井上芳雄のオヤジ演技に爆笑 新版「プロデューサーズ」の意味

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編集委員 祐成秀樹

井上芳雄さん
井上芳雄さん

 デビュー20周年の井上芳雄さんがオヤジ演技! 12月6日に千秋楽を迎えた「プロデューサーズ」で、ミュージカル界のプリンス、井上芳雄さんが「最悪のミュージカル」作りを(たくら)む落ち目のプロデューサー役を熱演し、会場の東急シアターオーブを笑いの渦に包みました。このことは彼が歩んだ20年間の日本ミュージカル界の進化を象徴しています。そこで、今回は井上芳雄さんと「プロデューサーズ」にスポットライトを当てます。

 井上さん演じたマックスは、ブロードウェーのヒットメーカーでしたが、今や破産寸前。ある時、気弱な会計士レオと話すうちに、舞台は成功するより失敗したほうがもうかると気付き、必要以上の資金を集めて「最悪のミュージカル」を制作し、上演が打ち切られたら浮いた金を懐に入れる詐欺を思いつきます。そこで、金持ちの老婦人たちから色仕掛けで制作資金を集め、「最悪の台本」と「最悪の演出家」を探し、英語の話せない美女ウーラをヒロインに迎えて、大コケ間違いなしの舞台を作り出します。

際どいギャグ 日本では難しい

 ショービジネス界の裏を描く、いわゆるバックステージもの。奇抜な設定で際どいギャグが飛び交うものの、メル・ブルックスさんの手掛けた親しみやすい楽曲や、スーザン・ストローマンさんの斬新な演出・振り付けなどクオリティーは高く、2001年のトニー賞で史上最多の12部門を獲得しました。ただ、日本のミュージカル界は「感動作」が評価されがち。「面白いが日本では難しいのでは」と浅利慶太さんが話していました。

 それだけに、05年の日本初演は大ニュースでした。7月に米国キャストの来日公演、8月にV6の井ノ原快彦さん、長野博さん主演の日本語版と立て続けに上演されたのです。観劇メモを読み返すと、来日版については、「ロッカーからダンサーが出てくる演出が秀逸」「歩行器を持った老婦人の群舞は斬新」などの文字が。日本語版については「よくがんばった」。つまり、来日版は振り付けに感心し、日本語版では健闘が心に響いた。いい舞台でしたが、コメディーとしてイマイチ。結局、笑い転げられなかったのです。

福田雄一演出に傑作へのリスペクト

 しかし、今回は大丈夫でした。演出は、映画、テレビ、舞台で数々のコメディーをヒットさせてきた福田雄一さん。多少ふざけつつも、守るべき一線を踏み外さず、それでいて楽しくと、作品への敬意が感じられる舞台作りでした。そして、どの出演者も役をものにした上で、個性も出していた。ストローマンさんの難しい振り付けも自在に踊っていました。

 7月の当欄で、井上さんを特集した時、彼より上の世代のミュージカル俳優は、必要に迫られて歌や踊りを訓練した人が多かったが、井上さんの世代以降は最初からミュージカルに憧れてミュージカル俳優になった人が多いと書きました。いわば井上さんは新世代のトップランナー、その活躍に刺激されて多くの才能がミュージカルに目を向けるようになりました。一方で「プロデューサーズ」のように、俳優にもスタッフにも高い技術や創意を求める海外作品も入ってきた。その積み重ねで、日本のミュージカルが進化したのだと思います。

明るい声、軽快ステップで魅了した吉沢亮

 さて、「プロデューサーズ」、私は11月27日に観劇しました。ダブルキャストのレオ役は、吉沢亮さん。来年のNHK大河ドラマ「青天を()け」に主演する注目株が、ミュージカルに初挑戦したのです。福田さんから誘われたそうですが、ミュージカルのステータスが上がったことを示す一例と言えるでしょう。

吉沢亮さん(左)と井上芳雄さん 東宝演劇部提供
吉沢亮さん(左)と井上芳雄さん 東宝演劇部提供

 で、吉沢さんのレオ役、実に素晴らしかった。前半、マックスからコンビを組もうと誘われる時に歌う「出来るさ!」で非凡さを見せつけました。いかがわしい仕事を「出来るさ」と美声でたたみかける井上さんに対し、吉沢さんは「出来ない」と気弱。前向きさと後ろ向きさがぶつかり合う難しいデュオを、リズムを捉えて見事に歌いきりました。総じて歌声は明るく伸びやかで、ステップは軽やか。合格点以上の演技でした。

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1705141 0 スポットライト 2020/12/17 10:00:00 2020/12/17 10:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201215-OYT8I50030-T.jpg?type=thumbnail

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