※日経トレンディ 2020年6月号の記事を再構成

コミックスのシリーズ累計発行部数が6000万部を突破する(電子版を含む)など、驚異的な人気を誇る『鬼滅の刃』。その経済圏拡大に迫る記事の後編。アニメ化のプロモーション戦略が奏功し、ヒットに拍車がかかる。しかし、どんなにプロモーションがうまくいっても、肝心なのはその中身だ。

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「神回」とトレンド入りし続けた19話。クライマックスの戦闘をより盛り上げた楽曲は、物悲しさと希望が同時に感じられる「竈門炭治郎のうた」。ボーカルを担当した中川奈美氏は、実は劇伴にもコーラスとして参加していた
「神回」とトレンド入りし続けた19話。クライマックスの戦闘をより盛り上げた楽曲は、物悲しさと希望が同時に感じられる「竈門炭治郎のうた」。ボーカルを担当した中川奈美氏は、実は劇伴にもコーラスとして参加していた

 鬼滅アニメヒットの最大の要素となっているのは、その映像美だ。制作スタジオは、これまでも「空の境界」や「Fate」シリーズなど数々のヒットを生み出してきたufotable。十数年彼らと一緒に仕事をしてきたというプロデューサーの高橋祐馬氏は、「引き算をしない」姿勢に常に尊敬の念を抱いてきたという。

 今でもほとんどのシーンは手書きで制作される日本のアニメ。「どう省略して作るかが議題に上がるのが普通だが、ufotableはそれをしない」と高橋氏は語る。例えば、第1話の主な舞台となる雪山は、背景も写真と見間違うようなクオリティー。「制作スタッフの発案により、雪山のロケハンを敢行。スタッフが実際に体験したことで、その寒々しさまでもが伝わる絵になった」(高橋氏)。

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背景のためにロケハンまで敢行
背景のためにロケハンまで敢行
実際に制作スタッフが雪山でロケハンを行い、空気感まで再現
大正時代の浅草の街並みを、写真のように忠実に描いた
大正時代の浅草の街並みを、写真のように忠実に描いた
漫画では静止画の「水の呼吸」。原作で描かれた浮世絵風の技がどう動いたら面白いかなどを議論して表現方法が決まった
漫画では静止画の「水の呼吸」。原作で描かれた浮世絵風の技がどう動いたら面白いかなどを議論して表現方法が決まった

 その徹底した姿勢は、キャラクターデザインにも通じている。「時代を感じられる独特な衣装や剣戟は鬼滅の醍醐味だが、線が多くなれば作画はその分大変になる。衣装の模様がアクションシーンに合わせて違和感なく動くのだけでもすごい」(高橋氏)。

 そんな作画の努力も結実し、放送終了後「神回」とTwitterでトレンド入りし続けたのが19話の「ヒノカミ」だ。瀕死の状態にあった炭治郎と禰豆子が力を合わせることで鬼を倒す、兄妹の真の絆が見られる重要な場面。二人が鬼と戦うクライマックスでは感動を誘う楽曲とともに必殺技が放たれ、高揚感そのままに初解禁となる19話限定のエンディング映像へと展開。原作者からも「作画、演出、音楽、全てが凄すぎて作者もボロ泣きしました」というコメントがあったほどだ。

 実は、ufotableスタッフ内ではここをアニメ全26話の山場にしたいという考えが構成の段階からあったという。「ただそれには1〜18話までの積み重ねが必要不可欠。各話で誰の物語を描くのかをしっかり構成したufotableの作劇の妙があってこその19話だった」(高橋氏)。

 キャスティングも通常はオーディションをするところ、主要キャスト4人以外はほぼ指名制で行った。「死んでしまうかもしれないと本当に思わせる敵に勝ってこそ、感動が生まれる。説得力が出るよう、スタッフ内で様々な議論を交わし、ベテラン声優をあえて鬼役にキャスティングした。1話で殺されてしまうキャラもいるため、断られるかもと内心は冷や汗ものだった」(高橋氏)。

