完了しました
読売新聞社とNTTが「生成AIのあり方に関する共同提言」をまとめたのは、生成AI(人工知能)を社会の発展につなげるには、活用と同時に適切な制御が不可欠との問題意識からだ。AIが助長する社会のひずみを抑制して健全な言論空間を守るためには、制度・技術の双方での取り組みが急がれる。(政治部 海谷道隆、栗山紘尚)
バランス
共同提言は、生成AIについて「このまま野放しにすると、社会全体の信頼が
法規制を含む規律を求めるのは、「生成AIの暴走によってAI技術全体が信頼できないものとして棄却された場合、人間の生産活動が低下する」恐れがあるためでもある。提言は「社会における適正な『道具』としていく必要がある」として、人間が制御する方策を見いだす重要性を説いた。
NTTの澤田純会長は、「負の影響が大きい分野は強い規制がいるし、産業競争力の強化になる分野では利用を進めないといけない」と語る。生成AIによって大きな影響を受ける言論機関と先端技術で事業を行うNTTが連携する意義も、規制と利用・開発の適切なバランスに向けて双方の知恵を結集することにある。
AI×AE
提言が法による強い規制を求めた選挙と安全保障の分野では、生成AIの脅威が現実のものとなっている。
昨年11月には、ニュース画像を模した画面で岸田首相が卑わいな言葉を発言する偽動画が拡散した。この動画は、標的が首相という知名度が高い人物で、発言内容が現実離れしていたため、偽情報と判別しやすかった。自民党幹部は、「選挙で知名度のない新人候補が狙われたらひとたまりもない」と懸念する。
今年3月に発生したロシア・モスクワ郊外のテロを巡っては、露テレビ局がウクライナ高官が関与を認めたとする偽映像を放送した事例が起きている。日本でも生成AIの悪用が国民の他国に対する憎悪をあおる事態が生じかねない。
提言が「社会不安が深刻化する危険性を否定できない」と懸念するのが、過激な情報で関心を引き付ける「アテンション・エコノミー(AE)」の助長だ。昨年1月には、ブラジル大統領選で不正があったとの情報を信じ込んだとみられる群衆が議会を襲撃する事件が起きた。「AI×AEの暴走」について、提言に携わった山本龍彦・慶応大教授は、「AIはデータから個人の属性や
データ政策
提言が長期的課題として提起した「戦略性のある体系的なデータ政策」の整備は、欧州連合(EU)の例を参考にしている。
EUの一般データ保護規則(GDPR)、デジタルサービス法、AI法などで構成される「AI法制」は、EU基本権憲章が定める個人データ保護などの基本権の保障を目的とし、相互に連関している。GDPRは、AIによる評価のみで個人にとり重要な決定を下されない権利を保障する。融資判断などを想定している。
データはAIが学習するための「食料」で、生成AIの適切な活用と規制を確立するには、データにどのように向き合うかといった国民的議論が欠かせない。
複数AI 連結構想 相互監視で暴走抑制
共同提言は、生成AIの活用と健全な言論空間の確保の両立には、「複数・多様なAIが同列に存在」する環境の確立が必要と強調した。異なるアルゴリズム(計算方法)を持った複数のAIを人間が自律的に比較し、選択することで、特定のAIが示す世界観に思考が支配されないようにする状態を目指す。
こうした状態を技術的に可能とするのが、NTTが開発を進める次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」を使った「AIコンステレーション」構想だ。IOWNは、光技術を使って高速・大容量の通信ができる先端技術。複数のAIを星座(コンステレーション)のように連結させて運用することで、AI同士が学習し合いながら相互監視する。実在しない事柄をあたかも事実のように回答する「ハルシネーション(幻覚)」や、「バイアス(偏見)」といったAI特有の現象の拡大を抑える効果が期待される。
提言では、社会にとって脅威となるAIの弊害について、「法律だけでは執行力を維持できず、技術的手段も必要だ」として、インターネット上の情報発信者を明示する技術「オリジネーター・プロファイル(OP)」を例示した。
OPは、ネット上の記事や広告などにデジタル化した識別子を付与し、ネット利用者が情報の信頼性を確認しやすくする。偽情報対策での有用性が指摘されており、政府は能登半島地震の際に偽情報や誤情報がSNS上で拡散した事例を踏まえ、被災地で技術活用の実証実験を行う方向だ。
開発を進めるOP技術研究組合の黒坂達也事務局長は、「健全な言論空間を守るには、情報の信頼性が一目で見分けられるOPのような技術が必要だ」と語る。