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2022年 年間ベストアルバム50

2022年も残すところあと僅かということで毎年恒例の年間ベストアルバムを選ぶ季節がやって参りました。
今年はかなり久々に海外に行ったり、日本でも海外アーティストのライブを観に行けたり、だいぶコロナ前の頃の状況に少しずつではあるけど戻ってきたかなと感じることが出来ましたね。
ライブで音楽を浴びれることの喜びというかありがたみを今まで以上に感じたし、生でミュージシャンの演奏を体感するのってやっぱり特別な体験だよなと改めて強く感じました。

今年も個人的によく聴いた、良いなと思ったアルバムを50作品選んでみました。
何百という数のアルバムを聴いた中から選んだ心から好きな作品ばかり。
周りの人からのおすすめや様々なメディアで取り上げられてる作品、Twitterなどで仕入れた知られざる一枚など色々な情報に影響されて自分は音楽を楽しんでいます。
その中から最終的に自分のセンスというか心に刺さった作品を、一応ですが今回も順位を付けて選んでみました。
読んだ方がその作品に興味を持ってもらえたり、好きな作品を見つけてもらえたりしたら嬉しいですね。
今回はアルバムジャケット下にその作品をストリーミングで聴けたり購入出来る各種サイトへのリンク(Songwhip)を貼っておきましたので、気になった作品があればぜひそちらからチェックしてみてください。
かなりのボリュームなんですがよかったら最後までお付き合いください。

50. Eden Samara 「Rough Night」

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カナダ出身のシンガー、Eden Samaraのデビューアルバム。
彼女の存在は昨年リリースのLoraine Jamesのアルバム「REFLECTION」収録の「Running Like That」に参加していたことで知ったんだけど、アルバムの中でもとりわけキャッチーな楽曲に涼しげに響く歌声がとても印象に残ったんですよね。
待望のデビュー作となった今作はロンドンベースのレーベル、Local Actionからのリリースで、先鋭的なハウス〜エレクトロサウンドを生み出し続けているレーベルのカラー通りの素晴らしい完成度の作品でした。
Loraine JamesやTSVI、Call Superなどが制作に参加したアグレッシヴかつスムースなハウス〜ダンスミュージックとしても、KelelaやJessy Lanzaを思わすクールなエレクトロR&Bのヴォーカル作品としてもハイクオリティな一枚。
こういったダンサブルで展開の多いサウンドには彼女のようなクセの無い耳馴染みの良い声がよく映えますよね。
来年にはいよいよKelelaが新しいアルバムでカムバックしますが、Edenにも今後Kelelaのようにさらに挑戦的なサウンドにチャレンジして欲しいなと思いますね。

49. Contour 「Onwards!」

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ロンドンのレーベル、Touching Bassの新鋭、Contourの2作目となるアルバム。
「Brown Sugar」期のD’Angeloのようなスモーキーな質感のジャズ・ソウルを、Solange「When I Get Home」以降の感覚で洗練させたというか、00年代初頭に大流行したネオソウルを20年以上という時間をかけて熟成させたような極上の仕上がりの一枚。
今年リリースされたTouching BassのレーベルコンピレーションアルバムはkeiyaAやEgo Ella May、Wu-Luなんかも参加していて、最新のロンドンのジャズ・ソウルシーンの空気感を伝える意味でもとても面白い作品だったけど、Contourはそんなレーベルのカラーを体現するような存在なんだなと今作を聴いて感じましたね。
彼は音楽、特にブラックミュージックの歴史や背景にとても深い興味や造詣を持っていて、このアルバムでも古い黒人映画からサンプリングした音源を使用していたり、影響源としてStevie WonderやGrouper、ブラジル音楽を挙げていたり、様々な要素が彼のフィルターを通して解釈され現代の音として仕上がった非常に聴き応えのある作品でした。

48. Shirley Hurt 「Shirley Hurt」

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トロントベースのSSW、Sophia Ruby Katsによるプロジェクト、Shirley Hurtのデビューアルバム。
Helena DelandやAda Lea、Tess Robyなど毎年のように素晴らしい才能を持った女性SSWが登場してくるカナダから、今年もまた心を揺さぶる素敵なアーティストが出てきましたね。
ピアノとギターの音色が優雅にゆったりと流れるフォーク・ポップサウンド、甘さとほろ苦さが混じった深みのあるヴォーカル。
鳴ってる音の全てが洗練された美しい響き。
サックスとフルートの音色で華を添えているのは、今年リリースのNicholas Krgovichとのコラボアルバムも素晴らしかったJoseph Shabason。
Alvvaysの新作アルバムなどでも味わい深いサックスの音色で楽曲に程良い品と洒落っ気を与えていましたが、彼が参加した作品は本当に自分の琴線に触れるというか、心から良いなぁと思えるものばかりなんですよね。
これからの寒いシーズンに部屋の中でしっぽりと聴くのに最適な、ホッと一息つける至福の一枚です。

47. Nosaj Thing 「Continua」

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LAベースのプロデューサー、Jason W. ChungことNosaj Thingの通算5作目となるアルバム。
彼はプロデューサーとしてKendrick LamarやChance the Rapperの楽曲を手掛けたり、様々なアーティストの楽曲のリミックスをしたり、シーンの中でもアーティスト側からの信頼や人気が非常に高い人物。
最新作はDuval TimothyやCoby Sey、Slauson Malone、Sam Gendel、Toro y Moi、Panda Bearといったシーンの異端にして最先端を走る12組の曲者達が参加していて、彼の作り出すモダン・ミニマル・ダウンテンポな世界の中でそれぞれの個性を放ちながら一つに凝縮した深く濃密な時間を堪能する事が出来ます。
これだけたくさんの多様なカラーを持ったゲストアーティスト達が参加するとなると、多少なりともごちゃついたまとまりの無いサウンドになりそうなものですが、彼の手にかかるとしっかりとした軸のある統一感のようなものが生まれていて、一つの作品として違和感なく聴けてしまうのが凄いなと思いましたね。

46. Fontaines D.C. 「Skinty Fia」

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アイルランドベースの4人組バンド、Fontaines D.C.の通算3作目となる新作アルバム。
2019年にデビューして早くも3作目のアルバムですからね。
今まさに脂が乗った状態の彼らが一貫して歌にしているのがアイルランド人としての誇りと、それによって受ける様々な苦悩や葛藤。
アイルランド人というだけで隣のイギリスからのけ者のような扱いを受けたり、そういう状況は昔から変わらず今も悪しき慣習として人々の生活に残り続けてるんだそう。
そんなフラストレーションを前作までのポストパンクリバイバル的路線から少し脱却した形で爆発させたのが今作ですね。
The SmithsやOasisなどのUKロックの美学を継承しながら、自身のルーツのアイリッシュサウンド由来の叙情的な響きを携えてよりワイルドでディープに独自の進化をしたという印象。
若手ならではの勢いと若手らしからぬ熟練の凄みが同時に押し寄せてくる感覚。
既に大物バンドのオーラすら漂わせる、進化と覚醒の一枚です。

45. Horsegirl 「Versions of Modern Performance」

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シカゴベースの3人組バンド、Horsegirlのデビューアルバム。
まだ高校生のメンバーも含む女性3人組のバンドという事もあり正直期待半分心配半分みたいな感じで楽しみにしていた今作でしたが、新人バンドのデビュー作らしさに溢れた素晴らしい作品でしたね。
彼女達はSonic Youthからの影響を公言しているんですが、まさに90sのオルタナロック由来のノイズ混じりのかき鳴らされたギターとドライでクールなヴォーカル、そして10代ならではの粗削りな質感や青臭さが残るサウンドなんですよね。
自分がロックバンドに求めるものって、演奏力の高さとか楽曲の完成度とか歌唱力とかそういうもの以上に、勢いとか危うさとか脆さとか、狙って表現しようの無い何かを伝える力なのかもしれないなとこの作品を聴いて感じました。
これからさらに成長した姿を見るのが楽しみな気持ちもありつつずっとこのままでいて欲しいという気持ちもあるような、未完成な部分も含めてとても愛おしいアルバムでした。

