東芝 VS アクティビスト “非上場化”の内幕

東芝 VS アクティビスト “非上場化”の内幕
「不正会計問題から数えると8年にも及ぶ混乱は、当社の従業員にとって大きな苦痛」

株式の非上場化を決定した東芝が当日発表した資料(3月23日発表)に記された一文です。非上場化の目的は「もの言う株主」とも呼ばれるアクティビストを排除し、経営の混乱を解消することでした。

創業およそ150年の日本を代表する電機メーカーは大きな転換期を迎えます。

これまでの取材と公表資料をもとに、アクティビストとの対立から非上場化を決断するまでの内幕に迫りました。
(経済部記者 嶋井健太/古市啓一朗)

立ちはだかるアクティビスト

2015年に発覚した不正会計問題を契機に始まった東芝の経営の混乱。

2017年、業績悪化から2年連続の債務超過の危機が迫り、上場廃止を免れるために60社の投資ファンドから総額6000億円の出資を受けました。

リストにあったのは、アクティビストと呼ばれる海外の投資ファンドの数々。
中には、“最強のアクティビスト”とも称される「エリオット・マネジメント」や、かつての村上ファンドの関係者が立ちあげた「エフィッシモ・キャピタル・マネジメント」の名前もありました。

将来の経営混乱を予想する見方は当時からありました。

その予想どおりに経営陣とアクティビストとの対立が2020年以降に表面化します。

2022年には、アクティビストが推薦したとされる社外取締役が主導し、社長交代。

会社の分割を打ち出す経営陣にアクティビストが反発し、3月に開催した臨時株主総会で分割案が否決される異例の事態を招きました。

東芝が株式の非上場化に向けて動き出したのはその直後の2022年4月となります。

“企業価値を高める戦略”について外部から提案を募集すると発表したのです。
募集には官民ファンドや海外の投資ファンドも名乗りをあげましたが、東芝が優先的な交渉に入ったのは日本の投資ファンド「日本産業パートナーズ」(以下「JIP」)でした。

その提案はTOB=株式の公開買い付けを行って東芝を非上場化し、アクティビストを排除するというものでした。

高く売りたい東芝

具体的な交渉に入った東芝とJIP。

最も難航したのは株式の買い付け価格の設定でした。
日本産業パートナーズが去年9月に初めて示した金額は「1株当たり5200円~5500円」。

東芝株の当時の市場価格とほぼ同じ水準です。

TOBで市場から株式を買い付ける場合、市場価格に2割から3割程度の「プレミアム」をつけて一気に買い取ることが一般的です。

それがほとんどない提案に対して、東芝は再三にわたって買い付け価格の引き上げを求めました。

当時、関係者は次のように解説していました。
(取材メモより)
「思惑が異なる株主が揃って納得できる買い付け価格でなければそもそも成立しない。価格には徹底的にこだわるべきだ」
価格をめぐる交渉は最終盤まで続きます。

主力銀行からのプレッシャー

その一方で、非上場化に対して慎重な立場を示したのが主力銀行でした。
非上場化に必要とされた資金はおよそ2兆円。

JIPの提案では17の事業会社と6つの金融機関が出資や融資の形で参加する形となっています。

多額の資金を掛けてまで東芝は非上場化すべきなのか?

水面下の交渉が中盤に差しかかった頃、主力銀行の間からは次のような声も。
(取材メモより)
「債務超過で会社の存続が危ういならまだしもキャッシュは健全に回っている。アクティビストを追い出すために付き合わされるのはどうなのか」
そして、主力銀行の間から新たな条件が示されました。

非上場化することで経営への監視が緩まないようにしなければならないというのが銀行側の立場でした。

業績が一定以上に悪化した場合に次のことを要求したのです。
・事業や資産の売却
・財務状況の監視にあたる役員を銀行側から派遣
・経営ガバナンス強化のため「モニタリング会議」設置
特に事業や資産の売却は社内からの強い抵抗も予想されました。

そうしたなか、東芝の内部では非上場化に否定的な声も根強く残っていました。
(取材メモより)
「非公開化だけが選択肢ではない」
「アクティビストを残したまま企業価値を上げている企業もある」
非上場化の“正当性”はあるのか?