2.5次元ミュージカルも大盛況

 鬼滅の刃のメディアミックスはさらなる展開を見せている。それが20年1月の舞台化だ。「クオリティーが高い」「演者がキャラクターとそっくり」と話題になり、チケットは即完売。オリジナルのグッズやブロマイドも飛ぶように売れたという。

「通常の2.5次元ミュージカルの客層とは違い、小学生くらいのお子さんとその家族が多く見受けられたのには驚いた」と、舞台を手掛けたネルケプランニング社長の野上祥子氏は言う。漫画『鬼滅の刃』編集担当の浅井友輔氏も「小・中学生からのファンレターがたくさん届く」と言う通り、原作のファンが流入する形となった。

「人間側の正義や誰かを思う気持ち。敵側の鬼にも人として生きた時間があり、そのはかない運命と、単に善悪だけで結論を出せない点に挑戦しがいがあると思った」(野上氏)。ただ、舞台化を発表したのは、すでに鬼滅の刃が社会現象化した後。「成功して当たり前」と思われる環境の中で、いかにファンの期待に応えるかに苦心した。

 そのためには「原作に忠実に、敬意を払う」ことを肝に銘じた演出方法が作品を面白くするカギになった。「人の力で創り出す熱量に絶対的な自信があった」(野上氏)といい、アクションシーンもワイヤーはあえて使わず、キャスト自身の動きや黒子が出演することで、剣戟の迫力を体現した。20年10月16日には、映画『無限列車編』も公開される。原作ファンからは特に支持の熱いエピソードで、さらなる「鬼滅ビジネス」への効果も期待できそうだ。

迫力ある剣戟のアクションシーンは生身の人間の動きで再現した
東京と兵庫で、1~2月にかけて開催。アクションシーンでは、派手に動くためのワイヤーはあえて使用せず、プロジェクションマッピングを用いてより臨場感を高めた
竈門炭治郎 ─かまどたんじろう─

家族思いで非常に優しい主人公。頑固で意志が強いという2つの意味で頭が固く、非常に優れた嗅覚で相手の感情さえも嗅ぎ取れる。鬼殺隊が人食い鬼と戦うために編み出した「呼吸」の一つ「水の呼吸」を使う(cv.花江夏樹)
竈門禰豆子 ─かまどねずこ─

炭治郎の妹であり、ヒロイン。襲撃を受け鬼化したが、人を食らう鬼の習性をはねのけ、兄と共闘する(cv.鬼頭明里)
我妻善逸 ─あがつまぜんいつ─

炭治郎と鬼殺隊の同期。小心者で鬼から逃げ惑うが、剣士としての腕は一流。そのギャップに惚れるファンも多い(cv.下野紘)
嘴平伊之助 ─はしびらいのすけ─

炭治郎と同期の鬼殺隊剣士。猪突猛進を絵に描いたような性格で、強者と戦うことを何よりも好む(cv.松岡禎丞)
鬼殺隊の上級剣士「柱」には人気キャラが勢ぞろい
胡蝶しのぶ ─こちょうしのぶ─

「蟲」の呼吸を使う蟲柱。柱の中で唯一鬼の急所である頸椎を斬ることができないが、毒を武器に戦う(cv.早見沙織)
煉獄杏寿郎 ─れんごくきょうじゅろう─

「炎」の呼吸の使い手である炎柱。剣士としての戦闘力はすさまじく、リーダーシップもあり判断力にも優れる好青年。20年10月に公開される映画『無限列車編』にも登場する重要人物(cv.日野聡)
時透無一郎 ─ときとうむいちろう─

「霞」の呼吸を使用する霞柱で、当代最年少で柱となった天才。常に無表情で他者への関心が薄く、合理主義。女性人気の高いキャラクターだ(cv.河西健吾)

注)「cv.」は担当声優

©吾峠呼世晴/集英社 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable ©舞台「鬼滅の刃」製作委員会2020

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