44. Bad Bunny 「Un Verano Sin Ti」

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プエルトリコ出身のアーティスト、Bad Bunnyの通算4作目となる新作アルバム。
世界的に今年最大級のヒットを飛ばしている今作ですが、正直なところリリースからしばらく経ってからも自分から好んで聴くタイプの作品では無いと思ってあまり熱心に聴いてなかったんですよね。
年末にかけて気になっていた作品や聴き込めていなかった作品を色々聴き直している中で、1番印象が変わったのがこのBad Bunnyのアルバムでした。
レゲトン界の新たなキングのような印象だったんだけど、そこからさらに飛躍してカリブ海地域の様々なトラディショナルなサウンドを取り入れ、それを一つの作品としてまとめてしまったかなりのチャレンジングな作品でちょっとビックリしましたね。
レゲトンはもちろん、マンボやバチャータ、クンビアなどのラテン音楽、ブラジルのボサノヴァまで網羅し、さらにはThe MaríasやBuscabullaといったインディー系の若手とも共演して音楽性の幅を非常にワイドに広げています。
近年トレンドのレゲトンの火付け役くらいに思ってたんだけど、これほどまでに挑戦的で面白いサウンドを展開していたとは!
こんなにマニアックなサウンドが世界中で大ヒットしているという事実も含めて、彼の存在は特別で規格外なものなんだなと思い知らされたような感覚でした。

43. Marci 「Marci」

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カナダはモントリオールベースのバンド、TOPSのメンバーでもあるMarta Cikojevicによるソロプロジェクト、Marciのデビューアルバム。
2017年頃からTOPSに加入し、キーボーディストとしてバンドの音作りに新たな風を吹かせていた彼女。
ソロとしてのデビュー作となる今作では、80s風味のレトロなタッチのシンセや軽やかなドラムのリズム、キャッチーなメロディーがひたすらに心地良い至福のポップサウンドを聴かせてくれていて、実際に80年代に使われていたアナログシンセなどの機材を使用して制作したんだそう。
主にTOPSのメンバーのDavidと共に作られたサウンドは、Men I TrustやYumi Zoumaにも近い普段使いしても飽きのこないフレンドリーさが最高で、中でも先行シングルだった「Entertainment」は個人的に今年最もよく聴いた楽曲の一つ。
キーボーディストとしての腕前だけでなくソングライターとしての才能の素晴らしさを証明した最高のデビューアルバムです。

42. Asake 「Mr. Money With The Vibe」

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ナイジェリア出身のアーティスト、Asakeのデビューアルバム。
近年盛り上がりを見せているアフリカ発のダンスミュージック。
ヒップホップやダンスホールレゲエの要素を取り入れ、アフリカの民族音楽由来のリズムとグルーヴをよりキャッチーにダンサブルに進化させたアフロビーツと呼ばれるサウンドがナイジェリアを発信源として広まり始め、さらにはそのトライバルな響きをエレクトロ・ハウスなベクトルで発展させたアマピアノと呼ばれるサウンドが南アフリカから登場し、WizKidやBurna Boy、Fireboy DMLなどのスターも続々と生まれる中、そのムーブメントの一つのピークと言える作品が今年リリースされました。
それがAsakeのこのデビューアルバムです。
生の打楽器による独特のリズムやアフリカのトラディショナルな音楽からのリファレンス、オートチューン加工のヴォーカルなど、伝統的なものと新しいものを上手くミックスさせたダンスミュージックがとにかく心地良い響き。
自分はまだアフリカの音楽に関してそれほど詳しいわけではないですが、この作品の面白さや魅力には一発で心を掴まれましたね。
将来有望な若手アーティストの登竜門的存在でもあるBBCのSound of 2023にAsakeも選ばれたようで、今後よりビッグな存在になっていくかもしれません。

41. Yaya Bey 「Remember Your North Star」

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NY出身のSSW、Yaya Beyの新作アルバム。
90s・00sネオソウルをベースにレゲエやジャズ、アフロビートの軽やかなフレイバーをセンス良くブレンドしたサウンドは、暑い夏の時期のクールダウンに最適な作品でしたね。
Erykah BaduやJazmine Sullivan、Noname好きにはたまらない、絶妙なゆるさやメロウなヴァイブスを持ったサウンド。
その一方で歌詞は父親への反面教師から生まれた女性差別に対する強い思いや、黒人女性として経験してきた苦痛や葛藤、愛について綴られたパーソナルかつ同じ思いを抱えている女性達に対するメッセージが込められた深い内容になっていて、それを理解した上で聴くとまた印象がガラッと変わるのが今作の面白いところだなと思いましたね。
ただ単にシリアスになるのではなく、言葉選びや歌い方も含めてとてもカジュアルに面白おかしく歌にしてる部分もあって、それこそが彼女が真に伝えたかったリアルな空気感なのかもしれません。
収録楽曲は18曲と多めだけど35分でサクッと聴ける感じも今っぽい感じがします。

40. Angel Olsen 「Big Time」

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シカゴベースのSSW、Angel Olsenの通算6作目となる新作アルバム。
今作は自身のクィアネスを両親に告白し、パートナーと共に新たな人生をスタートさせようとした矢先に立て続けに父親と母親が亡くなるという衝撃的な人生の激動をまとめた作品になっています。
ペダルスティールの穏やかな音色がゆったりと流れるクラシカルなカントリーミュージック、溢れる感情をあえて抑えるように優しく歌うヴォーカル。
悲しみにまみれた暗いトーンの作品になってもおかしくないと思いますが、聴いてて心地良さすら感じるハートウォームなサウンドなのがかえって心にグッときますよね。
彼女を支えているパートナーの存在も大きいんだと思います。
亡くなった母親が好きだったカントリーミュージックを歌う事で、自分の気持ちと向き合い、振り返り、整理しようとしているのかもしれません。
彼女の情感豊かな歌の表現力に改めて感動させてもらった素晴らしい作品です。

39. Pusha T 「It’s Almost Dry」

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バージニア州出身のラッパー、Pusha Tの通算4作目となる新作アルバム。
今作はKanye WestとPharrellという稀代のトラックメイカー2人が収録楽曲の半分ずつを手がけるという、Pusha Tにしか実現出来ないであろう超豪華なプロダクションで構成されています。
「Ye vs. Pharrell」「Pharrell vs. Ye」というそれぞれのプロデュース楽曲を前後半に分けたバージョンも存在していて、まさにビートメイクの頂上決戦のような作りなんですよね。
最近のKanye自身の楽曲は個人的にあまりピンとくるものは無かったんだけど、今作では昔のKanyeっぽいテイストのサウンドもあったりしてちょっと嬉しかったですね。
Clipse時代から付き合いの深いPharrellとは当然のように相性抜群で、Pusha Tという双方にとっての最高の表現者の作品ということもあってここ数年ではトップクラスでキレキレな仕事っぷりだなという印象でした。
Pushaのラップスキルは相変わらずモンスター級で、主にアメリカのドラッグカルチャーについて巧みで皮肉めいた言い回し・言葉選び・フロウでラップする様は、まるでBiggieが乗り移ったかのようなキレっぷり。
声やラップスタイル、スキルも含めて個人的に最も好きなラッパーの1人です。

38. MJ Lenderman 「Boat Songs」

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ノースカロライナ州はアッシュビルベースのバンド、Wednesdayのギタリストとしても活動しているMJ Lendermanがソロとしてリリースした新作アルバム。
これまでソロとしてリリースしてきた作品はどれも主に自宅で録音したもので、今作は初めてプロのスタジオでレコーディングした作品なんだそう。
90年代のフォーク・ロックやカントリーの匂いを感じるというか、あの頃特有の無気力で退廃的な質感のざらついたギターサウンドを思い出させる響きがたまらなく好みでした。
こういうローファイなギターロックが2022年に新譜としてリリースされるのもなんか不思議な感覚ですよね。
歌詞の内容はテレビ番組やスポーツ中継、くだらない日常の風景など、本当に取り留めのない、大して意味のないようなものばかりなんだけど、その力の抜けた感じというか飾ってない感じが、聴いててなんだか楽というか心地良かったんですよね。
温かくてどこか切ない、くだらないけどなんか深い、心にじんわりと沁みてくるような魅力を持った作品です。

37. George Riley 「Running In Waves」

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ウエストロンドン出身のシンガー、George Rileyのデビューアルバム。
昨年ミックステープを発表したりAnzの楽曲に客演したりで徐々に注目を集めていた彼女。
今作は彼女自身がファンでもあったVegynにラブコールを送り、彼の全面プロデュースで完成させた待望のデビューアルバムで、彼が主宰するレーベルのPLZ Make It Ruinsからリリースされました。
KelelaのようなしっとりひんやりとしたR&BにVegynらしいアンビエントなテクスチャーのエレクトロサウンドがミックスされた響きがかなり好みで、Georgeの澄んだヴォーカルとの相性は想像していた以上に抜群でしたね。
ちなみに彼女にとっての最大の影響源はKelisらしいですよ。
今年デビューEPをリリースした同じPLZ Make It Ruins所属のJohn Keekが手掛けているストリングスワークの素晴らしさも今作を語る上で非常に重要なポイントで、生の楽器の響きが加わる事でサウンドに奥行きが生まれている感じ。
デビューアルバムにして既に自分の色を確立している今後が最も楽しみなアーティストの内の一人です。

