ネコの魅力を科学する!

癒やし系のペットとして空前のブームとなっているネコ。日本ではいま、およそ11世帯に1世帯がネコと暮らしていると言われています。

ネコに関連する費用や支出を計算した経済効果「ネコノミクス」は年間約2兆円にのぼるという試算も。

そして近年、“ネコ吸い”ということばが話題になるなど、ネコ好きな人の不思議な行動も注目されています。

ツンデレで気まぐれなネコが、どうしてこうも愛されるのか?

ネコが人の心をひきつけるワケを心理学や生物学、においの成分分析など、さまざまな角度から科学的に調査してみました。
(大阪放送局 カメラマン 的場紫雲英)

高まるネコ人気

「気まぐれに甘えてくれるところが好きです」
「見た目も声もしぐさも全部かわいい。自由なところとかかわいい」

人とともに歩んできたネコ。

その歴史は約9500年前にさかのぼり、農耕文化の発達により、害獣駆除の目的で家畜として人間に飼われるようになったのが始まりと言われています。その後、ペットの枠を超えて家族の一員として愛されるようになりました。
ネコの新規飼育頭数は、2018年は約35万頭でしたが、2021年には約49万頭まで増加(ペットフード協会まとめ)。3年で約4割も増えました。

コロナ禍をきっかけに自宅で過ごす時間が増えたことで、イヌやネコなどのペットの飼育頭数が増えたと考えられています。

ネコと過ごす時間が増えるにつれ、その過ごし方も多様化してきました。

“ネコ吸い”に夢中になる人たち

大阪市にあるネコ好きが集まるレストランを訪ねてみると、店のあちこちで、ネコの体に顔をうずめる人たちの姿が。

この状態で深く呼吸する行為が”ネコ吸い”です。

このようにネコを余すことなく堪能し、日頃のストレスを和らげようとする人が増えています。

近年では”ネコ吸い”の映像が投稿されるなど、SNSを中心に話題となっています。


「おなか出して寝てるときがあってそれを見てると吸い込まれちゃいますね。おなかフワフワなんですよね」
「やったらやめらんなくなる。これが“ネコ吸い”や」

みなさんそろっていいにおいだと言い、感じ方はさまざまです。

▽コロンビアコーヒーみたいな香ばしいにおい
▽太陽の光を浴びたようなにおい
▽干し立てほやほやのお布団のにおい
▽甘いような懐かしいような不思議なにおい
店長の寺岡さんは2005年にこのレストランを開業。2020年に親子のネコを保護したことから、保護ネコ活動を兼ねた経営を始めました。始めてみると、店を訪れる客の多くがネコ吸いをすることに驚いたといいます。

寺岡直樹店長
「ほとんどの人がネコが近くに寄ってきたら”ネコ吸い”をします。しない人は珍しい。一番変わった人だと肉球吸うんですよ。ああ香ばしいって意味わからへん。たしかにトウモロコシのようなにおいするときありますけど」
※ネコ吸いをするときに気をつけて欲しいこと
大阪府内で動物病院を開く池堂亜季奈先生は「“ネコ吸い”を行う際は、ノミやダニなどの寄生虫、細菌などの感染症リスクがあります。定期的に予防接種を受けたり、毎年動物病院で健康診断を受けて人獣共通感染症のリスクがないことを確認したうえで行ってほしい」と話しています。
またネコ吸いを行うことで、ネコに過剰なストレスをかけないよう注意し、嫌がるネコに無理にすることは控えてほしいとのことです。

ネコのにおいを科学的に調査!

人がひかれるネコのにおいとは何なのか。
科学的に調査することにしました。

まずは分析のために、においが染み込んでいるネコの毛や、首輪・シーツなどの繊維を採取します。

採取の際は、全身を衛生服で覆い、手袋をはめ、よけいなにおいが付着しないように細心の注意を払います。
とれたサンプルはアルミホイルに乗せ、丁寧に包みます。

アルミホイルを用いるのは、なるべくネコ以外のにおいを付着させないためです。

生後1か月、10か月、2歳、6歳、最高齢18歳と、年齢の異なるネコから採取し集まったのは4匹分のネコの毛、4匹分の首輪、3枚の毛布の合計11個のサンプルです。

においのスペシャリストに分析を依頼

これらのサンプルを大阪 和泉市にある大阪産業技術研究所で分析をお願いしました。

協力していただいたのは研究員の坂井比奈子さん。

人がにおいを感じる嗅覚受容体の専門家で、芳香剤や消臭剤の性能評価を行う「においのスペシャリスト」です。
においの成分分析をするため、サンプルを一つ一つ分析用の袋に入れ、においの成分を抽出します。

これを人が感じられない領域まで分析できるハイスペックな装置を使って、においの成分を解析します。大阪府に数台しかないこの装置、お値段なんと約7000万円。

すべての分析結果が出るまで2週間待ちます。

見つかった意外なにおいとは?

