この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年9月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
イスラム教第3の聖地である岩のドーム。争いの火種がくすぶるエルサレムの高台で、特別な調査を許された学者たちがその秘密に迫る。
「それを目にした者は誰でも、自分の表現力の乏しさを痛感するだろう」
これは1326年にエルサレムを訪れた旅行家のイブン・バットゥータがつづった驚嘆の言葉だ。
「それ」とは、エルサレム旧市街にある高台の中心に立つ「岩のドーム」のこと。ユダヤ教徒とキリスト教徒が「神殿の丘」、イスラム教徒が「ハラム・アッシャリーフ(高貴な聖域)」と呼ぶ高台で、創建時から1300年以上もの間、王冠にはめ込まれた宝石のように荘厳な輝きを放ってきた。
肌寒い冬の朝、長いコートを着てヒジャブ(髪を隠すスカーフ)をかぶった女性たちがこの建物に三々五々集まってきた。男性たちが集まるのは同じ高台で100メートルほど南にある、はるかに大きなアル・アクサ・モスクで、この静かな空間で時を過ごすのは主に女性と子どもたちだ。なかにはコーランについて学ぶグループもいる。
黒ずくめの服装をした中年の幼稚園教師シリン・カリムが、建物の中央を占める大きな岩を指し示した。
「ムハンマドは――彼の魂に平安あれ――すべての預言者たちに会うためにここから天に昇り、ここに戻ってきて啓示を伝えたのです。1日に5回礼拝を行うようにと」。カリムはそう説明した。
ムハンマドが天界に旅立ったと伝えられる岩は、周囲のきらびやかな内装にはおよそ不似合いなごつごつとした岩で、表面にいくつも穴が開いていた。この岩を取り囲むように、大理石と斑岩の円柱と太い角柱が円形に並び、凝った文様を施したドームを支えている。その外側を、八角形に配置された円柱と太い角柱が取り囲む。
壁面を埋め尽くしているのは、流麗なアラビア文字の碑文と、世界屈指の規模を誇る中世のモザイク装飾の数々だ。下から見上げると、小さなガラスのタイルを無数に組み合わせて、葉の茂ったヤシの木や熟したブドウ、王冠や首飾りといった財宝が描き出されている。開かれた四つの入り口のどれかから、時々ハトが舞い込んできて、広々とした円形の空間をくるくる飛び回っている。
すり減った狭い大理石の階段を下りて聖なる岩の下に潜り込むと、そこは「魂の井戸」と呼ばれる天然の洞窟だ。イスラムの伝承では、この洞窟の下には天国の水が流れているとされるが、一部のユダヤ教徒とキリスト教徒の間では長年、この洞窟の下のどこかに価値ある品々を収めた秘密の通路が隠されていると言い伝えられてきた。