タレント、モデルとしても活躍する小嶋陽菜氏がプロデュースを手掛けるファッションブランド「Her lip to(ハーリップトゥ)」が設立5周年を迎えた。スタート当初は数人だったスタッフは、現在約100人を数える規模に成長している。「女性が95%」「平均年齢28歳」という組織を、代表取締役CCO(Chief Creative Officer/最高クリエイティブ責任者)の小嶋氏はどうやってけん引しているのか。

左/小嶋陽菜氏。2005年にAKB48の第1期メンバーとして活動を開始。17年4月にAKB48を卒業。18年6月、ライフスタイルブランド「Her lip to」をオープン。20年1月、同ブランドを運営する「株式会社heart relation」設立。22年2月、代表取締役CCO(Chief Creative Officer)に就任。右/戸高純氏。早稲田大学卒業後、14年にBASE株式会社に新卒入社。Z世代のインフルエンサーを抱える芸能事務所に転職し、大手クライアントのマーケティング支援を担当したのち、2020年に株式会社heart relationを共同創業。22年より取締役COO(Chief Operation Officer)を務める。(写真/中川容邦)
左/小嶋陽菜氏。2005年にAKB48の第1期メンバーとして活動を開始。17年4月にAKB48を卒業。18年6月、ライフスタイルブランド「Her lip to」をオープン。20年1月、同ブランドを運営する「株式会社heart relation」設立。22年2月、代表取締役CCO(Chief Creative Officer)に就任。右/戸高純氏。早稲田大学卒業後、14年にBASE株式会社に新卒入社。Z世代のインフルエンサーを抱える芸能事務所に転職し、大手クライアントのマーケティング支援を担当したのち、2020年に株式会社heart relationを共同創業。22年より取締役COO(Chief Operation Officer)を務める。(写真/中川容邦)

 女性アイドルグループ・AKB48の元メンバーであり、タレント、モデルとして活躍する小嶋陽菜氏が手掛けるファッションブランド「Her lip to」が、2023年6月20日で5周年を迎えた。2018年のブランド発足当時は、現在所属する芸能事務所内で運営していたが、事業規模の拡大に伴い、2020年に共同創業者の戸高純氏とともにブランドの運営会社「heart relation」を設立。扱うジャンルも当初のアパレルに加えて、ビューティ、ランジェリーなどへと拡大し、今では年間500近いアイテムを扱う。2022年には表参道にコンセプトストア「House of Herme(ハウス オブ エルメ)」をオープン、中国向けのEC(電子商取引)事業も展開するなど、5年で飛躍的に成長した。

 そして、設立時数人だったスタッフは、現在社員約60人、総数約100人を数える。社員の平均年齢は28歳、95%が女性という若い組織をどうつくり上げ、けん引してきたのか。2022年2月に経営体制を刷新して以降、代表取締役CCOを務める小嶋氏と、取締役COO(Chief Operation Officer/最高執行責任者)である戸高氏の2人に聞いた。

――2018年のブランドローンチから約1年半後に小嶋さんと戸高さんが共同で「heart relation」を設立。そもそも2人で会社を始めた経緯は?

小嶋陽菜(以下、小嶋) 「Her lip to」は、私自身がやりたいこと、つくりたいものをつくるというところから、今も所属している芸能事務所のリソースを借りて始めたんです。ただ、最初のメンバーは3人くらいで、商品が好評でお客様が広がっていくとその体制では限界を感じたので、専門性を持ち、同じ目線と熱量で一緒にやってくれる仲間を探してしっかり会社をつくろうと思いました。そこで知り合いだった鶴岡さん(ネットショップ作成サービス「BASE」創業者の鶴岡裕太氏)に、「めちゃめちゃ頑張るいい子がいる」と紹介してもらったのが戸高(純)でした。

