PARCO劇場 様 / 東京都 /
Japan / Tokyo April. 2021
1973年にオープン(当時の名称は「西武劇場」)。43年間で約1200作品を上演し、数多くの観客、クリエイター、そして俳優たちに愛されてきた「旧PARCO劇場」。その伝統を受け継ぎ2020年「PARCO劇場」が新開場しました。ヤマハサウンドシステムは「PARCO劇場」の音響設備の提案、施工、保守を担当しました。株式会社パルコ エンタテインメント事業部演劇事業担当劇場運営チーム 横山 武広氏と音響を担当する株式会社シグマコミュニケーションズの若林 克弘氏、村田 浩人氏にPARCO劇場の音響システムのコンセプトや概要、ヤマハサウンドシステムの仕事ぶりなどについてお話しをうかがいました。
PARCO劇場は「オールS席のプレミアムシアター」
● 最初に「PARCO劇場」について教えていただけますか。
横山氏:
43年間公演を行ってきた「旧PARCO劇場」は渋谷PARCOの建替えに伴っていったん幕を下ろし、新しいPARCOの完成とともに「PARCO劇場」も生まれ変わりました。竣工引き渡しは2019年11月、2020年1月にこけら落としシリーズ「志の輔らくご~PARCO劇場こけら落とし~」「ラヴ・レターズ ~こけら落としスペシャル~」を行い、3月からの「ピサロ」でオープニング・シリーズが始まりました。
● 「新生PARCO劇場」はどんなコンセプトで作られたのでしょうか。
横山氏:
「PARCO劇場」は規模としては中劇場ですが、劇場としては日本一を目指しています。旧劇場の「どの席からも舞台がよく見え、観客と舞台との一体感があるオールS席のプレミアムシート」という評価を新劇場でも継承することが第一のコンセプトで、席数が636席(旧劇場は458席)とやや増えましたが、旧劇場と同様にワンスロープで客席は奥までつながっており、客席の傾斜角や舞台の高さなどもすべて「旧PARCO劇場」と同じ設定となっています。
● 「PARCO劇場」は演劇公演の劇場ですが、一般的なホールの音響システムとはどんな点が違うのでしょうか。
横山氏:
「PARCO劇場」での演目は台詞主体の「ストレートプレイ」が多いので、演者の声が生に近いニュアンスで聴こえることを重視しています。あとは演出におけるさまざまな音響効果、たとえばドラマチックな音であったり、劇場内を音像が動くことなど、演出家から要求されることにできるだけ応えられるような設備を用意しました。
インカムや回線など使いやすさや自由度を最大限に重視
● 具体的な音響システムについてうかがいます。音響を担当するシグマコミュニケーションズの若林さんは「PARCO劇場」の音響にはどんな印象を持ちましたか。
若林氏:
弊社がこれまで携わってきた現場はいわゆる公共施設が多く、「PARCO劇場」のような演劇専用劇場は初めてですが、非常に自然な音だと感じました。台詞がスピーカーから聴こえているのではなく、舞台上の役者がそこでしゃべっているように感じられるようなシステムに仕上がっていると思います。
● これは「旧PARCO劇場」で培ったノウハウを活かすことで、よりよい音響を実現したということでしょうか。
横山氏:
スタッフや新劇場をつくるにあたってアドバイザーとして参加していたオフィス新音さんからの要望はかなり取り入れました。おかげさまでお客さまにいい音響を提供するだけでなく、役者やスタッフからも便利で使いやすい、作業が楽になった、という声はよく聞きます。
● どんな点が使いやすいのでしょうか。
横山氏:
回線や電源、コネクター盤が劇場内の至る所に用意されています。たとえばインターカム(以下、インカム)ですが、どこにでもインカムを設置できるというのが私たちの一つこだわりで、客席でインカムを使う場合、以前はその場所までケーブルを引き回し、終演したらバラして翌朝また引き直すということをしていました。そんな経験から新劇場では客席にもコネクター盤を用意し、挿せばすぐ使えるようになっています。また扉の裏側にもインカムを挿せるようにしています。このあたりは利便性を高めるとともに、スタッフが求めるものに対して徹底的に応えるということです。
● 音響用の回線や電源も多いのですか。
村田氏:
回線や電源の数はかなり多いです。アナログ回線に加えDante用LAN回線、インカム回線、映像用にBNCの回線もありそれぞれの口数も多いため、「PARCO劇場」では、演出家が音響に求めるほとんどのことができると思います。
横山氏:
