劉鶴が副首相になるか注目が集まる(写真:ロイター/アフロ)
劉鶴が副首相になるか注目が集まる(写真:ロイター/アフロ)

 国家主席の任期制限を撤廃した習近平の憲法改正について、トランプ米大統領は「(習近平は)大したもんだ。いつか我々も(終身制を)やってみたいもんだ」と絶賛したそうだ。政権内部に厳しい対立があり、思うように指導力が発揮できないトランプにしてみれば、習近平のスピード集権はちょっとうらやましいらしい。米国の大統領は連続二期8年の制限があるし、なにより4年ごとの選挙で有権者の審判にさらされるので、米国大統領の独裁化はなかなか難しい。ちなみに、この発言はフロリダでの共和党スポンサーたちが主催する午餐会でのもので、そこにいた人たちはトランプのこの発言に拍手喝采した。その拍手後にトランプが続けて「彼(習近平)は中国百年来の最も権力のある国家主席である。私が中国を訪問したときは、彼らの対応は極めてよかった」と語ったとか。

 昨年12月に発表した国家安全保障戦略で、中国とロシアを、「技術、宣伝および強制力を用い、米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」と名指しして、かなり挑発的な言葉で戦略的ライバルと位置づけた一方での、「習近平持ち上げ発言」が本音なのか、皮肉なのかは別として、日本として気になるのは、米国と中国の今後の関係である。5日に開幕した全人代(全国人民代表大会)では、政府人事が決定されるのだが、その人事案から中国の対米戦略、米中関係の行方を少し考えてみたい。

王岐山と劉鶴に注目

 今回の全人代人事の注目点は、一つは王岐山が国家副主席になるかどうか。二つ目は劉鶴が副首相になるかどうか。この二つの人事は、習近平野望人事ともいえる。

 王岐山人事から説明すると、党中央の職務を完全引退した王岐山を国家副主席に起用することで、いわゆる党中央の定年制と関係なく国家の要職について、権力を維持できる前例がつくれる。昨年秋の第19回党大会では、習近平の野望の一つであった「党主席制度復活」はかなわず、王岐山の政治局常務委員残留による「68歳定年制」の内規も崩すことができなかった。それどころか、王岐山の党中央職完全引退は、どれほど優秀であっても、68歳定年制内規は崩れないという、逆の証明になってしまった。

 そういう意味では第19回党大会は、決して習近平の「完全勝利」ではなかった。この党大会で妥協を余儀なくされた部分について、全人代において習近平野望憲法と習近平野望人事を実現させて巻き返しを図ろうというところだろう。王岐山が党中央職を完全引退した上で国家副主席職につき、しかも権力、影響力を発揮できれば、習近平が総書記任期を68歳で引退したあとも、少なくとも国家主席職を継続でき、しかも終身国家主席でいることも可能となる。

 ただ、国家主席職も国家副主席職も、本来はけっして強い権限をもつ職位ではない。どちらかというと主に外交任務を負う名誉職的な役割であり、国家主席が強い権限を持つようになったのは中央軍事委員会副主席であった楊尚昆が国家主席を兼務し、天安門事件において国家主席名で戒厳令を発令して以降である。国家主席が強い権限を持っていたのではなく、鄧小平の信頼を得ていた軍の実力者が国家主席職に就いたので、国家主席権限が強くなったのである。

 天安門事件後、鄧小平は強い権限をもつようになった国家主席職と総書記職が対立することによる党内分裂のリスクを避けるために、江沢民に総書記職と国家主席職、そして実際に最も強い権力を有する中央軍事委員会主席を兼務させる形をとった。国家副主席も同様で、1993年から98年まで国家副主席となった栄毅仁は政治局常務委員どころか非党員の実業家である。

 つまり国家主席も国家副主席もその職位自体に権限があるというよりは、誰がなるかで権限が強くなる可能性がある。王岐山の実績、実力を考えると、国家副主席職に就けば、強い権限をもつかもしれないと予測されている。

序列8位の政治局常務委員

 全人代開幕前に行われた予備会で、王岐山の席順は現役政治局常務委員と同じ列であり、メディアの報じ方もすでに政治局常務委員に準じた「序列8位の政治局常務委員」扱いであった。

 目下の香港メディアが報じているところによれば、王岐山国家副主席起用の最大の目的は対米外交だと見られている。王岐山が1997年のアジア金融危機と2007年のリーマンショックの被害を最小限に抑え込んだ非常に優秀な金融・経済官僚であることは周知の事実だが、特に米国の金融・財界からの評価が高い。リーマンショック当時の米中戦略経済対話でのカウンターパートであったポールソン(当時財務長官)はじめ、米金融・財界人とは現在もしばしば面会し、トランプ政権の趨勢・動向についての意見交換、情報収集にすでに奔走しているとか。

 ロイターなどによれば、2月14日は王岐山と駐中国米大使テリー・ブランスタッドが米大使館内で密会していたことが確認されている。習近平の経済ブレーンの劉鶴も同席していたという。ブランスタッドは習近平と親交が厚いことで知られている親中派。ブランスタッドがアイオワ州知事時代、習近平がまだ河北省正定県書記の駆け出し時代に河北省畜産業代表団を率いてアイオワを訪問した時に意気投合し、以降も友人付き合いが続いているとか。