36. Aldous Harding 「Warm Chris」

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ニュージーランド出身で現在はウェールズをベースに活動しているSSW、Aldous Hardingの通算4作目となる新作アルバム。
ここ数年の女性SSWの活躍っぷりは本当に凄いですが、彼女は他の誰とも違う個性を放っていて自分も大好きなアーティストです。
最も分かりやすい特徴は曲毎に声色や表情を変えるヴォーカルですよね。
ハスキーにしゃがれた声で歌う曲もあれば、少女のような可憐な声で歌う曲もあり、どれが本当の彼女のヴォーカルなのか分からなくなるほど多様な歌い方と声を持っていて、まるで女優のように声を使い作品内のキャラクターになりきり演じ分けています。
程良い奇抜さと遊び心のある歌詞も非常に個性的で面白く、彼女の才能が歌い手としてだけではない事が見事に分かる内容になってますね。
ピアノを基調としたオーセンティックなフォーク・ポップサウンドは時間がゆったりと流れていくような、心がほっこりと温まるような至福の心地良さ…。
日々の疲れを癒してくれるオアシスのような作品です。

35. Coby Sey 「Conduit」

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これまでTirzahなどの作品に参加してきたサウスロンドンの重要人物、Coby Seyのデビューアルバム。
彼のことはTirzahやMica Levi周辺のアーティストたちによるコミュニティ、CURLを通して知ったんだけど、アヴァンギャルドな作風のミュージシャンが集まった彼らの中で、Cobyはそのカラーやトーンを体現しているような存在でした。
UKグライムをはじめ、TrickyやCocteau Twins、My Bloody Valentineなどから大きな影響を受けたという彼の生み出すサウンドは、不穏なノイズや不協和音、低音度ながら熱を帯びたヴォーカル、仄暗くスモーキーな空気感が交差した生々しく過激な響き。
King KruleやDean Blunt、Space Afrikaをブレンドしたようなトリップポップ〜インダストリアルサウンドは、どんよりとした厚い雲に覆われしとしとと雨が降り続くロンドンの空気を表しているかのような仕上がり。
客演では歌っていることが多かった彼ですが、今作ではラップで淡々と冷静に、時に熱く攻撃的に感情を表現しているのも印象的でした。
そんな今作の彼の表現を吸い雲さんがこちらのレビューでとても興味深く語っていたのでぜひそちらもチェックしてみて欲しいなと思います。

34. Ravyn Lenae 「Hypnos」

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シカゴ出身のシンガー、Ravyn Lenaeの待望のデビューアルバム。
4年前のEP「Crush」は全曲Steve Lacyプロデュースの肉感的なファンキーなサウンドが特徴でしたが、今作はそこからより歌にフォーカスしていて、声にも洗練された色気が加わった感じがしましたね。
Janet Jacksonにインスパイアされたソフトでシルキーなヴォーカルは高音でウィスパーな成分が多めで、歌い上げるというよりは楽曲を構成する一つの楽器として鳴っているような感覚。
その中で時折聴かせる低音の効いた歌声は本当に妖艶で、彼女にとってのお手本の1人でもあるBrandyを思わせる巧みなテクニックとハーモニーアレンジを聴かせてくれます。
前作EPから引き続きのSteve Lacyをはじめ、SangoやKAYTRANADA、Fousheéといった才能ある若手プロデューサー達と作り上げた艶かしく官能的なR&B〜エレクトロサウンドの心地良さたるや…。
今年のR&B作品でも指折りの秀作の一つです。

33. Wet Leg 「Wet Leg」

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イギリスのワイト島出身のデュオバンド、Wet Legのデビューアルバム。
去年のシングルデビュー以来各メディアで猛烈にプッシュされていて、アルバムデビュー前の新人にそこまで?とちょっと辟易してたんだけど、今作を聴いて完全に納得でしたね。
ひたすらキャッチーで耳に残るポップ・ロックサウンド、ふざけたユーモアとウィットに富んだ歌詞。テキトーに、でも真面目にバカやってる感じがとにかく痛快で最高!
ちょっとエグめの下ネタやくだらない内容の歌詞を、めちゃくちゃクールに淡々と歌うスタイルがとてもユニークですよね。
プロデュースはFountains D.C.やblack midi、Squidなどを手がけているDan Careyで、彼女達の素材を見極めた上で他のバンドの複雑なサウンドとは違いシンプルさとキャッチーさを突き詰めた仕上がりにしているのがさすがだなと思いましたね。
そりゃ人気出るわけだ、とあらゆる面で思わされた素晴らしいデビュー作です。

32. Ulla 「Foam」

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フィラデルフィア出身の女性アーティスト、Ulla StrausによるUlla名義での新作アルバム。
彼女はこれまでHuerco S.主宰のWest Mineral Ltd.やQuiet Time Tapesといったかなり実験的な現代音楽を主体としているレーベルから数々のカルト的人気作品を生み出してきた音楽家なんですが、今作はこれまでの彼女の作風とは路線をガラッと変えたとてもポップなサウンドなのが特徴です。
ヴォーカルサンプルを細かく切り刻んでコラージュさせながら、浮遊感のあるアンビエントなトラックという水面に浮かべて漂わせたような、とても複雑な作りの割にスーッと耳に馴染む心地良い響き。
どこか湿り気を帯びたテクスチャーというか、電子音も生のピアノの音色も内側に水分を含んだような独特の粒立ちとみずみずしさを持った響きをしてるんですよね。
00年代初頭くらいのエレクトロ〜グリッチノイズな雰囲気もありながら、ジャズっぽいナマモノの音の温もりも感じたりして。
今作が気になった人はぜひUlla Straus名義の作品も含めて彼女の過去作を聴いてみてほしいですね。
ちなみに先程も挙げたWest Mineral Ltd.を含めて、近年のアンダーグラウンドなエレクトロシーンについてhiwattさんがこちらの記事で詳しく語っていて非常に面白かったのでぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

31. Beth Orton 「Weather Alive」

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90年代から活動し続けているイギリス出身のSSW、Beth Ortonの通算8作目となるアルバム。
50代となった彼女ですがその溢れる創作意欲は衰える事なく、今作は自宅に置いた古いアップライトピアノをベースにして楽曲を作り出したんだそう。
良い枯れ方をした彼女の深みのある声と、静かの海から聴こえてくるような幻想的なアンビエントフォーク〜ソウルサウンドが作り出す幽玄の世界はまさに熟練の成せる技といった感じ。
The SmileやSons of Kemetとしても活動しているドラマーのTom Skinnerや、今年リリースしたアルバムが高評価を受けているサックスプレイヤーのAlabaster DePlumeといったジャズシーンの手練れ達が数多く参加しているのも今作の重要なポイントで、シンプルだけどきちんとBethという個性的な素材を活かすような演奏、まさに職人技のようなプレイを堪能出来ます。
昨年リリースのCassandra JenkinsやThe Weather Stationのアルバムを聴いた時にも通じる、壮大な自然の美しさを感じる気品溢れる素晴らしい一枚でした。

30. Axel Boman 「Luz / Quest For Fire」

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スウェーデンのストックホルムベースのプロデューサー、Axel Bomanの新作アルバム。
同郷のKornél Kovács、Petter Nordkvistと共に立ち上げたレーベル、Studio Barnhusの一員でもある彼が、異なるコンセプトで制作した2枚のアルバムを同時にリリースしたのが今作。
ストリーミングサービスではそれぞれが違う作品として配信されてますが、アナログ盤では3枚組の大ボリュームで一つのアルバムとしてコンパイルされています。
ボリュームの割にサラッと聴けてしまうのが今作の最も優れたポイントで、コズミックなハウス〜テクノサウンドは時にディスコティックに、時にラテンやアフロビートを思わす民族音楽的な質感、時にハードコアな高速BPMのレイヴサウンドにと、楽曲毎にテイストを変えて展開していき、聴いていても全く飽きのこない作りになってるんですよね。
今年の夏の夜はこのアルバムを流す確率がかなり高かったような気がします。
様々なタイプのダンスミュージックを一つの作品で堪能する事が出来る、今年屈指の隠れた名作の一つです。

