映像制作にはいまやさまざまな技術、特にゲーミング業界やジオスペーシャル(地理空間)情報業界からの技術が取り入れられている。それらによって、映像制作のあり方に変化が生じているのだ。
「バーチャルプロダクション」「オンセット・バーチャルプロダクション」または「インカメラVFX」と呼ばれるシステムは、映画、テレビ、およびそのほかの形式の映像に大きな変容をもたらした。いまやハリウッドの映画スタジオをはじめとする映画業界や、Netflixなどの映像ストリーミング企業など、世界中の制作現場でバーチャルプロダクションを取り入れる動きが拡がっている。
加えて、ミュージックビデオや広告の制作者、YouTube、TikTok、Twitchなどのソーシャルメディア共有プラットフォームでコンテンツを制作している人々も、この流れに乗っている。日本のデジタルネイティブ世代も同様だ。バーチャルプロダクションのさらなる可能性を探るべく、東京発のグローバル・クリエイターコミュニティであるMillennials of Tokyoが、動画制作プロダクションAstrayが構える北参道のバーチャルプロダクション・スタジオを訪れた。
まずはバーチャルプロダクションの技術をおさらいしておこう。従来のスタジオとは異なり、バーチャルプロダクションでは事前に制作されたビジュアルと実物の空間をリアルタイムで結びつける。つまり、有機LED(OLED)画面に映し出したバーチャルセットと実物のセットを融合させるのだ。
そのプロセスにおいては、「Unity」や「Unreal Engine」などのゲームエンジンも利用して、2D、3Dビジュアルのレンダリングが行なわれ、それが制作時にアセットとして利用される。ゲームエンジンとは、典型的にはゲーム業界で使用されているソフトウェアのことで、サウンド、グラフィックス、およびコンピューター生成画像(CGI、特殊効果ともいう)のデザインに使用できるものだ。
バーチャルプロダクションのアセットは、3Dスキャナーなどの地理空間情報技術を用いて作成することもできる。3Dスキャナーは屋内外のロケーションに対応し、オフィスの中でも、外の通りのシーンでもキャプチャーできる。
また、スタジオではモーションセンサーが使われ、カメラや俳優、プレゼンターなどの演者の動きを追跡する。こうすることで、被写体となった人物とバーチャルの背景をシームレスにつなげることができる。
こうして、バーチャルプロダクション・スタジオでは、あらゆる実世界のロケーションを再現できる上に、完全に架空のロケーションも生み出せることになる。クリエイターにとって、無限の可能性が新たに開かれるのだ。
バーチャルプロダクションは、最近いくつもの映画やドラマ作品に使用されることで、世界中の視聴者の想像力を捉えてきた。このプラットフォームを最初期に取り入れた作品のひとつとして、『マンダロリアン』が挙げられる。これは『スターウォーズ』映画シリーズに基づく実写版のテレビドラマシリーズで、2019年にDisney+から配信された(現在はシーズン3)。
また別の例として、『1899』もある。この作品は、ドイツの歴史ミステリーSFのテレビドラマシリーズで、2022年からNetflixが制作・配信している。『1899』ではヴィクトリア朝時代の蒸気船、『マンダロリアン』では「宇宙西部劇」的な環境といった具合に、いずれのテレビドラマも想像上の世界をつくり上げているが、その際に使用されたのがバーチャルプロダクションの技法だ。
といっても、バーチャルスタジオの技術を導入しているのは、ハリウッドの大規模プロダクションやオンデマンド映像企業だけではない。製品やサービスのブランディングを手掛ける企業、クライアントの依頼で広告を制作する広告代理店、ソーシャルメディアで活動するデジタルクリエイター、こうしたすべての分野で、クリエイターたちはコンテンツ制作にバーチャルプロダクションを採用している。
23年6月、Millennials of Tokyoの招待で、東京をベースとする20人のクリエイターたちがAstrayのバーチャルプロダクション・スタジオの見学に訪れた。スタジオがある東京の北参道は、イノベーション領域やテック分野のアーリーアダプターたちが集うハブとして知られる地域だ。
見学中、Astrayの創業者で最高経営責任者(CEO)を務める蓮沼慶が、このスペースで提供しているサービスについて説明した。その後、クリエイターたちは実際にスタジオの中を見て回って、自分でも体験することができた。
バーチャルのシーンやロケーションを再現する場所は「ボリューム」と呼ばれることがあるが、クリエイターたちはそのボリュームの中に立って、6つのバーチャルシーンやロケーションを体験した。まずは屋内のバスケットボールのコートから始まり、飛行機の中、そしてニューヨークの通りの風景へとシーンは移り変わった。
その次には、さらに3つ、バーチャルなロケーションを体験する。熱帯林の中、ニューヨーク風の地下鉄、そして月面だ。
