雇用の流動化が日本を救う…東京都立大・宮本弘曉教授が語るポストコロナの労働市場

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POINT
■日本経済は、人口構造の変化、テクノロジーの進歩、地球温暖化対策によるグリーン化、グローバル化という四つのメガトレンドに直面している。

■高齢化を伴う人口減少と潜在成長率の低下が、日本経済の最大の弱点。今後訪れる大きな社会変化を乗り越えるためには、労働市場の流動化が重要だ。

■人手不足の解消は、日本の雇用慣行を見直す好機。労働集約型産業では、女性や高齢者を活用すると同時に、人工知能(AI)やロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)などのテクノロジーを駆使して省力化を進める必要がある。

■日本に移民法がない点も中長期的な課題。外国人の高度人材にとって魅力的な国となる努力をするべきだ。

 世界を取り巻く環境が激変する中、日本のさまざまなシステムが変革期を迎えている。新型コロナウイルス感染拡大の長期化や、ウクライナを巡る国際情勢の緊迫といった新たな要因が加わり、日本経済の先行きはより不透明な情勢だ。国際通貨基金(IMF)エコノミストを経て、2022年1月に「101のデータで読む日本の未来」(PHP新書)を出版した東京都立大学の宮本 弘曉(ひろあき) 教授(労働経済学、マクロ経済学)に、各種データから浮かび上がった日本経済の現状と課題をもとに、日本再生のカギを握る労働市場改革の方向性について話を聞いた。

聞き手・構成 調査研究本部主任研究員 高橋徹 

四つのメガトレンドに直面

インタビューに答える宮本教授
インタビューに答える宮本教授

――日本経済が置かれている現状をどう見るか。

 足元の課題は、新型コロナウイルス禍とロシアによるウクライナ侵攻だ。コロナ禍から回復を探る日本経済に、ロシア・ウクライナ戦争を受けたエネルギー価格の上昇や同時に進む円安が悪影響を与えることが懸念される。

 日本経済は今、構造的な四つのメガトレンドにさらされている。一つ目は少子高齢化による人口構造の変化、二つ目はテクノロジーの進歩、三つ目は地球温暖化の問題(グリーン化)、そして四つ目は1990年代から続くグローバル化だ。

 日本の人口は、2008年の約1億2800万人をピークに減少を続けており、総務省の推計によると、21年10月1日時点では約1億2550万人と、前年より64万4000人も減っている。鳥取県(約54万9000人)や島根県(約66万5000人)とほぼ同じ規模の人口が1年間で消失しているのだ。

出典:令和3年版高齢社会白書
出典:令和3年版高齢社会白書

 国立社会保障・人口問題研究所や総務省の中位推計では、日本の人口は50年には約1億192万人、65年には約8800万人になる。今後、四十数年でおよそ3750万人の人口が減る見通しで、この数はカナダの現在の人口(約3700万人)に相当する。先進7か国(G7)の一つが消失するほどの人口減少というインパクトは大きい。人口構造が大きく変わり、少子高齢化に伴う人口減が進行していることと、潜在的な日本の経済成長率が低下していることは、日本経済の大きな弱点といえる。

 テクノロジーの進歩でいえば、現在、人工知能(AI)やモノがインターネットにつながるIoT、ビッグデータに代表される第4次産業革命が進んでいる。こうした技術を背景に成長してきた米IT企業大手、Google、Facebook<現Meta>、Amazonは、いずれも1990年以降に生まれている。30年ちょっと前には存在しなかった企業が、今や世界経済を席巻している。今後30年間でも、こうした企業は当然出てくると考える方が自然だろう。テクノロジーの変化は経済に大きなインパクトを与えるわけだ。

 地球温暖化対策のためのグリーン化は、産業構造全体を変える可能性がある。自動車産業で考えると、ガソリン車から電気自動車(EV)への転換が進めば、必要な部品の数が大幅に減り、ガソリンスタンドも不要になるかもしれない。下請けを含めた業界地図、経済構造が大きく変わらざるを得ない。また、グローバル化の動きはもう止まることはないだろう。

 これらの四つのメガトレンドは、人々の行動、生活様式、働き方、企業の経営戦略、政府の政策にも大きな影響を与えるはずだが、政府や日本人の危機意識は依然として希薄だ。1990年代は世界のトップ5に入っていた国民一人あたりの所得が、2020年には24位に後退するなど、日本の国際社会における存在感は低下し続けている。世界のトレンドを直視し、強い経済力、国力を維持する必要がある。

雇用は生産の派生需要

――日本がメガトレンドの変化に直面する中、労働市場改革の重要性を強調する理由は?

