「復興プラン」 被災地からはさまざまな声

「復興プラン」 被災地からはさまざまな声

《輪島塗事業者「戻ってきたい街に復興してほしい」》
地震の影響でほとんどの工房が壊れた輪島塗の事業者からは「みんなが戻ってきたいと思うような街に復興してほしい」といった声が上がっています。

輪島塗の製造・販売を手がける塗師屋の松本昌夫さんは地震で自宅と工房を兼ねていた建物が全壊し、避難所生活を続けています。
輪島市にはおよそ400の輪島塗の事業所がありましたが地震でほとんどの工房が壊れ、一時的に市外に避難している職人たちも多く、120を超える工程を分業する職人たちが戻ってこられる環境整備が課題となっています。
松本さんは「1つの工程が欠けても輪島塗は成り立たないのでみんなが戻ってきたいと思うような街に復興してもらいたい。補助金だけでなくきめ細かいフォローを進め産業を守ることが必要だ」と話していました。

《農家 次世代に引き継ぎたいと希望する声》
石川県珠洲市では地震の影響で農地などに大きな被害が確認されていますが、農家からは次世代に農業を引き継ぎたいと希望する声が聞かれました。
珠洲市で特産の小豆などを栽培する農家の皆口和寛さん(72)は「生活の復旧が最優先なので、住む家や上下水道など生活基盤を早急に整備して、できるだけ多くの人が戻ってこられるよう復興を実現してほしい」と話していました。
その上で、「何がなんでも珠洲にいたい。農業を次の世代につなぐため、できることから地域で協力し復旧に取り組みたい」話していました。

《地域コミュニティーや教育環境の再整備求める声 》
珠洲市の子育て世帯からは、地域コミュニティーや教育環境の再整備を求める声が聞かれました。
葛西さくらさんは去年5月、東京から珠洲市に夫とともに移住したばかりで、現在は、夫の実家がある岩手県に避難しています。
7日はり災証明書の発行のため2か月ぶりに珠洲市に戻ってきたといいます。
葛西さんは「みんなが戻ってこられるようにインフラや仕事、それに居住環境を整備し、商店街や祭りをみんなで盛り上げていたコミュニティーの結束力を復活させてほしい」と話していました。
また、角野麻子さんは実家のある埼玉県から、およそ1か月前に珠洲市に戻り、4歳と7歳の2人の子どもを育てながら今も断水が続く自宅で生活しています。
角野さんは「2次避難で子どもの同級生が減り、教室やグラウンドも一部しか使えない状況です。元の町並みが戻るとは思いにくいが、数年後には広々としたグラウンドで遊べるようになってほしい」と話していました。

《内灘町 いち早い復興プランの提示求める声》
地震による液状化で深刻な被害が確認されている石川県内灘町では、地域の結束を維持するため、いち早い復興プランの提示を求める声が上がっています。
内灘町ではいまも上下水道が復旧しない地域があり、一部の住民は自宅以外の場所での生活を余儀なくされています。
このうち、特に被害が深刻な地域の1つ、宮坂地区の宮本浩嗣さん(81)は自宅が傾き住めなくなり近くに家を借りながら家財道具の整理に追われています。
宮本さんは「地盤をなおすため年単位で時間がかかると思う」とした上で、「みんな顔のわかる関係で祭りも熱心にやってきたが、いつまでに何ができるか見通しが示されないと、みんなが知らない場所にバラバラに住むようになってもう集まることもできなくなる」と話し、いち早い復興プランの提示を求めました。