※日経エンタテインメント! 2023年12月号の記事を再構成

日本を代表するキャラクターとして、ハリウッド映画やアニメ、そしてゲームでも活躍するゴジラ。国内で製作された実写のゴジラ作品として30作目となるのが、現在公開中の『ゴジラ-1.0』(ゴジラマイナスワン)だ。社会現象にもなった『シン・ゴジラ』公開から7年後の新作となる本作では、『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)や『永遠の0』(13年)、『アルキメデスの大戦』(19年)など、VFX(視覚効果)大作を数多く手掛けた山崎貴氏が監督を務めた。樋口真嗣氏や佐藤信介氏たちとともに日本のVFX映画をけん引してきた山崎氏が、日本を代表するキャラクターの70周年記念作に満を持して挑む。

公開中の映画『ゴジラ-1.0』の監督を務めた山崎貴氏
公開中の映画『ゴジラ-1.0』の監督を務めた山崎貴氏

 お話が来たときは「ついに来たか」という思いと、『シン・ゴジラ』の後だったので「ここで来たか」という気持ちの両方がありましたね。ただ『シン・ゴジラ』がすごく面白くて、自分でもやりたいという気持ちが盛り上がっていたところだったので「運命が今やれと言っている」とは感じましたね。

 実は『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)でゴジラに登場してもらったこともあり、あの時期に東宝さんから軽く相談を受けたことがあるんです。ただ当時は技術的にもマシンパワー的にも難しいと考え、「もうちょっと先にしましょう」と答えた経緯がありました。現在ではその問題が解決していたこともあり、「ついにやるときが来たのか」という“満を持して”感がありましたね。

何がゴジラなのか

 初代『ゴジラ』公開は1954年(昭和29年)。日本が高度経済成長期へ突入しようとする時代で、当時、社会問題となったビキニ環礁の核実験に着想を得たとされる。30作目の舞台として選んだのは、第1作以前となる終戦直後だった。

 舞台を戦後にしたのは、何もなく戦う術がない時代に、ゴジラがやってきたら、人々はどう戦うかを描きたかったからです。武器がない時代に、知恵を集結して戦う人たちを描くのは、とても映画的じゃないですか。そこから脚本を作り始めたのですが、当時の戦争について調べると、ここまで人命軽視がひどかったのかって痛感するんですよ。兵たん(食料・兵器などの後方支援)の問題も現地に丸投げして。そんな人命を軽視した戦争の後の戦いだから、命を大切に守る人たちの映画にしようと、テーマが決まっていったんです。

 主人公の敷島浩一はルーザー(敗者)として登場させたかった。特攻から逃げ、自分のせいで大勢の仲間が死んだ。東京に帰っても家族を失い、周囲から「おまえたちのせいで負けた」と非難され、精神的にも状況的にもボトムになっている。一方、ヒロインの大石典子は、あの時代の最後の良心です。殺伐とした社会で、普通の人がやらないようなことをする。厳しい時代に光明を与える女性ですね。そんな典子と出会って、地に落ちた敷島がどう上がっていくか。

 敷島に神木隆之介君を選んだのは、登場したときの敷島を卑怯(ひきょう)者にしたかったから。そういう役を演じつつ、最後に戦う男として活躍する、そのどちらもできる、振り幅の広い俳優だと考えての起用でした。典子役に浜辺美波さんを起用したのは、強い目をしている点に引かれたということもあります。典子はぼろぼろの格好で出てくるから、そこでも輝きが出てくる人がいいと思ったんです。実際、あんなにぼろぼろの衣装なのに、輝きが見えてきた。すごい目力だなと思いましたね。

 今作のゴジラの造形でこだわったのは「何がゴジラなのか」でした。哲学的な問題ですね(笑)。いろいろ考えた結果、ゴジラは単なるモンスターではない、モンスターと神を兼ね備えた存在であるという結論に達したんです。だからゴジラには神の要素が入っていないといけない。どこにどんな要素を入れるか、そこを見つけるのが大変でした。

 歩き方一つにしても、腰の高さが少し変わるだけで、印象が全く変わるんです。なのでアニメーターに少しずつ腰の高さを変えてもらって確認していきました。過去のゴジラも、もちろん研究しました。シン・ゴジラは野村萬斎さんの動きを反映させているので、能や狂言のように腰の位置が一定でスーと動いている感じ。一方、ハリウッドのゴジラは腰を低くして戦う気満々で迫ってきます。その間のどこかに我々の正解があるんだと探っていったんです。

実際の海で撮影

 撮影では「実際の海で撮る」ことにこだわりました。船で海に出て撮影したかったんです。ただそう言うと周囲からはすごく反対されました。『海猿』シリーズに関わったスタッフも多かったのですが、彼らから「本当に大変だから、やめてください」って(笑)。

 そう言われて湖でも試したんですが、湖面に表情がないんです。近くに山も見えてしまうし、やっぱり海に出て撮るしかない。そう考えて「本当の海が出てくることが重要なんです」と強行したんですが、実際の撮影で一番後悔したのは僕だと思います(笑)。最初にモニターを見た瞬間に気持ちが悪くなった。特に初日が大変でしたね。本当に動けなくなったスタッフも何人もいて。

 海の撮影はいろいろな条件がそろわないと出港できないんです。天気が良くて波が静かでも、海にうねりがあると出港できない。さらに一度出港したら、危険なので、船から船に荷物の受け渡しができないんです。カメラなどのセッティングを変えるためには、港に一度引き返さなくてはいけない。午前中に撮影に出かけたけど、ちょっとだけ撮影して帰ってくることもありました。海の撮影には2週間かけたのですが、たしか半分くらいの日程しか撮影できなかったんじゃないかな。

