できなかったので町に戻ると決めていたんです。私も主人も3人きょうだいだし、奈義ではそれが自然だから、最初から子供は3人つくるつもりでした。ただ、3人とも男の子。女の子が欲しいって気持ちもあるから、今は4人目をどうしようかと考え中です」

大藪さんと小中高の12年間、同じ学校に通っていた中村百恵さん(仮名・36歳)の場合、「正直、子供はもともと好きじゃなかった」という。

「私は高校卒業後に大阪へ進学し、町外で就職、結婚、第1子出産までしました。当時はマンション販売の仕事にやりがいを感じていて、子供はひとりでよかったし、主人は大阪の人だから、奈義に戻ることもないと思っていました」

「なぎチャイルドホーム」のスタッフ・貝原博子さんは倉敷市出身の3児の母。約20年前、「開放的な空にひかれ、直感で」奈義町移住を決めた「なぎチャイルドホーム」のスタッフ・貝原博子さんは倉敷市出身の3児の母。約20年前、「開放的な空にひかれ、直感で」奈義町移住を決めた

「なぎチャイルドホーム」では、各世帯から持ち込まれた子供の古着を基本価格50円で販売している。子だくさんゆえ、品ぞろえは豊富だ「なぎチャイルドホーム」では、各世帯から持ち込まれた子供の古着を基本価格50円で販売している。子だくさんゆえ、品ぞろえは豊富だ

だが、都会での子育てに疲れを感じはじめていた頃、夫から「町に帰ろう」と言われてUターンを決意。その後、第2子と第3子を出産した。

「産もうと決めていたわけではないのですが、ふたり目、3人目ができてもいいかなぁというくらいに考えていました。大阪にいたままだったらそんな感覚にはならなかったと思います。

親が近くにいるし、地区の人はみんな仲良しで子供の世話もしてくれる。この町ではそこに安心感があるから、『3人産んでもなんとかなる』って思えるんです」

母親ふたりに話を聞いた同日の夜、町内の数少ない飲み屋に行くと、奈義町で生まれ育った店のママ(40代)と常連客の男性(30代)、2児の母でもある女性(40代)がいた。

3人に話を聞くと、この町の別の顔が見えてくる。

ママ「この町には小中学校が1校ずつしかないから、子も親も関係性が濃くなる。その中で『○○さん家が3人ならうちは4人』って競うように出産したり、ママ友同士が『3人目は一緒に同級生の子を産もう。そのためには○月までには妊娠しなきゃ!』って同時期に子づくりを始めたりするケースもある(笑)。こんなの都会じゃ考えられないでしょう?」

男性客「男は飲みに出ようにも遅くまでやってる店はないから、夜に出歩く人はほとんどいない。結局、家の中に楽しみを見いだすしかないから、夫婦仲は良くて、だから子だくさんになるって流れもあるんじゃないかな。

だけど、3人産んだらタガが外れるのか、夫婦間で〝レス〟になって外に楽しみを見いだそうとする男がいるのも事実だよ(苦笑)」

女性客「子だくさんというけれど、ひとりっ子や、事情があって子がいない家もある。その中には『子育て応援宣言』を掲げるこの町で、子供ひとりだと『肩身が狭いし、町に貢献してないような気にさえなってくる』っていう人もいてね。

〝奇跡のまち〟ともてはやされるようになってからは、テレビ局の取材クルーに『お子さん何人ですか?』と聞かれて『ひとり』と答えたら、あからさまに残念そうな顔をされたり、『ますます疎外感が大きくなった』って」

■超・充実の子育て支援メニュー

奈義町の高い出生率を支えているのは、全国屈指の充実度を誇る財政支援である。

出産したら町から一律10万円の祝い金が支給され、町内に新築住宅を建てれば20万円を補助。町内の業者に施工を頼み、入居者が5人以上いれば補助額は100万円上限に跳ね上がる。

結婚を機に、9年前に隣町の勝央町から移住してきた主婦(30代)がこう話す。

「この町で若い子育て世帯に人気なのが町営住宅。駐車場付き・3LDKの新築のオール電化住宅に、近隣相場より3割安い家賃5万円で入居できます。うちもそれが移住の決め手になりました」

奈義町の子育て支援はそれだけにとどまらない。

在宅育児を行なう世帯に、子供ひとりにつき「月1万5000円」、高校生がいる家庭には生徒ひとりに「年13万5000円」の就学支援金が支給され、高校生以下の子供の医療費は自己負担ゼロ、小中学校の補助教材費は無料、毎月の給食費の半額を町が助成し、大学進学のために町が低所得世帯に用意する奨学金は無利子で、大卒後にUターンすれば貸付額の半額が返済免除になる。

