高梨沙羅 Story
高梨沙羅 Story

スキージャンプ女子の高梨沙羅選手(25)。中学生の時から約10年にわたって、スキージャンプで世界を引っ張り続け、ワールドカップの通算の最多勝利記録や最多表彰台記録を更新し続けています。前回2018年のピョンチャンオリンピックでは銅メダルを獲得。しかし、そのあとは世界の強豪に勝つため、ゼロから自分のジャンプを作り直しました。
「4年間作り上げてきた自分のジャンプを見てもらえるのが楽しみ」
自身3回目となるオリンピックとなる北京で再び頂点を目指します。

(スポーツニュース部 記者 沼田悠里)

目次

    高梨沙羅のストーリー
    高梨沙羅のストーリー

    “鳥みたいに飛べて楽しい” 少女が不動のエースになるまで

    高梨選手がジャンプと出会ったのは8歳の時でした。最初は小さなジャンプ台で練習をしていましたが、テレビで見た当時の日本代表・山田いずみさんの姿にひかれて本格的に競技を始めました。

    「練習を重ねるごとに距離が伸びていくことと、鳥みたいに飛べるところが楽しい」

    無邪気に話していたあどけない少女は、同じ上川町出身の英雄、原田雅彦さんもトレーニングしていたジャンプ台で、毎日4時間も飛び続けました。他の選手が10回飛べば11回飛ぶ。競技に真面目に向き合う姿勢は幼少期からかいま見えていました。

    国内での大会を13歳で初めて制し、その1年後には大人の選手たちを破り国内大会で勝利を重ね、8勝も挙げました。当時、身長は1m51cmでしたが、スムーズに力強い踏み切りで飛び出すことで飛距離を伸ばし続け、中学生ながら一気に注目を集めました。

    実力の向上とともに活躍の舞台も大きくなり、新たに始まった女子のワールドカップにも参戦。2012年1月、15歳の時にドイツで行われた大会で2位に入り、日本の女子選手として初めてワールドカップの表彰台に立ちました。そしてその年に日本で初めて開催されたワールドカップで初優勝を果たしました。
    2013年から2014年のシーズン、18戦行われたワールドカップでは、すべての大会で表彰台に立つなど、驚異的なハイペースで数を重ね、ワールドカップ史上最年少の16歳4か月で総合優勝の偉業を成し遂げました。

    初めてのオリンピックで流した涙

    高梨選手にとって初めてのオリンピックは2014年のソチ大会でした。このシーズンのワールドカップでは13戦で10勝を挙げ、一度も表彰台を逃さないという圧倒的な成績で安定感も抜群だった高梨選手。国内外のメディアを含めて多くの人たちが「金メダルは間違いない」と太鼓判を押していました。

    しかし当時まだ17歳だった少女は、それまで感じたことのないオリンピック独特の雰囲気に重圧を感じていました。

    「全力で飛ぼうと気持ちが行き過ぎ、突っ込み過ぎた」

    飛距離を出すことができなかっただけでなく、オリンピックで生まれた『硬さ』が着地にも影響。「飛型点」が減点され、まさかの4位。涙があふれました。

    「すごく悔しいけど、そう思うくらいならもっともっとレベルアップして、このオリンピックに戻ってきたい」

    高梨選手は再び重圧と戦う4年間へ歩みを進める覚悟を決めます。
    しかし、その後は女子ジャンプのレベルが急速に上がり、ワールドカップで勝利を逃すことが増えました。大きなジャンプができるからこその要因がありました。着地の際の体への衝撃で、テレマーク姿勢で前後に十分に足を開けず減点される試合が増えていたのです。
    高梨選手は、下半身を強化して着地の衝撃に耐えられる体作りを進めたほか、着地の瞬間に足を素早く開くことができるよう反応する力も養いました。

    2回目のオリンピックで流した涙

    「悔しさを晴らしたい」と臨んだ2018年ピョンチャン大会は、マイナス11度の極寒の中で強風が吹きつける厳しい気候の中で行われました。
    1回目のジャンプでは高梨選手の直前で強風が吹き付け、試合が5分以上中断。毛布を巻き、暖房の前で小刻みに体を動かしながら順番を待ちました。厳しいコンディションの中で飛んだ1回目のジャンプは103m50。トップと5.1ポイント差で3位につけました。

    そして2回目。冷たい雪が降り始め1回目よりさらに不規則な風が吹きました。それでも高梨選手は、目の前のジャンプに集中しました。

    「この4年間やってきたことが最後にいちばんいい形になった」

    2本目も1本目と同じ103m50をマーク。会心のジャンプを2本そろえ、試合では滅多に見せないガッツポーズが自然と出ました。この4年間「ソチの悪夢を見ていた」と話していた高梨選手。オリンピックで初めてのメダルは銅メダルでしたが大きな成長を遂げた姿を示し、喜びの涙を流しました。

