2022年06月01日
(聞き手:梶原 龍 本間 遥 阿部翔太郎 )
日本の最大の貿易相手国、中国。その最高指導者を10年にわたって務めているのが習近平国家主席です。そもそもどんな人なの?中国はどこに向かおうとしているの?これからグローバルな世界でのビジネスを目指す大学生に知っておいてほしいポイントについて1から解説します。
本日はよろしくお願いします。いきなりですが、習近平国家主席ってどんな人なんですか?
中国で一番力のある絶対的な指導者です。
事実上の最高指導者に上り詰めて10年。今や、中国国内で彼の意見に異を唱えられる人は誰もいないんじゃないかと言われています。
そうなんですね。
習主席って、中央の政治に登場したばかりの頃、外国ではあまり知られていなくて、どちらかといえば「謎の人物」という位置づけでした。
いわば「ダークホース」のような存在だったんですね。
武蔵野大学 加藤青延特任教授
1978年にNHK入局後、香港支局長・中国総局長・解説委員などを歴任。NHK退職後は、中国を含む国際関係論や国際政治学などの講義をしています。
それが今や、前任の胡錦涛(こ・きんとう)氏や、その前の江沢民(こう・たくみん)氏をはるかに超えるような絶大な権力を握るまでになりました。
具体的にはどんな力を持っているんですか?
簡単に言うと“全部”です。
全部?
中国って、中国共産党がすべてを指導する事実上の一党独裁体制なんですが、習主席は党のトップにあたる「中国共産党中央委員会総書記」でもあります。
さらに軍隊のトップ「中央軍事委員会主席」も習主席が務めています。
そして国家のトップにあたる元首、「国家主席」でもあるわけなんです。
3つとも!?
そう。でも、ここまでなら前国家主席の胡錦涛氏や、その前の江沢民氏も同じです。
さらに習主席は、共産党の中に、経済・安全保障・外交・情報通信などそれぞれの分野で指導を行う「小組」という組織を作って、みずからそれらの組織のトップに就きました。
これまでの指導者は、大方針を決めて「あとは自分でやりなさいね」と、実務的なところはだいたい官僚などそれぞれの分野の専門家に任せてきたんです。
ところが、習主席はそれぞれの分野のトップの座を一手に握ったので、誰も習主席の言うことに逆らえなくなってしまった形です。
もっと言えば、司法機関のトップにも共産党員がついていて、最終的には習主席の言うことを聞かなきゃいけない。
だから裁判でも、事実上、習主席の意向に逆らう判決は出しえない仕組みになっています。
すべてが、習近平氏の思うままに進められているんですね。
建前上は一応、重要な政策は、党の最高指導部が多数決で決める仕組みになっているんです。
これを「集団指導体制」と言います。
どんなものなんですか?
図で説明しますね。
中国共産党の組織は、こんなふうにピラミッドのような形をしています。
頂点が「総書記」=習近平氏ですが、重要な政策は「チャイナ・セブン」と呼ばれる現在7人の最高指導部が多数決で決めてきました。
ところが習主席は2016年10月に行われた中国共産党の会議の中で「党中央の核心」という称号を得て、さらなる権力を手にしたんです。
核心?それまでより、強い総書記になったということですか?
そう。最高指導部の中でも一段抜きんでた存在という意味です。
だから、形式的には「集団指導体制」をとっているんだけど、誰も習主席に逆らえないのが実際のところです。
歴史上の人物に例えると、習主席は誰に近いですか?
中国で絶大な権力を握り続けた人といえば「中国建国の父」と言われる毛沢東ですが。
専門家の中には、習主席が掌握している権力は、その「毛沢東にさえ並んだ」という人もいます。
習近平国家主席は、共産党創立100年の祝賀式典(2021年)で毛沢東の肖像画と同じ色の人民服を着て現れた。習主席自身が、毛沢東と並ぶ存在になったと印象づけようとしているとの見方も出ている。
これまでの話を聞いていると、習主席って、強いというか怖い印象がありますが、実際にはどんな人なんですか?
習主席に近しい人は、親分肌のように感じているでしょう。
自分を慕ってくる人に対しては、言うなれば「桃太郎」みたいに振る舞うんです。
どういうことですか?
