必聴傾聴盤紹介~『ヘンデル:8つのチェンバロ組曲/小川麻子』

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『ヘンデル:8つのチェンバロ組曲/小川麻子』

小川麻子(チェンバロ)
録音:2022年8月27、29、31日
 ロンドン、チョークファーム、救世主教会
First Hand Records FHR142(2CD) 輸入盤(ブックレットに日本語解説を含む)

収録情報

ヘンデル:8つのチェンバロ組曲 HWV426-433(2CD)

「CD1]
組曲第1番 イ長調 HWV426
組曲第6番 嬰へ短調 HWV431
組曲第5番 ホ長調 HWV430
組曲第4番 ホ短調 HWV429
シャコンヌ ト長調 HWV435
[CD2]
組曲第2番 ヘ長調 HWV427
組曲第3番 ニ短調 HWV428
組曲第8番 へ短調 HWV433
組曲第7番 ト短調 HWV432

小川麻子(チェンバロ)
使用楽器:ヨハン・ダニエル・ドゥルケンの楽器に基づきクラウス・アーレント製作(1973年)
録音:2022年8月27・29・31日/ロンドン、チョークファーム、救世主教会

 ロンドンを拠点に活躍する鍵盤奏者、小川麻子によるヘンデルのチェンバロ組曲集。
 小川麻子は、現在イギリスを中心に、チェンバロ、フォルテピアノ、モダン・ピアノを弾き分け、数多くのコンサートや音楽祭に参加し、英国ギルドホール音楽院にて、バロックレパートリー・コーチと伴奏者を務めています。First Hand Recordsからは2020年にバッハのパルティータ集をリリースし、イギリスを中心にヨーロッパで高い評価を得ています。2022年に録音されたこのアルバムでは、ヘンデルのチェンバロのための組曲から1720年に出版された「8つの組曲」を取り上げています。「8つの組曲」はヘンデルが30代半ばに出版した曲集で、すでに海賊版で出回ってしまっていた自らの鍵盤作品を校訂・監修し、数曲を加えて8つの組曲に仕上げたものです。特にヘンデルのチェンバロ作品といえば、この曲集を指すことが多く、現代でも親しまれている曲集と言えるでしょう。とかくヘンデルはオペラやオラトリオといった大規模な声楽作品・劇場作品の作曲家としての名声が語られることが多いのですが、「類まれなる華麗さと熟達した技巧」と当時から形容されるほど、鍵盤奏者としての技巧も際立っており、こうしたチェンバロのための組曲はヘンデルの鍵盤奏者としての技巧と作曲技法を知る格好の材料となっています。
 小川麻子は、ロンドン在住ということもあり、ヘンデルのオペラやオラトリオの演奏に参加することも多いようですので、ヘンデルという作曲家への思い入れは大変強いものがあるのでしょう。それはこのアルバムの曲順にも表れています。小川麻子は、8つの組曲を番号順には収録していません。これには、「多様性に富む作曲と出版経緯を踏まえて」という理由がブックレットに述べられていて、「調性や音楽的な流れを考慮した結果」だとしています。これは2枚のCDを通して聴いてみると至極納得のいく曲順だと分かります。特に1枚目は「シャコンヌ」HWV435で、2枚目が終曲に有名な「パッサカリア」を要する組曲第7番HWV432で締めくくられているプログラムには、深く頷かざるを得ません。見事なプログラムです。
 小川麻子の演奏は、装飾テクニックがとにかく華麗で、ただでさえ輝かしいヘンデルのチェンバロ作品を、さらに艶やかに飾っています。そのセンスも抜群なので、聴き慣れた「パッサカリア」のような、なじみ深い楽曲も、まるで知らないソースから発掘されたかのように響きます。また「シャコンヌ」では、1733年版のウォルシュによる手稿譜を土台に、初演を含む他の楽譜も照らし合わせて小川麻子独自のヴァージョンで収録されていて、20の変奏を伴う多種多様な表情を見せる楽曲が、大伽藍のステンドグラス越しに強く差し込む光のようにきらめきます。
 使用楽器は、ドイツのチェンバロ製作家クラウス・アーレントが1973年にドゥルケンの楽器をモデルにして制作したチェンバロで、現代に作られた楽器ながら50年以上弾き続けられているすばらしい楽器。小川麻子は、豊かで色彩的な響きといったこの楽器の持つポテンシャルをこの演奏に生かしています。この楽器だからこその華麗な響きなのかもしれません。ヘンデル演奏には最適と言える楽器だと思われます。
 プロデューサーは、小川麻子の師であるオーストラリア出身でイギリスのベテラン鍵盤奏者ニコラス・パール。トレヴァー・ピノック率いるイングリッシュ・コンサートや、バロック・ヴァイオリンの重鎮サイモン・スタンデイジ、ロンドン・バロックなどと共演し、名盤を数多く残した通奏低音奏者として古楽ファンには懐かしい名前でしょう。
 ヘンデルの「8つの組曲」には、古今の名盤がひしめいていますが、小川麻子によるこの録音は、そうした名盤に加わることが間違いないでしょう。ロンドンで活躍する日本人の名手の鮮烈な名演をお聴き逃しなく!(須田)

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