孫泰蔵さんは、東京大学在学中にYahoo! JAPANの立ち上げに参画したことを皮切りに、世の中の最先端を行くビジネスを次々に手がけてきた方。一度はお会いしたいと思ってきました。

 ただ一方、最先端を行く経営トップだけに、近寄りがたいに違いないし、恐らくファッションにあまり興味がないのかもと、勝手な想像を抱いていたのです。 それがあるイベントでご一緒してびっくり。よく似合う装いをされていて、とてもおしゃれ。しかも、お話がわかりやすくて柔らかい。これは是非、お話を聞いてみたいと思ったのです。早速、お願いしたところ、快く引き受けていただきました。

 聞いてみたいと思っていたのは、何といっても、AIやロボット化が進む中、日本の未来はどうなるのか、否、世界の未来はどうなるのか?大きな質問に対して、孫さんの壮大な構想をうかがうことができました。

<b>孫 泰蔵</b>(そん・たいぞう)氏<br /> Mistletoe株式会社 代表取締役社長兼CEO  1972年生まれ。佐賀県出身。東京大学在学中にYahoo! JAPANの立ち上げに参画。その後、インターネットのコンテンツ制作、サービス運営をサポートする会社を興す。2002年、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社を設立、デジタルエンターテインメントの世界で成功をおさめる。その後も、様々なベンチャーの創業や海外企業との大型JVなど、ある時は創業者、ある時は経営陣の一人として、一貫してべ ンチャービジネスに従事した後、2009年に「2030年までにアジア版シリコンバレーのベンチャー生態系をつくる」として、スタートアップのシードアクセラレーターMOVIDA JAPANを設立。2013年、単なる出資にとどまらない総合的なスタートアップ支援に加え、自らも事業創造を行うMistletoe株式会社を創業。21世紀の課題を解決し、世の中に大きなインパクトを与えるようなイノベーションを起こす活動を国内外で本格的に開始、ベンチャーの活躍が、豊かな社会創造につながることを目指している。(写真:鈴木 愛子、以下同)
孫 泰蔵(そん・たいぞう)氏
Mistletoe株式会社 代表取締役社長兼CEO 1972年生まれ。佐賀県出身。東京大学在学中にYahoo! JAPANの立ち上げに参画。その後、インターネットのコンテンツ制作、サービス運営をサポートする会社を興す。2002年、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社を設立、デジタルエンターテインメントの世界で成功をおさめる。その後も、様々なベンチャーの創業や海外企業との大型JVなど、ある時は創業者、ある時は経営陣の一人として、一貫してべ ンチャービジネスに従事した後、2009年に「2030年までにアジア版シリコンバレーのベンチャー生態系をつくる」として、スタートアップのシードアクセラレーターMOVIDA JAPANを設立。2013年、単なる出資にとどまらない総合的なスタートアップ支援に加え、自らも事業創造を行うMistletoe株式会社を創業。21世紀の課題を解決し、世の中に大きなインパクトを与えるようなイノベーションを起こす活動を国内外で本格的に開始、ベンチャーの活躍が、豊かな社会創造につながることを目指している。(写真:鈴木 愛子、以下同)

まず、オフィスの内装を「再発明」しました。

川島:孫さんのオフィスは、外苑前にある神宮球場の真向かいのビルの2フロアをどーんと使っています。エレベーターを降りると、ビルの外見からは想像もつかない見晴らしのいい空間が広がっていて驚きました。

:実はある意味全部自作なんです(笑) 

川島:なんと!

:こちらのビルには2フロアを借りています。引っ越してきたのは2015年末。当初、内装をすべてリニューアルしてもらおうと見積もりを取ったら、予想以上の値段を言われてしまった。で、「それはないな」と思ったんです。

 僕が起業家になって20年くらいたちますが、新しい仕事を手がけるたびに引っ越してはオフィスも新しくし、次のビジネスを始めるときにはそれを壊して次のところに引っ越す、というのを繰り返してきました。正直、いつも内心「もったいないなあ」と感じていた。

川島:せっかくきれいなオフィスを作っても、次に引っ越す時は全部壊しちゃう。たしかにもったいないです。

:そこで、今回のこのオフィスに関しては、アイデアを出しました。いずれまた引っ越すだろうから、そのとき内装も一緒に引っ越せるようにしたい、と。さっそく若い建築家に頼んでアイデア出しをしてもらいました。ところが当初、出てくるアイデアが面白くなくって、ダメ出しの連続。で、ある日、建築家が「最適な部材を見つけました」と言って持ってきたのが、建築現場の足場だったんです。

