HayashiOsamu-Rugby_01

林修×岩渕健輔(前編)

予備校講師・林修が明かす勝者の発想と成功哲学

2016/3/19
W杯の母国開催を3年後に控えた今、日本のラグビー界は自らの可能性をいかに広げていくべきなのか。2015年のW杯イングランド大会における日本代表の躍進をGMとして支えた岩渕健輔が、各界のキーパーソンとの出会いを通して、競技発展のヒントを探る。

本連載3人目のゲストは、東進ハイスクール講師の林修氏。「いつやるか? 今でしょ!」のテレビCMで大ブレークし、現在は多くのレギュラー番組を持つ林氏が、自身の体験をもとに、競争社会で必ず勝ち抜くための方法論を明かす。(全2回)

林修(はやし・おさむ) 1965年生まれ。愛知県出身。東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行するが、半年で退社する。その後に予備校講師に転身し、東進ハイスクールでは現代文講師として、東大・京大コースなどの難関コースを中心に授業を行う。東進のテレビCMでのセリフ「いつやるか? 今でしょ!」が大流行し、2013年にユーキャン新語・流行語大賞を受賞。TVのレギュラー番組を8本抱える現在も、教べんをとっている

林修(はやし・おさむ)
1965年生まれ。愛知県出身。東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行するが、半年で退社する。その後に予備校講師に転身し、東進ハイスクールでは現代文講師として、東大・京大コースなどの難関コースを中心に授業を行う。東進のテレビCMでのセリフ「いつやるか? 今でしょ!」が大流行し、2013年にユーキャン新語・流行語大賞を受賞。TVのレギュラー番組を8本抱える現在も、教べんを執っている

ラグビー選手としては偏差値25

岩渕:先生は高校時代、ラグビー部にちょっと在籍されていたことがあるとお聞きしたのですが。

:いや、ちょっとだけじゃなくて、一応最後までやったんですよ。だから卒業アルバムにもラグビー部員として載っているんです。

でも、うちの部はめちゃくちゃ弱い弱小チームでした。選手を15人確保できなくて、アメフト部から1人借りて試合をやったことも何回もありましたからね。

岩渕:ポジションはどこを担当されていたのですか。

:僕がやったのは1、3(左右のプロップ)、4(左のロック)です。

岩渕:ラグビーでは一番、性格のいい人がやるポジションですね。

:そこしかなかったんです。当時は体重が100キロぐらいありましたし、ラグビーが超へたくそでしたから。

岩渕:いや、真面目で我慢強い人しかできないポジションですよ。先生は謙遜されましたが、いいコーチに巡り合っていれば、かなり状況は変わっていたんじゃないですか。

:素晴らしいコーチもいたんですよ。ただ、僕がダメだっただけ。ラグビープレーヤーとしては偏差値25ぐらいでしたね。頑張って成績が上がったとしても、せいぜい偏差値40ぐらいが限界みたいな、本当にダメな選手だったんです。

僕はともかく、ラグビーはポジションが15もあって、要求される能力もさまざまですよね。だから、多くの人が、それぞれの能力を生かせる確率は高い。

岩渕:ええ。そこはほかのスポーツにない特徴だと思います。

:だから僕も、もしかしたら自分の生きる場所があるんじゃないかと思って入部したんです。でも、多様な能力が発揮できるのは、あくまでもアスリートとして基礎レベルに達している人なんですよ。自分のできない分野がよくわかったという意味では、いい経験になりました(笑)。

社内の雰囲気を感じ取り銀行退職

岩渕:ラグビーはともかく、先生が予備校で生徒さんを指導される場合は、適性をどうやって判断されているんですか。

:こういう仕事をしているので、皆さん驚かれるんですが、僕は、苦手なことを努力して克服するという考え方が基本的に嫌いなんです。そもそも勉強にしてもスポーツにしても、苦手な人は「苦手」というくらいですから、最初から得意な人間に勝てるわけがない。

だったら苦手な分野で無駄な努力をするよりも、自分の得意なところを思いっきり伸ばして、それが通用する世界がどこにあるのかを考えていったほうがいい。だからこそ僕はいつも「正しい場所で、正しい方向で、十分な量がなされた努力は裏切らない」と言うんです。

──しかし自分の適性を見極めるのはかなり難しい作業です。その点、先生は今日に至るまで3回も転身に成功されました。講師になる前は銀行員だったとお聞きしたのですが、退職されたきっかけはなんだったのでしょうか。

