【バックナンバー】新型コロナ感染者数 日本が「世界最多」の波紋

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POINT
■2022年夏、世界保健機関(WHO)の新型コロナウイルス感染症の集計で、日本の週あたりの新規感染者数が世界最多を2か月以上も記録し続けた。

■日本の感染者増は、22年春に東アジア各地で起きた現象の再現であり、欧米の検査数減少だけに注目していては、判断を誤る。

■日本の2021年の平均寿命が10年ぶりに前年を下回った。新型コロナによる超過死亡の影響であり、この傾向は22年も続く可能性がある。

■ランセット委員会の検証報告は国際保健体制だけでなく、主要国の責任にも言及した。国際保健における多国間協調の立て直しが急務だ。

調査研究本部主任研究員 笹沢教一

 2022年7月下旬から2か月以上にわたり、日本の新型コロナウイルスの新規感染者数が世界最多を記録し続けた。2年半を超えたコロナ禍でこんなことは初めてだ。流行当初は感染者が他国に比べて少なく、その理由を巡って様々な考察や仮説、さらには楽観論、「民度」に言及する国会での失言までが登場した(注1)が、あのときの自信は何だったのか。結局はコロナに強いわけでも、対策が進んでいたわけでもなかった。主要国が出口戦略に動く中、日本でも水際対策が見直されるなど緩和ムードが漂っている。この期に及んでの感染者数世界一の背景と影響について、今夏の日本で何が起きていたのかを振り返りながら考えたい。

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感染者が多いのは真面目だから?

 日本の世界最多が最初に報告されたのは、22年7月27日付の世界保健機関(WHO)の週報だ。18日から24日までの世界の感染者数が集計されている。

 日本の新規感染者数は、北半球での夏季の波、国内で言うところの「第7波」で劇的に増加した。

 図1を見てほしい。日本の波は、世界全体の傾向とほぼ連動している。昨冬の波(日本の第6波)の規模があまりに大きいため、ほかが小さい「さざ波」に見えるが、よく見れば今夏の波は、国内でも緊急事態宣言の発出などで大きな騒ぎとなった第3、第4、第5波の頃と同等か、やや大きい規模だとわかる。しかも、この波は西太平洋地域事務局管内、とりわけ日本の感染者増が数字を大きく押し上げている。

 これに関して、ある民放テレビ番組で感染症の専門家が次のようなことを言った。

 「もう外国はきちんと検査などしていない。真面目に検査をしているのは日本くらいだからですよ」

 こうした見解を示した専門家はこの人に限らないが、慣れ親しんだ人物からこんなことを言われると、「ああやっぱりそうか」「日本がそんなはずないものな」と、直感的に視聴者が納得してしまうのが怖い。これでは「自分は大丈夫」と根拠なく思い込む「正常性バイアス」だ。そういう側面があったとしても、もう少し丁寧な説明が要る。

 日本の感染者数は8月に入ると、世界全体の3割近くにまで達した。驚異的な数字だ。確かにいくら何でも多過ぎではないかと感じるのはわかる。だが、ほかの国の検査数が減ったところで、日本で感染者が急増したことの説明にはならない。

 日本はもともと検査数が多い国ではない。1月25日の本紙朝刊3面は次のように報じている。

 「人口1000人あたりの日本の(1日の)検査数は1・2件で、英国の20・4件、米国5・7件、韓国3・4件と比べて見劣りする」

 これ以降も日本の検査数は劇的に増えたわけではなく、感染者数の急増ぶりに関してはほかの要因を考えないと説明がつかない。

 もう一つ注意したいのが、この件を報道する記事でよく見かける「各国の検査数が減り、報告された感染者数が実態より少ない可能性がある」という趣旨の表現だ。新聞もテレビもよく使っている。

 確かにこれは、WHO週報にも繰り返し明記されている。だが、このニュースに併せて付記されると、日本の世界最多にはデータ集計上の問題があって、実際にはそうではないかもしれない、という誤解を与える。

 この記述が登場したのは、3月8日付週報の「各国が徐々に的を絞った検査戦略を取り入れているため、これらの傾向を慎重に扱う必要がある」というものが最初だった。翌週からは「的を絞った検査戦略~」という抑えた表現が「検査戦略を変えている」という直接的な表現に変わった。

 いずれにせよ、注意書きが加わったのは春先のことであって、日本の今夏の急増とは関係がない。問題はよそがどうであるかではなく、日本で何が起きたかなのだ。

春に東アジアを襲った波

 日本と同じような現象は、ほかのアジア地域でも起きている。22年3月、香港や中国本土、韓国で、これまでになかったような感染者数の急増が起きた。韓国は3月から4月にわたって、WHO週報の集計で世界最多となった。この頃が西太平洋地域事務局管内の感染者数のピークでもあった。

