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 「我が国全体をつくり替えるくらいのつもりで取り組んでほしい」――。2021年9月1日、菅義偉首相(当時)は肝煎りで発足させたデジタル庁の発足式で、デジタル庁への期待をこう示した。それから1年がたち、デジタル庁はその期待に応えられたのか。菅前首相本人に聞いた(2022年9月21日インタビュー)。

(聞き手は浅川 直輝=日経コンピュータ編集長、長倉 克枝=日経クロステック/日経コンピュータ)

菅 義偉(すが・よしひで)氏 衆院議員
菅 義偉(すが・よしひで)氏 衆院議員
1948年生まれ。1973年法政大学卒。衆院議員秘書、横浜市議を経て1996年衆院議員に初当選。2006年総務大臣、2012年内閣官房長官などを経て2020年9月から2021年10月まで第99代内閣総理大臣を務める。秋田県生まれ。(写真:村田 和聡)
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行政デジタル化を根本から力勝負で立て直す

デジタル庁の発足から1年、同庁のこれまでの成果について、どう評価していますか。

 首相に就任した直後に「1年でデジタル庁をつくる」と発言しました。行政のデジタル化の遅れがひどく、さらに地方自治体と中央省庁のシステムがバラバラ、中央省庁でも役所ごとにバラバラでした。さらに新型コロナウイルス禍においてもコロナ患者の発生届をファクスで送るという状況でした。これは逆に考えれば行政のデジタル化を根本から立て直す絶好の機会であり、だから「1年間でやる」と言ったのです。

 結果的に、1年を経てデジタル庁はうまく回り始めていると思っています。民間人材の採用も含めて霞が関の働き方改革の先頭を行くなかで、ようやく回り始めてきたのかなと。

 マイナンバーカードは今申請率が50%にきて、交付枚数が約6000万枚になりました。地方自治体で市区町村によってバラバラのシステムを、20業務について標準化しクラウドにのせる方向に進み始めています。

 新型コロナワクチン接種でも(国民の接種記録を管理する)「ワクチン接種記録システム(VRS)」を使い、スマートフォンで接種証明書を発行できるようになりました。(対面や書面を強いる)「アナログ規制」の一括見直しも思い切ってやったと思います。こうした成果を上げながら、組織としてようやく回り始めてきているのかなと思っています。

「スピード感」「縦割り打破」など、既存の仕組みを改革する意欲について、今のデジタル庁をどのように評価しますか。

 デジタル大臣が河野太郎さんになりました。(前任の)牧島(かれん)さんも能力の高い人でしたが、デジタル大臣の仕事には「力勝負」が求められる部分もかなりあり、その意味でかなりご苦労されたと思っています。

 ときには腕力で進めていくことも大事です。例えば(力勝負という点で)総務省所管だった地方公共団体情報システム機構(J-LIS)をデジタル庁の所管とするのも調整が大変でした。平時であればなかなかできなかったと思います。

健康保険証と運転免許証をマイナカードに一本化

2020年にはマイナンバーカードと健康保険証、運転免許証の一体化を指示しました。2006年の総務大臣当時にも「住民基本台帳カードと健康保険証を統一すべきだ」との持論を持っていたそうですが、その頃から行政デジタル化への問題意識があったのですか。

 当時、韓国がそうした施策を進めて医療費を削減したと聞き、健康保険証のデジタル化に挑戦しましたが、(総務大臣の立場では)できませんでした。今回は官房長官や総理という立場でしたから、そうした改革を思い切ってやり始めました。

(警察庁の管轄である)運転免許証までマイナンバーカードとの一体化を決定したのには驚きました。

 健康保険証と免許証に着手することで、行政のデジタル化が大きく進んでいくと考えました。警察庁長官に指示し、積極的に頑張ってくれました。

コロナ対応からデジタル庁発足まで、行政デジタル化の歴史の中でもこんなにも急に物事が進んだことはなかったですね。

 デジタル庁発足を1年でやると約束して、政治生命を懸けました。やらないと大変なことになると思いました。これまで行政デジタル化の司令塔機能が全然なく、さらに新型コロナ対策で追い打ちをかけられましたから。