川島:なるほど。このオフィスの枠、工事現場にある足場を使っているんですね。

:はい、足場です。骨格をとめている金具は1個400円くらいでリーズナブル。JIS規格で大量生産され、使われているものです。この足場をベースに、間伐材や再生材を組み合わせて、内装にしちゃおうと思ったんです。

川島:面白い! よく見ると、この会議室と隣りの会議室との仕切りも、突っ張り棒みたいに足場を組んで、そこにホワイトボードを嵌め込んだもの。仕切りだけじゃなくて、机にも机の脚にも金具が使ってありますね。

:このオフィスでは、オフィス家具も、内装の設計の考え方を流用しています。この机は、天面に間伐材を、脚は足場のボルトを使っている。その他、用途によって、金網やガラスなどをボルトでつないでいます。壁ばかりを立てちゃうと圧迫感が出てしまうので、ガラスを使ってオープンにする部分も作りました。オフィスぜーんぶ、足場の構造をもとに作ったんです。

「日本の住宅って、利用者の自由度がまったくないんですよ」

川島:このオフィスでは、「足場」が、コンピュータにおけるOSみたいなものですね。

:その通りです。建築というのは、「あらかじめ壊される宿命」を背負っています。でも、最初から、建築の中に解体し再利用する思想を練り込んでおけば、建築はハードじゃなくてソフトになります。壊すという概念もなくなり、ばらして再び組み立てる、ということができるようになります。しかも、従来のオフィス施工のコストと比較すると、4分の1くらいの非常に安い値段でできました。

 足場のオフィスは、ベンチャーにも向いています。会社を作ったばっかりのスタートアップの若者たちは、まず小さなオフィスから始めて、成功したら引っ越して徐々にオフィスを広くしていく。足場のオフィスだったら、広げるのも簡単だし、「うちでは使わないのでどうぞ」と、後進に譲ったりすることもできます。

川島:シェアオフィスなどにもぴったりですね。これからの時代に合ったオフィスのあり方ですね。この「足場」OSのオフィス設計、せっかくだから特許とっちゃえばいいのでは。

:そこまで言っていただけるなら、考えてみようかな(笑)。使っていくうちに、使い勝手がいいところ、悪いところが出てきているので、どんどん改良していこうと思っています。オフィスを足場で作っちゃって、簡単に解体したり組み立てたり増設したりする考え方は、基本的に内装全般で応用できると思うんですね。

川島:オフィスに限らず、一般家庭でも応用できそうです。

:海外の住宅って、内装は基礎構造だけで、細かく部屋を分けていない状態で貸しているところ、あったりします。借りた人が自由に部屋割りを決めることができる。ところが日本の場合、賃貸マンションでも、まず2LDKとか4LDKとか部屋割りががっちり決まっていて、壁で仕切られている。これ、利用者の自由度がまったくないですよね。

川島:たしかに。おなじ80平米のマンションでも、ワンルームで使いたい人もいれば、3つくらいの部屋に分けたい人だっている。もし、こちらで孫さんが手がけられているように、「足場」レイアウトを応用できれば、簡単に自分の好きな間取りが実現できる。便利な上に「環境にも優しい」ですね。

:日本における建築にまつわる仕事は、新しいものをたくさん造り、古くなったら壊して、また造る。このサイクルを繰り返して儲ける、という経済原理だけが働いていて、利用者の利便性が置き去りにされているんです。

川島:さてそろそろ本題に入りましょう。世の中が物凄いスピードで動いている中、孫さんはこれからの時代をどう見ているんだろうって、聞きたいと思ってきました。

:結構なロングストーリーになりますが、いいでしょうか。

川島:ぜひ!

「プレディクティブアナリシス=予測分析」がうんと進化する

:まず情報革命とは、1995年にインターネットが本格化したところから始まっています。当時、人々がアクセスできる端末は、デスクトップパソコンでした。ちょうどウィンドウズ95が発売され、統一したOSが一気に普及し、個人でも企業でも、パソコン利用者が激増した時期でもありました。

 次は2002年、ブロードバンド化が急速に進んで、YouTubeのような動画が流せるようになったり、Web2.0と言われたように、いわゆるコンシューマー・ジェネレーテッド・メディア、つまり消費者が担い手になるメディアやサービスが立ち上がりました。

川島:ブログサービスが広がり、個人がお互いに発信してつながっていくSNSサービスが日本でも米国でも登場した時期ですね。

:さて、その次の段階です。スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表した2007年前後、人々がインターネットにアクセスする端末は、デスクトップパソコンからラップトップパソコンに移行し、インターネットが机上から持ち運びできるようになりました。そしてその後のiPhoneをはじめとするスマートフォンやタブレットの普及に伴い、インターネットの端末は完全にポータブル、常に持ち運んでいるものになりました。そしてFacebookやTwitter、LINE、InstagramといったSNSサービスが広がり、みんながインターネットに常時接続する時代になったのです。

 その頃から次のインターネットの時代が見えてきました。「IoT=Internet of Things」という言葉が流通し始めたのがその表れです。

川島:「IoT」って結局なんでしょう?

