こんなにも強く、美しい日本人がいた。日本初の女性騎手、初代ダービージョッキー、最年少ダービージョッキー…。近代競馬の黎明(れいめい)期に実在した騎手たちの生きざまを描ききった渾身(こんしん)の448ページ。わが国初という本格的な「競馬歴史小説」の誕生だ。 (写真・野村成次)
−−本作品に取り組んだきっかけは
「2000年ごろ、日本に『モンキー乗り』を広めた名騎手のことを大宅壮一文庫で調べていたら、偶然、『男装の麗人』といわれた日本初の女性騎手、斉藤すみのことを知ったのです。写真を見ると、愛嬌(あいきょう)のあるかわいらしい顔です。資料によると、どうやら巨乳だったらしいのですが、彼女はさらしを巻いて乳房を押しつぶし、断髪して、『男』になりきりました。女性の参政権もない時代、一度は帰郷を余儀なくされながらも決してあきらめず、7年かけて騎手になりました。それなのに、『女性騎手は風紀を乱す』との理由から、一度も出場できず失意のまま早世するのです。その壮絶な人生に、私の大好きな競馬の黎明期にこんな人物がいたのかと驚きました」
−−彼女の思いが丁寧な描写から胸に迫ります
「やがて、もう一人の騎手との出会いがありました。戦時中の1943(昭和18)年、最年少の20歳3カ月で日本ダービーに勝利したことで知られ、徴兵、シベリア抑留中に亡くなった天才騎手、前田長吉(まえだちょうきち)です。その彼の遺骨が2006年、DNA鑑定により本人のものと確認され、62年ぶりに故郷へ帰還したことをきっかけに、彼の人生をたどることになりました。史上最年少のダービージョッキーという彼の記録は、71年後の現在も破られていません。制度上、この記録を破る騎手はもう現れないかもしれません」