たとえば「PARCO劇場」で1992年から繰り返し上演してきた「ウーマン・イン・ブラック」という演目があります。この演目では馬車が客席の後方から舞台の方へと走り抜けていったり、鳥の声が下手から上手に移るといった音響効果が重要な役割を果たします。これはAbleton「Live 10」を使って音像を移動させるのですが、以前はスピーカーやシステムがすべて持ち込みでしたので仕込みにたいへんな時間かかりました。今はウォールスピーカーやソフトウェアが常設してあるので短時間で仕込めるようになりました。 また客席の下に小型のスピーカーを設置できるように合計8カ所にコネクター盤を設置してあります。お客さまの下から音を出すことができるわけで、これらを活用することで今までの劇場で体験したことがないような音響効果による演出も行えます。このような他にはない音響設備を用意することはクリエイターへの刺激にもなり、結果的にPARCO劇場プロデュースならではの特別な演出を可能にしていると思います。
メイン卓にヤマハ「CL5」、さらにマトリクスコントローラーHYFAX「LDM1」、データロガーシステム「DL3 system」も導入
● 具体的な機材についておうかがいします。まず音響調整室の機器ですが、ミキサーはヤマハのデジタルミキシングコンソール「CL5」ですね。
横山氏:
「CL5」を選んだのは、回線やスピーカーの数が多いので、これらに対応できるミキサーということでヤマハサウンドシステムさんにご提案いただき、アドバイザーであるオフィス新音さんとも協議して導入を決めました。また「CL5」はスタンダードなミキサーなので乗り込みのエンジニアの方もすぐに扱えますし、仕込んできたデータを持ち込めばすぐ設定が行えます。旧劇場は小さな卓しかなかったので、ほぼすべての公演で持ち込みでしたが、「CL5」の導入で卓の持ち込みが減りました。
● マトリクスコントローラーHYFAX「LDM1」、データロガーシステムHYFAX「DL3 System」はどのように使われていますか。
若林氏:
たくさんあるスピーカーをメイン卓からのどの出力にアサインするかというマトリクスを「LDM1」で設定します。卓のアウトがどのスピーカーに送られているかが一目でわかり、音もすぐ出るのでとても便利です。もし「LDM1」がなかったら毎回結構大変な作業になると思います。またデータロガーシステム「DL3 System」も活用しています。主にアンプからスピーカー送りのレベルのモニタリングに使っています。
音響室のラックに設置されたマトリクスコントローラーHYFAX「LDM1」とデータロガーシステムHYFAX「DL3 System」
壁面、天井、ステージ下などに多数のスピーカーを設置
● 劇場内のスピーカーはどのように設置されているのでしょうか。
横山氏:
フロントメインはラインアレイ型のスピーカーがプロセニアムセンターと両サイドで3本あります。ラインアレイ型を導入することでセリフの明瞭度を上げました。補助や効果用のスピーカーはポイントソース型を使っています。フロントサイド投光後ろの両脇のお客さまのために左右に2本、そして手前のお客さま用にステージ下に小型のステージフロントスピーカーを入れています。ステージ下にはさらにサブウーファーも設置しています。
● ステージの下にサブウーファーを設置しているのはどうしてですか。
横山氏:
「PARCO劇場」はいわゆるプロセニアムを持っていなくて、客席の壁がそのままストンと舞台に入っています。舞台の美術家はそこに視野に入る位置にスピーカーなどの機材を入れることを嫌いますので、試行錯誤した結果、サブウーファーをステージ床に入れて使うことにしました。
● 壁面と天井のスピーカーについて教えてください。
横山氏:
効果音用のスピーカーを壁面に10台、天井には上手・中央・下手の前後列で6台入れています。
村田氏:
「PARCO劇場」の壁面や客席天井に設置された効果音用スピーカーにはそれぞれ個別にアンプが使われています。アンプの設定をパソコンで遠隔操作できるため、個々のスピーカーの音量や音質の調整が簡単に行えます。そのため乗り込みの音響の方に合わせたアンプの設定を作ることができます。
● 天井にもサブウーファーが設置されていますね。
若林氏:
雷などのように、上から重低音が鳴るという効果音の用途が一つあります。もう一つはステージ床下のサブウーファーでは届きにくい後方の座席に対して低音を補うためにも使用しています。
4系統のカメラなど充実した連絡設備系機器
● 舞台連絡系の設備についても教えていただけますか。
横山氏:
インカムについては先ほどお話ししましたが、舞台運営用カメラシステムについても旧劇場での経験を生かし改善しています。舞台正面カメラは4台あります。1つは出演者やスタッフのための定点のカメラ、そして2つめは舞台監督用のカメラです。このカメラは舞台監督が舞台の映像を見ながらきっかけ出しをしたいという要望があり用意しました。たとえば演者が部屋のスイッチを入れる動作で舞台に明かりがつく演出があれば、手元をアップにすることができます。3つめは暗視カメラ。舞台の暗転時でもステージ上の状況を知りたいということで、これも旧劇場でかなり要望があり、以前は公演の都度設置をして仮設的な形で運用していました。4つめはホワイエのお客さま用の4Kカメラです。お芝居によっては開演後、遅れてきたお客さまに次の休憩までホワイエでお待ちいただくことがあります。通常ホワイエの映像というと、スタッフと同じ映像を出すことが多いのですが、ホワイエでもできるだけ美しい映像で観劇していただきたく設置しました。