乳児期から成人までの金銭サポートが驚くほど手厚い。さらに......。

「奥正親町長は先日(2月5日)投開票が行なわれた選挙で高校生がいる世帯への就学支援を年13万5000円から24万円にすると公約に掲げていたので、近いうちに増額されると思います」(地元住民)

奈義町が少子化対策に大きくかじを切ったのは約20年前。近隣1市3町で合併する話が持ち上がり、02年にその賛否を問う住民投票を実施した結果、7割超の町民が「合併はしない」と選択した。

だが、合併を促すために国が特別に用意していた財源(合併特例債)を当てにできなくなり、財政シミュレーションをすると、単独町政では財政危機に陥る恐れがあることがわかった。当時の出生率は「1.41」。調査開始以来、最低の水準だった。

その後、奈義町は徹底した歳出削減に踏み切る。議員定数と役場の職員数を減らし、民生委員会など当時40以上あった委員会の報酬や公共事業費も大幅カット。こうして捻出した1億6000万円を、「子育てと教育のために使う」と決めた。

「子供や子育て世代が残る環境をつくらないと町の存続はない。当時は議会も役場も、多くの人がそんな発想を持っていました」(前出・森安氏)

そこから制度を段階的に見直し、「住民のニーズを取り入れながら毎年ちょっとずつ、子育ての支援メニューを増やしていった」(森安氏)。

「ちょっと働きたい」人に、「ちょっと手伝ってほしい」仕事を紹介する「しごとコンビニ」のスタッフたち「ちょっと働きたい」人に、「ちょっと手伝ってほしい」仕事を紹介する「しごとコンビニ」のスタッフたち

前述した住宅支援や金銭サポートのほかに、奈義町独自の取り組みとして注目されるのが「しごとコンビニ」だ。これは、主に子育てをしながら「ちょっとだけ」働きたい母親と、常勤で雇うほどではないけど繁忙期に「ちょっとだけ」手伝ってほしい事業者をマッチングする就労支援策である。

農作業の収穫・種まき、チラシや広告の作成、データ入力など事業者側から仕事依頼が入れば、「しごとコンビニ」の運営団体が登録者向けにLINEで一斉送信。個人のスキルや希望も考慮されるが、基本は募集に応じた人の中から先着順に仕事が紹介される。

現在の登録者数は子育て世代を中心に280名程度。報酬は岡山県の最低時給(約900円)が基準だ。企業や役場だけでなく、個人宅からも墓地の清掃から空き家管理、マムシ退治に至るまで安定的に仕事依頼があるため、「月15万円近くを稼ぐママもいる」(運営スタッフ)という。

02年以降、こうした取り組みを積み上げる中で出生率はじりじりと上昇。14年度に「2.81」を記録すると、〝奈義モデル〟が全国に知れ渡ることとなった。

■高齢者と子育て世代の静かな対立

順風満帆に映る奈義町だが、今、この町ではある分断が起きている。

2月5日に投開票された町長選では、出生率の維持へ子育て支援に邁進(まいしん)する現職の奥町長と、子育て支援に加えて高齢者福祉を押し出す前職の笠木義孝氏が一騎打ちに。結果はわずか95票差で奥町長が接戦を制する形となったが、それと同時に子育て世代と高齢者の対立が鮮明になった。

記者が奈義町を訪れたのは投開票日の翌日。取材した複数の高齢者の口から飛び出してくるのは、中学校の改築工事を巡る談合、町長によるパワハラ、小学校でのいじめ問題の隠蔽(いんぺい)......など、奥町政をおとしめる疑惑の数々だ。

「週刊誌で書いて町長の暴走を止めて!」と70代の女性が記者に懇願する姿からは悲壮感が漂っていた。

この20年間、子育て支援の予算を増額し続ける町政に、「『私たちにはメリットが少ない。なんで若者ばかり』とストレスを募らせる高齢者は少なからずいた」(元町長の笠木氏)。4年前、奥町長に代わってからは子育て世帯を優遇する財政支出にさらにドライブがかかり、反発の声は徐々に高まっていったという。

