シンポジウム 新しい木の時代 日本の森林再生と利活用

日本の森林はさまざまな課題を抱えながらも、国産材の価値の高まりや、木造建築の新たな可能性を背景に、森林の再生と木材の活用拡大に大きな期待が寄せられています。そこで、読売新聞では、木に関わる専門家によるシンポジウムを昨年12月11日に東京コンベンションホール(東京都中央区)で開催しました。その模様を要約してご紹介します。

今こそ「木」の話を聞こう。

各分野で期待が高まる木の価値パネルディスカッション

市川 晃氏

市川 晃氏住友林業 代表取締役 社長

1978年入社。営業本部国際事業部長、住宅本部住宅管理部長、経営企画部長を経て、2010年より現職。一般社団法人日本木造住宅産業協会会長、日本ニュージーランド経済委員会副委員長などを歴任。

辻 賢治氏

辻 賢治氏トヨタ自動車
MS製品企画部 主幹/「SETUSNA」開発責任者

ボデー設計部、内装設計部にて主に北米・欧州カローラの車両設計に携わった後、2010年より将来のクルマ社会を見据えた新たな価値づくりに向けた企画部門を歩み、組織や業界の垣根を越え幅広く活動する。

菊地 桃子氏

菊地 桃子氏女優
戸板女子短期大学 客員教授

1984年芸能界デビュー。2012年3月法政大学大学院政策創造専攻修士課程修了。現在、幅広い芸能活動に加え、母校の大学でキャリア教育の講義を担当。研究分野は「雇用政策を踏まえた人々のキャリア形成」。

涌井 史郎氏

涌井 史郎氏東京都市大学 特別教授
ランドスケープアーキテクト

造園家として、多摩田園都市、ハウステンボスのランドスケープ計画・デザインに参与する。岐阜県立森林文化アカデミー学長や、東京農業大学地域環境科学部客員教授など歴任。

渡辺 真理氏

司会渡辺 真理氏アナウンサー

1990年TBSにアナウンサーとして入社。1998年からフリー。現在、読売テレビ「そこまで言って委員会NP」に出演、また、雑誌「eclat」に~渡辺真理さんと見つける暮らしの愉しみ~を連載。

日本の森の現状 放置され荒廃した森林

渡辺 木をめぐる現状として、今、日本の森ではどんなことが起こっているのでしょうか。

涌井 日本は、全国土面積の68%が森林で、世界第2位の森林率を誇っています。しかし、江戸時代から明治時代、日本の多くの山は、歌川広重の錦絵に残されている通り、伐採し尽くされたはげ山でした。徳川幕府が禁伐政策をとったものの、本格的な復旧は100年ほど前、オーストリア出身の林学者アメリゴ・ホフマンによる治山工事が導入されてからです。日本の森林の回復率は高く、戦後、国土緑化の意識が高まったこともあり、木の蓄積量は増えました。しかし、現在その森の多くは元気ではありません。管理されないまま蓄積量が増えたために、今度は土砂崩壊や洪水被害を引き起こすようになりました。

 老齢化した木が放置された今の日本の森は、メタボな老人のようなもの。代謝率が低いために、二酸化炭素の吸収率も極めて低い。2015年のパリ協定で、2050年から2100年までに、二酸化炭素の排出量を森林・海洋・土壌が自然に吸収できる量まで減らしましょうと合意したのに、その森林がメタボでは、地球の持続的な未来は望めません。

渡辺 企業としてはどう取り組まれていますか。

市川 当社は昔から木と関わり、その歴史は1691年の別子銅山の開坑に遡ります。銅を精錬する燃料や坑木に大量の木材が必要だったことから、周囲の山を購入し、管理するようになりました。しかし、長年のうちに山が荒れたため1894年に大造林計画を立て植林を行ったことで今の緑の山の姿に戻りました。住友の事業精神には「自利利他、公私一如」。自社だけでなく、国家、社会も利さなければならないという言葉があります。事業を展開するうえで環境は当然配慮すべきこと。それが当社のDNAです。

 戦後に進められた植林は、現在伐期を迎えていますが、日本は林業の近代化が遅れ、国際競争力が低く、国内市場は縮小しています。そこで我々は、最新の情報システム技術を駆使して山林の正確なデータを把握し施業計画を立てたり、高齢化の進む林業従事者のために人力をサポートするアシストスーツを共同開発したり、機械化を進めるために林道の拡張整備を行うなど林業の近代化に取り組み、山のコスト競争力を高めようと試みています。

