活況!大学“起業サークル”で夢を実現

活況!大学“起業サークル”で夢を実現
“大学の部活・サークル”と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
現在、30代の私。自分が大学生活を送った10数年前には、想像もし得なかった部活・サークルが人気を集めているといううわさを耳にして、さっそく取材を始めました。
いったい、どんなものなのでしょうか?大学生たちに話を聞いてきました。
(政経・国際番組部ディレクター 馬場卓也)

全国で設立相次ぐ “起業サークル”とは?

私が取材に訪れたのは、上智大学です。

去年の春、初めて「起業サークル」ができました。

代表を務めるのは、サークルの創設者でもある上智大学1年生の酒井天音さんです。
入学当初から、「起業」に興味があったという酒井さん。

別の大学の起業サークルの新歓説明会に参加する中で、「自分の大学にも起業を志す人が集まり、刺激し合える場所が欲しい」とサークルを立ち上げました。

サークルには現在(2022年1月時点)、上智大学生104人が在籍しています。

起業家の卒業生を招いた勉強会や、企業訪問を行うなど、将来起業することも視野に入れた活動をしています。
起業サークル代表 上智大学1年生 酒井さん
「新型コロナの収束が見通せず、大企業でも不安定な状況が続くなかで、いい大学に入っていい会社に入るというこれまでの常識が崩れてきていると感じるようになった。
自分の本当にやりたいことで生きていきたい、自分で0から考えたものを社会に実装し、価値を与えていく“起業”にひかれるようになっていった」

全国で増加する“起業サークル(起業部)”

このところ、各地の大学で起業サークル(起業部)の設立が相次いでいます。

その数は全国で28校。この3年ほどで倍増しました。

調査をしたのはZ世代と呼ばれる若い世代の起業家を支援する「ガイアックススタートアップスタジオ」。

事業アイデアについての助言や資金調達方法の相談、インターンシップの機会の提供などを通じ、今年度だけでも大学生をはじめ100人近くのZ世代に支援を行っています。

責任者の佐々木喜徳さんは、コロナ禍の学生生活というこれまでにない経験をしたZ世代ならではの発想力が、起業する際の大きな武器になるといいます。
ガイアックススタートアップスタジオ 責任者 佐々木さん
「我々の調査では、Z世代の60%以上が新型コロナの影響で教育環境の改善や学生の貧困問題など、社会課題を身近に感じるようになったと回答した。
なかには、休校やオンライン授業で生まれた自由時間を活用し、課題を自分で解決できないかと行動する学生まで出始めている。
自分の力で社会課題を解決したいという若者が増え、新しい産業、サービスが生まれる機運が高まってきている」

起業はコロナ禍の“課題”を解決する手段

大学が“部活”を通じて、起業を志す学生を支援する動きも出始めています。

広島県にある国立大学、広島大学です。
2016年に大学公認の「起業部」を創設。

その後、起業家の卒業生を特任助教として顧問に迎え、部員たちが事業アイデアを切磋琢磨(せっさたくま)する環境を整えました。

部のモットーは、“夢をかなえる手段がそろう、自己実現の場”

部活では週に1度の定例会をはじめ、地元の起業家などを外部講師に招いた講演会を実施。

これまでに10人以上の起業家を輩出してきました。

現在の部員は43人(2022年2月時点)。

コロナ禍で活動が制限されているにもかかわらず、昨年度よりも部員は7人増えました。
起業部代表 広島大学2年生 米倉さん
「親世代からは『起業は不安定じゃないか』と言われることもあるが、自分たちの世代は起業をしたおかげで新しいことに出会えたという先輩や有名人も増えていて、起業をより身近に感じるようになった。
起業のノウハウを勉強することはビジネス感覚を養うことにもつながるため、将来の選択肢を増やしたいという学生の入部も増えている」
そんな起業部を取材したのは、2月中旬。