戸高純(以下、戸高) 私は新卒でBASEに入社した後、その頃はインフルエンサー事務所で、芸能や広告に携わるような仕事をしていたんです。小嶋さんが会社を新しくつくるのでと声をかけられてお話を聞いたら、ものすごく高いレベルの熱量を持って事業に取り組んでいるのを感じて。10年以上もAKB48で頑張って大成功しているのに、ここからさらに自分で表現したいものがある、次は一体どんな挑戦をしたいんだろうと気になってご一緒することになりました。

小嶋 戸高とは同世代だし、何度かお茶をして単純に気が合うと思ったんですよ(笑)。あとは、IT的な考え方と芸能的なニュアンスの両方が分かる貴重な人だなと思って。「Her lip to」はECのブランドなのでデジタル領域の開発などはありますし、一方で自分が表に立って発信しているので芸能界的な考え方も大事だったりする。どちらかに偏っていると難しいと考えていたので、すごくいい人に出会えたなと思ったんです。

戸高 特殊なケースだと思うんですけど、「Her lip to」は会社設立の前にブランドがスタートしていて、事務所の方々の力である程度大きくなっていました。ブランドのローンチから1年半くらいたってお客さんの熱量はすごく上がっているけれど、チームはゼロからという状態で。

小嶋 2020年に「heart relation」を設立して、最初の1年くらいは6~7人でやっていましたね。芸能界で鍛えられたんだと思いますが、自分は意外と“鬼のマルチタスク”だということに気がつきました(笑)。他のメンバーもアパレルのMD(マーチャンダイザー)をやりながらYouTubeの編集もやっていたり、違う種類の仕事を普通にこなしていて。

戸高 ただ、お客様が増えてくると同時に要望も多くいただくようになるんですが、その期待に応えたくても組織が備わってないという状態がずっと続いていました。

小嶋 そうなんですよね。どこかで「経営は採用で決まる」と聞いて(笑)、人を真剣に探し出して。最初は知り合いを通じて、少しずつ人数を増やしていった感じでしたね。20人を超えたくらいのタイミングから、公に採用を始めるようになりました。

ランジェリー進出でぶつかった壁

――事業が拡大するにつれ、求める人材も変わってきたのでは?

小嶋 ものづくりって、商品よりも先にまずチームを作ることから始めなくてはいけないのだと、ビューティアイテムやランジェリーを手掛けたときに気がつきました。例えば、アパレルとランジェリーだと、作り方や進め方が全然違うんです。

戸高 お洋服だと、既に出来上がっている生地を選んで仕立てていくことも多いんですけど、ランジェリーの場合は糸を選んで生地を作るところからスタートするので。

小嶋 「こういう生地にしたい」という思いがあっても、どの糸を使えばイメージ通りに仕上がるのか分からないですよね。その道のプロがいないと、メーカーさんとの交渉などもうまくできないし。そこで、ランジェリーに関しては自分たちで進めていたプロジェクトを一旦ストップして、専門性のある方を探すところから始めようと切り替えたりもしました。

戸高 今は社員が60人くらいいますが、アパレル、ビューティ、ランジェリーのほか、「House of Herme」のような常設店舗や中国事業も展開しているので、様々なプロフェッショナルが集まっていますね。ITがバックグラウンドというメンバーも多いですけど、アパレル企業や下着の会社に長く勤めていた方がいたり、中国語が飛び交っていたりといろんな経験と能力を持ったメンバーが増えています。

――プロフェッショナルな人材の確保はハードルが高そうですが、何か秘策はあるんですか?