 図1を見ると、日本に第6波が襲った昨冬の大きな波が下降する中で小さなはね上がりがあり、この頃に相当する。

 マスクを抵抗感なく着用し、感染防止対策も厳格なコロナ対策優等生のアジアが、行動制限に反発する人の多い欧米を上回るという逆転現象が起きた。これで、流行の主流となったオミクロン株への警戒感が一層強まることになった。

 東アジアでは、オミクロン到来前の対策が奏功し、コロナに感染したことがある人の割合が欧米より少なかった。オミクロンが持つ強い感染力や免疫をすり抜ける能力に加え、こうした感染後の免疫を持つ人の少なさが逆に影響したともみられている(注2)。

 日本はこの時に数字が一瞬上がりはしたものの、記録的な増加には至らず、危機感の高まりにつながらなかった。

 22年の春のアジアと夏の日本とでは、流行の主流となったウイルスのタイプには違いがある。春頃はオミクロンの派生型BA・2、今夏の流行はBA・5が主流となった。ただ、現象面としてみれば、韓国などが春に経験した感染者の急激な増加が今夏にひと波遅れて日本に到来したと見なせる。

 政府の助言機関(アドバイザリー・ボード)の8月3日付報告は、感染者増が継続する要因として、<1>ワクチンの3回目接種と感染により獲得された免疫が徐々に減衰している<2>夏休みやお盆等の影響等もあり、接触の増加等が予想される<3>オミクロン株のBA・5系統に置き換わったと推定される―との見方を示した。

 結局、コロナに強い国などはなく、感染力の強いウイルスが到来すれば、免疫と接触機会の条件次第で爆発的な感染増を引き起こすのである。

 世界全体ではこのところ減少傾向にあるうえ、今流行しているオミクロン株の派生型は、感染力は強いものの、重症化や入院のリスクがこれまでのデルタ株などと比べて低いとみられている。日本政府は全数把握の見直しや療養期間の短縮、水際対策の緩和など、欧米の動きも踏まえたコロナ対策の簡素化に動きだした。さらに、ロシアのウクライナ侵略や安倍元首相の銃撃と国葬など国内外の懸案も抱える中、間の悪いタイミングで起きた世界最多への手当てにまで気を配る余裕が政府にもメディアにもなくなってしまった感がある。だから、世界最多を何週も続けているのに大きく報じられることはまずない。だが、この間の悪さこそ、最も注意しなくてはならない落とし穴なのではないか。

超過死亡と平均寿命から見えるもの

 これだけ感染者が多くなると、死亡率や重症化率が低くても、死者数がかなり深刻な水準となる。日本が世界最多となった当初は「死者は欧米の方が多く、日本は重症化を抑え込んでいる」といった希望的観測がメディア上に流れたが、結局は時間の問題で、感染者数の世界最多を記録した週から3週遅れて死者数が世界2位に達した。

 1位の米国の数字を見ればわかるが、人口比では米国を上回っている。順位に関係なく、一つの感染症によって、千人単位の命が毎週失われているというのはかなり深刻だ。感染者が激増する中、本来なら回避できた死もあっただろう。

 これとは別に、7月末には、2021年の日本の平均寿命が発表され、10年ぶりに前年を下回ったことが明らかになった。言うまでもないが、コロナによる死亡が多くあったためだ。

 図2のグラフを見てほしい。少なくとも1990年以降に、男女ともに平均寿命が前年を下回ったことは今回を含め6回ある。いずれも平時と違う突発的な理由によって「超過死亡」が起き、右肩上がりに伸び続ける平均寿命の曲線を押し下げた。

 厚生労働省が挙げたほかの5回の理由は、阪神大震災(95年)、インフルエンザ流行(99年、2005年)、猛暑(10年)、東日本大震災(11年)だ。自然災害、感染症、気候変動といった今日的な地球規模課題が超過死亡をもたらすのである。国連などが言う「人間の安全保障」という概念がいかに重要であるかがよくわかる。このままの状態が続けば、22年も落ち込みが続くことになるだろう。

 ちなみにだが、1992年と98年に男性だけ小さく前年を下回っている。どちらも自殺の増加が関係している。それぞれバブル倒産や金融破綻が相次いだ時期であり、経済的な理由も平均寿命に影響を与え得ることがわかる。ただ、その程度は災害などとは異なっている。

