沖縄に配備決定 ベールを脱いだ アメリカ海兵隊の新部隊とは

沖縄に配備決定 ベールを脱いだ アメリカ海兵隊の新部隊とは
アメリカ軍の新たな海兵隊の部隊「MLR=海兵沿岸連隊」を沖縄に配備する。

日米両政府がことし1月、このような発表を行った。

MLRとはいったいどのような部隊なのか。

取材がマニアックな軍事情報に終始してしまう懸念はあった。

しかし取材を進めると、この部隊の運用は沖縄や日本にも大きな変化を促す可能性が見えてきた。
(沖縄放送局 記者 小手森千紗)

“内陸から沿岸へ” 海兵隊の危機感

MLRの構想は、2020年にアメリカ海兵隊が発表した軍の再編計画「フォース・デザイン2030(2030年の部隊設計)」に書かれている。
その書き出しには海兵隊の危機感がにじむ。
「2018年の国家防衛戦略は、海兵隊の任務の中心を中東の過激派への対処からとりわけインド太平洋地域での強国との競争へと転換させた。内陸から沿岸へ、国ではない主体から競合国へという重大な変化に対応するため、海兵隊は必然的に大幅な修正を行う必要がある」
この“競合国”が中国を想定していることは言うまでもない。

イラク戦争や“テロとの戦い”で中東やアフガニスタンを主な戦場としてきた海兵隊は、海洋進出や軍備増強を進める中国に対抗するため抜本的な変化を求められていた。

さらに読み進めると次の一節がある。
「海兵隊は海で、海から、そして陸から海へと戦う能力を備え、敵の長射程ミサイルの射程圏内で活動し、複雑な沿岸地形の海と陸で作戦を遂行し、装備と情報を駆使して情報収集・攻撃・部隊維持を行いながら、望ましい結果を達成しなければならない」
この文章を具現化するのが、まさにMLRということになる。

離島に分散 最前線で展開

アメリカ軍は去年1月、MLRの第1号となる部隊をハワイで発足させた。
MLRの規模はおよそ2000人。

▽対艦ミサイル部隊を含む歩兵部隊の「沿岸戦闘チーム」
▽防空を担う「沿岸防空大隊」
▽補給・支援を担う「沿岸後方大隊」の3つの組織から構成される。

特徴は、有事が発生する前から離島などに分散して最前線に展開することだ。

情報収集や拠点の構築、さらに攻撃を行うなどして、後方に構えているより大きな部隊が展開しやすいようにする役割を担う。

字面を追っていてもそのイメージは湧きにくい。

MLRは実際どのように運用されるのか。

それを確かめるため、私たちはMLRが訓練を行うフィリピンへと向かった。

小さく、目立たず、素早く

ことし4月にフィリピンで行われた米比合同訓練「バリカタン」。

「バリカタン」はフィリピンのことば、タガログ語で「肩と肩を並べて」という意味を持つそうだ。

ハワイで発足したMLR部隊は事前の訓練などを重ね、今回「バリカタン」で事実上初めて他国との訓練に参加した。

国際的にもいわばお披露目の場となり、日本を含む各国から関係者が視察に訪れていた。
「MLRがどのような部隊なのか、日本の視聴者に伝えたい」という私たちの申請に対し、アメリカ海兵隊は複数の訓練やインタビューの取材を用意していた。

訓練はフィリピン各地で同時並行で行われていたため、そのすべてを見ることはかなわない。

できるだけMLRの特徴やねらいがわかる現場の取材を希望した。

その1つがルソン島にあるフィリピン軍の広大な演習場で行われた実弾訓練だった。

案内されたのは、谷のような地形を望む高台だ。
テントやテーブルが置かれ、兵士たちが頻繁に通信機器を使って連絡を取り合っている。

高台の下には130人ほどのMLRの兵士たちが40人単位にわかれ、分散して展開していた。
これら分散したグループは、高台の本部やほかのグループどうし、連絡をとったり偵察情報を得たりしながら、砲を使って数キロ先の同じ目標を攻撃していた。

これに攻撃ヘリコプターや戦闘機などが加わり、前進していくという訓練だ。

小規模な単位で分散するコンセプトはMLRのコアの部分だ。

中国は近年、ミサイル部隊を増強させていて、これまでのように制空権や制海権での優勢のもとでアメリカ軍が近づくことはできない。

大きな部隊で動いていては、敵のミサイルに狙われやすいし、受ける被害も大きい。

そこで1つの部隊を小さくし、敵に気付かれないよう素早く動こうという考え方だ。

“一緒に戦うことになる人たち”

この訓練で私たちの目を引いたのが、フィリピン軍との連携だった。

前述したように、アメリカのMLRは40人単位のグループに分かれて谷間に分散していたが、これと同じようにフィリピン軍も少人数に分かれ、訓練に参加していた。
アメリカ軍の固まりとフィリピン軍の固まりが役割分担して全く別の任務に取り組んでいるのではなく、アメリカ軍とフィリピン軍それぞれの少人数のグループが1つの指示系統のもとで一体になって動いているイメージだ。

アメリカ軍が作成した資料にも、MLRはあらかじめ、同盟国やパートナーとともに作戦を行えるよう“仕立てられた”部隊だと記されている。

小さく分散したグループがそれぞれ自己完結能力を持っているため、可能なことなのだという。

なぜMLRは単独での作戦を前提としないのか。

私たちの問いに対し、訓練の責任者は次のように述べた。
第3海兵沿岸連隊 第3沿岸戦闘チーム ロナルド・ラインハード大尉
「私たちは1国ですら難しい連携が必要な作戦を、フィリピン軍とともに成し遂げることができました。訓練は私たちがより大きなレベルで一体化することを可能にしたのです。MLRの作戦は、私たち単独では成り立ちません。大きな危機に向き合うとき、私たちはオーストラリアから日本まで、この地域のすべての同盟国の支援を受けられます。その時、間違いなく一緒に戦うことになる人たちと今のうちに訓練をしておかないのは愚かなことです」
“大きな危機に向き合うときに、間違いなく一緒に戦うことになる人たち”。