:まず「あっ、自分は向いてないな」と思いましたね。でもそれ以上に「この会社はダメだな」とも思いました。社内の雰囲気が浮ついていましたから。

岩渕:でも銀行を辞めるというのは、相当、勇気が必要ですよね。

:当時はバブル景気で、どうにでもなりましたから。条件の良いオファーも多数あったんです。実際面接に行くと、なにしろ僕は、口は達者ですから、大抵の会社には通りましたね(笑)。

岩渕:さらに先生の場合は、予備校の講師になられた後も、指導科目を数学から現代文に変更されている。これも、かなり珍しいのではないですか。

:ええ。数学で採用されたのにもかかわらず、現代文に科目が変わるなんて普通はあり得ない話なんです。でもあそこで数学を選んでいたら、たぶん、今、こうなっていなかったでしょうね。

「類比」「対比」「因果」の思考

岩渕:決断を下された根拠は、何だったのでしょうか。

:これも僕がいつも言うことなんですけど、人間の思考は「類比」「対比」「因果」の3つの作業を中心に展開します。類比というのは2つのものを比べて、似ている点を探す作業、対比というのは違いを探す作業、因果は物事の原因と結果の関係を明らかにすることです。

だから、じっくり考えて、まず、数学の世界でトップになっている人と自分を比べました。その結果、僕は相手のように大学院の数学科を出ていないのだから(=因果)、これはかなわないだろうなと判断して、現代文に転向しました。

岩渕:おっしゃっていることはよくわかります。私はラグビー協会で代表のGMを4年前から担当しているんですが、W杯のイングランド大会に向けてやったのも、まさに類比と対比と因果でしたから。日本と強豪国を徹底的に比較したうえで、世界に勝つための強化プランと戦術を練り上げたんです。

:さらには、僕の場合、長いスパンでものを見る癖が付いていたことも大きいと思います。常に5年後、10年後を想定して動きますから。

岩渕:それも私の仕事に共通していますね。

:僕が予備校に採用されたのは、まだ浪人生が山ほどいる時期でした。でも、業界の先行きが暗くなっていくことは、当時の出生数の減少からすでにわかっていたんです。そういう状況の中で生き残るためには、自分がトップに立つしかない。縦の方向に未来をしっかり見据えつつ、横を見て同業者に勝てるかどうかを判断する作業も、いつもきちんとやっていますね。

岩渕健輔(いわぶち・けんすけ) 1975年12月30日生まれ。東京都出身。青山学院大学在学中に日本代表に初選出。卒業後の1998年に神戸製鋼入社後、ケンブリッジ大学に入学。2000年にイングランドプレミアシップのサラセンズに加入するなど、国内外でプレーした。7人制日本代表の選手兼コーチなどを経て、2009年に日本ラグビーフットボール協会に入り、2012年に日本代表GMに就任。近刊に『変えることが難しいことを変える。』(ベストセラーズ)

岩渕健輔(いわぶち・けんすけ)
1975年12月30日生まれ。東京都出身。青山学院大学在学中に日本代表に初選出。卒業後の1998年に神戸製鋼入社後、ケンブリッジ大学に入学。2000年にイングランドプレミアシップのサラセンズに加入するなど、国内外でプレーした。7人制日本代表の選手兼コーチなどを経て、2009年に日本ラグビーフットボール協会に入り、2012年に日本代表GMに就任。近刊に『変えることが難しいことを変える。』(ベストセラーズ)

人間関係の基本はすべて一対一

岩渕:適性の見分け方とともに、今回、先生にぜひお聞きしたかったのがコミュニケーションの取り方です。

私は各代表のヘッドコーチを決めてきましたが、どのチームでも必ず、人心掌握の問題が出てきます。先生は講義の際、どうやって生徒一人ひとりの心をつかもうとされるのですか。

:これも講演会でよく言うことですけど、僕は相手が何人であろうが、人間関係は、基本はすべて一対一だと思っています。

1人の人間と自分をしっかりつなげるかどうか。その数が増えていくだけなんです。集団を相手するという考え自体が、最初から間違っていると思いますね。

岩渕:予備校で映像を使った講義をされているときもですか?

