津波で児童らが犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校。児童23人の遺族が、市と県に損害賠償を求めた訴訟では、仙台高裁が学校側の防災計画の過失を認めた。市と県は判決を不服として、最高裁に上告した。判決文と関係者への取材から、この判決を読み解く。

 「見てください。裏山は校舎の目と鼻の先にあるでしょう」。大川伝承の会で語り部を務める只野英昭氏は、学校の南側にある高台を指さしながら、そう話した。只野氏は、東日本大震災による津波で、学校側の避難指示に従って逃げた長女(当時は3年生)を亡くした。「長男(当時5年生)は、自分の判断で裏山に続く急な斜面をよじ登って、一命を取りとめた」という。

大川伝承の会で語り部を務める只野英昭氏。長男(当時5年生)と長女(当時3年生)が大川小学校に通っていた。東日本大震災による津波では長女が犠牲となった。石巻市と宮城県の責任を問う訴訟では、原告団の1人でもある(写真:日経アーキテクチュア)
大川伝承の会で語り部を務める只野英昭氏。長男(当時5年生)と長女(当時3年生)が大川小学校に通っていた。東日本大震災による津波では長女が犠牲となった。石巻市と宮城県の責任を問う訴訟では、原告団の1人でもある(写真:日経アーキテクチュア)
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(写真:日経アーキテクチュア)
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裏山の高台から眺めた大川小学校の遺構。鉄筋コンクリート造の2階建ての校舎だった。被害の様子から津波が2階の高さまで到達していたことが分かる。石巻市は震災体験の伝承や防災教育に役立てるため保存する方針を表明している(写真:北澤建築設計事務所)
裏山の高台から眺めた大川小学校の遺構。鉄筋コンクリート造の2階建ての校舎だった。被害の様子から津波が2階の高さまで到達していたことが分かる。石巻市は震災体験の伝承や防災教育に役立てるため保存する方針を表明している(写真:北澤建築設計事務所)
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地震発生から児童らが津波にのみ込まれるまで約50分
午後2時46分ごろ 宮城県沖を震源地とするマグニチュード9.0の地震が発生。宮城県北部で最大震度7、石巻市内で震度6強を記録
午後2時49分~ NHKラジオで津波などに関する情報や呼び掛けを放送
午後2時52分ごろ 石巻市河北総合支所が、防災行政無線で「宮城県沿岸に大津波警報発令。海岸付近や河川の堤防などには絶対近づかないように」と呼び掛け
午後3時~午後3時30分ごろ 大川小学校の約100人の児童と、11人の教員全員が校庭に避難
河北消防署の消防車が大川小前の県道を通過。拡声器で大津波警報が発令されたことを伝え、避難を呼び掛ける
27人の児童が保護者に引き取られる
大川小の教頭がラジオ放送を聞いて地震関連の情報を収集
教頭を中心とした教員が津波の襲来を念頭に児童を校庭から別の場所に避難させるべきか否かを協議、検討
地域住民には、裏山に逃げることを提案する者もいれば、山に登る危険性について尋ねる者もいた
スクールバスの運転手は同僚との無線交信で「学校側の判断がはっきりしない」と発言
市河北総合支所の広報車が「松林を津波が抜けてきたのですぐ高台へ避難するように」と拡声器で呼び掛け
~午後3時32分ごろ NHKラジオで、気象庁が宮城県内に到達すると予想される津波の高さを6mから10m以上に変更したことを報じる
~午後3時35分 教員が校庭から移動することに決め、「三角地帯に逃げるから、走らず、列をつくっていきましょう」と指示。徒歩で校庭を出発
~午後3時37分ごろ 大川小学校に津波が到来。行列して歩いていた約70人の児童と10人の教員のうち、児童4人を残して死亡
地震発生から、大川小学校の児童らが津波にのまれるまでの経緯(資料:判決文を基に日経アーキテクチュアが作成)

 大川小では74人の児童が死亡・行方不明となっている。只野氏は、津波の発生は天災だが、その後の出来事は人災だ、と考えている。児童23人の遺族は、危険予測や避難行動などにおいて学校に過失があると主張。石巻市と、教員の給与などの費用を負担していた宮城県を相手取り、総額約23億円の損害賠償を求めた訴訟で争っている。只野氏も原告団の1人だ。

 1審となる仙台地方裁判所の判決(2016年10月)は、地震発生後の現場教員の避難誘導における過失を認定。仙台高等裁判所による18年4月26日の控訴審判決は、教育委員会を含む学校関係者が、平時から児童の安全に配慮する義務を怠った点を認めた。学校関係者の組織的過失があったとして、市と県に対して1審よりも約1000万円増額した約14億3617万円の賠償を命じた。

 只野氏は、「震災から7年。長かったがようやく教育委員会の責任が認められた」と語る。市と県は5月10日、仙台高裁の判決を不服として最高裁判所に上告した。