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松本俊彦さん 「自傷」患者への助言(5)あきらめずに、人との関わりを

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東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで

 ――今の若い人って、人間関係のストレスも多く、不景気で就職もままならず、自傷しやすい時代に生きているのかなと想像するのですが、どうなのでしょうか。

 「診療現場で自傷する人がばーっと増えたのは、確かに2000年ぐらいの就職氷河期と言われる時代だったと思うのですが、そのような社会情勢と自傷がどう関係するかはあまり安易に結論を下さずに、慎重に吟味=ぎんみすべきだと思います。というのも、自殺もそうですが、国民のだれもみな一様に貧困であった時代って必ずしも自殺が多いわけではないんですよ。『以前に比べて貧しくなった』とか、『周りと比べて自分だけ貧しい』といったように、人は、かつての自分や周囲との『格差』に傷つく傾向があります。そのような意味での『格差』であれば、格差社会は自傷を作りやすいと言うことはできるかもしれません」

 「また、ヨーロッパの自傷と自殺を巡る研究で明らかになっているのですが、ハンガリーという国は自殺が非常に多いのに、10代の自傷が少ない。逆に、イギリスでは自殺は少ないのですが、10代の自傷はとても多いのですよ。でも、これは不思議な結果です。というのも、自傷は長期的に見ると自殺の危険因子なのですから。実際、10代のときに1回でも自傷をしたことがある人は、そのような経験がまったくない人に比べて、10年以内に自殺で死亡する確率が数百倍高いという報告もあります。なぜこのような関係になるのでしょうか? これは僕の勝手な思いこみかもしれませんが、自傷をすることがもしかすると周囲に対するSOSとなって周囲の支援を引き出し、結果的に自殺しないで済んでいる。一方、自傷をすることも許されない環境では、SOSも出すことができず、最終的に自殺へと追い詰められやすいのかもしれない……そんなふうにも思えます」


 ――今、日本では自殺の数は減ってきていますが。自傷は増えているのでしょうか。

 「今年度の自殺のデータは詳しく検討していないですが、平成24、25年度のデータを分析すると、団塊の世代の自殺が減っているんですよね。若い人たちの自殺は全然減っていない。若者の自殺って、中高年以上の自殺と何が違うかというと、リストカットや過量服薬のような、致死性の低い自傷行為を繰り返しながらだんだんエスカレートして、そのエスカレートの果てに最終的に自殺で死亡しているという傾向があるんです。内閣府が提唱する自殺対策のあり方も、この2、3年、若年者対策に力を注ぎつつあります。しかし、若年者対策に関しては、いまだに日本では科学的根拠があるものがありません。例えば私たちの研究では、睡眠キャンペーンみたいなものは中高年以上にはいいのですが、若い人にとって不眠は自殺の危険因子とはならないことが明らかにされています。若年者の自殺の危険因子としては、自傷行為のような致死性の低い自己破壊的な行動に注目するというのも一つの方策なんじゃないかとも思います」


 ――今、人との関わりが、若い人では、直接の対面の関わりではなく、ネットとかスマホでのやり取りが増えていることはストレスを増やしている気がするのですが、自傷との関係はどうでしょうか。

 「もしかすると多少は関係しているのかもしれませんね。よく自傷をする患者さんのなかで、自分の自傷した傷の写真や動画を自傷系のサイトに掲載している人がいますが、そうした写真は自傷予備軍の若者にとっては、自傷へと背中を押す刺激となり得ます。見ているうちに自傷に肯定的になり、慣れが生じて、だんだんと自傷に対する抵抗感が薄れてしまいます。また、昔自傷していて、今はしなくなった人でも、そのような写真を見ると久しぶりに自傷したい気分が高まってしまうこともあります。こうした写真や動画は、自傷を周囲に伝染させる重要な要因になり得ます。知っておいてほしいのは、自傷には伝染性があるということです。どの学校でも学校全体で調査を実施すると、自傷経験者は中高生の約1割なのですが、クラスごとに見てみると、めちゃくちゃ多いクラスとめちゃくちゃ少ないクラスの差が激しいんですよ。この結果は、自傷が『教室』という単位では伝染が起こっている可能性を示します。ネットやスマホの普及と自傷との関連についていえば、もう一つ、危惧すべき状況があります。LINEにしてもそうですし、メールにしてもそうですが、昔に比べると、われわれは人の返信を待てなくなっています。困難で過酷な状況をすぐにでも解決したい。人に相談するというまどろっこしい方法に比べると、自傷は短時間ですっと手軽にできる解決法です。そういう意味では、現代の若者はかつてよりもこらえ性がなくなっている面はあるのかもしません。昔だったら、恋人からの返事が手紙で1週間でも待てたのに、LINEですぐレスポンスが来なかったり、いわゆる『既読スルー』されたりすると、嫌われたんじゃないかと不安になり、それが自傷する理由になってしまったりします」