29. JID 「The Forever Story」

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同業者からもその才能を高く評価されているアトランタ出身のラッパー、JIDの通算3作目となるアルバム。
彼はJ. Coleのレーベル、Dreamvilleに所属しているんですが、ラッパーの中でも屈指の実力と実績を持つJ. Coleに認められただけあってそのスキルは折り紙つき。
James BlakeやKAYTRANADA、Thundercatなどが手掛けたサウンドのカッコ良さはもちろんのこと、様々なタイプのビートを巧みに乗りこなしフロウを変化させる彼の抜群のリズム感とラップスキルは、今作で益々磨きがかかっているように感じましたね。
曲の内容やテイストに応じて声色やキャラクターを自在に変化させる憑依型のスタイルは、よく比較されるKendrick Lamarとも近いものを感じます。
7人兄弟の末っ子として生まれ育った彼が抱えてきた葛藤や家族・兄弟に対する愛を、巧みな言葉遊びと引用でシニカルにラップする歌詞の内容もとても聴き応えがありました。
彼のバックグラウンドや信念も含めてその歌詞の世界や今作の様々な背景について久世さんがこちらで詳しく解析していて、非常に読み応えのある素晴らしい内容でした。
そちらも是非チェックしてみてください。

28. Ethel Cain 「Preacher’s Daughter」

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フロリダ州出身のSSW、Ethel Cainのデビューアルバム。
両親共に教会に勤めていた熱心なキリスト教徒の家系で育った彼女ですが、10代の頃にゲイである事を理由に追放されその後トランスジェンダーである事をカミングアウトし、アーティストとして音楽制作を始めたというかなり壮絶な過去を持っていて、家を出るまではキリスト教以外の音楽を聴く事も許されず他にもほとんどの自由を奪われ育ったんだそう。
彼女にとって音楽に没頭する事だけが現実から逃れられる唯一の手段だったんですよね。
Lana Del ReyやFlorence Welchのようなダークでゴシックなムードのアメリカーナロックサウンド、アメリカという国の闇や自身の生い立ちを淡々と、時に狂気的に歌にするヴォーカル。
彼女の生み出す世界観はとてもヘビーで圧倒的ですが、時折Taylor Swiftのように親しみやすいポップな部分も垣間見せていて、決して難解過ぎないところが絶妙なんですよね。
様々なタイプの曲をワイドなスケール感で書くことが出来るソングライターとしての才能も見事。
今後20年代を代表するSSWとして大化けする可能性も大いにありそうな予感です。

27. Denzel Curry 「Melt My Eyez See Your Future」

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フロリダ州出身のラッパー、Denzel Curryの通算5作目となる新作アルバム。
今作はまず着想がとてもユニークで、彼の好きなもの、影響を受けたものを制作スタッフと共有し、そこからイメージを膨らまして次第に形作っていくというスタイルだったそうで、黒澤明の侍映画や日本のアニメ、Soulquarians、格闘技、Kanye Westなど、そのインスピレーション源は本当に多種多様。
Robert GlasperやThundercat、Karriem Rigginsといったジャズ・ソウル畑のミュージシャンを多数ゲストに迎えたメロウなサウンドが今作のキーとなるトーンで、これまで割とハードだった彼への印象がガラッと変わりましたね。
その印象は歌詞の面も同じくそうで、今作はこれまで以上に彼の内面や感情を掘り下げていて、過去のトラウマや後悔、宗教観やメンタル面についてなど、非常に内省的な内容になっています。
多様なジャンルが混在するサウンドと、自分自身と向き合い、反省し、見つめ直すような歌詞で本当の自分をさらけ出し表現した、彼にとって新たなステージへ足を踏み入れた第一歩と言える力作です。

26. Soccer Mommy 「Sometimes, Forever」

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ナッシュビル出身のSSW、Sophie AllisonことSoccer Mommyの通算3作目となる新作アルバム。
憂鬱感や疲労感をリアルに表現したサウンドとヴォーカルのダウナーなトーンが持ち味の彼女ですが、今作にプロデューサーとして迎えたのはOneohtrix Point NeverことDaniel Lopatin!
今年リリースのThe Weekndの新作やこれまでのOPNとしてのサウンドを聴く限りミスマッチにも感じる2組の相性でしたが、彼女の根幹にある90sオルタナロック〜00sポップロックへのリスペクトがDanielの立体的なプロダクションによって絶妙にモダナイズされていて、彼らの狙いがしっかりと形になっているなと感じましたね。
お互いの作品の大ファン同士だった事もあり今回のコラボに繋がったそうで、The CureやJesus and Mary Chainなどの陰鬱なサウンドが好きで意気投合したんだとか。
お互いが歩み寄ったというよりは、元々持っているセンスや好みがそもそも近いのかなと今作を聴いていて感じました。
双方にとって新たな可能性が見出せた、長い目で見て重要な意味を持つ事になる気がする傑作アルバムです。

25. Beach House 「Once Twice Melody」

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ボルチモアベースのデュオ、Beach Houseの通算8作目となる新作アルバム。
今作は彼らにとって初のセルフプロデュース作で、4つの異なるチャプターを段階毎に発表していくというこれまでに無かったスタイルでリリースされた2枚組アルバムです。
2010年代におけるドリームポップの先駆者として走り続けてきた彼らのこれまでのキャリアや変遷を一つの作品にまとめた集大成的な仕上がりというか、まるで新曲だけで構成したベスト盤のような、Beach Houseの良さがこれでもかと詰まった作品だなと思いましたね。
長いキャリアを重ねてきた彼らですがまだまだ挑戦的な姿勢は健在で、今作では初めて生のストリングスのアンサンブルが使われていて、彼らの生み出す桃源郷のような神秘的な世界観をより崇高で煌びやかなものに彩っています。
まだまだ不安定で不穏な世の中だけど、彼らの世界に逃げ込み浸っている間は気持ちが落ち着き安心出来る気がします。
そんな大げさな事を言いたくなるくらい彼らの音楽は自分にとって本当に特別な存在で、それを再認識させてくれた今作も自分にとって大切な作品になりそうです。

24. Tomberlin 「i don’t know who needs to hear this…」

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フロリダ州出身で現在はニューヨークベースのSSW、Sarah Bethによるソロプロジェクト、Tomberlinのセカンドアルバム。
Alex Gプロデュースだった前作EPを経て今作はAdrianne LenkerやIndigo Sparkeなどを手がけるPhilip Weinrobeをプロデューサーに迎えていて、シンプルでミニマルで静謐で、それでいて単純じゃない複雑さと静かに力強く燃えるパッションが滲み出ている最新鋭のフォーク・ロックサウンドを聴かせてくれています。
物凄い技術と豊富な画材で敢えてモノクロの絵を描いてるような凄さを感じるというか、無理に色を使わず最低限のデッサンだけで人を惹きつける魅力があるような感じというか。
こういうシンプルでアコースティックなサウンドに新しさや驚き、可能性を感じさせてくれるのって本当に凄いことだと思うんですよね。
一つ一つの音の配置とか組み合わせ方が普通じゃない。耳を凝らして聴けば聴く程普通じゃない。
聴いてるだけで体中のあらゆる毒素が抜けていきそうな、マイナスイオン成分で満たされた癒しの一枚です。

23. Mitski 「Laurel Hell」

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日本生まれのSSW、Mitskiの通算6作目となる新作アルバム。
キャリア史上最もポップな作風と言える今作。
しかしその内容はサウンドとは裏腹に、彼女が2年間の活動休止期間を通じて感じた様々な苦悩が描かれたヘビーなものでした。
前作の成功で手にした人気や名声、それと同時に殺した1人の女性としての私生活や感情。
80sシンセポップ由来のアップビートなサウンドと、静かに激しく燃える歌声と生々しい言葉で二律背反を音楽として鳴らしたような仕上がり。
ポップな響きにダークな歌詞という相反する2つの要素が交差した複雑な作りは、人気者として世間から注目されているMitskiと、それを心から受け入れる事が出来ずもがき苦しむMitski Miyawakiとしての葛藤を表しているように感じましたね。
サウンドの作風自体はこれまでと違う響きではあるんだけど、その声や言葉、メロディーが唯一無二のものなので、一聴して他の誰とも違うMitskiの音楽だと分かる感じが凄いんですよね。
この人の歌が持つ独特のもろさというか危うさみたいな、スリリングな質感はやっぱり特別な魅力だなぁと改めて思いました。
早くも女王の風格すら漂う素晴らしい復帰作でした。