きびだんごをあげてイヌやサル、キジを従えたように、人生の中で出会った優れた友人・部下などを次々と仲間に取り込んできたんです。
「あの人に忠誠を誓えば必ずいいことがあるだろう」と思わせるだけの力があるんですね。
現に、ちゃんと自分についてくる人には、面倒を見ていいポジションを与えています。
情に厚いタイプだということですか?
幼なじみや大学時代のルームメートが習主席の側近にいますが、そういう人たちを何十年も引きつけ続けてこられたのも、近しい人にとっては、そういう側面があるからでしょうね。
一方で、歯向かう人には容赦しない。
ライバルは徹底的に排除するし、批判的な勢力はつぶすという厳しい側面も見られました。
習主席の政策に批判的だったある中国の有識者は、習主席のことを「マフィアのボスのようだ」と言っていました。
「マフィアのボス」ですか…。
「厳しい掟を裏切る人は徹底的にやっちゃうけど、自分の懐に入ってくる人はファミリーとして大切にする」ということですね。
権力を掌握できたのは、そういう才能があったんでしょうか。
習主席って”まず人の話をよく聞く”って言われています。
最初から自分の意見をガンガン言うのではなく「この問題を討論しよう」と言って、仲間に好きに議論させる。
そして最後に「じゃあこうしよう」と決める。その瞬間、それが絶対になります。
彼自身がカミソリのように切れる頭脳というよりは、優秀なブレイン集団が周りにいて、提言させてから物事を決めることがこれまでは多かった。
周りを巻き込みながら力を持っていったタイプなんですね。
そもそも習主席は、なぜ政治の道を志したのでしょうか?
1つにはお父さんが、もともと高級幹部だったことが影響していると言われています。
習主席の父親である習仲勲(しゅう・ちゅうくん)氏は、中国共産党で出世して副首相にまでなった人です。
だから、習主席は恵まれた幼少期を過ごしていたわけです。
でも、習仲勲氏は政治抗争で失脚し、習主席は15歳の時、地方の貧しい農村に送られる「下放」を経験します。
下放
文化大革命中期に毛沢東が「農民から再教育を受けるべきだ」と号令をかけ、都市部の若者を農村に送り込んだ政策。
文革当初、毛沢東は権力奪回の手段として、「紅衛兵」と呼ばれる若者たちの力を利用した。しかし紅衛兵は、毛の政敵が失脚した後も、過激な運動を継続。混乱状態が続いたため、若者を農村に送り込むことで、都市の秩序を回復する狙いがあったとされる。
農村に送り込まれた若者の中には、きつい肉体労働で音をあげ、親のコネを使って逃げ帰る人もたくさん出たほか、帰れずに農村で不本意な人生を遂げる人もいた。
山肌に掘った横穴式の住居で寝泊まりするような生活を6年もの間、続けていたといいます。
そうした浮き沈みの中で「自分がトップになり、中国を変えてやろう」という志を持つようになったとも言われています。
苦労を経験した人だったんですね。
当時の中国国民の中には、同じような苦労を経験し、志を抱いた人がたくさんいたんだろうと思います。
ただ習主席の場合は、父親がもともと高級幹部だったので、政治の世界に入る大きなコネクションが存在していたんですね。
その後、22歳で名門の清華大学に入学し、卒業後は父親と親しかった国防相の秘書になるとともに、軍に入ります。
軍に入ったんですか?
ところが、ほどなくして「共産党のリーダーになりたい」と言って、河北省にある村の村長のような地位につきました。
そして地方で20年以上、政治のキャリアを積むんです。
妻の彭麗媛(ほう・れいえん)氏とは、習氏が福建省のアモイで副市長をしていた時に出会い、結婚しています。
彭氏は、軍に所属する国民的な歌手で、当時は彼女の方が有名だったんです。
今でも軍に所属していて、階級は少将です。
そうなんですね。
習主席は、どうやって地方から国の政治にかかわっていったんですか?
それはある意味、偶然というか、運がよかった側面もあったんだと思います。
胡錦涛氏が国家主席だった時代に、次の指導者選びが活発になっていたんだけど、有力視されていた上海市のトップが汚職で失脚。
その後任として、当時、隣の浙江省のトップだった習近平氏が、いわば横すべりで抜擢されたんです。
上海市のトップにいた時期は1年にも満たないのですが、上海でも忠誠を誓う有能な部下を見出し、自らを支える政治基盤を強化しました。
当時、上海市のトップが失脚しなければ、そのまま、あまり目立たない指導者のままで終わっていたかもしれませんね。
運も味方していたんですね。
中国って、言論の自由が認められていない印象がありますが、これも習主席の意向なんですか?
