2023年3月1日
NATO ウクライナ ロシア

【詳しく】ロシアは核兵器を使うのか?プーチン大統領の判断は?

「レッドラインが完全にぼやけている」

「プーチン大統領が核兵器を使用するレッドラインはどこにあるのか」という質問に、プーチン大統領に近い外交評論家はこう、答えました。

ウクライナへの軍事侵攻から1年となる中、核戦力を誇示し続けているロシアのプーチン大統領。

そもそもロシアの核兵器とは?本当に使われる可能性があるのか?

ロシアの専門家の分析も交えて詳しく解説します。

(モスクワ支局記者 禰津博人)

ロシアはどれぐらい核兵器を持っている?

ロシアは世界最大の核保有国です。

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所の分析によりますと、2022年の時点で、保有する核弾頭の総数は5977発。世界で最も多く、アメリカとならぶ核保有国となっています。

保有する核弾頭のうち、1588発が地上や航空機、潜水艦などに配備され、いつでも使用できる状態に置かれていると指摘されています。

そして、ウクライナで使用されるのではないかと懸念されてきた核兵器が「戦術核」です。

敵の戦争遂行能力の壊滅を目的とする「戦略核」と違い、「戦術核」は戦闘部隊への攻撃など局地的に使用される可能性がある核兵器です。

ロシアの「戦術核」について、アメリカの科学雑誌(Bulletin of the Atomic Scientists)は「ロシアがおよそ1900発保有している」と試算しています。

なぜそんなに核兵器を持っているのか?

ソビエト崩壊による国力の低下で、対立するNATO=北大西洋条約機構と比べて戦闘機や戦車などの通常戦力では劣っているからです。

経済的にも、ロシアのGDP=国内総生産は2021年、世界の中で11位。1位のアメリカと比べると13分の1ほど。3位の日本のほか、ドイツ、イギリス、フランス、そして韓国よりも経済規模は小さい状況です。

そうしたなかでロシアは、核兵器を重要で有効な戦力と位置づけてきました。

ロシア核兵器使用の条件は?

2020年、ロシアはいわゆる「核ドクトリン」に相当する「核抑止分野における国家政策の指針」とする文書を突如、公開。

これまでほとんど明らかにしてこなかった核兵器を使用する具体的な条件を初めて明らかにしました。
核兵器を使用する条件として挙げられているのは、以下の4つです。

▼ロシアと同盟国への弾道ミサイル発射に関する信頼できる情報を入手したとき

▼ロシアと同盟国に対して敵が核兵器や大量破壊兵器を使用したとき

▼死活的に重要な政府や軍の施設※に対して敵が干渉を行ったとき
※機能不全に陥ると核戦力での報復に支障をきたすような施設

▼通常兵器によってロシアが侵略され国家の存立が危機的になったとき

ロシアとしては、機密扱いだった政策を公表することで、越えてはならないロシアの「レッドライン」を示し、アメリカなどNATOをけん制して抑止力を高めるねらいがあったとみられています。

実際に核兵器を使用する場合はどうやって?

詳細はわかっていませんが、「核ドクトリン」には核兵器の使用はロシアの大統領が決断すると記されています。

ロシアや欧米のメディアによりますと、大統領と国防相、そして制服組トップの参謀総長のそばには、ロシアのカフカス山脈の山にちなんで名付けられた「チェゲト」と呼ばれる核兵器の発射を命令するブリーフケースが置かれているということです。

プーチン大統領の移動とともに運ばれる 「チェゲト」とみられるブリーフケース(2019年)

「チェゲト」については、核兵器の発射ボタンが入っているわけではないとみられていますが、戦略ミサイル軍など核戦力部隊に発射命令を伝達する目的で指揮系統の中枢である参謀本部と連絡をとるものだと指摘されています。

また、去年5月には対独戦勝記念日の軍事パレードのリハーサルで披露された「イリューシン80」が関心を集めました。

イリューシン80(左)

「イリューシン80」は、核戦力による戦争など、非常時に大統領などが乗り込んで部隊を指揮するとされていて、「終末の日の飛行機」とも呼ばれています。

核兵器が使用される事態を想起させることで、欧米側を強くけん制するねらいもあったと受け止められています。

核兵器使用の可能性 専門家はどう見る?

ウクライナへの軍事侵攻が続く中、核戦力の使用も辞さない構えを繰り返すプーチン大統領。実際に核兵器が使われる可能性はどれぐらいあるのか、ロシア、そして、ヨーロッパに在住するロシア人の専門家2人に話を聞きました。

ユーリー・フョードロフ氏

ロシアによる核兵器の使用に懐疑的な見方を示したのは、ロシアの核戦略に詳しい軍事専門家のユーリー・フョードロフ氏です。フョードロフ氏はすでにロシアを離れてチェコに在住し、プーチン政権の安全保障戦略の分析を続けています。

※以下、フョードロフ氏の話

ロシアが核兵器を使う可能性は?

私は疑わしいと思っています。

一般的な見方は「ロシアが最終的に敗北し軍が壊滅的被害を受けた場合、ロシアは核兵器を使用するかもしれない」ということです。

ウクライナ軍が、ウクライナ南部から東部を結ぶロシアが支配する回廊を断ち切れば、ロシアの敗北はありえます。これは、軍事的にも政治的にも大きな敗北です。

ただ、ロシアが核兵器を使用するかというと、政治的、軍事的な課題が多すぎるのです。

何が問題になるのか?

