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交通事故被害者の支援 第1章 総論

III.刑事事件をめぐる問題と被害者に対する支援

1.過失犯の考え方

 自動車を運転中、注意を怠ったために人を死亡させたり傷つけたりすると、刑法第211条の業務上過失致死傷罪の責任を問われることがある。被害者の側からは、この罪を犯した者の処分が軽すぎるという批判がかなり見られる。
 つまり、人の生命を奪ったり、身体を傷つけたりするという結果を発生させたことは、殺人罪や傷害罪と同じなのに、それらの犯人に対する処分と較べて軽すぎるという批判である。
 この批判はもっともなものであり十分理解できるものであるが、わが国の刑法典を含む、近代刑法の基本的な考えが十分理解されていないことも大きく影響している。近代刑法では、罪を犯す意思(故意と呼ばれる)がある場合に、犯人を処罰することを原則としている。罪を犯すつもりはなかったけれども、他人に害悪を与えた場合には例外的に処罰すると定めている。
 これについて刑法は次のように規定している。

[刑法第38条1項]
罪を犯す意思がない行為は罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合はこの限りではない。

 刑法には、注意をすべきであるのに注意を怠ったために望ましくない結果を発生させた場合、これを犯罪として処罰することを定めた規定がいくつか存在する。これを過失犯という。過失犯の基本的な考え方は、望ましくない結果が発生したというだけで刑罰を科すことができるとなると、われわれの行動の自由がかなり大きく制約されるので、処罰するためには少なくとも注意をすべきであるのに、それを怠るという過失を必要とするというものである。


2.過失犯の量刑

 この考えは、罪を犯した者に科せられる刑罰の重さや、処分の厳しさにも反映されている。具体的に考察しよう。
 まず、法律で定められた刑罰(これを法定刑という)であるが、人を殺すつもりで殺した場合(殺人罪)では、死刑または無期もしくは3年以上の懲役となっている(刑法第199条)。
 また、人を傷つけるつもりで傷つけた場合(傷害罪)では、10年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料(「科料」とは1,000円以上1万円未満の経済的な制裁をいう。刑法第17条)となっている(刑法第204条)。
 その結果、死亡させた場合(傷害致死罪)は、2年以上の有期懲役(なお、有期懲役の上限は原則として15年である)となっている(刑法第205条)。
 ところで、罪を犯す意思がないのに、人を死亡させたり傷つけたりする結果を発生させた場合は、原則からすると処罰されないこととなる。しかし、発生させた結果が重大である場合には、「特別の規定」(刑法第38条1項)を設けて、処罰することにしていることは先に述べたとおりである。
 例えば、刑法には他人の物をわざと壊した場合には処罰する規定があるが(器物損壊罪)(刑法第261条)、壊すつもりがないのに壊してしまった場合は、刑罰を科すほど重大と考えられていないため、これを処罰する規定はない。
 一方、人を殺したり傷つけたりするつもりがないのに、つまり故意がないのに、人を死亡させたり傷つけたりするという結果が発生した場合については、刑法は次のような規定を置いている。

[刑法第209条1項(過失傷害)]
過失により人を傷害した者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。

[刑法第210条(過失致死罪)]
過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。

[刑法第211条(業務上過失致死傷・重過失致死傷)]
 1) 業務上必要な注意を怠りよって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も同様とする。
 2) 自動車を運転して前項前段の罪を犯したものは、傷害が軽いときは情状によりその刑を免除することができる。

 なお、上記の刑法第211条第2項は、後述の危険運転致死傷罪の新設と同時に設けられたことに注意すべきである。
 ところで、自動車の運転は、一般的に繰り返され継続して行われるものなので、職業として行われるものでなくても「業務」に当たるとされている。
 つまり、それだけより高度の注意義務があるとされているのである。したがって自動車運転中、人を死亡させたり傷つけたりした場合には、刑法第211条の業務上過失致死傷罪が適用されるのである。
 確かに、この業務上過失致死傷罪に対して科せられる刑罰は、殺人罪や傷害罪に比較すると軽いものであるが、刑法の考え方を理解することも重要である。

イラスト

 なお、業務上過失致死傷罪は、刑事手続き上、他の罪と比較して寛大に処理されているが、これも以上の考え方が反映されたものである。
 例えば、2002年の統計によると、交通関係業過を除く刑法犯の起訴率は55.4%、起訴猶予率は36.0%であるのに対し、交通関係業過では起訴率は12.2%、起訴猶予率は87.6%となっており、交通関係業過は一般の刑法犯と比較して寛大に扱われている。
 また、詳細な統計は紙幅(しふく)の関係上示すことはできないが、交通関係業過の量刑も比較的軽いものとなっている。
 酒気帯び運転や酒酔い運転(道路交通法第65条、第117条の2第1号、第117条の4第2号)、轢(ひ)き逃げ(同第72条第1項前段、第117条)の場合は、道路交通法違反の罪と業務上過失致死傷の罪が併せて処理され、重い刑罰を科すことが可能であるが(刑法第45条)、それでも被害者側から刑罰が軽すぎるとの批判が従来しばしば見られた。
 このうち、飲酒運転に伴う死傷事故については刑法第208条の2の危険運転致死傷罪が新設されて、2001年12月25日から施行されており一定の対応がなされている。
 この刑法改正の背後には、次のような事情が存在していると考えられる。

 1) 交通事故や犯罪に被害者の方々が積極的に発言することなどを通じて、被害者の受ける被害の重大性に社会全体が気づきはじめたこと。
 2) 飲酒をすれば正常な運転ができないことが分かっているにも関わらず、あえて自動車を運転し、人を死傷する行為はもはや「過失犯」ではなく、「故意犯」であるとの認識が生まれたこと(なお、これに関連し、この刑法第208条の2の危険運転致死傷罪は刑法の「第28章 過失傷害の罪」ではなく、「第27章 傷害の罪」の中に置かれており、「故意犯」として扱われていることに注意すべきである)。
 3) 飲酒に伴う死傷事故に対する刑罰は軽すぎると考えられるようになったこと。

 なお、危険運転致死傷罪の規定は次のとおりである。

[刑法208条の2(危険運転致死傷)]
 1) アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走行させ、よって人を負傷させた者は十年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で又はその進行を制御する技能を有しないで四輪以上の自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も同様とする。
 2) 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転し、よって人を死傷させた者も同様とする。

 先にも述べたとおり、この条文の新設と同時に第211条に第2項が設けられたことに注意すべきである。
 以上と関連することであるが、道路交通法における飲酒運転関係の罰則も重罰化され、2002年6月1日より施行されている。また、道路交通法施行令の改正により、酒気帯び運転における身体に保有するアルコールの程度についても、より厳しい基準が設けられることとなった(道路交通法施行令第44条の3)。

イラスト


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