 トランプ政権がブランスタッドを駐中国大使に派遣したのは、対中強硬姿勢を打ち出しながらも、習近平への配慮を忘れていない、というサインだといわれており、習近平サイドも、ブランスタッドを通じてトランプへの直接メッセージを送っている。米大使館における王岐山、劉鶴との密会は、米中貿易不均衡問題が主要テーマであるといわれているが、ブランスタッドが昨年9月以来計3回、中国の招待で中朝国境を視察していたことと考え併せると、米中貿易不均衡問題と中朝貿易、北朝鮮核問題もセットで交渉するということだろう。

 王岐山と並んで、劉鶴の人事も注目されている。

 習近平が経済ブレーンとして頼りにする劉鶴を副首相にしたいのは、一つは首相の李克強から経済政策の主導権を完全に奪うつもりだからだといわれている。すでに経済政策の主導権は習近平が奪っているものの、国務院の経済官僚たちにとっては上司は依然、李克強である。習近平は自分が主導する過去5年の経済政策の失敗は、国務院官僚たちのサボタージュや抵抗によるものと考えているフシがあり、経済通の劉鶴を使って国務院の主導権を奪いたい考えだろう。

 筆頭副首相に就くと見られている韓正も、その他副首相説が流れている孫春蘭も胡春華も、経済にはさほど明るくないが、劉鶴はハーバード大学留学経験があり、かつてはゼーリック(当時世銀総裁)とともに世銀リポート「中国2030」をまとめて、注目を浴びた実力派経済官僚で、副首相になればその存在感は李克強を食ってしまうことになる。

 「中国2030」を読めば、劉鶴の本来の路線は李克強に近い新自由主義傾向と思われるが、習近平の経済ブレーンとなってからは国家資本主義、新権威主義を肯定する方向に転じた。ロイターなどは、人民銀行総裁候補だと報じており、副首相との兼任説も出ている。となると、金融政策も習近平の代理人である劉鶴が操縦桿を握る。ちなみに、現人民銀行総裁で間もなく引退する周小川はもともと上海閥であり、ときおり、微妙に習近平路線に不満をにじませた発言もしていた。

対米外交のキーマンは

 だが、もう一つの劉鶴の副首相起用の狙いは、やはり対米外交といえる。劉鶴は流暢な英語と洗練されたたたずまいで、米国官僚から受けがよい。2月27日から3月3日までの全人代開幕前夜までの訪米で、ムニューシン財務長官、コーンNEC委員長、ライトハイザー通商代表と会談したのも、副首相、あるいは人民銀行総裁候補とささやかれる劉鶴こそが通商問題のカウンターパートであるという印象を与えるためだろう。

 対米外交のキーマンとされるもう一人は、外交担当の国務委員の楊潔篪である。第19回党大会で政治局委員となり、今度の全人代では外交担当の副首相となる可能性もある。もし楊潔篪が副首相になれば、98年以来の副首相4人体制から5人に変わるか、もしくは今副首相職候補にあがっている劉鶴、孫春蘭、胡春華のうちの誰かが副首相になれない、ということもある。

 習近平が楊潔篪を重く見ているのは、国務長官のティラーソン、クシュナー・イヴァンカ夫妻との関係がいいからだ。ティラーソン自身、CNNのインタビューで「楊潔篪とは非常に親密な関係だ」と話し、楊潔篪に伝えたことは楊潔篪自身が直接、習近平に伝えられることを強調している。

 楊潔篪は平昌五輪開会式の背後で、ホワイトハウスを訪問、ティラーソン、トランプ、マクマスター(安保担当補佐官)、クシュナーらと会談しているほか、ティラーソンとは頻繁に電話でやりとりしているようだ。目下は米国の対北朝鮮姿勢を探りつつ、トランプ政権の対中融和策を引き出すのが主な任務のようだ。

 さらに王毅の外相続投および国務委員(外交担当)兼務説も、対米外交重視人事だという見方がある。王毅自身は米国政財界にもトランプ政権にも強いパイプがあるわけではないが、日本に対しては相当強い人脈を握っている。安倍晋三とトランプの個人的関係が相当よく、安倍の発言がトランプの外交政策に影響力を持つ可能性もあるとみて、習近平政権も、従来の日本を挑発することで日米離反を画策するやり方から、日本を懐柔するやり方に変えていく必要性も認識しはじめているということか。

 王毅の外相職の後継者として、中央対外連絡部長の宋濤が就くのではないかという説もある。その外交実力はまだ不明だが、王岐山、劉鶴、楊潔篪、王毅、宋濤の中で、一番習近平に従順であるといえるのは宋濤だ。つまり完全なお友達人事といえる。主に北朝鮮労働党との交流を中心とした社会主義国との思想交流を担うのだが、逆に言えば、習近平の対北朝鮮パイプは目下、宋濤に頼るしかない状況ともいえる。