モスクワ クレムリン

政治的な問題は、クレムリンの誰もアメリカなど西側諸国の反応がどうなるか、わかっていないということです。

西側諸国は「対抗策はロシアにとって壊滅的なものになる」などと言っています。このため、西側諸国が非常に厳しい反応を示す可能性があります。

もう1つは軍事的な問題です。

どのような威力の核弾頭をいくつ使用するのか。どのような目標に対して使用するのか。戦場の状況を変えるには多数の低出力核兵器を使用する必要がありますが、どの程度の低出力なのかなど、さまざまな課題があるのです。

そして、そもそもこれによって戦争の運命が決まるのかというと、そうではないでしょう。したがって、核兵器使用の妥当性を決定する際にはこうしたさまざまな状況が考慮されることになると思います。

繰り返しますが、核兵器を使用した場合、ロシアにとって政治的結果は壊滅的なものになるということです。

プーチン大統領に近い専門家は?

一方、「ロシアによる核兵器使用の可能性を否定できない」と話すのはロシアを代表する外交評論家のフョードル・ルキヤノフ氏です。

ルキヤノフ氏は、ロシアの政治の中枢、クレムリンに近いシンクタンクのトップで、プーチン大統領が議長を務める安全保障会議や外務省にもみずからの分析、助言を伝えています。

フョードル・ルキヤノフ氏(画面右)2022年10月

10年以上前からプーチン大統領にも直接、話を聞き、2022年10月にモスクワで行った国際会議では司会を務め、プーチン大統領と3時間半にわたり外交や安全保障政策について議論を交わしました。

ロシアの外交政策上、影響力のある専門家の1人とされています。

※以下、ルキヤノフ氏の話

これまでの“戦争”との違いは何か?

今回、当事者の1つは実際に核の超大国であるロシアだということです。

ここで問われるのは「反対側の別の核の超大国、アメリカの関与の程度がどのくらいになると、直接的な紛争として認識されるのか」です。

状況はロシアにとって危険であると思われますが、全体として世界の安定にとってはさらに危険です。

フョードル・ルキヤノフ氏

侵攻から1年 状況は変わりつつあるのか?

戦争の最初の数か月間、アメリカは非常に慎重でした。

ロシアが、ウクライナを支援する欧米側の行動に非常に鋭く反応し、アメリカに対してさえ直接的な軍事行動をとるのではないかと、アメリカが恐れていたためです。

しかし、そのようなことは何も起こらなかったため、アメリカは、一般的に恐れるものは何もないと結論付けました。その後、積極的な支援が強化され、現在では攻撃兵器にまで達しており、戦闘機についてはすでに議論されています。

非常に危険な状況が生まれつつあります。

クリミア奪還は「レッドライン」になるか?

私の意見では、クリミアのウクライナへの返還は、アメリカなどのNATO軍が紛争に直接介入した場合にしか起こりえません。ウクライナ軍単独では、現在、ロシアの支配下にある東部の領土すら奪還する可能性は低いです。

他方で、いまでは、何をもって直接の軍事参加と見なすのかは完全には答えられません。NATOの軍がそこにいることか、供与されている兵器の範囲や量、質的な拡大なのか。あらゆる種類の主観的要因、評価が含まれます。

これが、現在進行中のハイブリッド戦争の本質であり、あらゆるレベル、あらゆる面で戦争が行われているのです。

そのために、レッドラインがあらゆるところにあります。そして、レッドラインが完全にぼやけています。

したがって、ある意味では、レッドラインのルールと相互理解がはるかに厳しく明確だった冷戦時よりも状況は悪いのです。

核をめぐる対立 今後どうなる?

私の考えでは、核をめぐるエスカレーションはウクライナの方ではなく、アメリカに向けられるでしょう。

アメリカにロシアとの何らかの合意を強いるために、です。

ウクライナを訪問した米バイデン大統領 2023年2月20日

アメリカがウクライナに対する軍事支援をこれ以上しないと決定したら、ウクライナは現在のような戦争を継続することはできません。アメリカとの合意は、ロシアとウクライナの紛争の最前線の状況に直接的な影響を与えることを意味します。

(東西冷戦中の1962年にソビエトの核兵器がアメリカへの直接の脅威となった)キューバ危機のような状況を、ロシアが再び作り出すことが必要になる可能性があります。

多くの人が言うようなウクライナに対する戦術核兵器による攻撃ではなく、ロシアとアメリカの間で直接の核紛争が発生する可能性が高まるということです。

プーチン大統領は核兵器使用の可能性を考えているのか?

「ロシアの領土保全に対する脅威が生じた場合、あらゆる手段を行使する」と述べるプーチン大統領(2022年9月)

プーチン大統領が核兵器を使用する準備ができているのかわかりません。

私はできていないと思います。彼も人間です。

それでもプーチン大統領が核兵器を使用するかどうかは、私にはわからないですし誰にもわからないと思います。

「核兵器には核兵器によって攻撃を抑え込む」という核抑止の要点は、核兵器を使用することは不可能であるということですが、誰もがそれが起こりうることを確信していなければなりません。

核抑止力は、2つの核超大国が、お互いに多かれ少なかれ対等な立場にあるとき、直接対立する中で機能したからです。今は、一方は実際に戦っていて、もう一方は支援している、つまり代理で戦っています。

こうした状況でプーチン大統領は核兵器という選択肢を排除できると思いますか。できないのではないでしょうか。

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