分析の結果、なんと100種類以上の成分が見つかりました。
その中でも特に多く含まれていたのは「アルデヒドグループ」に属するにおい物質。

アルデヒドグループには、青草や魚など、それ自体が自然界に存在するにおいなどがあるほか、油脂や皮脂の酸化物、分解物に含まれるにおいもあると言われています。
そのグループの中で多く含まれていた7種類の成分を実際に嗅がせてもらうと、甘いにおい、花や果実のようなにおいが含まれていた一方で、カメムシのような青臭いにおいや、脂っぽい重たいにおいなども含まれ、実にさまざま。

どれも単独ではネコとはかけ離れた独特のにおいがしました。

このような好ましくないにおいが含まれているのにもかかわらず、なぜ人はネコをいいにおいと感じるのでしょうか。

坂井さんに聞いてみました。
坂井比奈子研究員
「可能性としてあるのは2つ。まず1つめは単独では好ましいにおいに感じなくても、組み合わせによって複雑な香りになり、その香りにひきつけられる可能性があります。2つめに、高濃度では好ましい香りではなくても低濃度だとよいにおいを感じることがあります。例えばインドールという物質では、高濃度だとふん便臭といわれる非常に臭いにおいがしますが、低濃度だとジャスミンティーのようなよい香りになるものがあります」
分析の結果、一般的に人をひきつけるようなにおい成分は含まれていませんでした。

しかし、それぞれのにおい物質が複雑に混ざり合い、ほのかに醸し出されるにおいが、ネコのにおいの魅力なのかもしれない、と分かりました。

ネコが生み出す経済効果 ”約2兆円”

次に経済の側面から、ネコについて見てみました。

「ネコノミクス」とはネコに関連する費用や支出を計算した経済効果を表すことば。関西大学の宮本勝浩名誉教授が行った試算では、その額は年間で約1兆9690億円にものぼります(2022年2月試算)。
「ネコノミクス」の試算の内訳は
▽食料費や医療費などの飼育費用
▽写真集やグッズ、ネコカフェの消費支出
▽ネコの駅長やネコが多く暮らす島などへの旅行による消費支出など。

ネコ一頭が生み出す経済は小さいものの、ネコを飼う家庭の支出を積み重ねると国内全体では莫大な額となり、日本経済を大きく動かしているということです。
宮本教授にほかの経済効果と比較してもらいました。

ことし野球の日本代表が優勝したWBCは約650億円、そして東京上野動物園のパンダのシャンシャンは5年半で約600億円。

「ネコノミクス」はその30倍も大きいことになります。

経済効果が1兆円を超えるようなものは少なく、宮本教授が計算したスポーツイベントや年間行事などのほとんどの経済効果は数百億円から数千億円だということです。
宮本勝浩 名誉教授
「コロナ禍が緩和されると、ネコ島への旅行やネコカフェなどに足を運ぶ人が増え、さらにネコを飼う家庭が増えると思う。そうすると『ネコノミクス』はさらに大きくなると期待しています。」

心理学から見た「カワイイ」の正体

心理学の観点から、「カワイイ」を研究している大阪大学の入戸野宏教授にネコの魅力について聞いてみました。

まず、「カワイイ」には2つの側面があると言います。

1つ目は見た目のかわいさ。2つ目はしぐさや性格から「カワイイ」と感じる感情です。

ネコに対しては、2つ目の側面が大きく影響していると言います。

それは、ネコの自由気ままなところに人が憧れや共感の気持ちを持ち、それが「カワイイ」という感情につながるというのです。

ネコ好きな方へのインタビューでも、ネコの気まぐれなところにひかれるという声が多くありました。

自分の憧れの存在に近づきたいと思う気持ち。身近にいるネコにその気持ちが向けられ、人はネコを愛すのではないでしょうか。
また、“ネコ吸い”の行為についても、入戸野教授は“キュートアグレッション”と呼ばれるものの一種だと考えています。

“キュートアグレッション”とは、カワイイと感じたものに対して、近寄りたくなったり、抱きしめたくなるなどの行動に表れる衝動のことです。

入戸野教授によると、「カワイイ」という気持ちを抱き、それをしっかりと自分の中で味わうことが精神的によい効果をもたらすということです。

“幸せホルモン”アップ効果!?

生物学の観点からもネコの魅力に迫ります。

ネコが人間にもたらす健康効果を研究している東京農業大学の研究生、永澤巧さんに話を聞いてみました。

動物行動学が専門の永澤さんは、ネコとのふれあいによる人間の脳の働きとホルモンの変化に注目し、驚くべき発見をしました。
25名の被験者を募り、本物のネコとぬいぐるみをそれぞれ10分間なでて脳の働きを比較しました。

結果は、どちらも脳の活性が認められましたが、ぬいぐるみよりも本物のネコの方がより脳の活性度が高くなっていました。

脳の中で感情のコントロールを担う前頭前野で血流が上がり、酸素化ヘモグロビン濃度の上昇が見られたことで、脳が活性化されたことが示されました。
ホルモンの実験では、幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンの濃度の変化を観察しました。

オキシトシンとは、9つのアミノ酸で構成されるペプチドホルモンの一種で、幸福感をもたらす効果があると言われています。

永澤さんは被験者27名にネコと10分間ふれあってもらい、唾液中のオキシトシン濃度の増減を観察しました。

結果、27名中18名にオキシトシン濃度の増加が認められ、ネコとふれあう中で、なでる頻度と関係していたということです。

見えてきた ネコの魅力とは

におい、心理学、生物学など、さまざまな面からネコの魅力を調査しましたが、何が最も人を引きつけるものなのか、はっきりとは分かりませんでした。

しかし、科学的に調べると、人とネコとのつながりの深さを感じさせられることが少し分かってきました。

姿かたち、しぐさ、性格、におい、感触…。それらすべての要素がネコの魅力につながっていて、人は自然にネコに対する愛情を引き出されるのかもしれません。