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横浜能楽堂(横浜・桜木町)の芸術監督として様々な企画を手掛けてきた敏腕プロデューサー。豊臣秀吉の天下だった桃山時代の能を400年ぶりに再現して「昔の能は今の半分ほどの上演時間だった」ことを証明したり、地元に多く住む沖縄出身者に着目していち早く琉球舞踊公演を定着させたりするなど、好奇心と研究心の赴くまま特色ある能楽堂作りを目指してきた。
「教養としての」と銘打ったのは、近年の能楽界への危機感から。「一昔前でしたら、ある程度の生活レベルの方だったら、
観客層が年々高齢化し、集客にも苦労するようになった。加えて名人上手と言われる能楽師、狂言師の層も薄くなった。能楽堂の現場の担当者ゆえ、肌身で感じる状況の厳しさ。そこで、室町時代の世阿弥の時代から戦後までの能楽の通史を、エピソード満載で分かりやすくつづったのが、今回の書籍だ。「秀吉の能狂い、犬だけでなく能もこよなく愛した徳川綱吉、自ら能や狂言を作った井伊直弼……能楽の歴史は波乱万丈で面白い素材だと思うんです」
この人の本来の専門は、日本史学、それも天皇制。だから、戦前に能の曲の中で「不敬」とされた事件のてんまつなども盛り込んだ。芸能と国家、社会というのが、この本の一貫したテーマなのだ。
「それにしても」と慨嘆する。「欧米では芸術を国が支えているのに、日本は相変わらず弟子に支えられるパトロン芸が主流。国家として、大きな損失だと思うんですけどね。政治家がこの本を読んでくれるとは期待していませんが」。悩みは深い。(ちくま新書、924円)塩崎淳一郎