インタビューではフィリピン軍のことを指していたが、そこには確実に日本の自衛隊も含まれている。

既存のインフラ活用も想定

「小さく分散」することは部隊の動き方も大きく変える。

それを目の当たりにしたのがルソン島の北端、カガヤン州にあるカガヤンノース国際空港で行われていた訓練だった。

マニラから国内線と車を乗り継いでようやくたどりついた私たちを迎えたのは、民間空港の駐機場にびっしりとアメリカ海兵隊のテントが建ち並んだ光景だった。
それだけではない。

空港のターミナルビルの検疫所や手荷物検査の設備が置かれた脇には200人余りの海兵隊員が空港のベンチに座り、講義を受けていた。
MLRの考え方は “FEWER BASES,MORE PLACES”(基地は少なく、拠点を多く)などと形容される。

従来のように大きい部隊は、基地のような大きな拠点を必要とする。

その部隊を小さくしたことで、MLRは基地よりもさらに敵に近い、民間空港などの既存のインフラを拠点とすることもできるのだ。

ここで取材に応じた中隊長は、この空港で訓練を行う重要性を強調した。
第3海兵沿岸連隊 第3戦闘チーム ロバート・パターソン大尉
「この空港は多くの理由から戦略的な場所です。ルソン島北部についても同様です。ジャングル訓練などにも使えるし、この地域を熟知するフィリピン軍と連携が深められるすばらしい訓練場だと言えるでしょう。ルソン島北部で地元との関係を構築することは極めて重要です」
アメリカとフィリピンは2月、アメリカ軍が使用できるフィリピン国内の基地や拠点の拡大に合意した。
アメリカ軍が使用できる場所はそれまでの5か所から9か所に増え、そのうち3か所は台湾に近い北部に集中している。

このカガヤンノース国際空港もその1つだ。

“国々の資産をどこまで使用できるか”

フィリピンでの訓練の取材を通じて見えたのは、MLRが同盟国やパートナー国に同じように、まさに「肩と肩を並べて」作戦に参加することを求めていること。

そして既存の米軍基地以外で、展開できる拠点を1つでも多く必要としているということだ。

日本政府は、中国が東シナ海や南シナ海への進出を強める中で、日米同盟の抑止力と対処力を高める上でMLRは意義があるとしている。

自衛隊は南西諸島で共同訓練を実施しながら連携を深めていく方針だ。
そして沖縄ではここ数年で台湾に近い石垣島や与那国島などに自衛隊施設が相次いで開設されたという事実がある。

日米の安全保障に詳しい拓殖大学の佐藤丙午教授は「もう連携は想定されていると思う」と話す。
拓殖大学 佐藤丙午教授
「アメリカ軍はインド太平洋においてそんなに戦術的な拠点をたくさん持っているわけではない。実際の戦場(となりうる場所)の近くに物資の集積、ロジスティックス、もしくは情報収集の拠点がないのも事実だと思います。そうなってくるとその前方にいる国々、日本やフィリピンや場合によってはオーストラリア、インドネシアもマレーシアもそうでしょうけども、そういう国々が持つ資産を米軍がどの程度どこまで使用できるかということを図っていくのもMLRのポイントだと思いますし、そのための演習をいま展開しているのだと思います」

“戦争前の雰囲気高まるのでは”

その場合、沖縄への影響はどうなるのか。

沖縄の基地問題に詳しい沖縄国際大学の野添文彬准教授の予想はこうだ。
沖縄国際大学 野添文彬准教授
「アメリカ軍がMLRに関して言っているのは、有事あるいは大規模な紛争が起こる前の段階で、小規模の部隊で分散するということです。なおかつ、分散して活動するためには平時からいろんな場所を使う必要がある。これから戦争が起こっていない状態でも米軍がいろんなところで活動するということがますます起こるんじゃないかなと思います。地元の人からすると、いわば今は戦争は起こっていないけれども、戦争の前の段階みたいな雰囲気はますます高まっていく。そういう意味で不安感も高まると思うんですね」
アメリカの説明によれば、1800人から2000人ほどとされる新たなMLRの部隊は、すでに沖縄に駐留している部隊を再編成して対応する。

このため、全体としての人数の増加はないという。

「沖縄の負担増にはならない」というメッセージだ。

ただこれ以上の具体的な情報は沖縄県にも提供されていない。

野添准教授は次のようにクギを刺した。
沖縄国際大学 野添文彬准教授
「海兵隊も地元の理解であったり協力がなければ活動できないということは理解していると思いますので、沖縄県の側からも地元に負担をかけない、不安を高めない配慮をもっと求める必要はあると思いますし、米軍や日本政府も沖縄の米軍基地の負担軽減をもっと進めることや、ちゃんと事前に情報を明らかにしていくことが必要じゃないかと思います」
沖縄や鹿児島ではすでにアメリカ軍がこれまで使っていなかった場所を使う、あるいは使う意向を示す動きが起きている。

それが何を意味するのか、私たちは注意深く見ていく必要があるだろう。
沖縄放送局 記者
小手森 千紗
2017年入局
岐阜局を経て2020年から現所属
沖縄のアメリカ軍や観光などの取材を担当