名古屋市科学館 様 / 愛知県
Japan / Aichi Jun. 2023
「名古屋市科学館」は名古屋市政70周年を記念して1962年に開館。施設のメインとなるプラネタリウムは2011年にリニューアルオープンし、世界最大級である直径35mドームスクリーンを備え、プログラムのクオリティ、集客力ともに国内トップを誇ります。2021年には投影・音響のリニューアルを実施。ヤマハサウンドシステムは、音響システムの設計・施工を担当し、保守点検を行っています。名古屋市科学館 学芸員・博士の毛利 勝廣 氏と投影を含むプラネタリウム全体の維持管理を担当しているコニカミノルタプラネタリウム株式会社の安藤 理恵 氏(インタビュー当時)に音響システムの更新の概要、そしてヤマハサウンドシステムの仕事ぶりなどについてお話をうかがいしました。
世界最大級の35mドームに大型シート350席を備え
学芸員による生解説が行われる日本屈指のプラネタリウム
● まず「名古屋市科学館」のプラネタリウムについて、ご紹介いただけますか。
毛利氏:
「名古屋市科学館」は、名古屋市政70周年の記念事業の一環として建設されました。1962年にプラネタリウムを含む「天文館」が開館し、1964年に「理工館」、1989年に「生命館」が作られました。その時に作られた「天文館」のプラネタリウムのドーム内径20mで、当時としては世界最大級でした。そして2011年にはより大きな35mドームスクリーンを備えた新しいプラネタリウムが完成しました。このドームスクリーンは現時点で世界最大級です。
● プラネタリウム内には大きな座席が、ゆったりと配置されていますね。とても座り心地がいいです。
毛利氏:
このシートは後ろに深く倒れるだけではなく、全体が左右に回転する独自設計の大型シートで、間隔を広く取ったのも、椅子を回転させて左右、前後の大きくて広い星空を、すべての席から自由に見渡せるようにするためです。
「名古屋市科学館」のプラネタリウムは「世界最大級の35mドーム」というフレーズが先行しがちですが、世界最大ありきで作ったわけではありません。むしろ座席数は1962年に開館した20mドームの450席から350席に減少しています。新たなプラネタリウムを作るにあたっては、一人あたりの面積と「学習投影」の人数が、とても大事な数字でした。1席あたりの必要面積を決め、名古屋市内から学習投影で集まる小学生をうまく収容できる座席数が350席で、そこに必要面積を掛け算していくことで、結果的に35mドームとなりました。
● 「学習投影」とはなんですか。
毛利氏:
小学校の教育カリキュラムにのっとった授業の一環として、プラネタリウムで天文の学習をするのが「学習投影」です。現在名古屋市では、小学校4年生と6年生のカリキュラムに「学習投影」が組み込まれています。
● 素晴らしいですね。このプラネタリウムにはどんな特徴があるのでしょうか。
毛利氏:
決められたコンテンツを単に再生するのではなく、「学習投影」、そして一般の方向けの「一般投影」、さらに幼児向けの「幼児投影」のすべての番組を、私たち学芸員が生の解説で投影します。投影する番組のテーマは月ごとに変わります。しかも、それぞれの季節や時事に合わせた番組を、学芸員自らがCGも含めてすべて自分の手で制作し、自分自身の言葉で生解説を行います。
● 毎月変わる番組はどのように制作されているのでしょうか。
毛利氏:
プラネタリウムの階下に番組制作室があります。制作室には1/7縮尺の5mドームが備えられていて、映像・音響ともプラネタリウムと同じ構成の機器を組んでいるので、本番と同じ環境で制作・再生が行えます。その制作室で7人の学芸員が話し合いながら番組を制作します。
● プラネタリウムの投影システムは、コニカミノルタプラネタリウム株式会社が担当されました。ドームに美しく星空を再現するために、システムに関してはどのような工夫がなされているのでしょうか。
安藤氏:
2011年のリニューアルでアルミ素材の開孔率22%のメッシュによるドームスクリーンを採用しました。これは約3m×1mのスクリーンを、天頂部も含めて697枚張り合わせて作られた35メートルの半球状のドームです。重ね合わせ部分は光の角度や強さを調整することで継ぎ目が見えないよう工夫しています。
「名古屋市科学館」のプラネタリウムは、エンターテイメント系の派手できれいな夜空を投影するものとは違い、教具として学術的な正確さが求められています。等星による光の強さや、自然さなどを追求し詳細な調整を行っています。