:いま説明したように、インターネットは当初、パソコンで利用するものでした。それがラップトップパソコン、スマートフォンとハードの発達により、どこでも使えるものになったのです。それまではスマートフォンという専用端末がインターネットサービスの出入り口になっていた。それが、パソコンやスマホだけじゃなく、あらゆるもの、あらゆる機器が直接インターネットとつながるようになる。それが「IoT」です。

川島:たしかに自動車も、家電も、住宅も、どんどんインターネットと直接つながるようになってきていますね。ありとあらゆるものがネットとつながると、世の中はどうなっていくのですか?

:たとえば、「プレディクティブアナリシス=予測分析」がうんと進化するわけです。

川島:予測分析?

「シンギュラリティの話、出ましたね」

:事例をお話しましょう。Mistletoeが今、支援しているフィンランドのスタートアップが、街中にあるゴミ収集にまつわるプロジェクトを実施しました。

 まず、ゴミ箱にセンサーを付けます。それぞれのゴミ箱に、どれくらいゴミが溜まっているのかわかるようになるわけです。さらに、気温や天候のデータも蓄積できるようにします。そして、あらかじめ予定されている町のお祭りのようなイベントも、条件設定に入れておきます。お祭りがあると、観光客がわっと来るから、繁華街のゴミ箱が一気にいっぱいになるじゃないですか。だからそういう予定をあらかじめ入力しておく。

 以上の与件を全部ゴミ箱のセンサーに放り込んで、毎日のゴミの集まり具合のデータを収集し、人工知能を使って解析する。

 ある程度の解析が進むと、いつ、どのゴミ箱が満杯になるか、非常に正確に予測分析できるようになりました。具体的には「このゴミ箱はあさっての夕方4時頃には満杯になる」ということが90%以上の確度で実証できるようになってきた。

 そうすると、今度はゴミ回収車にもっとも効率的な回収の道順を教えられます。無駄なルートを辿らずに済むようになるわけですね。ゴミ箱のセンサーをベースにしたビッグデータ解析によって、回収トラックの数を減らせるし、ガソリン代も減らせる。さらに分析を進めると、今のごみ収集センターの場所よりも、もっと効率がいいロケーションを提案できるようになりました。

 結果、このプロジェクトの前と後とでは、ゴミ回収のコスト全体のなんと80%以上を削減することに成功したのです。

川島:凄い数値ですね。ビッグデータからの予測分析でそこまでできれば立派なビジネスです。

:彼らはそのノウハウを、政府とか自治体と組んでビジネス化しつつあります。今は、農場のサイロを中心に、牧草の置き場の最適化に取り組んでいます。仕組みは同じですね。

川島:ゴミ箱をIoT化することで、はっきり成果が出るわけですか。

:そうです。まちづくりや道路整備、物流インフラのかたち、駐車場の位置、お店の陳列棚の配置など、予測分析による社会の最適化ができる分野はいくらでもあります。人間の経験値だけに頼っていたことが、ビッグデータの解析により、正確な仕組みに落とし込めるようになるわけです。自動車すべてがIoT化すれば、渋滞を極限までなくすことも不可能ではなくなります。

川島:IoTの発達で、一般人の生活も変わる?

:はい。住宅そのものから家電それぞれがIoT化することで、より快適な生活を提供できるようになります。たとえばエアコンの温度設定ももっときめ細かくできるようになります。人によって好みの気温って違いますよね。僕がいる部屋の気温と、妻がいる部屋の気温を、感知して変えてくれることもできる。しかも、部屋にカメラを付ければ、顔認識でAIが作動することも可能です。

川島:人の嗜好を関連づけたきめ細かい対応を、AIが勝手にやってくれるようになるわけですね。AIにまつわる話題は、人間の仕事を機械が奪う「シンギュラリティ」の話ばかりが先行しがちですが、IoTの発展で、まずは便利な世の中が実現すると。

:シンギュラリティの話、出ましたね。いや、やっぱりシンギュラリティでおっかないことは起きるんですよ。

川島:起きる? 

:はい。起きます。

*3月14日公開予定「2040年頃、今の仕事の8割くらいが消滅する」に続く

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