揺れる東芝社内の一端が見えました。

ギリギリの決着

東芝の経営陣は2022年度中(3月末)までの決着を目指します。

6月に控える株主総会を見据えると、年度をまたいだ場合、実現に向けたハードルがさらに高まるとみていました。

事実上の期限が迫る中、株式の買い付け価格をめぐる交渉は東芝にとって厳しいものとなっていきます。

JIPが示す価格は日を追うごとに下がっていったのです。
アメリカや欧州で急速な利上げが行われたことで世界経済の環境は厳しさを増していきました。

さらに、東芝の業績もそのあおりを受けて業績予想の下方修正を相次ぎ行っていました。

さらに、2兆円規模にのぼる非公開化のための資金は、将来的な東芝の財務への負担の拡大になります。

主力銀行だけでなく、出資に参加する各企業からも東芝の経営計画の実現性への疑問が高まっていました。

なかなか合意に至らない東芝とJIPの交渉。

関係者からは「JIP側がしびれを切らして提案を取り下げるのでは」という声も聞かれ、先入観を持たない取材が続きました。

そして年度末が迫る中、東芝の代表者とJIPのトップが直接対峙します。
直接交渉を経て、買い付け価格が1株あたり10円、総額で43億円余りが上積みされることで決着しました。

そして3月23日、非上場化を受け入れることが取締役会の全会一致で決定されました。

関係者の1人はこう振り返ります。
(取材メモより)
「最初からまとまるかどうか手探りが続いたが、ここまでこぎつけられたことは奇跡と言ってもいいかもしれない」

問われるアクティビスト“排除”の是非

非上場化の決定にあたって東芝の発表文には次のような文言がありました。
「異なる考えを持つ主要株主が複数存在している現在の状況において、度重なる経営陣の交代や大きな経営方針の変更が行われるなど、当社の経営を巡る一連の混乱は社会的にも広く認知」
「非公開化(非上場化)による影響よりも、現在の不安定な経営基盤が継続することによるリスクの方が大きい」
「社員が感じている当社の方向性に対する不安が軽減される」
アクティビストとの対立が社員の状態や事業そのものにも影響を与えているとしています。

非上場化は最良の選択肢だったと強調しているようにみえます。

また、現在の島田太郎社長が留任することや、現在の取締役は再任の可能性があると明記されています。

その一方で、経営方針については「安定株主基盤」、「安定的な経営体制の構築と運営を支援」と抽象的な内容にとどまっていました。

東芝が今持っている技術をどう生かしていくのか、原子力事業や半導体事業をどう位置づけていくのか、本質的な議論が行われたのかどうかをうかがい知ることはできません。

非上場化の目的が会社の将来の成長や競争力の強化よりもアクティビストの排除にあったと映ります。

アクティビストからさまざまな要求を受けるなかで、経営陣が時には意見を受け入れ、時には対峙しながら、いかに株主との間でコミュニケーションを取っていくかも経営手腕が問われる要素となっています。

非上場化は最良な選択なのか

非上場化の提案を受け入れる決議をした後、東芝の株価は買い付け価格の4620円を下回る状況が続いています(4月4日時点)。

通常、TOBを発表した会社の株価は買い付け価格の前後で推移しますが、そうはならないところに東芝に対する市場の評価の厳しさがうかがえます。

さまざまな対立や思惑の違いを経て決定した非上場化。

その交渉過程でも関係者の間で一致していたことがあります。

それは「重要な技術を持つ会社」という評価です。

今回の非上場化の選択が最良だったのか、その評価は将来の会社の姿によって明らかになります。
経済部記者
嶋井 健太
2012年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属
電機担当
経済部記者
古市 啓一朗
2014年入局
新潟局を経て経済部
金融担当