 ――耐える力が弱くなっているんですね。

 「ただ、だからネットがいかんのかというと、そういうふうにも思っていないです。やっぱり援助を求める能力の乏しい人たちの中には、Twitterとかメールとか、インターネットの情報だったら助けを求められる人もいるんですよね。間口を広げてくれているし、匿名性もかなりあるからです。ネットだけの支援で救われるかというと、いささか問題かもしれませんけれども、そこが直接の対面の援助に近づく入り口になるんだったら、ネット文化も大いに結構ということにだってなりますよね」

 「とにかく私は、良くも悪くもたくさんの人に出会ってほしいなと思っているんです。自傷する子たちをたくさん診てきて、良くなっている子もたくさんいる。そして、これは医者として微妙な気持ちにもなるんですけれど、良くなった子たちを見ていると、どうも診察での私とのやり取りで良くなっている人はほとんどいないという気がするんです。むしろ回復のきっかけとなっているのは、診察室外、リアルな世界で体験する、様々な出会いであることが多いのです。そう考えると、私たち医者がやっていることっていうのは、結局は、そのような出会いの場面、最初のきっかけを作ることであり、若者たちの出会いの場面を邪魔しないこと、あるいは、そのような出会いの機会を手に入れるまで、何とか生かし続けるということだけだ……なんて言えるかもしれません。おそらく本当の意味での自分らしく生きることができるきっかけは、たぶん診察室の外側にあるんですよ。その意味では、出会いのチャンスが絞られちゃうと、回復のチャンスも減ると言えるのかもしれません。そして、出会いのきっかけを作る道具として、もしかするとネットもあり得るかもしれませんね」


 ――支援者として、お勧めのNPOとか団体はありますか。

 「難しいのは、結局、その機関が良いのではなくて、機関の中にいる誰々さんという支援者が良いということじゃないですか。だから行ってみたけれど、別の人が対応したらだめだったということがある。そういう意味では、『どこそこの機関が……』などと固有名詞を出しにくい面があります。それに、結局のところ、援助者が能力を発揮できるのは、本人の力だけではなくて、持っている枠組みとか、時間的な余裕といった、個人以外の要素も無視できないと思います。たとえ優れた援助機関でも、こんなふうに大手のメディアが紹介すれば、おそらく人が殺到し、結果的に支援サービスの質は低下してしまうおそれもあります。とにかく、何が合うかは人によって違うんで、いろいろな援助機関、相談機関に当たってほしいと思います。ただ、そのなかであえて一つだけ紹介しろと言われれば、私は各都道府県・政令指定都市に少なくとも1か所は設置されている、精神保健福祉センターをお勧めします。というのも、そこは地域の様々な支援団体の情報を持っています。したがって、そこで啓発用のパンフレットをもらったり、専門機関につなげてくれたりなどと、様々な援助者に助けてもらうことができるはずです。いずれにしても、とにかくたくさんのつながりを作りましょう。また、関わってもらっている自分の援助者同士で、言っていることがバラバラで意見が一致しないこともあるでしょう。その場合には、『自分に都合のいいところだけ取り入れる』というので良いと思います。少なくとも全部鵜呑うのみにするようなことはダメです。とにかく頼れるロープはたくさんの方がいい。それが私の考えです。例えば、精神科の処方薬で依存症になっている人のほとんどが、精神科医療を受ける中で依存症になっている。でも私は、だから精神科はいかんのだとか薬物療法はいかんのだとは思いません。ただ、処方薬依存症の患者さんを思い浮かべると、そのほとんどは、薬だけで自身の苦境を何とかしようとしてきた人たちが多いのです。たとえば、医者には、自分が本当に困っている家庭内の問題を話すことなく、ただ薬で意識をぼんやりさせるといった具合です。そういう意味では、依存にならないための一番いい方法は、脳性まひの当事者でもある小児科医、熊谷晋一郎さんも言っていますが、とにかく依存先を増やすことでしょう。たくさんのところに依存すれば、何か一つに過度に頼ることはなくなります。精神科の治療でいえば、医者から処方された治療薬にも頼るけど、医者やカウンセラーに話を聞いてもらうことも大事。加えて、保健所の保健師さん、あるいはデイケアや自助グループの仲間にも支えられている。こんなふうにたくさんのものに依存することが、依存症を防ぐ最善の方法ではないかと思います」


 ――最後に今、自傷で苦しんでいる読者にメッセージを。

 「人なんかもう信じないと思っているかもしれないけれど、あきらめずに、いろんな人にアタックしてみてほしいです」

(終わり)

松本俊彦(まつもと・としひこ)さん

 国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、自殺予防総合対策センター副センター長。1993年、佐賀医大卒。「自傷行為の理解と援助」(日本評論社)、「アルコールとうつ・自殺―『死のトライアングル』を防ぐために」(岩波書店)など著書多数。


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