多くのAI(人工知能)スタートアップに携わる孫泰蔵さんは、最先端のAIに触れれば触れるほど現代の能力主義や教育に疑問を抱くようになったと、著書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』で記しています。前編では、「スキルなんて身につけなくていいんじゃないか」と語りました。しかしスキルを身につける努力をせずに、私たちはどうやって稼ぐのか、どう暮らしていけるのでしょうか。後編ではこの点を聞きました。(聞き手・構成/日経BOOKSユニット 中川ヒロミ 写真/竹井俊晴)

前編では、AIがどんどん進化してたいていのスキルはAIやロボットがしてくれようになるから、人間はスキルなんて身につけなくてよくなる、という話を伺いました。しかしそうすると、人間はどうやってお金を稼ぎ、暮らしていくのでしょうか。特に将来働き出す子どもたちは何を勉強したらいいのでしょうか。

孫泰蔵氏(以下、孫):「スキルを身につけて食っていく」というのは、産業革命以来、人間を機械として扱ってきた考え方です。AIがどんどん進化していく今後は、そのパラダイムを超えた考え方をしていかないと、人間はこれから不幸になってしまうんじゃないかと思います。

 AIは情報革命の核心的な技術の一つだと言われますが、産業革命でエンジンが発明されて世界を根本的に変化させたように、AIの発明も何百年に一度という社会を変えるきっかけになると思います。それくらいの構えでものを考えなくちゃいけない。

 リスキリングは「スキル」や「能力」をアップデートしようという考え方ですが、これは能力で人を評価する「メリトクラシー」と呼ばれる中の概念です。ですから、これからは「どんなスキルを身につければいいのか」ではなく、「どんな生き方、働き方をしていけばいいのか」と考えることが重要になってくると思います。

「これからは『どんな生き方をしていけばいいのか』と考えることが重要に」(孫泰蔵氏)
「これからは『どんな生き方をしていけばいいのか』と考えることが重要に」(孫泰蔵氏)
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好きなこと以外やっている場合じゃない

その大きな変化は、どのくらい先の未来で現実になりますか?

:僕は予言者ではありませんから、いつ必ずこうなるとはっきりは言えないし、ある年に急に切り替わるものでもありません。こういう大きな変化、すなわち「メガトレンド」はいつの時代もグラデーションであり、ある時ふと気がつけば「そういえばすごく様変わりしたなあ」というようなものです。

 もちろんいろいろな見方がありますが、AI技術者たちに聞けば50年はかからないよという人が多いでしょう。20年、30年、いや5年で変わると言う人もいるでしょう。でも、来月じゃないからいいやと思っていいかというと、僕はそんなことはないと思うんです。

 仮に25年後だとして、自分はもう働かない年齢だといっても、それでいいわけでもないでしょう。自分の子ども、孫など大切な人たちが直面することを考えるなら「じゃあ、いいや」とはならないはず。その変化がメガトレンドとして遅かれ早かれ来るのなら、今から考えておいたほうがいいと思うんです。

 具体的にどうなるかは分からなくても、大部分の仕事の多くをAIがやるようになったら、大部分の人間はその仕事で食べていけなくなる。つまり、稼げなくなる。では、どう考えればいいのか。それには、大きな変化の後の世界をイメージしてみるのがいいでしょう。

 先ほどの話に戻って結論を言ってしまいますが、もう「どうやって食っていくか」を考えている場合ではなく、「どう生きるべきなのか?」と考えるべきなのですよね。

さらに難しくなりますね。

:要するに、「自分の好きなこと以外やってる場合じゃないだろう」ってことです。

 「好きなことじゃなくても、仕事ならお金を稼ぐために我慢して続ける」と言う人はいるかもしれません。しかし、「自分の嫌いなことをして生きていく」と言う人はさすがにいないでしょう。もしいるならその理由を聞きたいですが、どこか無理をしているんじゃないかと思います。ですから「どうやって生きていくんですか?」と問われるなら、やっぱり「好きなことをして生きていきたい」と誰もが答えるんじゃないでしょうか。

AIによる情報革命の大きな意義とは?

元に戻りますが、そうは言っても好きなことだけでは食べていけないのではないかと思います。特に自分の子どもに、スキルのために勉強しなくていいから好きなことだけやってなさいとは言いにくいです。

:そうですよね。メリトクラシーの世界で考えると、好きなことで生きていけばいいというのは理想論になりますよね。それに対する僕の意見は、「もう食っていかなくてもいいんじゃないの?」です。「食っていく」とはすなわち「生計を立てること」ですが、「生計なんて立てなくていいんじゃないの?」って思います。

 もし文字通り「食っていく」ということで言うなら、今の日本で食べ物は食べられますよね。日本には海の幸も山の幸もあるし、見た目が悪いというだけで捨てられている食べ物はいくらでもある。住むところがないといわれるけれど、日本中、空き家だらけですよ。衣類も在庫処分で赤字に転落するくらい余っている。あるところには全然あって、すべての人々を満たせるだけの衣食住は十分にあるんです。けれども、「そんなの無理だ」と多くの人は言います。

