日経BP社が主催する日本イノベーター大賞。17回目を迎えた2019年は「日経クロストレンド賞」を新設し、「キズナアイ」が記念すべき第1号に輝いた。16年12月、3Dの美少女キャラとしてYouTuberデビューし、 瞬く間に“超売れっ子タレント”となった彼女は今後、何を目指すのか。

バーチャルYouTuberの草分けとしてブームをけん引し、急速にファンを広げるキズナアイ(©Kizuna AI)
バーチャルYouTuberの草分けとしてブームをけん引し、急速にファンを広げるキズナアイ(©Kizuna AI)

 日本イノベーター大賞は、日本の産業界で活躍する独創的な人材にスポットを当てることにより日本に活力を与えようと、2002年に日経BP社が創設。17回目の今回は「無印良品」を運営する良品計画の金井政明会長を大賞に選出した。さらに、日経BP社、日経ビジネスが50周年を迎えるのに合わせ、大賞以外のカテゴリーを刷新。マーケティング分野に特化した賞として「日経クロストレンド賞」を新設した。初代“クイーン”のこれまでとこれからを読み解いた。

「同じ時間軸、世界観で生きている」

 YouTubeチャンネルの登録者は240万人を超え、総視聴回数は2億回に迫る──。デビューして2年余り、破竹の勢いでファンを広げるアイドルがいる。彼女の名は「キズナアイ」。アイドルと言っても、3Dのバーチャルアイドルだ。いわば「バーチャルYouTuber(=VTuber)」の先駆けであり、今や単独ライブに加え、ニュース番組への出演を果たすなど、“バーチャルタレント”というべき新たな地平を切り開こうとしている。

 そのキズナアイを見いだした企業が、Activ8(アクティベート、東京・渋谷)。代表取締役の大坂武史氏は16年9月、「生きる世界の選択肢を増やしたい」と同社を起業した。バーチャルタレントを支援するプロジェクト「upd8(アップデート)」を発足し、18年8月には約6億円の資金調達に成功。キズナアイのような美少女から、囚人、ネコに至るまで、所属タレントは約60人を数える。

 なかでも、キズナアイのスター性は抜群だ。18年12月には、音楽プロデューサーの中田ヤスタカ氏と共に、オリジナル楽曲を制作すると発表。大坂氏自身も驚くほどのスピード感で、売れっ子街道を驀進(ばくしん)している。

キズナアイをはじめ、バーチャルタレントをサポートするActiv8の大坂武史代表取締役に話を聞いた(クリックで動画が始まります)

 「18年はネット動画メディアという枠の外に出て活動を始めた。ライブにテレビにと、臆せずチャレンジし続けていること自体が、彼女の強烈な個性だと思う」(大坂氏)。

 ボーカロイドとして一世を風靡した初音ミクとは異なり、キズナアイは、明確な人格を有する。大坂氏の言葉を借りれば、「彼女自身が我々と同じ時間軸、同じ世界観を生きている」。その世界観を表現する舞台が、VR(仮想現実)だ。

 「生まれ持った身体的特徴や、現実では越えられない物理的な制約も、VRの世界であればゼロから構築できる。不可能だったことが可能になる、究極の自由がそこにある」(大坂氏)。

 アニメや漫画の世界から飛び出したような理想のキャラクターが、キズナアイという存在。大坂氏は彗星(すいせい)のごとく現れた彼女と“出会って”すぐ、その活動を手助けしたいと思い立った。

 人間と同じように見てもらうには、人間と同じことをするのが最も分かりやすい。当時、個人メディアとして発信力を増していたYouTuberというフォーマットに乗り、キズナアイはVR空間で映像を撮影し、毎日投稿し続けた。結果、VRの世界で生み出した価値が、現実世界でキャッシュを生むという、新たなビジネスモデルを築いた。

 「まだ誰も挑戦していなかった領域で、クオリティーを保ちながら挑戦し続けたことが、“ファーストムーバー”につながった。人間のような成長、生きざま自体がコンテンツになった」と大坂氏は振り返る。