● 具体的にはどのようなプラネタリウム投影システムが導入されているのですか。
安藤氏:
自然で正確な星空を再現するために2つの手法を使っています。まず1つはドーム中央の光学式プラネタリウムでドイツのカールツァイス社製の投影機です。性能的には何万個という星が再現できますが、人間の目で見える星というリアリティを追求し、あえて9,100個の星の再現に抑えています。そしてもう1つがデジタル式プラネタリウムです。弊社のスペースエンジン「Media Globe Σ SE」を使ったシミュレーション映像を、PCにつないだ6台の大型プロジェクターから、「デジタル式プラネタリウム」、2台の大型プロジェクターから「天の川投影システム」、8台のプロジェクターから「パノラマ投影システム」の3つでドームスクリーンに映し出しています。また学芸員の方が解説を行う際の、投影・映像・照明・音響などシステム全体を統括するコンソールとして、弊社の「統合システム」を導入しています。「統合システム」は、投影に関わる全ての機器を制御できます。
その他、多目的利用のために、マッピングシステム「Amateras」を使って、PCにつないだ2台の高輝度の大型プロジェクターから「セカンド投影システム」で、映像をドームスクリーンに映し出すこともできます。
● 「名古屋市科学館」の映像・投射システムはどのようなものですか。
安藤氏:
このプラネタリウムに携わって驚いたことなんですが、ここでは星の瞬きの「間」まで再現しているんです。「名古屋で見る冬の星座」をよりリアルに再現するために、1つ1つの星がどうしたら本物に近づくのか、プラネタリウムの学芸員のみなさんと私たちが一体になって取り組み、科学的なデータを基にパラメーターを細かく調整して再現しています。
● 驚くほどの星へのこだわりですね。
毛利氏:
「名古屋市科学館」のプラネタリウムは教具でもありますから、できるだけ正確な星空の再現をめざしています。とはいえ、申し上げておきたいのは、我々はプラネタリウムを「夜空の代用品」とは考えていません。このプラネタリウムがきっかけになって、星や宇宙に興味を持ち、ぜひ夜空を見上げるきっかけになってほしいんです。そのために日々私たちは、夜空の星々に興味や関心を持っていただけるように解説をしています。
音響のクオリティが映像のクオリティをさらに高める役割を果たす
● ここからは音響についておうかがいします。2021年の更新では音響面でどのようなことを目指したのですか。
毛利氏:
2011の改修では音響システムをアナログからデジタルに切り替えました。またプラネタリウムの環境づくりとして、静けさにもこだわりました。ヤマハサウンドシステムのノウハウを生かしていただき、音楽ホールクラスの静粛性をさまざまな面から実現しています。壁やドームスクリーン背後の吸音材の設置などはもとより、空調の音までもコンサートホールレベルに設定しました。その結果、床の空調の吹き出し穴は413個。静かなドームを実現しています。
さらにその上で「どの席でも、違和感なく音が聞こえる」ことにもこだわりました。私たちは決して大きな音を聞かせたいわけではありません。音に包まれるようにしたい、スピーカーの存在を感じさせることなく自然に聞こえるような音響を作りたい。それによって違和感なく星空に没入できる環境にしたいと思いました。そのため、たとえば床にもスピーカーを新たに設置しました。これまで虫の音は上から聞こえていましたが、今はきちんと足元から聞こえます。
● まるで音楽ホールや劇場なみの音響へのこだわりですね。
毛利氏:
投影と音響のクオリティをトータルに高めることで、プラネタリウムでの体験がより質の高いものになります。そこで音響が果たす役割というのは、ものすごいものだと思っています。音で、おそらく投影のクオリティが3割、4割増すのではないでしょうか。
たとえば星空を無音で投影しても表現力には限界があります。ここに音が入ることで、「おお!」と声が出るほど感動的な番組になるんです。そのために映像だけでなく音響面でもきちんとコンテンツが検証できるように制作室はプラネタリウムと同じ構成のデジタルマトリクスミキサーや出力系統を組んでいるんです。
挑戦しがいのある「日本最高峰のプラネタリウム」でスキルを磨く
● ここからは「名古屋市科学館」のプラネタリウムの音響に携わったヤマハサウンドシステムのメンバーも参加させていただきます。プラネタリウム空間において音響システムの設計上工夫したことはありますか。
