災害列島 命を守る情報サイト

これまでの災害で明らかになった数々の課題や教訓。決して忘れることなく、次の災害に生かさなければ「命を守る」ことができません。防災・減災につながる重要な情報が詰まった読み物です。

地震 知識

“地震雲”に“人工地震” 「いいえ、違います」

2023年2月に発生したトルコ・シリア大地震をめぐり、SNS上では「地震の前兆となる地震雲が出ていた」「人工地震だ」といった投稿が拡散しました。

こうした情報の真偽について、専門家に解説してもらいました。
(ネットワーク報道部 高杉北斗)

「つるし雲ですね」

これは、2023年1月19日トルコ西部の都市ブルサで撮影された雲の画像です。

20230214_02_01

何重にも重なった雲に太陽の光が当たって不思議な色に染まっています。

SNS上では、この雲と2月6日にトルコ南部で発生した大地震を関連付け、「地震雲」だという投稿が拡散しました。

この雲について、気象庁気象研究所の荒木健太郎主任研究官に聞くと…

20230214_02_02

「つるし雲ですね」

この雲は、気象学的にメカニズムが解明された「つるし雲」であると教えてくれました。

20230214_02_03
「つるし雲」ができる仕組み

「つるし雲」は山を越える気流で生まれたレンズ状の雲で、天気が崩れる前触れになるとされているそうです。

20230214_02_04
富士山と「つるし雲」

山の近くで発生するため、富士山などの近くで目撃されることも多いといいます。

気象庁気象研究所 荒木健太郎主任研究官
雲は地震の前兆にはなりません。今回話題になっている「つるし雲」は山があるところだったら気象条件次第で世界中どこでも発生する雲で、一般的な大気現象です。

荒木さんによると、過去にも地震の前兆ではないかと雲が話題になることがあったそうですが、それらの雲は「飛行機雲」「波状雲」など、すべて気象学的に説明ができ、地震と関係なく発生する雲だということです。

20230214_02_05
飛行機雲

雲を怖がらず知ってほしい

雲の研究者として知られる荒木さんは、正しい知識を持って間違っているかもしれない情報を不用意に拡散しないようにすることが大切だと話します。

気象庁気象研究所 荒木健太郎主任研究官
見知らぬ人が突然目の前に現れたら、不安に感じる人もいますよね。それは見たこともない雲を前にした時も同じなのかもしれません。でも、むやみに怖がらず雲のことを知って欲しいと思います。雲の名前や性質を知っていれば、天気の変化がわかることもありますし、雲を知ることで空を見上げるのも楽しくなります。

「通常の地震波形です」

SNSでは、人工地震ではないかという投稿も拡散しました。しかし、地震のメカニズムに詳しい東京大学の古村孝志教授は、トルコやヨーロッパ各地で観測された地震の波形を見ても、通常の地震と同じ波形で、人工地震ではないと説明します。

20230214_02_06

これは、トルコのアンカラやウクライナのキーウなど、世界各地で観測された地震波形のデータです。よくみる地震波形と同じで、P波という小刻みな揺れのあとS波という大きな揺れが描かれています。

20230214_02_07
東京大学 古村孝志教授
トルコ国内のデータも、世界各地のデータも自然地震であることを裏付けています。

核実験の波形と比較してみると・・・

SNSでは、地震計で観測されたデータを持ち出して、核爆発による人工地震ではないかという投稿も拡散されました。以下の画像は、その根拠として投稿されたものと同じ地震波形です。

20230214_02_08

拡散した投稿では、「P波がなく核実験と同じだ」という趣旨の主張でしたが、古村教授は否定します。

20230214_02_09

古村教授が示したのは、同じ地震で「時間軸を引き延ばした」グラフです。よりはっきりとP波とS波が描かれ、通常の地震波形と矛盾がないことがわかります。拡散した投稿の地震波形のように時間軸が短い場合は、P波が見えにくくなるのです。

人工地震とは

人工的な地震が観測されるケースもあります。核実験や、地下構造を調べるために爆弾を爆発させたり地震を人工的に起こす車(バイブロサイス車)を使ったりして、地面を振動させる場合などです。

20230214_02_13
地震を人工的に起こす「バイブロサイス車」

ちなみに以下の画像は、2016年9月に北朝鮮が「核実験」を行った際に観測された波形です。マグニチュード5前後の揺れが観測されましたが、通常の地震と異なり、最初から大きな振幅の波形となっていて、小刻みなP波の次にS波が描かれるトルコの地震の波形と違うことがわかります。

20230214_02_10

過去最大の核実験の22倍のエネルギー

次に古村教授が注目したのは「地震の規模」です。

今回のトルコ大地震のマグニチュードは7.8。古村教授によると、過去の核実験で観測された最大規模のマグニチュードは6.9。1971年にアメリカのアラスカ州で行われた核実験でした。地震の規模は今回のトルコの地震に及びません。

また、マグニチュードが1大きくなると、地震のエネルギーは31.6倍になります。マグニチュードが0.9大きかったトルコの地震規模から単純に考えると、アラスカの核実験よりも約22倍のエネルギーが必要なことになります。

古村教授がさらに指摘するのが破壊された「断層の長さ」です。

20230214_02_11

上の画像は、世界で観測された地震データをもとに、USGS=アメリカの地質調査所が公表した地震で動いた断層を表したデータです。

古村教授は、東アナトリア断層帯という断層に沿って、およそ300キロにわたって断層がずれ動いていると指摘します。

300キロにわたって断層がずれ動いたことを踏まえると、それだけの長さにわたって、過去最大規模の核実験で使われたより大きいエネルギーの核爆弾を地下深くに埋める…しかも、都市がある場所では秘密裏に埋めなければいけない…。古村教授は「現実的ではない」としています。

“デマ”はなくならないけれど

災害のたびに拡散する偽の情報。社会心理学が専門の兵庫県立大学の木村玲欧教授は、偽の情報への耐性をつけていくことが重要だと話します。

20230214_02_12
兵庫県立大学 木村玲欧教授
“デマ”には、人々を混乱させるための意図的なものと、人々が不安を落ち着かせようと意図せず広げてしまうものがあります。人は不安なとき、何か理由をつけて落ち着こうとする生き物だからです。不安がなくなることはないので、“デマ”自体をなくすのは難しいと思います。だからこそ、情報を受け取る側がリテラシーを高めていく必要があります。

木村教授は、公的機関の発信を含む複数の情報源を使って真偽を確認することや「地震雲」「人工地震」など、災害のたびに聞くような真偽不明な情報には注意深く向き合うことが重要だと指摘していました。

不安な時こそ落ち着いて

トルコの大地震ではこれまでに3万人を超える死者が確認され、今も懸命な救助活動が続いています。日本から8000キロ以上離れた国の出来事ですが、地震の多い日本に住む私たちにとって決して他人事ではないと思います。

日本でも災害時に不確かな情報が拡散する事があります。そしてその情報を、意図を持った人が拡散させるだけでなく、意図していない人が不用意に拡散させることで混乱が広がってしまうケースもあります。災害が起きて不安なときこそ、落ち着いて行動しなければならないと改めて痛感しました。


banner
NHK防災・命と暮らしを守るポータルサイト