「パクリ」騒動で揺れた2020年東京五輪エンブレムが白紙撤回されて1カ月。その後も、群馬県太田市が建設中の美術館に採用した佐野研二郎氏考案のロゴを、市民の反対意見多数で断念する方針を固めるなど、余波が続いている。太田市のロゴも米国のデザイナーの作品に似ているとの指摘があり、また五輪エンブレムが撤回になったデザイナーの作品をあえてこのタイミングで採用することへの拒否感も根強かった。世間の「パクリ」疑惑に向ける目の厳しさがうかがえる。

 一方、広告・宣伝業界はクリエイターが所属する側であるためか、誹謗中傷が乱れ飛ぶネットの暴走を懸念する声が目立ち、佐野氏本来の実力を知る関係者が擁護に回っては火に油を注ぐ光景も見られた。

 確実に言えるのは、ひとたびこうした炎上沙汰になればネットの暴走はなかなか止まりにくく、かつネット上の振る舞いやモラルが劇的に改善する可能性はまず考えにくいことだ。だからといって今さら回線を引っこ抜いてアナログの世界に閉じこもるわけにもいかない。企業はときに荒れ狂うネット社会に身を置きながら、今後もプロモーションを継続し、愛される企業を目指していくほかないのだ。

 ならば血祭りに上げられた五輪エンブレム問題を振り返り、どのような対応をすれば強烈なバッシングを多少なりとも軽減できたかという検証を試みるのも、ネット暴走時代の危機管理広報力を磨くトレーニングになるだろう。

発表直後は不評だった「せんとくん」

当初の不評をはね返し、現在はLINEスタンプでも人気の高いキャラクターに上り詰めた
当初の不評をはね返し、現在はLINEスタンプでも人気の高いキャラクターに上り詰めた

 その観点で筆者が注目したいのが、平城遷都1300周年イベントのマスコットキャラクターになった「せんとくん」である。「パクリとは無縁のせんとくんがなぜ?」と思われるかもしれない。2010年の遷都イベントを終えた後も奈良県のPR大使として活動を継続し、国内有数の人気キャラクターに上り詰めたせんとくんだが、2008年春にキャラクターを発表した直後の世間の反応はすこぶる不評で、白紙撤回を求める声が大勢を占めていた。

Yahoo!ニュースが2008年3月3日~11日に実施した意識調査「<a href="http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/domestic/1914/result" target=_blank>平城遷都1300年祭マスコットキャラをどう思う?</a>」では、「変えたほうがいい」が77.3%
Yahoo!ニュースが2008年3月3日~11日に実施した意識調査「平城遷都1300年祭マスコットキャラをどう思う?」では、「変えたほうがいい」が77.3%

 当時、Yahoo!ニュースが実施した意識調査「平城遷都1300年祭マスコットキャラをどう思う?」でも、「変えたほうがいい」が77.3%を占め、「このままでいい」(18.2%)を大きく引き離す結果だった。

 童子に鹿の角を生やした斬新なデザインが、「ひこにゃん」のようなゆるキャラを期待していた層には受け入れられなかった格好だ。キャラクターの白紙撤回を求める市民団体「平城遷都1300年祭を救う会」が「まんとくん」を、僧侶有志が「なぁむくん」を対抗マスコットとして擁立するほど、せんとくんアレルギーは強かった。

 実はパクリ疑惑ばかりに注目が集まる佐野氏デザインの五輪エンブレムも、ベルギーの劇場ロゴ酷似問題が浮上する以前の発表直後の時点で、不評が渦巻いていた。ヤフーのリアルタイム検索で「オリンピック エンブレム」を調べると、肯定的なツイートが多いか否定的なツイートが多いか、いわゆる「ポジネガ判定」の結果を見ることができる。発表当日の判定は、ポジティブ12%、ネガティブ27%で、ネガティブな反応が優勢だった。

五輪エンブレム発表当日のツイート内容を、ヤフーのリアルタイム検索でポジネガ分析すると、ポジティブ12%に対しネガティブ27%と不評だった
五輪エンブレム発表当日のツイート内容を、ヤフーのリアルタイム検索でポジネガ分析すると、ポジティブ12%に対しネガティブ27%と不評だった

 ツイート内容をみると、黒を基調とするデザインが五輪らしい躍動感に欠けるとの不満が多く見られた。発表直後から不満の声が高まった点において、五輪エンブレムとせんとくんには共通点がある。では、せんとくんは公表直後の不評をどう乗り切ったのか?

 作者である東京藝術大学教授で彫刻家の籔内佐斗司氏が、まず取った行動は次の2つ。メディアに出て自分の言葉で説明すること。そしてキャラクターが寝そべったり、笑ったり、ウインクしたりと、「基本ポーズ」とは異なる表情豊かな展開図を提示したことだ。

 これでまず風向きが変わった。ネガティブな感想があふれていたブログ界隈に、「意外とイケる」「キモカワイイ」「じわじわくる」といった好意的と解釈できる声が上がるようになった。

作者が批判メールに丁寧に回答

 さらに籔内教授は、自身で開設しているWebサイトに寄せられた批判メール20通以上に対する冷静かつ丁寧な回答を、サイト上で公開した。

 届いたメールは批判というより罵詈雑言な内容も多かった。「あなたの描いた妖怪みたいなキャラクター、本気で気持ち悪い」「奈良をバカにするな」「センス無いわ。さっさと廃業したら?」「芸術家気取りという域にも達してないですね」といった具合だ。

 そうした内容であっても、自分が奈良に対して抱いている畏敬の念や、仏像の調査や修復をしてきたこと、プロの彫刻家として自信を持って応募したことなどを誠意を持って回答した。Webで公開した理由について籔内教授は、「批判メールの多くが返信してもエラーになるので、代表的な内容を選んで公開することで回答としました」と説明する。

 この回答は当時ネット上で話題になった。口汚い質問と冷静な回答が拡散したことで、結果として「批判派の方がおかしいのではないか」といった空気が支配するようになった。教授宛に届くメールも応援が増え、トータルで約1500通に達したメールのうち批判は300通にとどまったという。こうしてキャラクターの注目度、好感度ともにアップし、愛称の募集には1万5000件弱の応募が寄せられ、せんとくんと命名されるに至る。

 籔内教授は自らのたった一人の広報対応で、当初の不評を見事に覆し、せんとくんを人気キャラクターに変身させた。Twitterやまとめサイトなど拡散ツールの充実で批判・中傷がより暴走しやすい環境ではあるが、初期対応の早さと誠意を持った回答によって劣勢を跳ね返すことは不可能ではないことを、せんとくんの事例は教えてくれる。

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