高齢者と子育て世代の対立が表面化したのは、「認定こども園」を巡る問題だ。

現在、町に存在する幼稚園2園と保育園を統合し、園児数250名の大規模な「こども園」が再来年に誕生する。すでに役場近くの広大な敷地で着工されているが、園の建設費は計画時の12億円から20億円近くに高騰。「デザインに凝りすぎたからです。東京五輪時の新国立競技場と同じパターン」(町議)という。

公表されている完成イメージ図を見ると、ガラス張りを多用した斬新な設計の園舎はまるで美術館のよう。これに、「オシャレなこども園などいらん! 贅沢(ぜいたく)ばっかしよって」と異を唱える高齢者が少なくないのだ。

だが、園児を抱える子育て世代にとっては、町に1園しかない保育園の内情が切実な問題になっている。

同園に子供を預ける3児の母(30代)がこう話す。

「子育て世帯の転入者の増加とともに保育園の園児数も増えましたが、園内の施設は昔のまま。その結果、10人用とかの狭い保育室に約30人の園児がぎゅうぎゅうに詰め込まれる状況になっています。ママさんたちにとっては、『一刻も早く、もっと広い園を!』と願うのも当然です。

町長が替わっていたら、工事にストップがかかって園の開園が延期になる可能性もあったから、正直、こんなにひやひやした選挙は初めてでした。

奈義町のお年寄りたちは、貯めたお金が少なくなるのをすごく不安がるから、先進的なことをしようとしたらワッと反対する。『どうなるかわからんものに金は使うな!』って。でも私たち世代からすると、施策が全部うまくいくとは思ってないけど、町の未来のために投資をすることは必要だと思っています。

今回の選挙では、ママ世代とその親世代で親子げんかになったという話も聞きますが、ちゃんと向き合って話をして、時間をかけてでも説得していかなきゃなって思っています」

■「2.95」という数値はどこが出したのか?

前出の町議がこう話す。

「うちの町は、高齢者福祉の予算を削っているわけじゃない。『若者だけが』という高齢者の方に、子育て支援の予算と高齢者福祉の予算を並べて見せたこともあるけど、後者のほうが数倍多いんです。

でも、高齢者向けの予算規模はそれほど変わらず、子育て世代向けには『予算増額』という目立つ形で出てしまうから、反発の声が起きる」

奈義町では県外から移住する子育て世帯が急増。親同士の交流を深めるための移住者限定の運動会の様子(写真提供/奈義町役場)奈義町では県外から移住する子育て世帯が急増。親同士の交流を深めるための移住者限定の運動会の様子(写真提供/奈義町役場)

前出の森安氏は、「少子化対策で大事なのは、住民の方とのコンセンサス」だという。

「今、行政にとって一番の課題は人口減少です。これを解決するために、子育て支援は絶対に欠かせません。ただ、同時に行政として発信し続けなければいけないのは、子育て支援こそ、最大の高齢者福祉につながるということ。

町に若い世代がたくさんいて、活発に活動するからこそ、町のスーパーや病院、公共交通が残り、高齢者が安心して過ごせる町が持続するんです」

江戸時代から伝わる奈義町の伝統芸能「横仙歌舞伎」。その伝統を受け継ぐ「こども歌舞伎教室」が定期的に開かれる(写真提供/奈義町役場)江戸時代から伝わる奈義町の伝統芸能「横仙歌舞伎」。その伝統を受け継ぐ「こども歌舞伎教室」が定期的に開かれる(写真提供/奈義町役場)

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2月28日、昨年1年間の国内の出生数が統計開始以来、初めて80万人を割ったことを厚労省が発表した。今後、奈義町の出生率「2.95」がますます注目されることになるだろう。だが、その数値について気になることがある。

市区町村別の出生率は、5年に一度の国勢調査に基づき厚労省が算出する数値が指標になるが、同省が公表した最新の統計(13~17年)を見ると、奈義町は上位50位にも入っていない。

また、奈義町の出生率「2.95」は19年の単年の数値であり、5年ごとに算出される国のものとは異なる。この点について、町の担当者はこう説明した。

「『2.95』は岡山県が算出した出生率です。本町としては県の公表値をオフィシャル値と考えます。確かに、国の統計では上位50位に本町が含まれていませんが、次回の調査結果には上位に入ってくる可能性があると考えています」

では、19年の「2.95」以降の奈義町の出生率は?

「現時点で県からの発表はありませんが、町で算出した数値ならあります。20年は『2.21』、21年は『2.68』です」

いずれにせよ、子だくさん町として申し分のない数値ではある。

ただ、全国でも類を見ない「2.95」という数値が、ややひとり歩きしていないか、という気持ちにもなった。

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