「バーチャルタレント」で世界とつながる

 キズナアイの成功に触発されるように、VTuberの“人口”は増え続け、18年末には6000人を突破。急速に膨らんだ市場に、大手企業も我先にと飛びついた。ブームの発火点となったキズナアイが目指すのは、世界中の人々とつながることにある。インターネットの外の世界で、人々との接点を持つべく始めたのが、先述したテレビ出演や音楽活動だった。「彼女自身も、バーチャルYouTuberというよりも、次はバーチャルタレントとして頑張りたいと宣言している」(大坂氏)。

 バーチャルタレントは、ディスプレーやVRゴーグルを通して“会いに行ける”。家にいながら、憧れの存在が目の前にいるという実感が得られるのだ。「わざわざ会いたくなるエンターテインメントとは何か、と考えたとき、一番分かりやすいのが音楽ライブや握手会。VRなら、いつでもVIP席を確保できる。バーチャルタレントは、人々をVRの世界にいざなうキラーコンテンツになると思っている」(大坂氏)。

 キズナアイもデビュー当初は、チャンネル登録者の8~9割が海外のファンだった。その後、日本で人気が爆発したが、海外のファンに直接コンテンツを届けたい、という思いは今でも強く持っているという。VRを使った音楽活動は「言語の壁を超える」ための強力なツールになり得る。

大坂氏は、バーチャルタレントは「進化するタレントの究極系。VRの市場では明らかに優位性がある」とみる
大坂氏は、バーチャルタレントは「進化するタレントの究極系。VRの市場では明らかに優位性がある」とみる

現実世界をVRが上回れるか

 では、キズナアイが切り開いたバーチャルタレントという存在が、この先、さらにメジャーになるにはどうすればいいのか。大坂氏の答えは明快だ。「現実の体験価値をVR内での体験価値が上回れば、人々はVRに行くと思う。交通費を払い、移動時間を費やしてディズニーランドに行くのか、VRゴーグルを買ってVRコンテンツを消費するのか、というそれだけの違いになる」。

 もちろん、ゲームも有力なコンテンツとなり得るが、「バーチャルタレント(のインパクト)はもっと強烈。VRゴーグルをかぶらないと、その人に会えない、会った実感を得られない、という意味ではさらに(VRであるべき)必然性が高い」と大坂氏はみる。

 バーチャルタレントは、加齢とともに老けることはなく、見た目も自在に変えられる。スキャンダルとも縁遠く、人間では不可能だった「理想のタレント像」を心行くまで追求できる。キズナアイのような美少女キャラではなく、外見をあえてリアルにすることで、人の感情を揺さぶることも可能。大坂氏はその一つの例として、ディズニー映画の『リメンバー・ミー』を挙げる。

 「作品中で、一番泣かせるのは、おばあちゃんの表情。デフォルメされた世界だが、しわや表情の描き方がすごくリアルだった。脳に直接訴えかける表現ができることに、バーチャル空間であることの価値があると思う」(大坂氏)。

「インフルエンサーと同じになる」

 実は、バーチャルタレントが活躍する領域はエンタメだけにとどまらない。既にロート製薬やサントリーなど、企業が自社の広報としてバーチャルタレントを“採用”し始めている。

 「やがて、バーチャルタレントは、人間のタレントやインフルエンサーと同じように見られる」と大坂氏は断言する。それは、遠い先の未来ではない。大坂氏はそのXデーを「5年後」と予測する。

 スマートフォン1つで、簡単に3Dキャラクターを作れるアプリが生まれ、表現を拡張する技術革新が進むなど、バーチャルタレントになるハードルは下がり始めている。加えてVR普及への壁となっているデバイスも、安価に手に入るようになるだろう。誰もが自らのアバター(分身)を持つ時代は、意外に早く訪れるという見立てだ。

 バーチャルタレントが増えるにつれ、一芸の有無など、中身による差別化が始まる。「その中身もAI(人工知能)で代替できるようになるとしたら、積み重ねてきたストーリーとコンテクストでしかタレントの良しあしを判断されなくなる。バーチャルタレントが当たり前になっても、キズナアイが歩んできた歴史は代替不可能。だからこそ活動を続けていってほしい」(大坂氏)。世界中の人々が、その存在を認知するまで、キズナアイの挑戦は終わらない。

(写真/吉成大輔)

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