:ええ。生徒は1人で僕を受け止めて、授業を継続するかどうかを考える。その生徒との「糸」がつながるかどうかだけです。一対多という発想はないですね。

岩渕:大学のラグビー部などでは、部員が150人もいるのに、指導者が1人しかいないというケースもあります。 そうなると指導やコミュニケーションのスキルうんぬん以前に、物理的な限界が出てくるんです。

:そもそも150人は多すぎますよ。ラグビーの場合は、15人いればいいわけですから(笑)。もちろんけがの多いスポーツだから、ある程度の数はそろえなければならないですけど、つながる人にしかつながらないでしょうね。

さらに言うなら、そこまでの人数とつなぐ必要さえない。僕はつなぐべき30人、40人とつなげば、あとはいらないと思うんです。

「君は東大に受からない」と言う

──ラグビーに限らず、日本の部活動はともすれば大所帯になりがちです。

:うちは何百人部員がいますと自慢する、大人数至上主義みたいな考え方があるからでしょうね。でもマンモス野球部とかマンモスサッカー部なんて、指導者の自己満足にすぎない。日本のあしき習慣だと思いますね。

たとえば昔の野球部だと、3年間ずっと球拾いだけやっていたという部員がよくいたじゃないですか。本人が下積みで耐えていくのが好きならいいんですけれど、どうなんでしょうかね。自分もプレーヤーになれる別の場所や世界を探してもよかったのではないかと。

岩渕:しかし実際には、なかなかスパッと割り切れないケースが多いように思います。

:突き詰めて考えると、明らかに自分より上の人間を見たときに、何を感じるかですよね。たとえば同じ学年に早実の清宮(幸太郎)君のような選手がいたら、自分のバッティングじゃ勝てんぞと瞬間的にわかるわけじゃないですか。だったら違う生き残り方を考えたほうがはるかにいい。

そのいい例が「キャプテン」という野球漫画(月刊少年ジャンプで1972年から連載された人気作品)の谷口君でしょうね。主人公の谷口君は、青葉学院の野球部では劣等生だったけれども、墨谷二中に転向してキャプテンになり、やがては優勝にまでたどりついている(笑)。

岩渕:そういう意味でも大人数主義はもったいないですね。発想を変えていかないと、才能が埋もれたままになってしまうケースも出てくる。

:そう思います。だから適性のない子に対して、違う道を考えたほうがいいとアドバイスしてあげるのは大事ですよ。実際、予備校で指導をしているときには、「君は東大には受からないよ」と先に言うこともありますから。

岩渕:そこまではっきり言われるんですね。

:ええ。それもまた僕たちの仕事の一つだし、本当の愛情だと思うんです。

相手の期待値を超えることが重要

──先生は予備校の講師からさらにテレビの世界にも進出して大きな成功を収められました。昨年12月には『林先生が驚く初耳学!』という本を出版されたように、“知”をテーマにした新たなジャンルも開拓された印象を受けます。

:いや、僕はジャンルをそんなに広げていないんですよ。違う分野を開拓している意識もないですし。むしろ意識したのは、普段の仕事を続けようということです。

難解に見えるテーマに、ちょっと違った角度から切り込んで、わかりやすく伝えていくという「通訳」の仕事は、普段の授業で必要なスキルがそのまま使えます。僕には、そういうやり方しかないんですよ。

岩渕:なるほど。でも番組に出演してほしいというオファーを受けた瞬間から、当然、相当な準備や努力をされるわけでしょう?

:まず大事なのは相手の要望をきっちり読むことです。数多くの候補者がいる中で、なぜ自分に白羽の矢が立ったのかをしっかり分析します。

そのうえで、重要なことは、相手の期待値を超えることなんです。だから相手が自分に対して求めているのは、どの方向で、どのレベルで、どのくらいの量の仕事をすることなのかを見極めて、それをいかに上回るかを常に考えますね。

それはつまり、自分のやりたいことはやらないということにもなります。これは仕事観の問題になると思うんですけど、僕は相手からおカネをもらって、自分のやりたいことをやろうなどとは、まったく考えないんですよ。

得意な戦い方に持ち込む方法

岩渕:いい意味で仕事に幻想を抱かない。プロに徹していく。

:ええ、そうです。たとえば仕事ができない人って、自分のやりたいことだけをやって「僕、こんなに頑張りました」とアピールするじゃないですか。僕はあれが嫌いで。

結果は常に一つしかない。「仕事をお願いしてよかった」と言ってもらえるかどうかだけなんです。言葉を変えると、「林を選んだ自分の目は正しかった」と、相手に思わせることさえできたら、勝負は勝ちです。

岩渕:表現としては相応しくないかもしれませんが、「人たらし」の極意という感じがしますね(笑)。それで視聴率もついてくれば、なおさらいいと。

:その繰り返しです。でも声がかかったら、意地でも向こうの期待値は超えたい。だから自分の得意な戦い方に持ち込んでいくんです。

岩渕:具体的には、どんな戦略を採られるのですか?