22. Charlotte Adigéry & Bolis Pupul 「Tropical Dancer」

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ベルギーベースのアーティスト、Charlotte AdigéryとBolis Pupulによるコラボユニットのデビューアルバム。
2manydjsとしても活動している同郷のSoulwaxが主宰するレーベル、DEEWEEからリリースされた今作。
これまで全く存在を知らなかった事もあり、今年出会った中でもトップクラスで衝撃を受けた作品でしたね。
Dirty ProjectorsとSAULTのコラボをMissy ElliottとTimbalandがプロデュースしたみたいな、気味悪さとクールさが同居したエレクトロ・ファンクなサウンドがとにかくドープでカッコいいんですよね。
人の笑い声のリフレインで構成されたビートの楽曲なんかもあり、その他の曲も展開や使われる音がどれも予想外で聴いてて本当に面白いです。
Princeからの影響もかなりあるでしょうね。
歌詞のテーマは人種や性差別についてやベルギーの歴史に関する問題など、意外にもメッセージ色の強いヘビーな内容。
色々な面で強烈なインパクトを残し一度ハマると中々抜け出せない、非常に中毒性の高い個性的な作品です。

21. Earl Sweatshirt 「SICK!」

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シカゴ出身のラッパー、Earl Sweatshirtの通算4作目となる新作アルバム。
2018年リリースの前作「Some Rap Songs」はその後のヒップホップシーンの流れを変え、いわゆるアブストラクトヒップホップが大きく拡がるきっかけとなった作品でした。
それからパンデミックの期間となり父親にもなった彼の最新作は、Odd Futureの中でもお調子者の悪ガキだった彼の人としての成長と進化が記録されたアルバムになってます。
これまでほとんどセルフプロデュースだった彼がBlack Noi$eやThe Alchemistを招いた事で良い意味で開けたというか、ドラムレスなビートが多かったこれまでに比べるとパキパキとした印象のサウンドに変化してましたね。
とは言え彼の真骨頂とも言えるねちっこいドロドロした質感のラップと斬新なトラックとの絡みはこれまでと大きくは変わっておらず、わずか24分の短い尺も含めて「Some Rap Songs」と同じベクトルで仕上げられた作品であると言えるのかなと思います。
Armand HammerやZelooperz、Na-Kel Smithなどの若手の仲間達も参加していて、やはりEarlがこのシーンの中心にいるんだなという事が示されたアルバムになってるような気がしましたね。

20. Voice Actor 「Sent From My Telephone」

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ベルギーのミステリアスなプロジェクト、Voice Actorの新作アルバム。
おそらく今回紹介する中で最もマイナーで聴いたことの無い人が多い作品だと思います。
Noa KurzweilとLevi Lanserの2人がメインのメンバーで、2人は約3年をかけてベルギーの音楽レーベル、STROOM.tvに完成した音源を送り続けたんだそう。
それはわずか25秒のヴォイスメモのようなものから8分以上もあるアンビエントなトラックまで様々なタイプのものがあり、その数はなんと全部で109曲、合計4時間半にものぼります。
TirzahやMica Levi、Dean Bluntを思わせるローファイでオブスキュアなサウンドは、ノイズ、ループ、コラージュを重ね、切り貼りし、繰り返し、加工し生み出された異色の響き。
ただ単にアルファベット順に並べられた曲順とか関係無しに、シャッフル再生でその異質な世界に身を委ねるのが正しい聴き方な気がしますね。
曲数や収録時間、曲順など、従来アーティスト側がこだわるべき部分を完全に無視して、デジタルというフォーマットである事を究極に利用した作品とも言えますよね。
聴き続けているうちに次第に中毒のようにハマっていってしまう、今年屈指の泥沼系アルバムです。

19. Little Simz 「NO THANK YOU」

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今年来日も果たしたロンドン出身のラッパー、Little Simzの通算5作目となる新作アルバム。
つい先日急遽リリースが決まり12月12日に出たばかりの出来立てホヤホヤのアルバムですよね。
Mercury Prizeも獲得した昨年リリースの前作「Sometimes I Might Be Introvert」から1年半という短期間で早くも届けられた今作。
今年5作のアルバムを同時にリリースし世界中を驚かせたSAULTもそうですが、プロデューサーのInflo周辺のアーティストのとめどなく溢れてくる創作意欲とそれをハイクオリティで形にする仕事の素早さは一体何なんでしょうね?
ちょっとは休んで欲しいとすら思ってしまうくらいにワーカホリックな人達なんですが、今作も一聴して心を掴まれる素晴らしい作品でした。
半数以上の曲でCleo Solの天使のような歌声が響き渡るソウルフルでメロウな成分多めのサウンド、女性らしく品のあるクレバーでスキルフルなラップ、SAULTの諸作でも冴え渡っていたInfloによる美しくゴージャスなストリングスワーク。
どれをとっても一級品の完成度で本当にスキがないというか、リリースペースがどれだけ早くても毎作品全く手を抜かない集中力が彼らにはありますよね。
来年以降もまだまだ彼らは動き続けるような気がするので本当に目が離せないです。

18. Lucrecia Dalt 「¡Ay!」

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コロンビア出身で現在はベルリンベースのアーティスト、Lucrecia Daltの新作アルバム。
今年新しく知ったアーティストの中でもトップレベルで衝撃を受けたミュージシャンの1人でしたね。
コロンビアにルーツを持つ彼女らしく、作り出す響きの根底にはラテン音楽が流れていて、ボレロやサンバ、マンボなどの伝統的なラテン音楽のリズムとダウンテンポ〜ラウンジ・ジャズが結び付いたようなサウンドは、これまでに聴いたことのないタイプの奇妙で複雑な音楽。
個人的に特に印象に残ったのはパーカッションで、コンガやボンゴといったこれまたラテン音楽でよく使用される打楽器の有機的で肉感的な響きや、生楽器ならではの規則的でないズレや揺れの残ったリズムが、今作のどこか不気味な祝祭感のある雰囲気を作っているように感じましたね。
それと歌はスペイン語で歌われてるんですが、これも今作の独特のムードを形成している大きな要素ですよね。
スペイン語特有の巻き舌や空気を多く含む発音が、その不思議なサウンドとも相まって非常にミステリアスに響くというか。
様々な個性的なパーツが集まり唯一無二の深くいびつな世界へと聴く者を誘う、脅威の中毒性を持った奇作です。

17. Wu-Lu 「LOGGERHEAD」

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サウスロンドンベースのアーティスト、Wu-Luのデビューアルバム。
ドラムンベースやヒップホップ、ポストパンク、ダブなど様々なタイプのサウンドがぶつかり合い、上手く調和するというよりは激しくつかみ合っているようなパンキッシュでカオスな仕上がりの一枚。 
Wu-Luは先程紹介したContourが所属しているレーベル、Touching Bassのオリジナルメンバーであり、さらにはこちらも先程紹介したCoby SeyもメンバーであるCURLにも所属しているなど、ロンドンシーンの影の中心人物のような存在で、今作にも数多くの彼の仲間が参加しています。
その中にはR&BシンガーのEgo Ella Mayから、Mica Levi、black midiのメンバーのMattやMorgan、SorryのAshaといったロック系のミュージシャンもいて、その無秩序な感じもサウンドに表れてる感じがします。
King KruleやDean Bluntのような不穏で混沌としたインダストリアルなオーラがめちゃくちゃカッコいいんですよね。
社会に対する怒りやメッセージが込められた歌詞も含めて、全方面においてエッジの効いた、とがった、ドスの効いた、ハードコアな一枚です。

16. Kendrick Lamar 「Mr. Moral & The Big Steppers」

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コンプトン出身のラッパー、Kendrick Lamarの通算5作目となる新作アルバム。
彼のキャリアを長い間サポートしてきたレーベル、TDEからの最後の作品としてリリースされた2枚組の今作は、これまでで最も商業性を無視してとことん己と向き合い自分自身を投影した内省的な作品という印象で、アーティストとして感じるプレッシャーや過去に受けた精神的・肉体的な虐待の告白など、彼がこれまで抱えてきた葛藤や苦悩を吐露し、弱い部分を曝け出すような非常にパーソナルな仕上がりになっています。
サウンド面で印象的なのがDuval Timothyの起用で、ピアノメインのアンビエントな質感のトラックは作品の持つクラシカルで落ち着いたトーンのキーとなってますよね。
ラッパーとして初めてピューリッツァー賞を受賞し、2人の子を持つ父親となり、アーティストとしても人としても神格化されてきた彼が今作を通じて、自分は救済者なんかじゃないし皆んなを喜ばすことは出来ないと正直に伝えた事は、逆にとても強さを感じたし彼も1人の人間なんだなと当たり前の事を再認識させられた感じがしました。
そんな自分の内なる想いを声のトーンや抑揚を巧みに操り聞き手に深く届ける表現者としての覚悟と迫力はやはり圧倒的で、彼の想いとは裏腹にアーティストとして益々尊敬されることになるであろう素晴らしい作品だったなと思います。