そうですね。中国のSNSで「くまのプーさん」の画像をあげると削除されるって聞いたことあります?
えっ?まさか…
ネット上で容姿が似ていると指摘され、習主席をちゃかしたり、批判したりする際に「くまのプーさん」の画像が使われるようになったんですね。
それからSNSへの投稿が見つかったら削除、映画も上映禁止となり、キャラクターグッズも売ってはいけないことになりました。
そこまでやるの?という感じもしますが…
習主席は自分や共産党への批判が広がることに強い警戒感があって、言論統制を強めていきました。
マスコミへの規制も厳しい。
ニュースでも「習主席が出る場合は無制限ですが、その他の指導者は何分までしか出ちゃいけない」っていう尺まで決めた指示も出されています。
それに中国の記者は、習主席の政治思想に関するテストを受けさせられて、テストに落ちると記者証が更新されなくなったんです。
えぇ?
私は、仕事柄、中国の記者との付き合いが多いんですけど、彼らは頭がいいから「習主席はこう言うだろう」ということを書いて試験で満点をとっているそうです。
でも”本当は違う”ということも分かっている。
記者たちがギリギリのところで抵抗したり闘ったりしている記事がたまに出るんですよ。
どんなものがあるんですか?
印象に残っているのは、「ナンバーワンには何が必要か」という中国共産党の機関紙「人民日報」の記事です。
記事の最後に「すべての権力を集中させる人には必ず悪い結末が待っている」と書いてありました。
もうネットでは大騒ぎで「書いた記者は海外に逃げろ」とか「人民日報にも真実が出ることがあるんだ」といったSNSへの投稿が相次ぎました。
こういう抵抗が時々はありますが「言論の自由が保障される」とは、とてもじゃないけど言えない状況です。
習近平氏は国家主席として最初は庶民受けしていましたが、途中からどこか歯車がうまくかみ合わなくなってきたように私は感じています。
どういうことですか?
入口は「桃太郎」でよかったんだけど、それがいつの間にか「マフィアのボス」になってしまった。
まわりが、習主席の権力に依存している人たちばかりになってしまい、みんなが自分たちの地位を保つために、習主席を祭り上げている状態になっているんじゃないかと思うんです。
なるほど…。
さらに問題なのは、習主席の「鶴の一声」ですべてが決まってしまうことだと考えます。
状況が変わっても、なかなか柔軟には方針を変えられない。
その顕著な一例が「ゼロコロナ政策」に現れているとみています。
どういうことですか?
この春(2022年)新型コロナが感染拡大して、抑え込むために上海市などで厳しい外出制限を行いました。
感染者が少し出ただけで、市民生活も経済も全部止めてしまうんです。
市民の不満がたまりそうですね…
でも今更「ウィズコロナ」にしますとは言えないんです。
なぜかというと、習主席が「われわれはゼロコロナ政策で見事に感染拡大を抑えた」と言ってきたから。
生活が止まったり、経済が回らなくなったりで深刻な影響が出ていても、もはや誰も止められないようです。
側近は、習主席が喜ぶことしか伝えない「イエスマン」ばかりなのではないかと思います。
習主席の”絶対的な権力が、中国の首を絞めている”という側面があるような気がしてなりません。
実は、中国政府の専門家チームで陣頭指揮をとっていた学者の鍾南山(しょう・なんざん)氏が「『ゼロコロナ政策』をいつまでも継続することはできない」という論文を学術誌に発表し、一時大騒ぎになったことがありました。
でも結局、中国メディアが、「鍾氏はその後『現時点では政策を緩和することはふさわしくない』と述べた」と論文を打ち消す報道をしたんです。
事実上、鍾氏の口をふさいでしまった形です。
科学的な知見といえども、習氏の言葉には抗えないことが改めて浮き彫りになった出来事でした。
そんなことがあったんですね…。
中国国内の権力を一手に握っている習近平国家主席。なぜ「絶対権力者」と言われるまでの権力を手にすることができたのか?次回、詳しく解説します。
編集:栗田真由子 撮影:佐藤巴南
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