 コロナ対策か経済を回すか、という議論は、どちらを取るかではなく、どううまくバランスを取るかが最適解だとされる。最適なバランスのためにも、どちらが重要かという、いわば定性的な見方ではなく、どちらがどれだけあるかという定量的な見方が求められる。

 コロナによって、世界の多くの国で平均寿命がそれまでより大きく下がった。平時において、先進国の平均寿命はたいていゆるやかな右肩上がりの線を描き、年ごとにジグザグの増減変化を繰り返すことはない。それだけ医療・保健の制度が充実し、3大疾病や生活習慣病の治療法などが年々向上しているからだ。これが軒並みがくんと前年を下回った。日本では21年からだが、欧米は20年からだ。

 経済、製造業、科学技術など様々な分野でかつての勢いを失う中、平均寿命は数少ない日本の世界一であり、国民皆保険に裏打ちされた高い医療・保健水準の証しでもある。これが2年連続で落ち込むかもしれないのだから、もう少し危機感を持つべきだろう。

パンデミック疲れと揺り戻し

 各国が検査に積極的でなくなったことに問題はないのか。

 スイス・ジュネーブに拠点を置く非営利団体「FIND(ファインド)」(注3)のビル・ロドリゲス代表は4月26日、WHO本部の記者会見に出席し、「過去4か月で、世界各国の検査率が70~90%急落した。検査が世界的な警戒緩和の最初の犠牲者になった」と訴えた。

 ファインドは、WHOや欧州などが主導して発足した新型コロナの検査キット・治療薬・ワクチンの開発を促進する国際枠組み「ACTアクセラレーター(ACT-A)」で、検査部門を支援している。この日は、ACT-Aの発足記者会見(20年4月24日)から2年の節目ということで行われたことから複数の関係者が出席していた。

 この後、6月2日の英医学誌ランセット(電子版)にさらに詳しいデータを示した記事が掲載され(注4)、25か国で70%以上検査率が下がり、特にデンマーク、ガボン、コンゴ民主共和国、トルコでは90%以上も下がったことが明らかになった。

新型コロナウイルス対策の見直しを発表する岸田首相(首相官邸で)
新型コロナウイルス対策の見直しを発表する岸田首相(首相官邸で)

 デンマークは、21年12月の時点で1000人あたりの1日の検査数が49件だったが、22年4月には3件に激減した。だが、これはデンマークの落差が大きいだけで、この時点で英国やイスラエルなど昨冬に2桁だった他の国も数件ペースとなり、その後も低水準を続けている。感染症医でもあるロドリゲス氏は「パンデミック疲れによる行き過ぎた揺り戻しが一部の豊かな国で起きている」と警告した。

 ファインド側は、大規模な検査能力を持つ高所得国と、今なお検査がわずかしか実施できないアフリカの中低所得国の双方で大きな減少が起きたことを問題視している。

 高所得国ではワクチンの接種率が高まり、感染拡大や重症化がある程度抑え込めるようになったことで、検査への関心が薄れたとみられている。この時期は東アジアを除けば、流行の波が通り過ぎた谷間の時期にあたり、長期化による「疲れ」も手伝って、所得の低い国でも検査数が低落したようだ。

 さらに、もう一つ深刻な要因がある。検査キットの普及が著しく停滞していることだ。

 ACT-Aは10億回分の検査キットを中低所得国に供給することを目標に掲げ、国際社会に協力を求めているが、検査に関してはワクチンや治療薬に比べて支援が不足する傾向がある。

 21年10月の時点で、目標達成には47億ドルの資金が必要になると算出したが、世界からの寄付は3400万ドルにとどまり、必要額の1%にも満たなかった。欧米の検査数が激減した時期にあたる22年の第1四半期に、ACT-Aを通じて中低所得国向けに調達された検査キットは目標より2桁少ない1900万回分にとどまる。

 このまま、主要国を中心とした緩和ムードが広がれば、検査キットの普及など過去の話のように扱われてますます重視されなくなり、ひいては、変異株の追跡などの基本的なサーベイランス機能が失われてしまうのである。

 

自分たちの意思で自由に検査をやめられる国は、恵まれたひと握りにすぎず、本来必要とする国に今なお行き渡っていないという厳しい現実がある。蒸し返すようだが、真面目か否かの問題ではないのだ。

「地球規模の大失敗」

 ランセットは9月14日、独自の検証組織「コロナ・パンデミックからの教訓に関するランセット委員会」による報告書を発表した(注5)。

新型コロナウイルスの水際対策が緩和され、入国する人たち(成田空港で)
新型コロナウイルスの水際対策が緩和され、入国する人たち(成田空港で)