地方創生 地域での取り組み

渡辺 今、政府も森林の再生に力を入れています。

涌井 日本の安全を守るためにも、山村社会は守らなければいけません。美しさと災害が共存する日本列島というのは、少し取り扱いの難しい列島です。そこで、先人たちは里山システムというのを作りました。里山の向こうの奥山、外山には立ち入らず、里山とその手前の野辺で、燃料となる木材、農作のための肥料をまかなう。里山や野辺という緩衝地帯を設けることで自然災害や獣害から身を守り、持続的な循環型社会を作ってきたのです。

 今、私は森と木に関わるスペシャリストを育成する岐阜県立森林文化アカデミーの学長を務めていますが、子どもに自然の豊かさ、自然への対応力を学んでもらう木育にも取り組み、2017年、森の幼稚園を開園します。また、住友林業さんにもご協力をいただいて、産官学連携の森林技術普及コンソーシアムという組織も立ち上げました。こうした活動を通じて、日本の森を守り、その意識を高めていきたいと思っています。

渡辺 岐阜県といえば、木製コンセプトカー「SETSUNA」の製作も一部、岐阜で行いました。

 「SETSUNA」の外板は、住友林業さんの高知県の社有林から伐り出した杉の木を、飛騨高山の家具メーカーに持ち込み、製作しました。木の伐採から外板の加工などの製品作りで一番大事なのは、関わるみなさん全員のこだわりや情熱だと感じています。非常に高度な技術を要するものでしたが、木と匠の技に未来への可能性を感じました。

渡辺 地域の活性化は、日本の将来に大きな影響がありますよね。

市川 日本の木の自給率は33%と非常に低い一方、国産材の蓄積量は増えています。そこで国産材の市場開拓と地域活性化という二つの観点から、たとえば北海道では、供給する住宅の構造部材を100%道産材でまかなう商品を提供しています。また、オホーツク海沿岸の林産業と協力して、12月1日から木質バイオマス発電所の営業運転も開始しました。再生可能エネルギーの一つで、山林に残された間伐材や、集材所や工場からの木材廃棄物を利用するので、周辺の山の伐採も進みますし、地域の雇用促進にもつながります。

未使用木材を活用した「紋別バイオマス発電所」未使用木材を活用した「紋別バイオマス発電所」

木の魅力を活かす取り組み

渡辺 雇用問題の専門家として、また生活者として、菊池さんはどのようにお考えですか。

菊池 日本の労働人口が減少する時代においては、AI(※2)とともに働くことや、アシストスーツのように、高齢の働き手であっても何かのサポートを得て働くといった知恵が必要で、新しい時代に向けた創造が大切になるだろうと感じています。

 また、私の育った家は木造で、木の触り心地、ぬくもりが大好きで、3年前に我が家を建て直す時には、また木造住宅を選択しました。

 ところで、木の気持ち良さにはなにか理由があるのでしょうか?

市川 木材の効用や良さを数値化して表すことは難しいのですが、たとえば高齢者施設で、内装に木を多用した建物と、そうでない建物で生活する高齢者を比較した場合、インフルエンザの罹患率、転倒した際の怪我の程度、不眠の具合など、いずれも木を多用した空間によい結果が出ています。また、小学生を対象とした実験では、壁を白色のクロス張りと木質とした部屋で、計算問題を行い、その脳波を調べたところ、リラックス度を示すアルファ波も、集中力を示すベータ波も、木質空間に優位な結果が出ました。人にとって心地いいというのは、木の非常に優れた点です。

トヨタ自動車が車両外板を住友林業と共同開発した「SETSUNA」トヨタ自動車が車両外板を住友林業と共同開発した「SETSUNA」

渡辺 辻さんは「SETSUNA」を通じて、木の経年変化の良さも実感されていますよね。

 このプロジェクトは「本当に愛車とされる車とは?」ということから始まりました。消費材といわれる工業製品は通常、新品の時に一番価値があり、年月とともに価値が下がります。そこを時間とともに価値の深まる “時間財”にできないかと考えました。時間財となるには時を重ねていく「経年」、使う人の「思い」、世代を超えた「継承」という三つが必要で、このコンセプトを具現化する素材として木にたどり着いたのです。