    しかし、この大会で高梨選手は「何かを変えないと勝てない」と世界の強豪との大きな壁を肌で感じていました。次の北京大会に向けた4年間で、これまで何度も勝利を重ねてきた自分のジャンプの形を“ゼロ”から作り直すことにしたのです。

    “大改革”

    選手生活で最も大きな決断と言っても過言ではないジャンプの“大改革”。本番まで残された期間から逆算した結果、4つの段階に分けて取り組むことにしました。

    ① ゲートから踏み切りの先(カンテ)までの助走路での姿勢
    ② 「テイクオフ」と呼ばれる踏み切りの瞬間
    ③ 空中での姿勢
    ④ 着地(空中部分からテレマーク姿勢に入るまで)

    特に力を入れたのが「テイクオフ」。
    空中の姿勢に影響し、踏み切りの際の角度につながる体の力の入れ具合です。ピョンチャン大会では上半身に余計な力が入って力が分散し、踏み切りの瞬間の角度にばらつきがありました。このため、踏み切る瞬間に“足(下半身)だけで体をすっと持ち上げる感覚”を養うことを目指したのです。

    練習では納得のいくまでコーチと意見を交わし、何度も何度も飛び続けて理想の角度を追い求めました。しかし、最初の2シーズンではワールドカップでわずか1勝ずつにとどまりました。
    それでも高梨選手は強い決意のもと進めました。

    「前のジャンプに戻そうかという葛藤もあったが、絶対に変えなければ世界のレベルアップの波についていけなくなる」

    完成近づく“新ジャンプ”『楽しい』思いを持って北京へ

    3回目のオリンピックとなる北京大会へ。高梨選手は確実に手応えを感じています。
    2021年10月に行われた国内大会では3連勝し、苦悩していたかつての姿はほとんど見られませんでした。“ゼロ”から作り始めたジャンプが70%ほどまでできてきたということで、残りが30%となった実感が自信と余裕を生んでいるのです。その余裕は精神的な安定ももたらしています。

    これまでのオリンピックでは「メダルを取らないといけない」と追い込まれ、自宅に帰っても「オフにできず、ずっとオンだった」と心身の疲れがとれないまま、大会に臨むことがあったと言います。今は“オンオフの切り替え”がしっかりできていて、練習・大会ともに余裕を持って臨むことができるようになりました。こうした精神的にも成長できているという手応えもあり、オリンピックへの向き合い方も変わってきました。

    「純粋に4年間作り上げてきた自分のジャンプを見てもらえるのが楽しみ」

    子どもの頃の思いに立ち返り“ジャンプが楽しい”という強い思いで、自分らしく歩みを進めることができているのです。3回目の大舞台でどのような姿を見せたいかと尋ねると、笑顔で答えました。

    「自信を持って飛べるくらい追い込んで練習している最中なので、その舞台に立ったときは自分のジャンプを楽しく飛べるような状態にまで引き上げたいなと思います。やっぱりいい内容をそろえたときに結果はついてくると思う。しっかり自分のジャンプを見つめて、やるべきことを1個、1個、目の前のことを続けていくことで結果につながっていくので、そこはおろそかにせずにいきたい」

    15歳から世界の女子ジャンプ界をリードしてきたエースは、今度こそ、大舞台で“最高の2本”を披露して、大きな栄冠をつかむことができるのか。目を離せずにはいられません。

    エピソード
    エピソード

    “70%”が示すもの

    2011-12年シーズンからワールドカップに参戦して10シーズン、通算157戦目で、男女を通じての表彰台記録を更新した高梨選手。記録でも世界一の選手となりました。2020-21年シーズンまでに出場したワールドカップ通算158戦のうち、表彰台に立ったのは何と109戦。実に70%近くの割合で表彰台に立ったことになります。驚異的なスピードで打ちたてた前人未到の記録が高梨選手の偉大さを示しています。

    プロフィール
    プロフィール

    経歴

    名前 高梨沙羅
    出身地 北海道上川町出身
    生年月日 1996年10月8日生
    一口メモ 現在使っている新しいヘルメットには “鶴”をデザイン。「これから苦楽をともにする相棒の“つるお”です」とヘルメットに名前をつけてシーズンに挑んでいる。

    成績

    2011-12年 【ワールドカップ蔵王大会】
    日本人女子初優勝
    【ユースオリンピック】
    金メダル
    2012-13年 【ワールドカップ】
    個人総合優勝
    2013-14年 【ソチオリンピック】
    4位
    【ワールドカップ】
    個人総合優勝
    2015-16年 【ワールドカップ】
    個人総合優勝
    2016-17年 【ワールドカップ】
    個人総合優勝
    2017-18年 【ピョンチャンオリンピック】
    銅メダル
    2020-21年 【ワールドカップ】
    10シーズン連続優勝
    男女歴代単独最多優勝記録60勝達成
    男女歴代単独最多記録の個人通算109回目の表彰台

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