小嶋 そこは、私をうまく使ってもらう、ですかね(笑)。私が採用活動をしているという時点で面白がってもらえることが多いので、幅広くリーチできたり、なかなか出会えないようなキャリアの方が応募をしてくれたりと、ラッキーなことがあるので。

戸高 確かに「(求人情報サイトの)Wantedlyにこじはるがいる!」みたいな、組み合わせの面白さはあるかもしれないですね。ほかにも会社のnoteで小嶋さんからのメッセージを発信したり、ご自身のTwitterアカウントで「スタッフの募集をしています」とツイートしてもらったり、前に立って発信してもらえるのは大きいと思います。

小嶋 採用の際にはどんな人を求めているのかがしっかりと伝わるように、使う言葉や発信方法などをその時々で変えるようにしています。クリエイターの募集をしたときには、ものづくりに関心がある人に向けて自分たちが目指しているクリエイティブの形を文章にしたら、その思いに共感してくれた方たちのツイートに「1万いいね」がついていました。IT系の人材を募集したときには、Twitterで「ITの人、RT(リツイート)をお願いします」ってストレートに書いたこともありますね(笑)。ただし、気をつけないといけないのは、多くのフォロワーさんにとって採用は興味がないということ。なので、心の中で「すいません」って思いながら採用の投稿をし、次はグラビアの写真を上げたり……みたいな使い分けはしています。(笑)

「自分が見ている」ことを直接伝える

――組織が大きくなった今、小嶋さんの考えはスタッフの皆さんとどのように共有されていますか?

小嶋 社員全員に対してだと、3カ月に1回全社総会があるのですが、その最後に私がメンバーに最近思っていることや、やりたいことを話す時間をもらっています。普段は、各部署のマネージャーと話すことが多くなりますね。

戸高 社員が60人いると部署もいくつかに分かれますし、60人全員と小嶋さんが話す時間は物理的に取れない。そこで、各領域の意思決定を委ねているマネージャー陣に小嶋さんの考えや価値観をインプットしてもらうことがすごく大事だと考えています。月に1度、中長期の戦略について小嶋さんと全マネージャーとで話す場を設けるほか、部署ごとにも週次の定例会議などでディスカッションをしますし、日々はLINEなどでも細かくコミュニケーションを重ねています。そうして、各マネージャーに“小嶋イズム”みたいなものを浸透させ、その下のメンバーにはマネージャーから伝えてもらうという流れを1年くらいかけてつくってきた感じです。

小嶋 アイドル時代は、思いを内に秘めている感じがかっこいいと思っていたので(笑)、あんまり自分のビジョンなんて話したことがない人間だったんですが、今は「お客様のためにこういうことを実現したい」「こういうブランドにしたい」っていう思いを、しっかりと共有したいと考えています。常にそういう話を伝えてきたので、戸高たち経営陣なら、こういうインタビューでも、私の代わりに全部話せると思いますよ。(笑)

――会社のビジョンや方向性などはマネージャーを通じて共有するとして、モチベーションを上げるなどの面で気をつけていることはありますか?

小嶋 もともと細かいところがすごく気になるタイプなので、スタッフのことは全部見ているつもりなんですが、できるだけそれを伝えることですかね。私もAKB48の時代に、秋元(康)さんから「この間の番組良かったね」などと言われると、「秋元さんが見てくれていたんだ。うれしいな、また頑張ろう」という気持ちになりましたから。なので、業務に関することはもちろん、SlackやSNSでのメンバーの書き込みにリアクションしたり、「昨日着ていた服がかわいかった」みたいなことまで、何かあれば本人に直接伝えるようにしています。

戸高 それと、小嶋さんが一番妥協をせずものづくりに取り組んでいるのをみんな知っているので、その行動と熱量に感じるところが多いんだと思います。お客さんの体験もしっかり見ているので、「もっとこうしたほうがいいのでは」という提案も次々と出てきますし。

小嶋 特にクリエイティブに関するフィードバックは伝え方が難しい部分もありますが、自分が圧倒的にいいものを作ってさえいれば納得してもらえるのかなとは思います。なので、まずは自分がイケてるクリエイティブをつくるというのが、最優先ではありますね。あと、会社の一体感という意味では、ポップアップイベントがすごく重要になっていますね。そういうときは、カスタマーサポートや人事などバックオフィスのメンバーも店頭に立ったりするので。