15. Charli XCX 「CRASH」

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イギリスはケンブリッジ出身のSSW、Charli XCXの通算5作目となる新作アルバム。
前作の「how i’m feeling now」はパンデミックによるロックダウン期間中に自宅でレコーディングされた作品でしたが、今作はそこから一転して彼女のエネルギーが外に向けて解放されたような弾けっぷりが印象的な作品になってます。
A. G. CookやOneohtrix Point Never、Ariel Rechtshaidなどと共に80sユーロビートや90sガラージハウス、ニュージャックスウィングなどから受けたインスピレーションを過激に、グラマラスに昇華させた完全無欠のポップミュージック。
Robin S.「Show Me Love」やSeptember「Cry For You」などの引用・オマージュで歴代ポップミュージックへのプロップスを形にし、ポップ=売れ線的な固定概念を敢えて逆手に取ったような、気持ち良い程のセルアウトなポップスをこれでもかとぶつけてくる感じが本当に痛快!
そして今作は友人でもあったSOPHIEへ捧げられた作品でもあるそうで、同じ時代にポップの未来を共に切り拓いてきたSOPHIEへの想いが作品全体に込められています。
MVやTV番組などでのパフォーマンスもこれまで以上に激しく大胆になっていて、Charliのポップスターとしてのポテンシャルが見事に開花した作品なのかなとも思いました。

14. Nilüfer Yanya 「PAINLESS」

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ロンドンベースのSSW、Nilüfer Yanyaのセカンドアルバム。
2枚目のジンクスという言葉がありますが、彼女の才能の前ではそんなものは全く意味の無い概念なんだなというのが分かります。
RadioheadやBloc Party、King KruleといったUKロックシーンの異端児達の血を受け継ぎながら、柔軟で新しい感覚と類稀なソングライティングのセンス、そして圧倒的な個性を放つ声といった様々な武器を磨き上げて完成させた今作は、前作から何もかもがスケールアップした完成度となっています。
今年リリースのWilma Vritraのアルバムも素晴らしかったWilma ArcherやBig Thiefなどを手がけているAndrew Sarlo、さらにBullionといった手練れ達と共に制作した今作のサウンドは良い意味で統一感が無いというか、ジャンルレスに自由に鳴らしてる感じで好きなんですよね。
曲によってロックにもヒップホップにもエレクトロにもジャズにも聴こえる多彩なサウンドなんだけど、決して散漫になることなく見事にコンパイルされています。
90s・00sのリバイバルがここ数年流行してるけど、あまり聴いたことのないタイプのアプローチで新鮮でしたね。
今作のベストトラック「Midnight Sun」をKing KruleとSamphaによるリミックスという激ヤバな楽曲を新たに収録したデラックス版も出ましたがこちらも必聴です。
前作より深く、より繊細で、よりパーソナルな仕上がりとなった飛躍の一枚です。

13. Alex G 「God Save The Animals」

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ペンシルベニア州出身のSSW、Alex GことAlex Giannascoliの通算9作目となる新作アルバム。
今のレーベルのDominoに移籍してから今作で4枚目となりますが、この人は今最も安定して素晴らしい作品を生み出し続けてるSSWの1人ですよね。
至極真っ当に良いメロディーの優れた楽曲を書くソングライターでありながら、自らそれを拒むようにクセの強いアレンジや意味深な歌詞で普通じゃない仕上がりにしている感じが本当に好きです。
心地良さと気味悪さ、牧歌的な雰囲気とシュールな質感が同居した不思議なサウンドは、彼の独特の感性や宗教観が滲み出た歌詞の世界観とも相まって、クセの強い絵本や小説を読んでいるみたいな感じというか、ただ音楽として聴いてるプラスαの強烈な何かが頭の中に残るような感覚なんですよね。
今作はこれまでの作品以上にヴォーカルの印象が強くて、初めてスタジオでレコーディングした事の成果が出てるというか、色んな声の出し方やアレンジを試してる感じが面白かったです。
Frank OceanやJapanese Breakfast、Tomberlinの楽曲のアレンジやプロデュースを手がけるプロデューサーとしての顔も持っている彼ですが、今後もその手腕を自分の作品以外でも振るって欲しいですね。
SSWは星の数程いるけど、彼は本当に唯一無二の個性と才能を持った存在なんだなと今作を聴いて改めて感じました。

12. Weyes Blood 「And In The Darkness, Hearts Aglow」

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Natalie Laura Marlingによるソロプロジェクト、Weyes Bloodの通算5作目となる新作アルバム。
2019年リリースの「Titanic Rising」から続く3部作の第2弾として制作された今作は、前作に引き続きJonathan Radoをプロデューサーに迎え、ゲストミュージシャンにはOPNことDaniel LopatinやHand Habitsとしての活動でも知られるMeg Duffy、さらにはMary Lattimoreといった個人としても活躍している才能が多数参加しています。
The Beach BoysやJoni Mitchellが蒔いた種に水をやり、華麗で幻想的な花を咲かせたような今作のサウンド。
優雅で壮大でオーセンティックな響きは歴史的価値のある絵画や絶景を目にした時のような、思わず息を呑んでしまう程の美しさ…。
シンガーとしてもソングライターとしても完全にゾーンに入ってますよね。
Karen Carpenterにも似た彼女の気品ある神秘的な歌声はもちろん、ピアノ、ギター、ドラム、ストリングスに至るまで鳴っている全ての楽器の音色が神々しい光を纏っているように美しいというか、まるでBrian Wilsonによるプロダクションかと思うような鳴りをしてる感じ。
今年自分を最も癒してくれた作品の一つです。

11. Rosalía 「MOTOMAMI」

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スペイン出身のアーティスト、Rosalíaの通算3作目となる新作アルバム。
伝統的なフラメンコと現行のエレクトロがミックスした全く新しいスパニッシュポップを提示した前作で世界に衝撃を与えた彼女でしたが、その後世界的に流行し出したレゲトンをはじめとするラテン音楽ブームに見事に合流し、数々のアーティストとのコラボを経験しそこで得たエネルギーを全てぶつけたのが今作ですね。
最初に聴いた時は彼女の弾けっぷりというか、あまりの自由さに頭が追いつかないなと思ったんだけど、何度か聴いているうちにその無秩序っぷりがクセになってくるというか、チキンテリヤキとかヘンタイとか意味不明な歌詞も含めて色々とどうでも良くなってくるみたいな感覚でハマってしまいましたね。
PharrellやJames Blakeなどと共同で書いてる楽曲もあるものの基本的には彼女自身が制作の中心にいて、ラテンポップスターとしてだけではなくサウンドメイカーとしてもとんでもなく優れた才能の持ち主なんだなと思わされました。
レゲトンやバチャータ、フラメンコまで取り込み、「CANDY」ではBurialの曲をサンプリングするという奇抜なアイデアも飛び出したボーダレスでジャンルレスな何でもありなRosalíaワールドを堪能出来る、刺激と驚きに溢れた一枚。
こんなサウンド他に誰も作れないしそもそも思いつかないってレベルで常軌を逸してるとてつもない怪作です。

10. 宇多田ヒカル 「BAD モード」

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ニューヨーク出身で現在ロンドンベースのSSW、宇多田ヒカルの通算8作目となる新作アルバム。
この作品に関してはリリース直後に全曲レビューと題して色々と感想を書いたのでそちらをぜひ読んでみて頂きたいのですが、普段海外の音楽を聴く事が多い自分が日本生まれの作品にここまでハマったのは本当に久しぶりだったので、そういう意味でも自分にとって特別な作品ですね。
A.G. CookやFloating Pointsの参加も含めて、ここ数年ロンドンに移住して音楽制作を続けてきた事の意味や成果が見事に表れた作品となっていて、しかもそれがちゃんと宇多田ヒカルとしての個性やカラーをキープした状態で新しく進化しているんだから凄いですよね。
キャリア20年以上のベテランがここに来てこれ程の傑作を生み出す事って本当に難しい事だと思うし、それを実現出来る彼女の無尽蔵のクリエイティヴィティは心底驚かされますよね。
Pitchforkの今年のベストアルバムに今作がランクインしてたり、「Somewhere Near Marseilles -マルセイユ辺り-」がベストソングに選出されていたり、その評価はいよいよ世界にまで届き始めているようで嬉しかったです。
J-POPの歌姫という肩書きは彼女には相応しくないし、このアルバムを聴けば彼女が完全に世界の第一線で戦っている事が分かると思います。
今年は運良く彼女のパフォーマンスを一曲だけでしたが生で観る事も出来て本当に感激でした。
生で体感したい曲はまだまだたくさんあるので、来年以降このアルバムのライブツアーがある事を期待しましょう!