「とても没入的ですね。この解像度とサイズでこのような画面を見るのは、今回が初めてです」と、米国人のプロダクトデザイナーでロボット専門家のシオン・ミッチェルはいう。「さまざまな用途が考えられると思います。例えば、AR(拡張現実)を使ったトレーニングセッションであったり、一般公開用の映画であったり、大規模なゲームのデモやプレゼンであったり。いろいろと思いつきます」
カナダ出身のビジュアルアーティスト、ヴァンサン・エメは次のように付け加える。「写真撮影をするとき、従来のようなスタジオを準備するのは大変です。そんなスタジオを利用するケースは多いと思いますが、背景には白しかなく、それは何というか、退屈なものです。逆に、屋外で撮影すると、しばしば『ダメ、ここは撮影禁止ですよ』と言われます。だから[バーチャルプロダクションスタジオは]素晴らしいです。どんなシーンでも読み込んで、写真を撮影できるんですから」
バーチャルスタジオの用途はさまざまな業界にわたると、Astrayの蓮沼は説明を続ける。見学者も同じ意見だったが、そのなかには、ベンチャーキャピタル(VC)や、スタートアップ、およびジェネラティブアート分野の人物もいた。
スカイラー・コールは、米国人VCで、日本に拠点を置いている。また、彼女はヨガ講師もしている。コールは次のように指摘する。「VCの仕事をしていないときにはヨガを教えています。また映像コンテンツもつくっていて、明日は撮影に出かけます。その計画を立てようとしているところですが、天気や照明についてはあらかじめ考えておかなければなりません。でもこんなツールがあれば[天気のような外的要因について心配する必要がないので]計画が楽になります」
ヴィリッヒハーゲン・セバスチャンは、オランダ出身のマーケターで、東京のテック系スタートアップに勤務している。また彼はパートタイムでモデルとしても活動している。ヴィリハーヘンの意見はこうだ。「ぼくの本業、つまり宇宙業界のスタートアップのマーケティングとの関連で考えてみると、このスタジオを製品発表などの機会に使えるんじゃないかと思いました」
日本出身のミュージシャンであるShizuka ‘Zucca’ Nagahamaは、バーチャルスタジオには、ミュージックビデオの制作にも役立つポテンシャルがあると考えている。Zuccaは今回の見学の前からミュージックビデオの制作を計画していたが、従来のようなスタジオを使用する予定でいた。「グリーンスクリーンを使った経験はあります。でも、これは違いますね。瞬時にロケーションを再現したり、ゲームエンジンからシーンを読み込んだりして、それをすぐに目で確認できるというのは素晴らしいです」
バーチャルスタジオには、どのような未来があるだろうか。この技術の限界はどこで、思わぬ落とし穴があるとしたらどこだろうか。キルギスタン人で、東京を拠点にミクストメディアの研究者とコンテンツプロデューサーとして活動しているベクトゥル・リスケルディエフは、バーチャルプロダクション・スタジオについて、両義的な感想を抱いている。
まず課題として、このようなプラットフォームを快適に使うには、その前に必要なスキルを一気に習得しなければならない点を挙げる。「例えば、スタジオで複合現実(MR)のコンテンツを映しているときに、[俳優またはプレゼンターに]どこに視線を向けるかをどうやって指示すればいいでしょうか。これはかなり難しい問題です」
また、大規模言語モデル(LLM)である「ChatGPT」や、プロンプトを画像に変換する「Midjourney」のような生成AIの技術がますますバーチャルプロダクションスタジオに導入されているが、所有権についての問題が指摘されるなど、物議を醸してもいる。特に問題となっているのが、クリエイターの著作権と、しばしばクリエイターの作品を用いてトレーニングされたAIアルゴリズムを、どのように区別するかという点だ。
とはいえ、「生成AIが出現し、一般的なユーザーもますます利用できるものになっていることで、このようなスタジオは、バーチャルリアリティ(VR)や生成AIのコンテンツをワークステーションにどのように取り入れていくかという点で、さまざまな機会を生み出しています」と、リスケルディエフは付け加える。
コンゴ民主共和国出身で東京を拠点にコンサルタント、YouTuber、モデルとして活動しているCrazyllahも同じ考えだ。「さまざまなことが無限にできるでしょう。わたしの会社やそのクライアントがこのプラットフォームを使っている姿が目に浮かびます」
(Special Thanks to Astray / Interpretation by Soraya Umewaka / Edit by Michiaki Matsushima)
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