:バラエティー番組で芸人さんとまともにやりあう、気の利いたコメントをとっさに口にするような瞬発力で対抗しようとしたら、絶対に勝ち目はありません。 彼らは、本当にすごいんです。

だからこちらは、芸人さんにはできない説明の仕方や、情報の伝え方がないかと徹底的に考える。そのうえで粘り強く何回も打合せをやって、準備段階からつくり手の意図に沿って番組をつくっていく姿勢を示すんです。「この本を読んできてください」なんて言われたら、大チャンスです。そういう準備をする芸人さんは少ないので、そこでやっと差別化が可能になります。

さらに、僕の場合、情報の収集は決してうまくないんですが、分析には自信があります。世の中には膨大なデータがばらばらに存在しています。そういうデータを分析して、「知の体系」を編み直して、それを提示するんです。

岩渕:瞬発力ではなくて、「準備力」で勝負していく。

:ええ。徹底的にいろんなデータを集めて、その中で自分のできることを探しますね。普通、情報の処理の仕方は3段階、「収集」「分析」「活用」だといわれていますよね。でも僕は4段階あると思うんです。

今は情報過多の時代なので「収集」「分析」「活用」に加えて、不要な情報を「遮断」する能力も高めなければいけない。

岩渕:よくわかります。ラグビーでもGPSや統計データが活用されていますが、情報を詰め込んでも、選手の頭がパンクしたのではしょうがないですから。

対談は、2人のぎっしり詰まったスケジュールの間隙を縫って行われた。林氏らしい力強い言葉で、数々のエピソードが語られた

対談は、2人のぎっしり詰まったスケジュールの間隙を縫って行われた。林氏らしい力強い言葉で、数々のエピソードが語られた

時間の制約は絶対に死守する

──情報の収集や分析には、優秀なブレーンを起用されるのですか?

:いや誰もいないです。予備校の授業に関しては手伝ってくれるスタッフがいますが、テレビの番組の準備は、全部自分一人でやっています。

岩渕:一人で、あれだけの情報を分析されているというのは、時間のマネジメントという点でもすごいですね。実は林先生が持っている最大のアドバンテージは、時間をマネジメントする能力なのかなと思っていたのですが。

:そこはわれながらうまいなと思いますね。僕の場合は、全体像がいつも頭に入っているし、ゴールから逆算して引き算をするんです。エンド(目標)はここで、そこから引いたら、手元に時間はこれだけしかないと。その中でやれることを考える。世の中にはすべてに締め切りがあるわけですから、時間の制約は絶対に死守しなければならない。時間こそが、真の絶対制約です。

仕事ができない人の考え方

岩渕:スポーツもまったく一緒ですね。ここの試合で一番いいパフォーマンスをして、相手を上回りたいと。でも時間は限られているので、とにかく優先順位を決めて取り組んでいくしかない。

:それで完璧な優先順位でやって負けたんなら、しょうがないんですよ。

岩渕:ええ。でも実際には、その優先順位を決められないケースが多い。

:たぶん、これをやってあれをやってと、足し算で考えてしまうんでしょうね。もちろん全部できればいいですよ。でもそんなのは不可能だから、実際には最後の最後で必ず時間が足りなくなってパンクしてしまう。

だから時間を軸に考えない人は、仕事ができない人が多いですよね。逆に仕事ができる人は、みんなそういう考え方をしていますよ。

岩渕:いいコーチも一緒ですね。なかなかそういう人材はいませんが。

:全体像が把握できていないから、逆算もできないんでしょうね。もちろん個々の能力も大きな制約条件なんですが、それ以上に大切なのは時間なんです。これは、僕が物事を進めていくときの基本的な発想ですね。岩渕さんがGMとしてなさってきたことも、まさに同じだったのではないでしょうか。

(構成:田邊雅之、写真:福田俊介)

*本連載は2日連続で掲載予定です。続きは明日掲載します。