9. Sudan Archives 「Natural Brown Prom Queen」

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LAベースのアーティスト、Sudan Archivesの2作目となる新作アルバム。
ヴァイオリニストとしての才能も随所に発揮させていた前作のアルバムやEPも非常に個性的で素晴らしい作品でしたが、今作はそこからさらに音楽性を様々なベクトルで発展させ、ブラックミュージックの面白さや奥深さ、可能性を体感出来る独創的なサウンドへと進化させています。
Erykah BaduやSolangeが進化させてきたジャズを根としたR&B/ネオソウルに、アフリカ音楽由来の民族的なリズムやエレクトロ・ファンクなビートがプラスされたような彼女のサウンドは、先人の黒人ミュージシャンがこれまで様々な地域で挑戦し生み出してきた多様な音楽へのリスペクトに溢れていて、多くの常識や壁をぶち壊してきた先人達を倣うように彼女もまた新しくオリジナルの響きを作り出しているんですよね。
黒人女性アーティストはこれまで歌唱力やテクニック、声の良さなど歌に関する事ばかりが話題になり、音楽制作における技術的な面での評価というのはあまり議論されてこなかったように感じます。
今作はそこに反抗するように革新的なアイデアと常識に囚われないボーダレスな感覚でこれまでに誰も聴いたことのない音楽を創造し、黒人女性が歌い手としてだけでなく音楽家としても優れた存在であるということを示した作品になっているのかなと思いましたね。
彼女の溢れ出る音楽への探究心や好奇心が爆発した傑作アルバムです。

8. Sam Gendel & Antonia Cytrynowicz 「LIVE A LITTLE」

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LAベースのプロデューサー、Sam Gendelと11歳の少女、Antonia Cytrynowiczによるコラボアルバム。
現在の音楽シーンにおいて常に異色の存在であり続けるサックス奏者のSam Gendelの新作が11歳の少女とのコラボアルバムだと知った時はよく意味が分からなかったんだけど、実際聴いてみてより分からなくなったというか、完全に沼にハマってしまったような感覚でしたね。
夏の終わりの午後に自宅で行っていたセッションの中で、Sam Gendelの演奏にAntoniaが即興で歌声を乗せてほぼ1発録りで録音したという俄には信じ難いレコーディングスタイルで完成したという今作。
一般人の少女の歌声をこれほどまでにマジカルな響きにしてしまうSam Gendelの手腕が見事なのか、はたまたこんな洗練されたジャジーなアヴァンポップを自分の楽曲のように歌いこなすAntoniaの才能が凄いのか、何度聴いても聴き入ってしまう魅惑的な作品ですね。
個人的にはAlice ColtraneやTirzahあたりと音像が近い印象を受けましたね。
Sam Gendelは非常に多作なアーティストで、しかも毎作品違ったタイプのサウンドだったりするので、本質だったり音楽性みたいなものは中々捉えにくい存在だなと思うんですが、彼の音楽に近付けば近付くほど底知れない魅力のサウンドを生み出す人だなとつくづく思います。
彼の作品にしては珍しく歌モノなので、彼の無数にあるディスコグラフィーにこれから手を出そうと考えている人は今作から入るのも良さそうな気がします。

7. Jockstrap 「I Love You Jennifer B」

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ロンドンベースのデュオ、Jockstrapのデビューアルバム。
Black Country, New Roadとしても活動しているGeorgia ElleryとTaylor Skyeによる男女デュオの彼ら。
2020年リリースのEPを経て完成させた今作は、今年最もワクワクさせてくれたポップミュージックでした。
ダブステップやハイパーポップ、ジャズやフォークなど多様な響きを取り込み咀嚼し破壊し、それをまた新しく作り替えたような自由で混沌としたサウンドは、過去・現在・未来のポップミュージックを融合させたような、まさに新時代の音楽と呼べる斬新な響き。
ストリングスを含めたサウンドの配置や構造の発想が良い意味でイカれてて、柔軟というのか奇天烈というのか、とにかく非常識で自由なサウンドが彼らの魅力ですよね。
彼らってJoni MitchellやBob DylanもJames BlakeやSkrillexも両親から普通に聴かせられてた世代で、なおかつギルドホール音楽演劇学校という由緒正しき場所で音楽について専門的に学んできた経験もしてるんですよね。
古いものも新しいものも関係なく音楽への探究心や好奇心が凄くて、取り入れたものを自分達のサウンドへと活かす技術やアイデアもとても豊富。
こりゃこんな凄い作品が生まれるわけですよね。
これからの音楽シーンを背負っていくであろう素晴らしい才能の持ち主です。

6. The Weeknd 「Dawn FM」

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カナダはトロント出身のアーティスト、The Weekndの通算5作目となる新作アルバム。
前作「After Hours」の記録的ヒット、スーパーボウルのハーフタイムショーも務め今や世界的なスターとなったThe Weekndの最新作は、前作のダークでホラーな世界観を継承しつつ、架空のFMラジオ局の番組というコンセプトを冠すことで彼の脳内の世界をより明確に表現した傑作アルバムとなっています。
その実現に大きな役割を果たしてるのがOneohtrix Point NeverことDaniel Lopatinですよね。
ヴェイパーウェイヴの祖としても知られる彼の参加によって、日本でも大きな話題となった亜蘭知子の楽曲のサンプリングを含め80sのダンスポップ〜シティポップのテイストが加わり、レトロな質感の近未来感が作品にも表れてます。
圧倒的に精巧に作られた虚構のような、ダークサイドに堕ちたポップミュージックが妖しく響くディストピアのような。
ラジオ番組の語り手としてJim Carreyを起用していたり、アートワークやビデオも含めて今作には制作当初から明確にコンセプトがあった事が分かります。
Michael Jacksonからの影響の強さを公言している彼ですが、今作ではついにそのプロデューサーのQuincy Jonesまで召喚し作品に奥行きや説得力を加えていて、自分の頭の中で描いたビジョンを様々なベクトルから実現させるその行動力と意志の強さが本当に凄いなと思いますね。
前作「After Hours」から3部作として制作しているという話もあるので、その3作目がそう遠くない未来にリリースされるかもしれません。
楽しみにしていましょう。

5. Big Thief 「Dragon New Warm Mountain I Believe In You」

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ニューヨークベースの4人組バンド、Big Thiefの通算5作目となる新作アルバム。
2016年のアルバムデビュー以来、メンバーのソロ活動を含めてほぼ毎年のように作品を発表するという驚異的な創作ペースで活動している彼らの最新作は、20曲を収録した2枚組の大作になっていて、4つのスタジオで4人のエンジニアと共に録音された楽曲はそれぞれが異なるカラーを持った仕上がりになっています。
生楽器主体のシンプルなバンド演奏のサウンドの可能性を極限まで追求したような、実験的な挑戦心と音作りへの溢れ出る意欲をこれでもかと詰め込んだ圧巻の完成度!
バンドのアンサンブルのみでどうやってここまで奥行きのある空間的なサウンドを表現出来るんだろう?と思う一方で、同じ部屋のすぐ側で彼らの息づかいまで感じながら演奏を聴いているような親近感も同時に感じるというか。
こんなにも温かく側に寄り添ってくれる響きなのに、同時に神秘的で手の届かない崇高なオーラすら感じるような何とも不思議なサウンドですよね。
統一感という意味では過去の作品の方が上なんだけど、まるで万華鏡のように違う表情と違う美しさを見せてくれる今作もまた違った良さが味わえる素晴らしい作品だなと思います。
今年はついに長年待ち続けた彼らの来日公演が実現し、このアルバムの楽曲も含めてやっと生で体感する事が出来ました。
自分が想像していた以上にロックバンドとして凄いポテンシャルを持った人達だなという印象で、特にAdrianneはヴォーカルの力強さと繊細さのバランス、そしてギタリストとしても素晴らしいプレイヤーなんだなと改めて感じました。
本当に心から観れて良かったと思うライブでしたね。