● 機材の持ち込みに関してはいかがでしょうか。
横山氏:
「PARCO劇場」はもともと音響機材の持ち込みのしやすさに重点を置いていました。ここで公演してそのまま地方を回ることが多いからです。新劇場では自前の機器を充実させていますが、持ち込み用に長机2枚分の卓スペースを用意しています。音響だけではなく映像のオペレートなども可能です。
● 公演を配信することも多いのですか。
横山氏:
配信もやっています。配信はテクニカルスペースでオペレーションすることもありますし、ステージ上手奥に中継車用のコネクター盤があり、そこに配信システムを組む場合もあります。また1階の駐車場に中継車に接続できるケーブルも敷設してあります。
保守・点検を通じて新生PARCO劇場を見守っていただきたい
● ヤマハサウンドシステムは「旧PARCO劇場」から保守に携わっており新劇場では音響設備の提案にも携わりました。その仕事ぶりはいかがだったでしょうか。
横山氏:
ヤマハサウンドシステムさんには本当に力になっていただきました。相当な無理難題に対しても、こうしたらできますよ、と真摯にご対応いただきました。
● ヤマハサウンドシステムの担当のみなさんはいかがだったでしょうか。
岩沢:
「PARCO劇場」のみなさんの「日本一の中劇場を」という思いを受け、我々も工事着手前の社内ミーティングで「日本一の中劇場を作ろう」と宣言しました。実作業として大変だったのは仕様上のリクエストにお応えすることより、全体工事の工程、進捗に合わせるということでした。
田中:
建築、電気設備や空調といったさまざまな工事が同時に進行しているのですが、この工程にいかに同期を取ってやるのかに苦労しました。それと中劇場とは思えないほど、ものすごい数の配線を引きました。連絡設備を含む音響設備は劇場内だけでなく楽屋やホワイエも工事エリアになります。いろんな所にコネクターを出したということは、ここまで配線をしたということで、、、かなりの量の配線をしました。回線はご要望をうけ、デジタルだけでなくアナログも用意しました。
横山氏:
基本的にはデジタルとアナログの両方の回線をお願いしました。万が一デジタルが不具合を起こした時にも本番ができるようにアナログ設備を設けてほしいという要望がスタッフからありましたので。
田中:
工事中の苦労話ですが…(笑)。「PARCO劇場」は複合ビルの中にあるものですから、劇場以外の商業エリアの工事も同時進行していました。例えば、機材搬入の時間も建築工事の皆さんに相談し協力をいただき、なんとか時間調整ができました。工事が進むにつれ、搬入するものも多くなるので、いろいろと重複するのですが、この調整はとてもたいへんでした。
来栖:
私はオフィス新音さんや横山さんのお話しを伺って、竹中工務店さん、劇場コンサルタントの空間創造研究所さんと一緒にベースとなる電気音響設計の提案をしました。特に苦労したのはプロセニアム周りの額縁を侵さないスピーカープランでした。音響はどうしても舞台機構の三精テクノロジーズさんや舞台照明の丸茂電機さんとの設置場所の取り合いになるので、その調整で苦労しました。各社のみなさん、ご協力ありがとうございました。
横山氏:
劇場としては音響だけでなく、舞台機構設備や舞台照明設備にも同様にさまざまな要望を出していましたので、どうしてもかち合う部分があって、ご苦労をかけたと思っています。
篠:
私は保守担当です。旧劇場も弊社で保守を担当しておりましたが、新劇場からは私が担当しています。最初に図面を見た時に、これはすごい劇場だなと思いました。当社スタッフが作り上げたシステムをしっかり受け継いで、より劇場の方々が使いやすいように保守をしていきたいと思っています。
横山氏:
「PARCO劇場」では1公演がだいたい1カ月の長期公演になりますし、稼働率が非常に高い劇場なので、公共のホールに比べると保守の回数や期間も絞られてしまうなか、舞台音響、連絡設備も含めたこれだけのスペック、ボリュームの機器になるので、ご苦労をかけることになるかと思います。今はまだ新しいですが、今後10年、15年と更新していきますので、保守、そして新たな提案をいただきながら、見守っていただけたらと思います。
● 本日はご多忙の中、ありがとうございました。
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