富士通 取締役副会長 伊東 千秋氏
富士通
取締役副会長
伊東 千秋氏

 今年1月にスイスのダボスで行われた世界経済フォーラムに出席した際、私はある講演者が示した1つの方程式に強い衝撃を受けた。その方程式とは、「人口×生活水準=資源(食料・エネルギー・水)×生産効率」というものだ。左側が需要、右側が供給を意味するが、現時点でこの方程式は成立していない。

 先進国の生活水準を維持する前提で、世界人口は30億人が限界と言われているが、すでに60億人を超えている。今後も膨らみ続ける需要に対し、供給側の資源は無限にあるわけではないし、生産効率も追いつかない。となると、この方程式を成立させるには、もはや私たち自身がこれまでの価値観を転換するしかない。地球温暖化問題もそこに深くかかわってくる。

 日本は昨年、世界に向けて、2050年までに温室効果ガスの排出量を半減すると表明した。しかし、それまでの経済成長とともに増え続ける排出量を加味すると、実質的な削減率は70%でも追いつかないのではないかと言われている。つまり、排出量半減には前提条件が付けられている。それが先ほどお話しした価値観の転換と、もう1つ、これまでにないイノベーションをいくつか起こす必要があるということだ。そのカギを握るのが、ICTである。

ICTは低炭素化に向けて全産業を下支えする存在

 ダボス会議では、二酸化炭素の排出量削減に向けたICTの役割について、排出量全体の2%と言われるICTそのものの削減もさることながら、残りの98%を占める非ICT分野の削減にも、ICTが相当程度貢献できるだろうとの見解が出た。その通り、ICTは今後、低炭素化に向けてすべての産業を下支えするような存在になっていかなければならない。

 では“低炭素社会”の実現に向けて、どのようなイノベーションが求められるのか。内閣府の見解によると、3つのキーワードがあげられている。「社会資本イノベーション」「技術イノベーション」、そして私たちの価値観の転換が必要な「ライフスタイルイノベーション」である。

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 こうした中で、当社も自らの製品・サービスであるICTそのものの低炭素化とともに、ICTを活用してお客様の低炭素化を支援すべく行動計画を明確化している。同時に、当社としても2007年度から2010年度の4年間で、累計約700万トン以上の二酸化炭素排出量削減を図っていく。

 富士通では、低炭素化に向けた様々なソリューションを提供し、多くの実績も上げつつある。例えば、ある地方銀行では、ICTを活用してワークフローを見直すことで、結果的に16%の二酸化炭素排出量を削減できた。また、ある運輸業者にデジタルタコグラフを導入したところ、“運転状況の見える化”によってドライバーのエコ運転に対する意識が高まり、15%を超える燃費の向上が図れた。このほか、農業や漁業での適用などあらゆる分野で、ICTを活用した二酸化炭素排出量の削減事例が登場し始めている。

早く製品を入手するより低炭素化への貢献を選択

 一方、先ほどお話しした価値観の転換につながる社内事例で言えば、企業向けパソコンのサプライチェーンがあげられる。私がパソコン事業を担当していたころ、製品の納品は受注してから3日間が標準だった。しかし、それを2日納期にした競合他社が現れ、短納期化への競争が激化した。

 当社もすぐさま2日納期に対応したが、同時にトラック便でなく、鉄道便にモーダルシフトして二酸化炭素排出量を10分の1に削減できる4日納期も選択肢として設定した。結果、その削減効果を説明すると、ほとんどのお客様が4日納期を選んだ。お客様は1日も早く製品を手に入れるよりも、低炭素化に貢献するほうが価値があると判断した。これこそ価値観の転換につながったのではないかと確信している。

 先ほど、ICTは今後、低炭素化に向けてすべての産業を下支えするような存在になっていかなければならないとお話ししたが、そのポイントとなるのは、ICTをもっとリアルなビジネスに役立てていけるようにすることだ。そしてリアルワールド・アプリケーションをどんどん生み出していくためには、ICTの両側に位置付けられるセンサーとアクチュエーターの役割も非常に重要になってくる。当社では、現実世界へのICTの活用について、図のようなイメージを描いている。センサーについても今年4月に研究組織を新設した。

 ICTはこれまで、生産性向上のためのツールとして利用されてきた。しかし、これからはエネルギー利用効率向上のため、さらには人間の知恵を活用するためのツールとして使われるべきだ。低炭素化に向けたICT活用では、日本は世界をリードしている。地球温暖化問題は、ICT企業にとって大きなビジネスチャンスでもある。この分野では、当社は世界のどの企業にも負けないという気概で挑み、低炭素社会の実現に向けて最大の努力をしていきたいと考えている。