 労働市場の改革は、日本経済再生の大きなカギを握っている。雇用、労働市場を考える際に非常に重要な視点は「雇用は生産の派生需要である」ことだ。

 このことは、労働経済学やマクロ経済学で必ず出てくる命題だ。企業が人を雇うのは、生産やサービスを拡充するためであって、ボランティアで人を雇っているわけではない。つまり、雇用は生産があってはじめて生まれる。経済や社会構造が変われば、労働市場や雇用のあり方も変わらざるを得ない。

 その一例として、技術進歩がどのぐらい雇用に影響を及ぼすのか考えてみる。英オックスフォード大のカール・B・フレイ氏とマイケル・A・オズボーン氏の共著「雇用の未来」(2013年)によれば、米国では、今後10~20年間ぐらいの間に労働者の47%が現在就いている仕事をオートメーションや機械に取って代わられるリスクがあるそうだ。

 日本でも野村総合研究所が同様の分析を行っており、それによると、労働者の約49%の業務がオートメーション化されるリスクがあるという。そうした中で、今求められているのは柔軟な働き方、つまり流動的な労働市場だ。しかし、日本の労働市場は旧態依然としたシステムが残り、こういった変化に労働や雇用慣行が対応できていない。

高齢化の余波

写真はイメージです
写真はイメージです

――高齢化は日本社会にどういった影響をもたらすか。

 総人口に占める65歳以上の人口の割合が29%程度に達している日本は、世界一「高齢化率」が高い国となっている。今後、この数値はさらに上がり、2060年には4割に迫る見通しだ。高齢化が進むのは、日本に限らない。欧米諸国や新興国も今後、高齢化の波にのまれていくことになる。

 日本の高齢化を考えるときに重要なのは、ひと口に「高齢者」といっても、65歳から100歳を超える方まで、その性質が違うという点だ。特に最近は100歳以上の人口の増加がよく指摘される。平均寿命もこの60年間で大きく伸び、高齢化というより長寿化が進んでいるのが日本の特徴だ。

出典:国連、総務省、国立社会保障・人口問題研究所の調査推計に基づく
出典:国連、総務省、国立社会保障・人口問題研究所の調査推計に基づく

 厚生労働省の調査によると、2019年に生まれた日本人のうち、75歳まで生きる人の割合は女性が88.2%、男性が75.8%で、90歳まで生きる人の割合は、女性が51.1%、男性が27.2%に達する見通しだ。女性の2人に1人は90歳まで生きることになり、まさに人生100年時代が現実味を帯びている。長寿化が進めば、雇用あるいは働き方にも大きな影響を及ぼす。

 日本人の典型的な働き方として、高校、大学を卒業する前の若い時期が「教育」のステージ、学校を卒業して就職すると、そこから「労働」のステージに入り、定年退職を迎えると「老後」というように、教育→労働→老後という三つのステージがある。寿命が延びると老後が非常に長くなり、高齢国家では労働のステージを長くしていく必要が出てくる。そうなれば、人生を通じて受ける技術進歩や経済のグリーン化の影響もより大きくなる。高齢者が経済・社会構造の変化に直面する機会がどんどん増え、対応せざるを得なくなるのだ。

 高齢化は金融・財政政策にも関係してくる。慶応義塾大学の吉野直行名誉教授との共同研究で、金融・財政政策のアウトプット効果、経済を刺激する効果というものが高齢国家では低下する可能性が高いことが理論的にも実証的にも示されている。

 高齢化によって労働力が減少する結果、財政政策の財政乗数の値が減る。そのネガティブな効果を軽減するには、高齢者の労働参加が重要になる。高齢者の労働参加が増えれば、所得を確保する機会も増え、新たな消費需要を生み出す可能性が高まる。社会保障給付への依存から多少は脱却できるようにもなるだろう。さらに、高齢者の雇用をサポートするAIやロボットなどが開発されれば、高齢化が進む国への輸出に道が開かれ、一大産業に成長する可能性が高い。

労働市場の流動化の利点

――流動的な労働市場のメリットは?