4. SZA 「SOS」

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セントルイス出身のSSW、SZAのセカンドアルバム。
2017年リリースのデビューアルバム「Ctrol」から5年半という長い期間を経てついに届けられた全世界待望の新作ですね。
R&Bに収まらない多彩なジャンルのサウンドに挑戦しながら、過激かつキャッチーなワードセンスと豊富なソングライティングのアイデアでSZAオリジナルの世界観を見事に作り上げた今作は、長い年月待った甲斐がある圧巻の完成度。
お得意のミディアムテンポのR&Bやヒップホップ色の強いバウンシーな楽曲から、アコースティックなテイストやポップパンク風の楽曲まで非常に幅の広いワイドな作風なのが印象的で、ゲストにはPhoebe Bridgersの名前もあり驚きましたが、楽曲の空気感をガラッと変える絶妙な人選でしたね。
あとやはりなんと言っても彼女のヴォーカルのユニークさは本当に唯一無二で、歌とラップを行き来するような独特のフロウを持つ彼女のヴォーカルスタイルはマジで発明だなと思いますね。
SZAの歌詞は恋愛やセックス、体型、人間関係など女性が内に抱えている気持ちや悩み、感情がとてもリアルに描かれていて、それをシンプルな言葉と巧みなヴォーカルで聴き手の心にストレートに届ける彼女の表現者としての凄さを今作で改めて感じました。 
同年代の女性達の代弁者として絶大な支持を集めている理由が分かりますよね。
今後さらに聴き込んでこのアルバムの凄さをより理解していきたいと思います。

3. billy woods 「Aethiopes」

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Armand Hammerとしても活動しているNYベースのラッパー、billy woodsの新作アルバム。
これはここ数年の中でもトップレベルで衝撃的だった作品かもしれません。
同郷のPreservationをプロデューサーに迎えたアングラ臭ムンムンの怪しげでアブストラクトなトラックはどれもこれまで聴いた事ない斬新な響きで、よくこれが音楽として成立してるなと思うレベルの異質なサウンドの連続。
彼はこれまでKenny SegalやMoor Motherといったクセモノたちとコラボを重ねてきて、それらの作品でも非常に奇妙なサウンドを聴かせていましたが、それにしても今作のサウンドの異質っぷりは異常ですね。
古びた骨董品を扱うボロボロの店で恐る恐る掘り出し物を探している感覚というか、得体の知れない何かの気配を感じた時のゾクゾク感というか。
ここまで聴いた事のないサウンドに出会ったのは久々でしたね。
彼のラップは趣味の読書で得た知識や本からの引用など、意味を理解するのがかなり困難な内容のものが多く、そういう意味でも未体験な響きでしたね。
味わった事のない没入感を堪能出来る衝撃的なアルバムです。
今年掛川で開催されたFRUEのフェスで来日し、その後渋谷のWWWでも公演を行ったbilly。
自分は渋谷のライブを観ることが出来たんですが、重低音の圧が凄まじいビートの上で1人淡々とラップする様は中々にシュールというか。
職人のように言葉を置いて世界観を構築しさっと帰っていく感じが最高にクールで益々ファンになりました。
今年はさらにアルバム「Church」をリリースするなどまさに脂の乗った状態のbilly。
来年以降も音楽シーンの異物として目が離せない存在です。

2. Alvvays 「Blue Rev」

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カナダ・トロントベースのバンド、Alvvaysの通算3作目となる新作アルバム。
前2作で全世界のインディーポップファンの心を鷲掴みにした彼らですが、2017年の2ndアルバム以来長らくシーンからは遠ざかっていました。
前作からの5年で世界はあらゆる事が変わってしまったけど、彼らはずっと側に居てくれたみたいに変わらず、それでいてバンドとしての逞しさや力強さを増して帰ってきてくれました。
この5年の間、自宅スタジオに泥棒が入りデモ音源を盗まれてしまったり、洪水で浸水し機材がダメになったりとかなりの災難が彼らを襲ったんだそうで、そこから何とか立て直し今作の完成まで漕ぎ着けた様はコロナ禍を懸命に生き抜く人々の姿とも重なるような気がしましたね。
甘味、苦味、雑味が入り混じった80s風味のノスタルジックなギターポップサウンドは健在で、今作はそこにパワーポップ的なキャッチーさとダイナミックさが加わり、これまで以上にバンドとしての厚みや芯の太さを感じる作品になっているなと感じました。
あとヴォーカルのMollyの歌詞の面白さもこのバンドの大きな魅力の一つで、彼女が描く歌詞の中の光景や景色がまるで小説を読んだり映画を観てるかのように頭に浮かんでくるんですよね。
具体的な固有名詞を使ったり実際目にした情景を描写したり、とても映像的な歌詞を書く人だなと思います。
コロナウィルスの状況はまだ完全に収まったわけではないけど、海外に行くことが出来たり海外アーティストのライブを観に行くことが出来たり今年は少しずつだけど以前の当たり前が戻ってきたなと感じられるようになってきたかなと思います。
Alvvaysの帰還も自分にとってはその中の一つで、今作を聴いてると以前のありふれた日常が戻ってきたような安心感と、これを乗り越えてこれから進んでいこうというポジティブさを同時に感じることが出来る様な気がします。
心から大切にしたいと思える何もかもが好きな作品です。

1. Beyoncé 「RENAISSANCE」

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というわけで2022年のベストアルバム、1位はBeyoncéの通算7作目となる新作アルバムを選びました。
正直これは今作がリリースされ1周目を聴き終えた瞬間にもう決まっていたような気がします。
それくらい何もかもが圧倒的なアルバムです。
今作についてはリリースした直後に全曲レビュー記事を書きそちらでかなり詳しく感想などを書いたので、そちらもぜひチェックしてもらいたいなと思います。
この数年で行き場を失い多くの人々の中でフラストレーションとなり溜まっていたエネルギーや欲求を解放させ、音楽を通して復興させようというテーマで制作された今作。
ハウス・ディスコ・レゲトン・アフロビーツといったクラブミュージックを先人達へのリスペクトと新鋭の若手達のエナジーを取り込み形にし、世界を再び踊りの渦に巻き込もうという熱意と挑戦心が作品全体から溢れ出していますよね。
Nile RodgersやGrace JonesといったレジェンドからSydやLeven Kaliなどの才能溢れる若手アーティスト、さらにはA. G. CookやKelman Duranといった我々の想像の範疇を超える異ジャンル・アンダーグラウンドな奇才を適材適所に起用し、彼女にしか作り得ない新しい価値観を持ったダンスミュージックを見事に作り上げています。
今作の裏テーマとして重要な意味を持つのがクィアカルチャーへのリスペクトで、クラブ・ボールルームを主戦場に様々な偏見や差別と戦ってきた先人のドラァグクイーンや同時代のDJなどの様々な勇気ある人達へのリファレンスやオマージュがふんだんに取り入れられているんですよね。
世界の様々な地域のダンスミュージックの歴史を総ざらいし、その発展の大きな役割を担ってきたクラブカルチャー、クィアカルチャーへの敬意を絶妙な人選と引用によって示し、ダイバーシティの重要性と可能性を表現した圧巻の完成度!
人々の心や体を踊らせるダンスミュージックとして様々なベクトルで発展してきたブラックミュージックの一つの到達点と言える歴史的な傑作です。

というわけでいかがでしたでしょうか?
毎年言ってる気もしますが今年は特に傑作というか、メディアでも高い評価の作品がバンバンリリースされたなという印象でした。
今回選出しなかった作品も含めて、いわゆる大物とカテゴライズされるアーティストが続々と新作を発表するという非常に活気のある一年だったように思います。
選んだ中には今年実際生でライブを観ることが出来たアーティストもいたり、来年以降日本に来ることが決まっているアーティストもいます。
今年はちょっとでも観たいと思ったライブは全部行ってやろうと思って過ごしていたんですが、来年もそのマインドで突き進もうかと思ってます。
ライブは観れる時に観とけ。
これは間違いないです。

と言いつつ自分は音楽はほとんど家の中か移動中に聴いているので、来年ももちろん新譜を追いかけながら過去の素晴らしい名作も聴き直したり、自分のペースで音楽を楽しんでいけたらなと思います。
Twitterで自分の事を知ってこちらを読んでくれてる人が多いかと思いますが、来年も気になった作品などについて変わらずマイペースに呟いていきたいと思うし、こちらのnoteでもいくつか記事を書けたらなと思ってます。
最後まで読んで頂いてありがとうございました!

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