 でも一番大変だったのは役者チームだと思います。彼らが乗った船は漁船を改装したので、上部が重いんです。なので、揺れ方がひどい。大変な状況で頑張ってもらいました。おかげで、その映像を使っている機雷戦のシーンはすごい迫力になりました。

ゴジラは単なるモンスターではない

 オファーを受けたときに「ついに来たか」と感じたという山崎監督。1964年生まれの彼が最初に見たゴジラ映画は何だったのか。

 初めて見たゴジラ映画が何だったかってよく聞かれるんですが、はっきりと覚えていないんですよ。ただ子どもの頃、ナイターが中止になったときの雨傘番組(スポーツ中継が中止になったときの代替番組)で、いろいろな映画を見ました。最初に見た映画は『マタンゴ』(1963年)だと思うのですが、そこでゴジラ映画も見たんだと思います。『キングコング対ゴジラ』(62年)だったような気がする。去って行くキングコングの姿をすごく覚えているので。劇場で見たのは『三大怪獣 地球最大の決戦』(64年)です。映画の中に(出身地である)松本にキングギドラがやってくると聞いて、父親に無理言って連れて行ってもらったんです(笑)。

 初代の公開から70年。これまでに製作された30作のゴジラ作品を見ると、改めて多種多様な映画が、長い期間作られ続けていることに驚くが、今作について山崎は「文芸作品を目指した」と語る。

 ゴジラがこれだけ長く作られ続けている理由は、単なるモンスターじゃないからだと思います。ゴジラって描かれ方がいろいろあるじゃないですか。先日、久しぶりに『三大怪獣 地球最大の決戦』を見たら、ゴジラがめちゃくちゃかわいかった(笑)。どんな描かれ方をしてもゴジラは観客に受け入れられる存在なんです。そもそも、作品によってヒーローと悪役の両方を平気でやるキャラクターって、他にいないでしょう。

 海外で人気が高いのは、「破壊」を体現しているからだと思います。今の煮詰まった現実を根底から全部破壊してくれる荒ぶる存在。ただ、海外のゴジラはモンスター比率が高いんですよね(笑)。

目指したのは文芸作品

 日本のゴジラには、日本人じゃないとなかなか受け入れられない部分があると思うんです。我々はゴジラが日本に上陸しても、「どうして日本だけに来るんだよ」とはならないじゃないですか。普通の映画だったら、ゴジラが日本に来る理由が必要なんです。でも、そこを描かなくても映画が成立する不思議さがゴジラにはある。それは日本人に受け入れる素地があるからだと僕は考えています。数多くの自然災害を受け入れてきた日本人の感覚と直結しているんじゃないかと。

 『ゴジラ-1.0』は北米でも公開されますが、反応が楽しみですね。米国人が出合わないタイプの作品だと思いますから。ハリウッド的な作り方からすると、米国の核実験で生まれたゴジラは、米国に対して怒り、米国に行くべきなんです。なのになぜ日本をめちゃくちゃにするのか。ハリウッド映画を見てきた人たちがどう反応するか、どう考えるか。

 今回の作品で目指したのは文芸作品です。僕は初代『ゴジラ』は文芸作品だと思っています。いろいろな人たちの心のひだを描写しつつ、ゴジラという巨大な存在も描いている。僕も『ゴジラ-1.0』では、巨大なゴジラと人間が出会ったときにどう絡み合っていくかを描いた文芸作品にしたいと考えて作っていきました。

 映画が完成したときに思ったのは、ゴジラって神事(しんじ)に近いなということ。映画を作るということで祟神(たたりがみ)として現れたゴジラを鎮める神事なんです。

 今回は撮影時に新型コロナウイルス禍があり、ポストプロダクションをしているときにロシアがウクライナに侵攻した。そして今、中東で戦争が始まっている。様々な描き方ができて、多様な映画が作られてきたゴジラシリーズだけど、世の中に不安が発生したときには怖いゴジラが現れる。第五福竜丸の事件の影響を受けて初代『ゴジラ』が生まれ、東日本大震災の爪痕が強く残る時代に『シン・ゴジラ』が現れたように。不安がまん延するときに、怖いゴジラの映画を作って鎮める。倒すというより鎮まってもらう。今回のゴジラも、知らず知らずのうちにそういう描き方になっていたんです。

山崎貴(やまざき・たかし)
1964年6月12日生まれ、長野県出身。2000年『ジュブナイル』で監督デビュー。主な監督作に『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ(05年・07年・12年)、『永遠の0』(13年)、『寄生獣』シリーズ(14年・15年)、『GHOSTBOOK おばけずかん』(22年)など
『ゴジラ-1.0』」
全てを失った日本人はどうやってゴジラと戦うか
出兵していた敷島浩一は終戦後、日本へ帰還するが、東京は焼け野原と化し、両親は亡くなっていた。戦火を生き延びた人々が懸命に生き抜いていく日々のなか、浩一は、助けた他人の赤ん坊を育てようとする大石典子に出会い、一緒に暮らし始める。しかし、これから国を立て直そうとする人々を脅かすように、謎の巨大怪獣が現れて……。ゴジラ生誕70周年となる2024年に先駆けて製作された、実写版第30作品目となるゴジラ映画。監督・脚本・VFX:山崎 貴/出演:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介ら。公開中/東宝配給 (C)2023 TOHO CO., LTD.

(写真/藤本和史)

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