 いつの時代にも、経済には伸びていく産業セクターと衰退していく産業セクターがある。資金、資本、労働を衰退産業から成長産業にスムーズに移せるかどうかは、経済成長に大きな影響を与える。労働市場が流動的だと、労働の再配分がスムーズに達成しやすくなり、高い生産性も達成できる。このことは、すでにさまざまな研究で実証されている。IMFの調査研究でも、労働市場が流動的だと財政政策の景気刺激効果も高まると指摘されている。流動的な労働市場は経済成長にはかなりメリットがあるといえる。

――日本の現状はどうか。

 日本の労働者が1年間で転職する率は5%弱だが、米国では1か月で2.1%が転職している。一企業での平均勤続年数は日本の12.5年に対し、米国は4.1年だ。日本の労働市場改革の最大のポイントは、いかに流動性を高めるか、に尽きる。

 流動性が低い背景には、終身雇用や年功賃金、企業別労働組合といった日本的な雇用慣行がある。日本的雇用慣行は、持続的でかつ非常に高い経済成長と、豊富な若年人口という二つの前提条件があって実現したといわれている。そこで想定している労働者は「専業主婦の妻が家庭を守る男性正社員」で、高齢者や女性、非正規社員は枠外だった。

 戦後の高度経済成長期には常に労働需要があり、企業は労働者を雇い続けるインセンティブ(優位性)があった。将来の業績や成長の見通しが立てやすかったから、各企業は一時的な不況になっても解雇はあまり考えず、労働者も辞めなかった。若年人口が潤沢で、持続的な経済成長を支える労働力も十分に供給できていた。継続的に人材に投資をしやすかった。人的投資が日本的雇用慣行を補完する「投資」と「リターン」の関係が形成されていたわけだ。

 ところが1990年代にバブルが崩壊して低成長時代に入り、人口構造も変わったことで、日本的雇用慣行を長期間保証する前提条件はすべて崩れてしまった。業績や成長の先行きが見えなくなった企業は、人に対する投資を控えざるを得なくなった。こうした状況下で旧態依然とした雇用慣行を維持しようとすれば、当然、その弊害や副作用が随所に出てくる。その一つが、社員への教育トレーニング(On-the-Job Training=OJT)の減少だと思う。

 賃金は、労働市場の流動化とセットで考えるべきだが、現在の日本企業の多くはまだ年功序列型賃金を採用している。この結果、残念ながら労働者の生産性と賃金が一致しなくなっていることが多い。年功序列の下では、年齢が高くなるほど、その生産性以上の賃金を受け取る傾向がある。このままだと企業が高齢者を雇用するインセンティブ(動機付け)がなくなってしまう。

 労働の成果や生産性と賃金が等価なら、企業は優秀な若い人材を高い報酬を払って雇うことができる。労働の成果と賃金を一致させていけば、多様な雇用形態を許す仕組みにもなりうる。あわせて労働市場の流動化を進めていけば、個人の労働価値が社外からも評価されるようになり、転職の選択肢や機会が増える。開かれた労働市場で、その人の働きや能力に合った賃金を決められるようにもなる。賃金を生産性に応じて決める仕組みが整えば、年齢や性別に関係なく、あらゆる労働者を雇えるようになる。

 このことは雇用機会を増やす点からも非常に有益だ。「労働市場の流動化が雇用を不安定化させる」という声をよく聞くが、私はむしろ逆だと思う。かつてのように労働者の雇用を守ることができなくなり、経済を取り巻くメガトレンドが大きく変わっている現在は、柔軟な働き方を導入しなければ、雇用機会は縮小する一方だ。

 労働市場改革は痛みを伴うため、始めると反発もあるだろう。しかし、徹底的に労働市場を流動化させる方向に (かじ) を切った方が、長期的には全ての労働者にプラスになるはずだ。中長期的に日本の成長率を高めていくためには避けて通れないだろう。