「米中新冷戦時代」突入の予感

 こうした外交トップメンバーはおよそ習近平に直接指示を仰ぎ、直接報告することができるという意味で、対米外交の操縦桿を習近平が握る布陣ではある。習近平政権がかくも対トランプ政権重視で外交を考えている背景には、喫緊の問題として北朝鮮の核問題がある。が、その後に明らかに米中新冷戦時代への突入の予感があることが大きい。

 それはトランプ政権の国家安全保障戦略をみても、またマティス、マクマスター、ケリーといった軍人出身官僚たちを頼りにする政権の性格からみても想像できよう。中国サイドのトランプ政権分析は、軍人出身官僚とティラーソンやムニューシンら国務省、財務省官僚の間では対中姿勢に温度差があり、またクシュナー夫妻の影響力も強い。その一方で、トランプ自身の対中観には未だ定見がないようで、むしろビジネスマンらしく目前のコストやリスク、利害を見極めて態度を頻繁に変える「ディール」ができる人物と見ている。

 だからこそ、北朝鮮問題と貿易問題、人民元、その他、南シナ海や東シナ海、インド洋などの安全保障問題を同じテーブルに並べて交渉していく必要があり、対米外交、対米安全保障、対米通商の全部の操縦桿を習近平自身が握りたい、ということだろう。トランプはしばしば習近平個人に対しては歯の浮くような礼賛を送っており、習近平自身はトランプと対等に渡り合えるとの自信をもっているのかもしれない。

 当面は王岐山、劉鶴、楊潔篪らの財界・金融界、国務省、財務省ルートを通じて、北朝鮮マターを材料にトランプの対中強硬姿勢を抑えつつ、同時にトランプ政権とうまく渡り合えることを見せつけることで国内での習近平独裁体制固めを加速させていきたい、というところだろう。そう考えると、トランプの冗談とも本気ともとれない、習近平“終身主席”を歓迎するような発言は、習近平にとっては大いに利用価値があるのである。

 ただ、トランプは習近平に対してさも友好的な軽口を発している一方で、中国に対して警戒感、敵対姿勢を強めている。それは、国連の対北制裁決議に反して、北朝鮮の船が洋上で中国海運企業の船などと燃料などの積み荷を移し替える「瀬どり」行為が年末から次々と暴かれている中、トランプ政権が中国・香港企業を5社含む27社に対して米国との取引を禁止する措置をとったことや、FBIが一部の孔子学院に対しスパイ容疑で捜査に乗り出したことなどからも、うかがえる。「北朝鮮瀬どり容疑」の中国系5社と習近平政権との関係性は不明ながら、この5社を含む33船舶の入港禁止を国連加盟国に求める制裁リストを米国が提出しようとすることに、中国側は激しく抵抗している。米中は、北朝鮮問題と貿易問題で対等に駆け引きし、ひょっとすると北朝鮮問題については共闘関係を築き、米中融和を演出する場面もあるやもしれないが、それは次の米中対立の先鋭化ステージに移るまでの短時間のものだと私は見ている。

絶対権力は絶対腐敗する

 ところで日本で、習近平独裁化が中国にとってはよいことだ、中国の強いリーダーは歓迎だ、と肯定している人がいるのは、非常に残念に思う。安倍政権の独裁化が問題、と目くじらを立てる人ほど、習近平独裁に対しては肯定的であったりするから驚くのである。中には中国大衆は強いリーダーを支持している、という人もいる。ひょっとするとトランプの軽口に同調しているのかもしれない。

 だが今、中国で起きている現象は、反腐敗キャンペーンや改革の建前を使っての権力闘争であり、粛清である。これまで中国が歩んできた改革開放とそれに伴う自由化、市場化への流れに逆行するものであり、政治と経済のシステムの後退である。ほとんどの大衆は習近平を支持しているのではなく、その臆病な国民性から強い者に無批判でなびくだけだ。

 経済力やツテをもつ中国人は一斉に移民を検討しはじめ、知識層の多くが内心の不満を隠している。例年に比べて異様に会期の長い今年の全人代は、党内政府内でも習近平のやり方に不満を持つ抵抗勢力が多いことの証左でもある。権力は腐敗するが、絶対権力は絶対腐敗する、というのは英国の歴史家ジョン・アクトンの名言だが、独裁権力による反腐敗社会や善政の実現などありえないのだ。

 だから良識ある人や社会は冗談でも、独裁を肯定すべきではない。習近平独裁の野望は時代の方向性に合っておらずどこかで必ず挫折すると私は思うが、国際社会が習近平独裁を歓迎、あるいは肯定すれば、その野望が成就する可能性は高まるのである。それが、日本にとってどんなに脅威であるかを、今一度改めて考えてみた方がいい。

 2017年10月に行われた中国共産党大会。政治局常務委員の7人“チャイナセブン”が発表されたが、新指導部入りが噂された陳敏爾、胡春華の名前はなかった。期待の若手ホープたちはなぜ漏れたのか。また、反腐敗キャンペーンで習近平の右腕として辣腕をふるった王岐山が外れたのはなぜか。ますます独裁の色を強める習近平の、日本と世界にとって危険な野望を明らかにする。
さくら舎 2018年1月18日刊

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中