戸高 イベントって、熱量が高いお客様が「Her lip to」のお洋服を着て、特別な場所に行く気持ちで来てくださるんです。そういう熱量を生で感じることで、気づくこともたくさんありますね。

小嶋 そういう体験をすることで、一緒にみんなでつくるんだっていうモチベーションが上がってくる。“文化祭の前の日”みたいな感じがずっと続いてる会社なのかなって気がしますね。

23年6月20日で5周年を迎えた「Her lip to」は、ブランド初のオフィシャルブック「Her lip to 5th Anniversary Book」発売など様々な記念イベントを用意。7月1日~3日には大阪市中央区のImagine & Design Salonで、歴代のドレスなどが並ぶ「GALLERY by Her lip to」を開催する
23年6月20日で5周年を迎えた「Her lip to」は、ブランド初のオフィシャルブック「Her lip to 5th Anniversary Book」発売など様々な記念イベントを用意。7月1日~3日には大阪市中央区のImagine & Design Salonで、歴代のドレスなどが並ぶ「GALLERY by Her lip to」を開催する

5周年を迎え“会社を続ける”もテーマに

 ローンチから5周年を迎えた「Her lip to」。社員はもちろん、社外や顧客など関わる人が大幅に増えるなか、今後は企業の「継続」も大きなテーマになると2人は語る。

――現在のターゲットは小嶋さんと同世代の方とのことですが、今後のブランドの方向性はどう考えていますか?

小嶋 私の同世代が多いのですが、YouTubeに動画を出すと大学生など下の世代が見てくれて、「『Her lip to』に憧れているのでいつか買ってみたい」って言ってくれたり、ビューティとランジェリーは百貨店でも展開しているので私よりも上の世代の方が「いい」って言ってくれたり、広い世代の方に手に取ってもらえるようになってきた手応えを感じています。なので、商品のラインアップやブランドは、私の感性や時代に合わせて変化していけばいいのかなとは思いますね。特に決めているものがあるわけではないですが、自分の生活に近いところで関連商品なども手掛けたいです。

 将来的にはセカンドラインのアパレルをつくるなど、ブランドの形も変化していくことがあるかもしれません。ブランドやプロダクトも増えるなかで、ブランドの魅力を伝えられるメンバーも今以上に必要になってくるなと思っています。

戸高 既に小嶋さんと一緒に、SNSなどで表に立ちブランドの魅力を伝える役割を持つメンバー(プレス)がいます。インスタライブをしたり、イベントで店頭に立ってお客様とコミュニケーションを取ったりするなかで、SNSのフォロワーやファンの方も増えてきていますね。実際にイベントではプレスに会いにくるお客様も多くいらっしゃいます。

小嶋 私もプレスのメンバーには見せ方の部分とかでアドバイスをしたりするのですが、新しいグループを作っているみたいで楽しいですよ(笑)。

――そうしてメンバーなども増えてきたなかで、会社として強化したい取り組みなどはありますか?

小嶋 お客様の体験をより良くして、これからもブランドを長くやっていきたいです。なので私が今まで自分の価値観を共有してきたメンバーには長く働いてもらいたいと思っています。そのためにはメンバーの働きやすさが大切だと考えています。

戸高 実は、私は年内に出産を控えていまして。会社の設立から3年半がたち、これまでもお子さんがいるメンバーはいたのですが、在籍中に妊娠したのはたまたま私が初めてなんです。この会社は社員の95%が女性なので、そういうメンバーが長く働きやすいように、ここから制度や環境も整えていこうという話をしています。

小嶋 「Her lip to」を始めて、お客様からはHer lip toの洋服を着て自分を好きになったとか、自己肯定感が上がったという声をたくさんいただきました。そういう商品をお届けしている会社だからこそ、いつもそばにいるメンバーが幸せに働けるような環境をつくりたいですし、ブランドとしても生活を豊かにすることを今後も発信していきたいですね。

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