 「自分で食べ物を育てたり、空き家を修理したり、衣類を作ったりすることはできない、自分にかぎらずほとんどの人がそういう技能を持ってない、だから無理だ」と、特に都市生活者は言います。しかし田舎に行くと魚釣りは得意だよ、家の修理ならできるよという人は結構います。

 「じゃあ、AI時代はそういうスキルを身につければいいんですか?」と聞かれても、それもちょっと違いますよね。まあ、ITスキルを身につけるよりは、こうしたスキルを身につけるほうがよっぽど筋はいいとは思いますけれどもね(笑)

長年ITに携わってきた孫さんがそう言われるのは意外ですね。

:今話題の「リスキリング」の論点は、主にIT関連のスキルについてですよね。それよりはまだ魚を釣ったり家を修理したりするスキルのほうがよっぽど役に立つと僕は思いますが、そうしたスキルだってAIを搭載したロボットがこれから上手になっていくんです。そんなふうにAIやロボットを使えば、「スキル」なんか身につけなくても「食っていける」はず。むしろそういう社会をこそ、僕は作っていきたいのです。

 お金を稼がなくていいのなら、やりたくないことを無理にしなくてもよくなるはず。そして何をしてもいいのなら、やりたいことをやるに決まってる。つまり、AIが登場したことによって、そういう「好きなことだけやってればいい社会」に変えられる可能性が開かれたんです。これが情報革命のものすごく大きな可能性であり、社会が革命的に変化していくことの最大の意義であると思うんです。

AIと張り合うなんて、ショベルカーと素手で戦うようなもの

AIによって人間が取って代わられるという危機感のほうが大きいですが、実はそうではないと考えられているんですね。

:今は、常に能力をアップデートしなくちゃいけない、リスキリングしないと食べていけないと不安を抱きながらがんばっている人が多いですが、その状態をずっと続けていくことは不可能なんです。「不可能」って言い切っていいです。

 なぜなら人間は病気やけがをします。そして「老い」もあります。だから人間がずっとリスキリングし続けて遅れないようにする、不安にならないようにするというのはどだい無理なんです。

 一方でAIは、病気も老いもなく進化し続けます。だから、人間は、AIができないスキルを身につけようと張り合って競争したりするのはやめたほうがいいと思うんですよね。AIとスキル競争してどうするの? それってショベルカーと素手で力勝負するのと同じだよね? っていう。

 ここまで言えば、みなさん笑ってそりゃそうだと思っていただけるかもしれません。けれど、多くの人はいまだに「スキルを身につけないでどうやって食っていくというの!?」って思っている。

この話を聞いてそうだなと思った後でも、私は1時間後には息子に「漢字は練習したの? 英語の単語覚えたの?」とガミガミ言いそうです(笑)。頭で理解しても行動まで変えるのは難しいですね。

:そうなんです。至難の業ですよ。能力主義のメリトクラシーの世界にいたら、一瞬アンラーニングできたとしても、すぐに戻ってしまいますよね。

 ただし、アンラーニングの第一歩として大事なのは、まずこういったことを考えてみようとすること、今の世界だけがすべてじゃないんだと考えることです。今とは違う社会のあり方を考えることはできます。誰でも、考えてみようと思えばね。

 今の社会が自分にとって絶対的なすべてだとは思わないこと。いろんな可能性の中の一つでしかないと認識すること。それを「メタ認知」といいますが、それが重要です。それが出発点になります。

 こういった話は決して僕だけがしているわけではなく、いろいろな方の考え方を紹介しているだけにすぎません。オリジナルだと言う気はさらさらありません。遅かれ早かれ、誰もが少しずつこういうことを考え、話すようになっていくでしょう。そうした言論などに触れた際に、自分の頭で考えてみること。そして、できればそれを誰かと話してみるといいと思います。話しているうちに、「うちの田舎に空き家があるけれど、休みに子どもたちを連れてみんなで遊びに行こうか」といった行動に少しずつでもつながればいいんじゃないかなと思うんです。

今回、著書『冒険の書』は中高生向けの本として発行しましたが、10代の若い人たちに新しい世界があることを伝えたかったのでしょうか?

:10代の人たちは、社会を客観的に、冷静に見ていると思うんです。今の社会のおかしなところを「変じゃないの?」「意味わかんねえ」「ダサいんだけど」と思ってる。けれども、その違和感を説明する言葉を持ち合わせていないかもしれない。だから、彼らに違和感を説明するための道具、そして深く考え続けるための道具としての言葉やきっかけを提供したいなと考えたんです。けっこう難解な話も入ってるので、読んで今はピンとこなくても、いつか「なるほど」と思ってもらえたら、こんなにうれしいことはないですね。

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日経BOOKプラス 2023年2月20日付の記事を転載]

『冒険の書 AI時代のアンラーニング』
「私たちはなぜ勉強しなきゃいけないの?」「好きなことだけしてちゃダメですか?」
数々の問いを胸に「冒険の書」を手にした「僕」は、時空を超えて偉人たちと出会う旅に出ます。そこで分かった驚きの事実とは――。
起業家・孫泰蔵が最先端AI(人工知能)に触れて抱いた80の問いから生まれる「そうか! なるほど」の連続。迷いが晴れ、新しい自分と世界が始まります。

孫泰蔵(著)/あけたらしろめ(挿絵)/日経BP/1760円(税込み)
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