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敗戦から2年後、群馬県で紙の娯楽が誕生した。土地の偉人や名所を詠んだ「上毛かるた」だ。荒廃した社会で子供たちが希望を持ち、故郷に誇りを感じてほしいとの願いが込められた。それから76年。今も群馬の老若男女に親しまれ、今秋には大人の全国大会が4年ぶりに開かれる。(紙WAZA編集長 木田滋夫)
誕生76年、累計150万組
「(い)伊香保温泉 日本の名湯」「(こ)心の
上毛かるたは、群馬で引き揚げ者の支援にあたっていた浦野
県民から題材を募り、有識者らによる選考を経て、初版1万2000組を発行した。「独断ではなく、民主的な手続きを経た点に戦後の空気を感じます。女性が描かれた絵札が含まれているのも同じ理由かもしれません」
素朴な紙に先人の思い
札の寸法は、当初からタテ7センチ、ヨコ5センチほど。東京の専門店「奥野かるた店」によると、一般的なかるたはタテ8センチ、ヨコ6センチほどなので、上毛かるたは小ぶりだ。その理由は定かではないが、物資の乏しい時代に作られた初版は、苦心して方々から紙をかき集めたとの証言もある。
かるたの中には、札の両面に和紙が貼られた高級品もあるが、上毛かるたは昔からボール紙の表面に句や絵の紙を貼っただけの簡素な構造で、裏面はボール紙のまま。その分、安価(762円・税別)で手軽だ。
各地の郷土かるたの句は五・七・五が目立つが、上毛かるたは七五調だ。ひと息で読むことができ、子供も覚えやすい。その短い句には、先人の思いが詰まっているという。
例えば「(つ)つる舞う形の 群馬県」は、県の形を鶴に例えた句だが、原口さんは語る。「かるたが作られた頃は、国外に抑留されたままの群馬出身者もいました。その人たちが鶴が舞うように帰郷してほしいという祈りや、子供たちが未来へ羽ばたくようにという願いを込めた、との文献があります」
子供たちは地域の子供会で上毛かるたに親しみ、やがて地区予選や県大会を目指す。この地では、そんな文化が継承されてきた。
大人も熱中…全国大会4年ぶり 団体戦に独特ルール
「都道府県の魅力度調査で、群馬が最下位になったことがありました。出身者として見過ごせず、役に立ちたいと思ったんです」。そう話すのは、横浜市の会社代表、渡辺俊さん(46)だ。渡辺さんは、上毛かるた日本一を決める大人の大会「KING OF JMK」を主催する団体の代表理事を務める。
2013年に始まった大会には、群馬出身者らが各地から集う。19年を最後にコロナ禍で中断したが、今年10月に4年ぶりに開く。24チームを募集したところ、2週間ほどで定数に達し、いったん締め切った。
18年大会で優勝した「チーム美龍」も参加を予定する。3人のメンバーの一人で前橋市の医師、江沢一真さん(31)は、中学時代に県大会で優勝した強豪だ。
上毛かるたの団体戦は、特定の札を集めると得点が加算される独特のルールがある。勝つためにはメンバーの強みやクセを踏まえた戦略が必要で、高度な駆け引きもある。でも、人々をひきつける理由はもっとシンプルで、多分、76年前からずっと同じだ。江沢さんは言う。「やはり、1枚取ったときのうれしさに尽きます。これだけは子供時代から変わりません」