すでに大学は春休みに入っていましたが、部員たちは自主的に活動をしていました。

行っていたのは、新しい事業アイデアの検討です。

アイデアを「誰を顧客とするのか」「顧客の課題」「課題を解決する価値」など9つの要素に分け、部員どうしで議論を交わします。

この日、1年生の部員が提案したのは「食器のシェアリングサービス」。

コロナ禍で自炊が増えるなか、食器を洗う手間を省きたいと発表しました。
ターゲットとする顧客は、大学生やサラリーマン。

料理はしたいけれど、食器や食洗機を置く場所がない。

そんな人たちに、その日使う分だけの食器を届けてくれて、洗わずに返すことができるというサービスです。

「家事代行ではだめなのか?このサービスならではの“売り”をもっと明確に」
「皿を届ける頻度や利用料金をどれくらいで考えているのか?」

上級生から、次々と質問やアドバイスが寄せられました。

どうすれば事業アイデアを形にできるのか。

否定から入るのではなく、みんなで知恵を出し合います。

部員たちは、自らのアイデアをひっさげ、全国で開かれるビジネスコンテストにも出場。

社会への実装を目指して切磋琢磨(せっさたくま)を続けているのです。

“移動弱者を救う” 若手起業家の挑戦

部員の中には、起業の夢を実現させた学生もいます。

4年生の板垣翔大さんです。
ことし1月、東京の会社から支援を受け、地方の移動問題を解決する事業を行う会社を立ち上げました。
起業した広島大学4年生 板垣さん
「交通機関が少ない田舎の出身。生活の中で移動の不便さなどを感じていて、いつかこの課題を解決したいと考えていた。
部員のみんなからフィードバックをもらい、これなら課題を解決できると思える事業にたどりついたので、起業しようと決意した」
板垣さんの会社が行う事業の仕組みです。

例えばタクシー会社が利用する場合は、「乗り合い」や「定額制」など、移動に困っている住民がいる地域で提供できるサービスを専用のウェブページに掲載します。

住民は、その中にお金を払ってでも利用したいサービスがあれば利用料を事前に支払い、投票します。
タクシー会社は投票状況をみて、ビジネスとして成立すると判断できれば、支払われた金額分の利用チケットを配ってサービスを始めるという仕組みです。
ページには、住民側から始めてほしいサービスを要望する機能もつけました。

不便を感じてもどこに相談すればいいかわからない住民の問題を解決するとともに、企業はその要望からどのサービスを提供するか判断できるため、需要と供給のミスマッチを防ぐことにつながると考えています。

若手起業家に地元企業も期待?

板垣さんは利用企業への営業も始めています。

この日、緊張の面持ちで訪ねたのは、広島市内にあるタクシー会社「つばめ交通」です。
板垣さんは、交通インフラが整っていない地域や高齢者が多い地域を対象にタクシーの需要調査を行わないか打診。

タクシー会社の担当者からは、コロナ禍で調査が難しくなっている状況を打ち明けられました。

かつては、町内会や商店街の組合活動などの集まりで住民の声を聞き、必要とするサービスをある程度把握できていました。

しかし、コロナ禍でそうした場が激減しているというのです。

この会社では、外出自粛の影響でタクシー利用が減る中、感染を気にする高齢者の買い物を手伝う「買い物応援タクシー」など、新たなサービスを次々と提供してきました。

しかし、継続して利用されるサービスは全体の2割程度。

今後、住民に支持されるサービスを提供するためにも、板垣さんらZ世代が持つ価値観、そしてデジタル技術が必要だと考えています。
つばめ交通 統括管理本部 企画室 室長 山内さん
「コロナが収束したとしても、デジタル化で社会の様相は一変する。
求められるタクシーの在り方もどんどんと変わるなかで、地方の中小企業がついていくためには、板垣さんがもつZ世代ならではの対応力が必要ではないかと考えている。
対等なパートナーとして一緒にやっていきたい」
タクシー業界が見据える未来や課題を聞き取ることおよそ1時間。

具体的な連携に向けて、今後も協議を続けることとなりました。

3月には大学を卒業し、本格的に若手起業家として歩み始める板垣さん。

企業の“悩み”に真摯(しんし)に向き合い、解決策を提示し続けることで、事業を軌道に乗せたいと考えています。
起業した広島大学4年生 板垣さん
「コロナ禍だからこそ課題を感じている人も多いし、困っている人も多い。
こういうときこそ、課題を解決できる起業家が必要とされていると思う。
地域の人々や交通事業者の声に耳を傾け、自身の事業で課題を解決すべく、引き続き動いていきたい」

“社会に通用する力”へ

私が大学生のころには聞いたことすらなかった「起業サークル」。

そこにあったのは、大学を社会に出る前の準備期間として捉え、起業という手段を通して、自分のやりたいことを実現するための自己研さんに励む学生たちの姿でした。

取材中、大学生からは「コロナ禍で思い描いていた大学生活が送れず、このままでは将来が不安だ」との声も聞かれましたが、こうした活動で得た経験は、起業だけにとどまらず“社会に通用する力”へとつながっていくのではないかと感じました。
政経・国際番組部
馬場 卓也
2013年入局
鹿児島局、首都圏放送センター、ニュースウオッチ9を経て、2020年から現所属