阿部:
プラネタリウムは音が複雑に反響する「半球形」で、しかも客席がドームの中央にあるという配置です。一般的な音楽ホールや劇場のように、こっちが正面という方向もありません。ですからプラネタリウムだからこその音づくりを考えました。
高品位なサウンドを実現するために、このプラネタリウムに合わせ、独立音声系統55チャンネル、スピーカー76台、サンプリングレート96kHzに対応した音響システムを導入しました。「名古屋市科学館」のプラネタリウムでは学芸員のみなさんがご自身でプログラミングして番組を制作されますから、コニカミノルタさんとスクリプトコマンドの連動試験して、オペレーションが複雑にならないシステムを目指しました。
● 音声系統55チャンネル、スピーカー76台となると、制御するスピーカーだけでも相当な数ですね。
阿部:
どの席にいても自然で没入感のある音になるように、プラネタリウム全体で76台、うち24台のスピーカーをドームの天井に設置しました。また制作室にも小型ながら56台のスピーカーを設置し、プラネタリウムと同等の環境を再現しています。プラネタリウムと制作室は音響システムのネットワーク化にともない音声はDanteを導入しました。それぞれ独立したシステムですが、主幹システムはほぼ同じ構成になっていて機器のバックアップ対応ができる様にしました。それとプラネタリウムと制作室はプロジェクトファイルをデータサーバーを介して管理できる様にしました。
● この半球状のドームという空間で、それだけの数のスピーカーの音質調整をどのように行ったのですか。
鈴木:
HYFAXの アコースティックメジャーメント/EQコントローラー「AMQ3」を使用し、角度や位置が複雑に配置された多くのスピーカーに高度な音質調整をおこなうことができました。「AMQ3」は音響測定で得た周波数特性の実測データを取り込み、その複雑なカーブの逆特性をFIRフィルターでつくります。「名古屋市科学館」では開孔率22%のアルミ素材のメッシュスクリーンがスピーカーの前にあり、観客の方には この影響を受けた音が届く のですが、「AMQ3」のFIRフィルターを活用することで影響が最小となるよう補正しました。周波数特性を特性上で均一にしても聴いて自然な音と感じられないこともありますので、最終プロセスで毛利さんにお立ち会いいただき、本番で使用する音源で追い込んでいく調整を実施しました。自然で、かつ、没入感を得られるいい音になったと思います。
● 毛利さん、実際の音の仕上がりはいかがですか。
毛利氏:
音はもう、今までとは全然違いますね。完全に別次元です。旧ドームではそもそもドームの作りが違いました。スピーカーは天井や壁に埋め込んでありましたので、交換もできないし音的な作りこみも難しかった。2011年に35mドームになって、スピーカーそれぞれの調整が可能になりました。そして今回2021年のリニューアルで音響システムがデジタル化し、スピーカーをより精密に、かつ効率よく調整できるようになりました。今はもう、少し調整すれば、すぐに望む音になります。これが音響システムのポテンシャルが高いってことなんだと痛感しています。
● 施工を担当された松原さんは、どんな点にこだわりましたか。
松原:
今回の工事はドーム天井にアルミ素材のスクリーンを張ったまま、そのスクリーンの裏側にある天井に設置されたスピーカーを入れ替える作業でしたので、スピーカーの取り外しと取り付けには細心の注意が必要でした。スクリーンは薄いアルミ素材のメッシュで、非常に繊細です。もしビス1本でも落とすと凹んでしまって影ができてしまいます。スクリーン裏は人一人がやっと通れるほど狭く、取り付けるスピーカーは1台約30kgのものが24台もありました。またスピーカーの撤去・搬入は、とても小さい点検口からとなりましたので、まずはスピーカーのモックを作成し、実際に搬入・搬出が可能なのか入念にテストを行いました。
● 現在「名古屋市科学館」のプラネタリウムの保守を担当している安田さんは、日頃どんな点を大切にして保守に携わっていますか。
安田:
このプラネタリウムは非常に人気が高く、日々数多くの投影を行っていますので、なにかあればすぐに対応できるように、とにかくスピードを最重視しています。それと情報共有です。どんな現象が出て、どんな対応を行ったかはもちろん、ちょっとした配線替えなども「名古屋市科学館」のみなさんと共有しています。学芸員のみなさんもシステムや私たちが行った作業をよく把握されており、場合によっては私が駆け付ける前に解決してくださることもあります。とても助かっています。このような密な連携が信頼関係の構築につながっていると思います。
● 川島さんは、営業として「名古屋市科学館」とどのように関わったのでしょうか。
川島:
「名古屋市科学館」とヤマハサウンドシステムとのお付き合いは、1989年にヤマハ株式会社に依頼された音響システムを、弊社で納入させていただいたことから始まりました。2011年からは、世界最大級のプラネタリウムの音響に関わらせていただくことができ、本当に名誉なことだと思っています。
毛利氏:
2011年のリニューアルオープンでは、映像面はコニカミノルタプラネタリウムさん、そして音響面はヤマハサウンドシステムさんと、それぞれの分野のトップが私どもプラネタリウムとして最善の機材やシステムを作り上げてくださいました。本当にありがたかったと思います。
世界最大級のプラネタリウムならではの技術を習得し、さらなるエンターテインメント性をめざして
● ヤマハサウンドシステムのスタッフにうかがいます。今後、「名古屋市科学館」のプラネタリウムとどのように関わっていきたいですか。
阿部:
私自身、前職で航空宇宙関連の仕事に少し携わったことがあったので、「名古屋市科学館」のプラネタリウムの仕事には深い縁を感じました。今回のリニューアル工事はキューで投影と照明、音響が連動するショーコントロールを特に学びました。今は一般的なホールや劇場の設備では行うことがあまりないので、学んだ事を活かしエンターテイメント向け技術をアップデートしていきたいです。
鈴木:
私は根っからのスピーカーエンジニアなので音響の調整を得意としてきました。デジタル化は進み音の調整でできることは多くなってきていますが、最終的に音は空気振動ですのでアコースティックな音響調整技術をさらに深掘りしつつ、最新の技術を身につけていきたいと考えています。
松原:
「名古屋市科学館」のプラネタリウムはホールや劇場とは全く異なる施設の施工ということで、いい経験になりました。施工管理だけでなくシステム構築や音響調整にも積極的に携わり、大変思い入れのある施設です。工事を納めて終わりではなく、今後も保守業務などを通して「名古屋市科学館」のみなさんと関わることができたらと考えています。個人としては今回の経験を活かして、さまざまな空間において新しい音響技術を最大限活かした施工ができるように学んでいきたいと思います。
安田:
私は今後も保守としてこれからもずっと長くお付き合いさせていただきたいと思っています。これまで「名古屋市科学館」のみなさんとともに築き上げてきたスキルやノウハウは私の身体の一部とも言えます。安全な運用をいただき、安心していただけるよう努力してまいります。
川島:
私はこの「名古屋市科学館」のプラネタリウムを担当して16年が経ちました。このドームの新築と改修の2回に関わりました。いまの「名古屋市科学館」の音は最高ですので、この座り心地の良いシートで観客としてプラネタリウムの番組を楽しみたいと思っています。
● 最後に毛利さんと安藤さんに、今回のリニューアル工事の感想や、今後ヤマハサウンドシステムに期待することなどをお願いします。
安藤氏:
「名古屋市科学館」のプラネタリウムには、この35mドーム内だけでも複数館規模のシステムが入っている日本の最高峰、まさに世界最大級のプラネタリウムです。それだけの仕様に応えるため、私たちも大きなプレッシャーを感じながら携わりましたし、音響を担当されたヤマハサウンドシステムへのプレッシャーも相当なものだったと思いますが、それにきちんと応えていただき、素晴らしい音響システムを構築していただいたと思っています。本当に戦友というイメージです。今後もよろしくお願いします。
毛利氏:
僕としては、本当に素晴らしいシステムを作っていただき、そして良い改修をしていただき、そして質の高い保守をしてもらっています。これほど幸せなことはありません。後輩の学芸員たちに、みなさんに作り上げてもらった映像・音響システムの良さをきちんと活用して、よい番組をお客様に提供し続けたいと思います。よろしくお願いします。
● 本日はありがとうございました。
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