多くのAI(人工知能)スタートアップに携わる孫泰蔵さんは、最先端のAIに触れれば触れるほど現代の能力主義や教育に疑問を抱くようになったと、著書 『冒険の書 AI時代のアンラーニング』 に記しています。今話題の「リスキリング」(スキルや技術の再教育、学び直し)についても疑問を投げかけます。では、AI時代にどんなスキルを身につけるべきか、何をすべきなのかを聞きました。(聞き手・構成/日経BOOKSユニット 中川ヒロミ 写真/竹井俊晴)

著書『冒険の書』の中で、最先端のAI(人工知能)のスタートアップに関わられているうちに、スキルアップを目指す教育に疑問を持たれていました。学校の教育だけでなく、大人もDX(デジタルトランスフォーメーション)に向けて新しいスキルを身につけなければいけないと言われています。

孫泰蔵氏(以下、孫):これまで私たちはスキルを身につけ、それを常にアップデートしていかないと社会で生き残っていけない、競争に負けてしまうと言われてきました。だから一生懸命勉強したり、資格を取ったりしています。

 それは産業革命以来、人間は機械のように働くことが求められてきたからなんです。機械というのは、「性能」や「パフォーマンス」といった言葉で表現されますが、安くて性能がいい機械がもてはやされます。逆にコストが高くて性能が悪い機械は、最新の機械が登場すれば置き換えられて捨てられてしまいます。人間も機械のように扱われていれば、性能が悪いと「役立たず」という烙印(らくいん)を押され、働き続けることができなくなってしまいます。

 今話題のリスキリングは、こういう「人間を機械のように扱う考え方」の延長にあると思うのです。これまで必要だったスキルが社会の変化によって改めてリスキリングしなくてはいけない、そうしないと役立たずとして雇用を解除されてしまうという考え方なんです。

 リスキリングできる人はいいですが、誰もが雇用側の都合がいいようにリスキリングができるものでしょうか。できない場合にはどうするのでしょうか。できない人は切り捨てられてもしょうがないという社会でいいのでしょうか。

「リスキリングできない人は切り捨てられてもしょうがない社会でいいのでしょうか」(孫泰蔵氏)
「リスキリングできない人は切り捨てられてもしょうがない社会でいいのでしょうか」(孫泰蔵氏)
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AIの急激な進化で人間のスキルはすぐに陳腐化する

恐ろしい社会ですね。ただ、従業員を雇用する会社の経営者としては、難しい問題です。

:僕もこうすればいいとは言えないし、本当に難しい問題だと思います。「これからも検討が必要でしょう」と言ってこのインタビューも終われればいいですが、それじゃあ何の意味もないですよね。

 ここで考えなくちゃいけないと僕が思うのは、今「リスキリングしましょう」と言われている方たちは比較的年齢の高い方で、これまで携わってきた仕事がDXによって変化している方だと思いますが、しかしもっと重要なのは、「今後はほぼ全員がリスキリングの対象になっていくこと」なんです。

 なぜなら、AIが強烈なスピードで発達しているせいで、誰もが絶えずリスキリングが必要だと言われる世の中になるからです。「ジェネレーティブAI」と呼ばれる創造的なAIが数年前から突如、登場しました。グーグルの研究所から「Transformer」という技術が発表され、その画期的な技術のおかげで「ChatGPT」のような対話できるAIが生まれ、「Stable Diffusion」のような絵を描くAIや音楽を作ったりするAIなども次々に誕生しています。クリエーティブな領域でアーティストでさえも驚くような作品もどんどん作れるようになっています。

 つまり、現在はまだリスキリングなんて要らないよと言われている人も、あっという間にリスキリングの対象になるという状況にもう突入してしまっているんです。

 じゃあ、どんなスキルを「リスキル」する必要があるのかが次の論点になりますよね。例えばChatGPTに、「こういうプログラムを書いて」と言うと、コードをバッと書いてくれたりもします。もはや人間がコーディングをする必要がなくなり、そのスキルを身につける必要がなくなるのではないかとさえ思います。また、人間が雑に書いた文章も添削してくれるし、「いい感じに書き足して」と頼むと本当にいい感じに書き足してくれたりもする。

プログラミングが必修科目となり、子どもに早いうちから学ばせようとプログラミング教室も人気ですが、将来はプログラミングのスキルを身につけても意味がなくなるかもしれないということなんですね。

:はい、子どもたちが学んでいるプログラムは一瞬で人工知能が書いてくれちゃうかもしれない。そうなると、学んでいるそばからリスキリングが必要になっちゃう(笑)。「リスキリングってそもそもなんなんだっけ?」と言わざるを得ない。

 「リスキリングしよう」と言う前に、「人間はどんなスキルを身につけるべきか?」という問いのほうが重要かもしれない。みなさんもぜひ考えてみてください。

「スキルを身につけなきゃいけない」という考えは時代遅れになる

:僕は「どんなスキルを身につけるべきか?」という問いを考えるためには「アンラーニング」が必要だと思うのです。

 アンラーニングとは、自分が身につけてきた価値観や常識などをいったん捨て去り、改めて根本から問い直し、新しい学びに取り組む「学び直し」です。つまり、「人間らしいスキルを身につけるべきで、機械ができることは機械にやってもらおう」という発想自体もアンラーニングしたほうがいいんじゃないかと僕は思うのです。「人間はスキルを身につけなくてはいけないんだっけ?」と問うてみるのです。

 要するに、「スキルを身につけなきゃいけない」というパラダイムそのものが時代遅れになるんじゃないかと思うのです。AIが論理的思考はもちろん、クリエーティブなこともどんどんやってくれるようになってきていて、「じゃあ人間に残されたスキルはなんだろう?」と考えて定義されるスキルは、そのうちたぶん、AIができるようになってしまうんですよね。なぜなら、それがAIというものだからです。

 「このスキルはAIにはできないでしょ。人間だからこのようにできるんだ」とスキルとして定義できてしまったら、その瞬間からそのスキルをマスターするAIを開発できるようになってしまう。「こういうスキル」と定義され次第、AIにあっという間に追いつかれ、追い抜かれてしまうというイタチごっこが繰り返されるのです。

 ですから、「どういうスキルを身につけると良いか?」という問いについては、僕なら「もうスキルなんて身につけなくていいんじゃないの?」と言いたいと思います。

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(後編につづく)

「私たちはなぜ勉強しなきゃいけないの?」「好きなことだけしてちゃダメですか?」
数々の問いを胸に「冒険の書」を手にした「僕」は、時空を超えて偉人たちと出会う旅に出ます。そこで分かった驚きの事実とは――。
起業家・孫泰蔵が最先端AI(人工知能)に触れて抱いた80の問いから生まれる「そうか! なるほど」の連続。迷いが晴れ、新しい自分と世界が始まります。

孫泰蔵(著)/あけたらしろめ(挿絵)/日経BP/1760円(税込み)

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