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米テキサス州で施行された妊娠6週目頃以降の人工中絶を禁止する州法が、波紋を広げている。米国では中絶の賛成派「プロ・チョイス」と反対派「プロ・ライフ」の論争が長年続くが、ここに来て反対派が勢いづく兆しが見える。(テキサス州オースティン 渡辺晋)
◆ プロ・チョイスとプロ・ライフ =人工妊娠中絶を巡る主張や立場を区別する表現で、米国で多用される。賛成派は、産むかどうかは女性の「選択」(choice)に委ねられるべきだと主張するのに対し、反対派は、胎児の「生命」(life)重視を強調する。「プロ」(pro)は支持の意味。
米、中絶反対派に勢い…州法で「禁止」 最高裁「保守化」
抗議660か所
テキサス州の州都オースティンの議会前広場は今月2日、州法の抗議集会に参加した数千人であふれた。「女性に対する戦争が起きている。今こそ投票に行って政治を変えるべきだ」。母と妹と参加したアレクシス・ウェブスターさん(46)は力を込めた。ロイター通信によると、この日の抗議集会などは首都ワシントンなど660か所に及んだ。
妊娠6週目頃以降の中絶を禁じるテキサス州法は、多くの女性が妊娠に気づくのは6週目頃であることから、全米で最も厳しい中絶規制だと評されている。
保守的な共和党が上院、下院とも多数を握る州議会で成立し、9月1日に施行された。署名した共和党のグレッグ・アボット知事は「この法案で心拍のあるすべての胎児の命が中絶の悲劇から救われる」と語った。
民主党のバイデン大統領は州法を「憲法違反だ」と非難。司法省は施行の差し止めなどを求めて同州の連邦地裁に提訴した。
連邦地裁は10月6日、施行を差し止める命令を出したが、連邦控訴裁判所が14日にそれを退けたため、州法は施行された状態にある。
州外で処置
テキサス州では中絶クリニックが休業を余儀なくされた。州民に昨年実施された中絶は約5万5000件に上る。州法施行後、多くの中絶希望者が州外で処置を受け始めている。
州の連邦地裁に提出された州法差し止めを巡る訴訟資料によると、ニューメキシコ、コロラド両州などの中絶クリニックでは、テキサス州法の施行後1週間で、同州からの中絶希望者が2倍以上の20人に上った。さらに64人の予約が入り、クリニック経営者は「テキサスからの電話が殺到している」と明かしている。
テキサス州の人権団体「テキサス・フリーダム・ネットワーク」に所属するエリカ・フォーブスさん(50)は州法の施行直後、妊娠中の16歳の少女から、「親に知られないで何日も家を空けられるだろうか」との相談を受けた。
自身も14歳と18歳で2度、中絶を経験した。「あの時に子供を産んでいたら、精神的にも経済的にもうまくいかなかったはずだ。産む時期を選択できることの重要性を身をもって理解している」と訴える。
病院前で「説得」
テキサス州法の施行は中絶反対派の追い風になった。
オースティン郊外の中絶クリニックは9月28日、人の気配がなく、静まり返っていた。敷地前にはプロ・ライフ団体の女性メンバー3人の姿があった。<中絶をなくすために祈ります>。足元に置かれた看板には、そう記されていた。
この団体は9月22日から10月31日までの40日間、メンバーが全米各地のクリニック前に張り込み、訪れた中絶希望者を「説得」するキャンペーンを展開中だ。
3人組の1人、ベス・オドムさん(53)は「他に選択肢があることを伝え、中絶を希望する女性たちを助けたい」と語った。
中絶反対派の多くは、受精した段階から一つの命と考え、中絶を「殺人」とみなす。「命は神からの
オースティンの別のプロ・ライフ団体「テキサス・アライアンス・フォー・ライフ」の事務所には、妊娠初期から中期の胎児をかたどった四つのリアルな模型が飾られている。ジョー・ポイマン事務局長(62)は「胎児が受精時から母親とは異なる権利を持った1人の人間であることは科学的にも明白だ。胎児も新生児と同様に扱われ、保護されなければならない」と強調する。
中絶禁止を徹底すれば、若年層や貧困層の経済・精神面の負担が増大するとの指摘には、「テキサス州では、計画外で妊娠した女性が無事出産し、その後も安心して子育てしたり、養子縁組したりできるよう、制度面や資金面のサポートが充実している」と反論した。