長期雇用の優遇策の弊害

――労働市場の流動化のためには何をすべきか。

 環境を整えるため、変えるべき点が多くある。まず、税制や労働政策だ。一例として挙げたいのが、長期雇用を優遇している退職金優遇税制の改革だ。コロナ禍への対応でクローズアップされた雇用調整助成金をはじめ、税制や労働政策を転職に中立的なものに変えていく必要があるのではないか。

 流動性を高めるにはマッチング機能の拡充が欠かせない。変化が大きい時代に活躍できる人材をふさわしい職場に雇用するには、労働者がスキル(技術・才能)を磨き続けるだけでなく、そのスキルをしっかり評価できる制度を整備しなければならない。

 私は「自己開発優遇税制」の充実を提唱したい。労働者が自らスキル向上のためにトレーニングを受けたり、教材を買ったりした費用の所得控除を可能にする。海外の事例をみると、シンガポール、フランスは、全ての労働者に訓練の補助金を出しているが、日本はまだまだ不十分だ。

人手不足解消 技術革新がカギ

――コロナ禍でサービス業など労働集約型産業の人手不足が難しくなっている。コロナ後に経済活動が本格化しても、外食産業や運送業界の人手不足が続きそうだ。

 コロナ以前から建設、情報通信、運輸業、医療・福祉で人手不足が顕著になっていた。コロナ禍で一時需要が減退し、雇用難は和らいだものの、コロナ禍が収束して経済活動が元に戻れば、再び深刻な人手不足になるのは間違いない。人手不足は一時的な現象ではなく、人口減に起因する構造的な問題でもある。人口の減少が進む中で人材を確保していくカギは、技術革新やテクノロジーの利用にある。人が嫌がる仕事は機械に、それができない仕事は労働者のスキルアップを後押ししていくことが必要だ。

 中小企業でも、ロボットやAIなどのデジタル活用を進めなければならない。こうした技術への理解を浸透させ、初期投資コスト対策に政府が関与してくべきだろう。

カギ握る多様な文化の受け入れ

――移民政策についての見解は?

 人口減を踏まえれば、女性や高齢者の就業に加え、外国人労働者の労働力も重要になってくる。しかし、日本には外国人材に関する法律は、出入国管理法と難民救済法の二つしかない。2019年には出入国管理法に「特定技能」という新しい在留資格が定められ、これまで後ろ向きだった単純労働者の受け入れに (かじ) を切っている。

 20~21年はコロナの影響もあって外国人労働者数はあまり増えていないが、長期的には増加傾向にあり、この10年でほぼ3倍に増えた。今後も外国人労働者を増やしていくことは非常に重要だ。

 来日した外国人労働者の中には劣悪な労働環境下で働く人も多く、厚生労働省によると、技能実習生の受け入れ事業先の約7割で問題が起こっているという。日本には、外国人の国内での扱いを定めた「移民法」がない。法整備が必要ではないか、

 加えて重要なのは、世界中で獲得競争が激化しているスキルを持った「高度人材」にとって、今の日本があまり魅力的に映らないという点だ。スイスのビジネススクール「IMD」が発表した世界人材競争力ランキング2020で、日本は「外国人材の活用」で63の国・地域の中で54位と低迷している。外国人労働者は生産資本ではなく、生身の人間だ。異なる多様な文化を受け入れる環境の整備が欠かせない。

プロフィル
宮本 弘曉氏( みやもと・ひろあき
 東京都立大学経済経営学部教授。1977年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒、米ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士号取得(Ph.D.in Economics)。国際大学学長特別補佐・教授、東京大学公共政策大学院特任准教授、IMFエコノミストを経て現職。専門は労働経済学、マクロ経済学、日本経済論。国際経済交流財団「進化型産業政策研究会」メンバー。著書に『労働経済学』(新世社)、『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)。


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2943023 0 経済・雇用 2022/04/22 13:46:00 2022/04/29 13:24:36 2022/04/29 13:24:36 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/04/20220421-OYT8I50036-T.jpg?type=thumbnail
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