 報告書は、累計で600万人を超す多数の死者が出たことについて、「深刻な悲劇であるとともに、複数の階層における地球規模の大失敗」と厳しい見解を示した。初動時の度重なる対応遅れや、本稿で触れた中低所得国への医療物資の供給と投資の不足などを挙げて、「国連を中心とする多国間体制の弱点を露呈した」と断じた。

 国連やWHOの課題を指摘する一方で、批判の多くは各国、特に主要国に向けられた。大国間の緊張や高所得国によるワクチン分配の不公平(ワクチン・ナショナリズム)などの利己的な行為があったことを指摘し、特に大国を念頭に、国連システムを支持し、維持し、強化するよう国際協調を促した。

 これまでも「パンデミックへの備えと対応に関する独立パネル(IPPPR)」や国際保健規則の検証委員会などの組織がコロナ対応の検証報告書をまとめているが、これら組織は独立をうたっていてもWHO側の手続きを経て設立されている。

 一方、ランセット委員会は米コロンビア大などの研究者で構成され、ユネスコや経済協力開発機構(OECD)、国際通貨基金(IMF)などの国際・国連機関に所属する共著者はいるが、WHOの枠組みからも独立している。

 WHOは発表の翌日、一応は報告書を歓迎しながらも、「大事なところに省略と誤認がある」と一部反論する文書を公表した。このあたりの対応は前述の組織の発表時とはかなり違う。

 報告があった14日にはWHO本部で、週報の発表に合わせたテドロス事務局長の記者会見があった。この週報で死者数がパンデミック宣言(20年3月11日)以来最低となったのを受け、テドロス氏は「パンデミックを終わらせるかつてない好機であり、終わりが見えてきた」と発言した。

 この「終わりが見えた」の部分ばかりが切り取られるのだが、真意はそこではないだろう。これに続いて、「マラソンランナーはゴールが見えても止まらない」などと述べ、もう少しの我慢なのだから、警戒を緩めないでくれと国際社会に念を押したという印象が強い。

 WHOはこれに合わせ、検査、臨床管理、ワクチン、感染防止と制御、インフォデミック(誤情報の拡散)、リスク・コミュニケーション(危険時の適切な情報共有)―の6項目からなる方針説明を公表し、国際社会に向けて引き締めを図った。

 7月23日には、サル痘にも「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」が宣言された。新型コロナ(20年1月30日宣言)、ポリオ(14年5月5日)と合わせ、3件の感染症がPHEIC宣言下にあるという異例の状況となっている。うんざりする気持ちはわかるが、油断していいタイミングではない。

 世界全体で感染者や死者の数が減っても、どこかに流行拡大のホットスポットを残してしまえば、そこで変異が進み、さらに扱いづらいウイルスへの進化を許すことになる。これではいつまでたってもパンデミックは終わらない。

 これから北半球は感染症の流行シーズンを迎える。これまでの経過を考えれば、その規模はともかく、次の波は一定の間隔をおいて確実に訪れると考える方が賢明だ。主要国を中心に出口戦略に動く中、何かが起きた時に一度緩めた制限を元に戻すことができるのか。

 特に、その最前線に日本が置かれた時、米国をはじめとする欧米の主要国を常に追従してきたこの国が、先例のない判断に踏み切れるか。時間は限られ、「慎重に見守る」などと言っている余裕はない。これまでコロナに対して示してきた根拠のない自信と、今回の世界最多に対する正常性バイアスのような反応を見るにつけ、言いようのない不安に駆られるのである。

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注釈
(注1)『読売新聞』2020年6月5日朝刊4頁。
(注2)菅谷憲夫(2022)「『オミクロン株は軽症』は誤り―〝世界の優等生〟諸国ではオミクロン株が大流行」。日本医事新報、5114号、32頁。
(注3)革新的新診断技術財団(Foundation for Innovative New Diagnostics).
(注4)Usher, A.D.(2022). FIND documents dramatic reduction in COVID-19 testing. The Lancet, 22(7), P.949.
(注5)Sachs, J.D., et al. (14 September 2022). The Lancet Commission on lessons for the future from the COVID-19 pandemic. The Lancet. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(22)01585-9

※この論考は調査研究本部が発行する「読売クオータリー」に掲載されたものです。読売クオータリーにはほかにも関連記事や注目の論考を多数収載しています。最新号の内容やこれまでに掲載された記事・論考の一覧は こちら にまとめています。
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