米国で大統領選挙の候補者選びに向けた予備選挙が実施された「スーパーチューズデー」で、ドナルド・トランプ前大統領が15州中14州で勝利して大勝を収めた。ところがこの日、すべての投票と選挙はもはや救いようのないほど不正にまみれていると考えるトランプの熱烈な支持者たちは、一日中ずっとネット上で荒唐無稽な陰謀論を繰り広げ、11月の大統領選で何が起きるかを予測し、自分たちが敵視している人々がトランプを敗北させるためにどのような陰謀を企てようとしているかを推測していた。
投票権の擁護団体からは、スーパーチューズデーに投票する人々に影響を与えるような問題はほとんど報告されなかった。しかし、それが選挙否定派の勢いをそぐことはなかった。それどころか、壮大な選挙の陰謀を示唆していると思われるものは何でも取り上げたのだ。
“不正”の告発は3月5日(米国時間)のスーパーチューズデー当日から徐々に出始め、Facebook、Instagram、Threadsのユーザー全員がこれらのソーシャルメディアがオフライン状態になったことを知った午前10時30分(日本時間の6日午前0時半)ごろには爆発的に広がった。
これらのプラットフォームがダウンした本当の原因(技術的な問題であることが判明し、メタ・プラットフォームズが90分以内に解決した)が明らかになるまで待たずに、選挙否定派やTelegramの陰謀論チャンネルのメンバーたちは、すぐさま非難を始めた。
「今日はスーパーチューズデーだが、ほとんどすべての主要なプラットフォームがダウンしている」と、ある選挙否定派のインフルエンサーはTelegram上で投稿している。「これは偶然ではない……『Dry-Run(予行演習)』という言葉は本番前のパフォーマンスや手続きのリハーサルを意味している」
そして選挙否定派の人々は、XやTelegram、トランプの独自SNS「Truth Social」がオンライン状態を保っていたことについて、これらのプラットフォームが「選挙当日に利用できる唯一のプラットフォームである可能性が非常に高い」という「証拠」だと主張したのだ。
メタの機能停止が計画的なものであったという見方は、Xや「The Donald」のような親トランプ派の掲示板を含む複数のプラットフォームで広く拡散された。140万人のフォロワーをもつ有名な極右インフルエンサーであるローガン・オハンドリーは、300万回以上も閲覧されたXへの投稿で「11月に向けた試運転か?」と記している。
「The Donald」のあるユーザーは、「人々が選挙の不正を報告しないように、通信を遮断する練習をしている」とスレッドに書き込んでいた。
拡散された陰謀論の数々
その日、ほかのインフルエンサーたちは、「2020年の選挙が不正だった」という主張を思い返していた。20年以降に頭角を現した選挙否定派のなかで最も影響力が大きい人物のひとりとしてデイヴィッド・クレメンツが挙げられるが、彼が運営するTelegramチャンネルでは、当日の朝に2020年の大統領選挙が「盗まれた」ことを題材にしたクレメンツ製作の映画が公開された。
またその日のうちにクレメンツは、複数の有権者がダラスで投票しようとしたときにエラーメッセージを受け取ったという根拠のない主張を含む、スーパーチューズデーの陰謀論の数々を共有している。
この主張は、陰謀論サイト「Gateway Pundit」のライターが最初に投稿した写真に基づいている。しかし、選挙保全団体「Common Cause」は、この写真に写っているのは実際には投票機ではなく、「緊急用引き出し」と呼ばれるものだとXのポストで指摘した。
「これは投票用紙を保管してスキャンするための鍵がかかった安全な投票用紙入れであり、投票終了時に投票用紙が投票所の集計に確実に含まれるようにするためのもの」であると、Common Causeは説明している。
ところがTelegramでは、そのような説明が読まれなかったか、あるいは無視された。あるクレメンツの支持者は、「みんな、連中の腐敗を監視し、指摘し続けよう」と投稿していたのだ。
その日のうちに、テイラー・スウィフトが2億8,200万人ものInstagram上のフォロワーに対して「あなたを最も代表する人々が政権の座に就けるよう投票して」と呼びかけたというニュースが流れた。これを選挙否定派は当然ながら嘲笑し、心理操作の一端を再び担っているとしてこのポップスターを非難している。
また選挙否定派は、テキサス州ハリス郡の地方検事であるキム・オッグが火曜日の早朝に投票に出向いた際に、彼女の投票用紙はすでに投じられたと告げられたという報道にも注目した。ハリス郡書記官のテネシア・ハドスペスはXに投稿し、オッグと長年連れ添っているパートナーであるオリビア・ジョーダンが、先週の期日前投票の際にうっかりオッグの名前で投票したことを伝えている。
選挙陰謀論者たちは、この問題を本当の原因である人為的ミスではなく、電子選挙人名簿のせいにした。オッグが投票できるように選挙人名簿が修正されたとハドスペスが発表すると、これはすべての投票が改ざんされていることを示す「さらなる証拠」であると、陰謀論者たちは主張したのである。
荒唐無稽な主張が今後も続く可能性
ついに投票が終わりに近づき、大統領候補のニッキー・ヘイリーがバーモント州で勝利したことが明らかになると、全米の選挙否定派が不正を主張した。
まず、著名なQアノンの推進者で選挙否定派のジョン・サバルが、ヘイリーの勝利は民主党による妨害以外の何ものでもないと断じた。自身のTelegramチャンネルでサバルは、「トランプはこれまでのところ、オープン方式の予備選が実施される州であるバーモントを除くすべての州を制した」と投稿し、「民主党はニッキー・ヘイリーがバーモントで勝利できるように投票した」と主張した。
その後、いくつかの選挙否定派チャンネルが、集計が不正に操作されたと主張し始めた。その主張とは、2020年と2022年の選挙で、トランプやトランプが推薦した候補者(アリゾナ州知事候補のカリ・レイクなど)が負けるように得票数が電子的に改ざんされたという陰謀論の再来といえる。
「ディープステイト[編註:主に民主党の政治家や実業家たちが構成する集団のことを指し、米国を裏から支配しているという主張がある]やMSM(男性間性交渉者)は、『ほら、彼は負けたよ!』と言わせようとしている」と、ある有名なQアノンの推進者は広く拡散された投稿に記している。「やつらはこれを大ごとにしようとしている」
選挙否定派は、すでに今後の予備選に向けても備えている。アリゾナ州では、印刷ミスによりヤヴァパイ郡の数千世帯に対して誤ったサンプルの投票用紙が郵送され、選挙否定派たちはこれに飛びついた。この事実は、不正投票という荒唐無稽な主張が、2024年の大統領選挙が実施される11月まで、そしておそらくはその後もしばらくは選挙に付いて回る可能性が高いことを改めて示している。
(WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)
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