家族と時を刻む「100年メーター」家族と時を刻む「100年メーター」

「SETSUNA」には、距離計ではなく100年メーターという時間計を取り付けています。長針が1回転して1年。何万キロ走っていようが、5年たってもまだ5年かと感じていただきたいなと。また、86枚のパネルで構成された外板も、「送り蟻」という伝統工法を用いた接続部も、不具合が生じた場合は、そのパーツのみを取り換えられるようになっています。一見、対極にある木と自動車ですが、こんなコンビネーションによって新しい価値が生まれるのだと実感しています。

渡辺 「SETSUNA」はミラノデザインウィーク2016に出品されました。ミラノでの反応は?

 「SETSUNA」=刹那の由来は、人生は一瞬一瞬のつながり、その一瞬を刻みたいという願いからなのですが、このコンセプトに想像以上の約8割の方が共感してくれました。本日、このステージのバックパネルはその時に使用したもので、20年ごとの木の経年変化ならぬ、“経年美化”をご覧いただけます。 先日、「SETSUNA」は第2回ウッドデザイン賞の最優秀賞(農林水産大臣賞)も受賞いたしました。

「木の価値」に託す期待

渡辺 木の持つ可能性、その潜在能力は、私たちが想像している以上にあるのかもしれませんね。

市川 どの建築素材も適材適所で使っていくものですが、木のちからは過少評価、誤解されているように思います。例えば、木という素材は軽く、地震エネルギーの揺れに対して影響を受けにくい、火や熱を加えても強度の低下はゆるやかなど、その性質を理解して使うことが大切です。また、人が長く過ごす空間がどうあるべきかという観点から、住宅の庭や都市の緑化など周囲も含めた環境と木質素材の総合的な価値づくりを進めたいと思います。当社では木化営業部という部署を設け、非木造建築の木造化、内装の木質化、新たな木の文化の創出に取り組んでいます。「SETSUNA」のお手伝いをさせていただいたのもこの部署で、新しい木の時代に向けてチャレンジを続けたいと思っています。

涌井 100万人都市の江戸で大規模な伝染病が流行らなかった。醸造所が移転すると以前と同じ味噌や酒は造れないなど、建物に使われている木が育んでいる有機物や菌の恩恵にあずかっているという例が日本にはたくさんあります。つまり日本というのは、本来、自然と呼吸する文化や暮らしを持った再生循環型都市なのです。

 これからの時代は成長ではなく、成熟社会です。そして、それを測る指標は幸福度です。自然共生と再生循環こそが地球を救うという日本の考え方を、ぜひ未来に残したいと思っています。

菊池 デフレ時代を経験し、私自身が安いもの、使い捨てに慣れ過ぎたと感じることがあります。一年ほど前、我が家の椅子が壊れました。買い替えなきゃと言った私に、子どもたちは修理を提案してきて、はっと気付かされました。今日は、地球規模のお話でもありましたが、まず身近なところから、木の大切さ、経年を愛するということから始めるといいのかなとも思っています。

市川 新しい取り組みとして、もう一つ。当社では震災で津波被害を受けた宮城県東松島市で、森や木を活用した都市の復興再生のお手伝いをしています。津波によって校舎が流されてしまった小学校の校舎を木造で建て、農作物が植えられなくなった土地に塩害に強い当社オリジナルの芝を育てる「希望の芝プロジェクト」などを進めています。

涌井 住友林業さんのように、事業そのものが社会とともにあるという考え方が、日本の隅々に拡がってくれるといいですね。誰もが、豊かさを追求するのではなく、豊かさを深める社会の実現を目指したいと思っています。

市川 いったん、人の手が入った森林は、人が責任をもって管理する必要があります。そして、きちんと手をかければ、木材という資源は持続的に未来へつないでいける素材です。今後も事業活動を通じて、木の価値をもっと高め、木に囲まれた素晴らしい空間作りに力を注いでまいりたいと思います。

約470人が聞き入った約470人が聞き入った

シンポジウム 新しい木の時代 日本の森林再生と利活用

  • ●主催/読売新聞社
  • ●後援/林野庁
  • ●協賛/住友林業

広告企画・制作 読売新聞社広告局

ページトップへ